一人では戦えない勇者

高橋

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10章

3話  ダンジョンの埋め立て

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 世界樹の下の集落が日常に戻るには、時間がかかりそうだ。

 魔王討伐から十日。
 傭兵団の日常に、森神族の監視が加わった。

 今日は、縁に呼ばれたついでに集落の様子を見に来たのだけど……いや、散歩がてら縁に会いに来たのか? まあ、どちらでもいいか。

「なんで軍事訓練?」

 あちこちで、剣やら槍やら弓やら魔術やらの訓練をしている。

 今日の現場監督は、樹部隊のベレニスのはず。
 どこにいるかな……いた。
 森神族の男をグーパンで倒してる。格闘術の訓練?

 気軽に話しかけれる雰囲気じゃないので、元魔王の小屋へ向かう。

 ボロい小屋に近づくと、僕の気配に気づいた誰かが小屋の中で動く。
 建て付けの悪い扉を開いて出てきたのは縁だ。彼女には、世界樹の調査をお願いしていた。

「ようこそ元魔王城へ。支援の魔王様」
「やかましい」

 その支援の魔王に昨晩も完敗した割りに元気な縁は、元魔王城へ僕を引っ張る。

 小屋の中は意外と広く、家具や調度品はすくない。
 突き当たりには下りの階段があった。
 この階段の先に、先日討伐したダンジョンの入り口があったそうだ。

「討伐したダンジョンは、時間をかけて消えるんだよね?」
「はい。普通なら、放っておいてもいいです」
「ここはダメなの?」
「ここは深くて広すぎるから」
「深くて広すぎるとダメなの?」
「今までのダンジョンも規模が大きいのはありましたけど、ここは桁違い。たぶん、最古のダンジョンじゃないかと」

 世界樹によって世界のマナが循環するようになると、世界中の悪意も負のエネルギーとなってマナと一緒に世界樹へ集まる。
 世界樹は悪意を浄化するけど、世界の人工が増えることで悪意を処理しきれなくなる。溜まった悪意はマナの循環を阻害し魔力溜まりができ、それがダンジョンへと変異する。
 世界樹の真下は、世界で一番ダンジョンができやすい土地で、おそらく、ここが世界で最初にダンジョンができた場所だ。ひょっとしたら、南域にあった世界樹の方が先だったかもしれない。確認のしようがないけどね。

「この規模のダンジョンが討伐されると、数十年から百年くらいかけて消えるのだけど、倒壊する、って言った方が正しい」
「自重で壊れる?」
「そう。浅いダンジョンなら、崩れずに残って、数年から数十年かけて自然消滅する」

 これも正確に言うと、消滅とはちょっと違う。
 時間が経つと、残留する魔力が土に変異して、勝手に埋め立ててくれるそうだ。元に戻ろうとする、というのが、一番近い表現なんだとか。

「でも、これだけ広くて深いと、自然消滅するより崩落する方が早い。しかも、世界樹を巻き込んで」
「横倒し?」
「はい。ダンジョンが広すぎるので、大森林ごと落ちて……横倒しになるかも?」

 縁が言うと不安になる。

「その場合、物理的な被害より、マナ循環が停まることによる被害の方が大きいだろうな」

 なんせ、現在、この世界の世界樹は一本だけ。

「マナの浄化ができないと、世界中がダンジョンだらけになります」
「それで? 今やってる作業は? やたらとプラーナを持ってかれるんだけど」

 〈支援魔法〉のパスを通じて、大量のプラーナが消費されている。
 一つの魔法で大量のプラーナを消費する空間転移のような魔法ではなく、そこそこの消費を何度も何度も続けている感じだ。
 吸われる身としては、なにをやっているのか気になるので縁に聞いてみたら、現地で説明するとのことで、散歩がてら足を運んでみたんだ。

「埋め立てる土を用意できないので、魔力を土に変換しているんです。その変換効率が悪くてご不便をおかけしました」
「別に怒ってないよ。ちょっとビックリしただけ」

 珍しく本当に申し訳なさそうにしてるので、慌ててフォローした。

「作業の進捗率は?」
「半分も終わってません。三割から四割といった所です」
「そう。まあ、事故のないようにやってね」
「はい。現場で働いてる部隊には申し訳ないですけど、全体の指揮を執ってる私はパズルゲームをやってるみたいで楽しいです」

 縁でも解くのに時間がかかるパズルか……僕には無理だな。

「中層が一番広いので、そこが終われば早いと思います」
「時間がかかってもいいから、安全第一でね。それと、世界樹の管理権限は奪えた?」
「そちらも時間がかかりそうです」

 死んだ魔王が持っていた管理権限がまだ生きている。魔王は、世界樹の浄化機能を中途半端に弄ったようで、マナの浄化効率が悪いんだそうだ。

「まさか、魔王がまだ生きてるってことは……」
「ないです。断言できます」

 縁が言うなら安心できる。

「兄さんは、午前中、なにをしていたんですか?」
「御影さんに怒られてた」

 すんごい怒られた。

「なにをし……ああ、あれですか」
「うん。由香と由希」
「二人がベッドで潰れたままだと、料理班が機能しませんからね」

 求められたら応えたい。結果、僕が頑張りすぎて二人が潰れた蛙みたいになる。
 十人分の仕事をする二人がそうなってしまうと、朝食を作る手が足りず、団内から人手を集めなくてはいけなくなる。

「でも、今までもエリーザ姉さんたちが潰れた時がありましたよね?」

 料理班のエリーザ、ズザネ、クリスティーネ辺りは、よく潰れていた。そのため、真弘がフォローに奔走し、いつの間にか正式な班員となっていた。
 正規の班員が三人も潰れても厨房が回っていたのは、真弘や御影さんのフォローもあるけど、主に由香と由希の力である。

 その主力二人が連日潰されたので、最近の朝食は簡素なメニューとなっており、子供たちから不満の声が上がっていた。

「不味かったのは子供たちの一言」
「ん?」
「“最近の朝御飯、茶色いね”って」
「御影姉さんの煮物、好きですけどね」

 僕も好き。
 でも、子供たちは、由香と由希が作る玉子料理の方が好きだったりする。

「煮物の方が手間がかかってるんだけどね」

 朝から煮物作るとか、僕には無理。メンドイ。
 で、そのやりきれない思いが僕に向けられた。
 わかるよ。僕が原因なんだ。甘んじて受けよう。でも、僕もやりきれないよ。

「ところで、どうして私には激しくしないんですか?」

 それは、お前の性癖を矯正できないかと模索しているからだよ。

「イチャラブは嫌いだった?」
「好きですよ」

 なら、よくね?

「兄さんの癖を全て受け止めたいんです。祥子ちゃんみたいに」

 縁の助手をしているはずの祥子は、受け止めすぎて今もベッドで潰れたままだよ。

「縁の望みはできるだけ叶えてあげたいけど、怪我では済まないような歪んだ性癖は受け入れられないよ」
「兄さんの性癖ではない?」

 スカルのこと? それなら、首肯する。
 縁は少し不満そうだ。
 では、伝家の宝刀を抜いちゃおうかな。

「あんまりにも行きすぎるようなら、御影さんに相談する」

 自分で解決できないのは少し情けないが、僕より確実に解決してくれる。
 実際、御影さんの名前で、縁は不満そうな顔をしながらも、それ以上は言わなくなった。



 ダンジョンの埋め立て作業は、少なく見積もっても、後十日は必要らしい。
 作業の邪魔にならないように集落を後にし、拠点へ戻る。
 その途中に、【風の勇者】八神和麻と【雷の勇者】銅山水樹がいた。

 森の中で二人が並んで歩いていたので、なんとなく隠れて覗いたら、即行で見つかった。
 大人しく出ていく。

「平賀先輩くらいプラーナ量が多いと、隠れても無駄ですよ」

 ああ、うん。無意識に垂れ流してるプラーナが多すぎるもんね。

「それと、二人とも魔法で感知精度が高いから」

 そっか。
 【風の勇者】は、大気を制御して範囲内の物体と魔力を知覚できる。
 【雷の勇者】の方は、体内電気を知覚できるので、大気による知覚よりは範囲が狭いけど、生物に関してはかなり細かい形までわかる。

「二人はいつもの?」
「うむ」

 「やれやれ」みたいな銅山君とは対照的に、八神君は堂々と頷く。

「その様子だと、成果はなかった?」
「うん、全然。手掛かりすらない」
「まあ、そうだろうね」

 八神君が探している巨乳エルフは、僕も見たことがない。

「森神族に期待したんだけどねぇ」
「あいつら、態度がデカいだけで、胸は森人族と同じ。そのくせ、森人族より弱っちいもんね」
「生まれつき【森主】クラスってこと以外、森人族と同じだし」

 森人族は、【森守】スタートだ。
 人族でいう、【平民】と【貴族】の関係性で、【森守】のレベルが上がれば【森主】になれる。

「【森神】とか【妖精神】を見慣れてる身としては、【森主】ってだけでマウント取ろうとしてるのを見ると、滑稽だよね」

 今日はまだマシな方だけど、八神君は時々、辛辣になる。今は、なんのキャラをロールしてるかは不明。ただ、決めポーズがウザい。

「ダークエルフじゃダメなの?」

 八神君に想いを寄せる銅山君の前で聞くようなことではないけど、本人はこの一年で割りきったようなので、聞いておきたい。

「砂人族の女性は巨乳しかいないらしいよ」
「んー、ダークエルフかぁ。僕の巨乳エルフスキーは、あのエロゲのあのヒロインが原因だから、ダークエルフはなぁ……」

 どのエロゲのどのヒロインよ。
 まあ、いくつかに絞れてるけど。

「【風の勇者】が探して見つからないなら、巨乳エルフは大森林に存在しないんだろうね」
「ハーフエルフなら、ワンチャンあるか?」

 異種族間の交配だと、母胎の種族が産まれる。
 ハーフの中には、父親の種族の身体的特徴の一部を受け継ぐ子もいる。

「巨乳が多い種族は……人馬族。あと、会ったことないけど牛人族」

 牛人族の男は、たまに町で見かけるけど女性には会ったことない。

「あ、同じ妖精種の飛翼族とのハーフなら?」

 妖精種である森人族は、妊娠しにくい。異種族が相手だと、特に妊娠しにくい。
 少なくとも人族の僕より、飛翼族の方が妊娠しやすくなるはず。たぶん。いや、回数が多い僕は例外か?

「ハーフだと巨乳になるか、縁に調べてもらおうか?」
「いやいや、やめてやめて。妹さん、Gを見る目で僕を見るの」

 巨なる者を求める八神君は、貧なる者の縁の敵なんだろうなぁ。

「あと、シュェさんも怖い。あの人は純粋に殺意を向けてくる」

 ああ、うん。そうね。シュェなら、そうだろうね。

「鬼人族も巨乳が多いらしいんだけどな」

 ソースは矢萩君とこの助産婦さん。
 鬼人族の彼女自身が巨乳だし、彼女の周囲の女性も巨乳揃いだったそうだ。
 ちなみに、助産婦さんの娘さんは、十一歳にして巨乳の片鱗を見せているらしい。シュェが光のない目で言ってた。

 三人並んで拠点に入ると、巨乳種族の人馬部隊が訓練していた。

「あそこまでデカいと、持て余すよ」

 男女問わず、あのサイズはどうすればいいか悩む。

「ケッ、リア充がっ」
「いやいや。巨乳エロフだって、きっと持て余すって」
「だからといって、夢を諦める理由にはならない」

 いい話風に言ってもねぇ。キメ顔ウザいし。

「平賀先輩、そういえば、森神族をどうするつもりですか?」
「森神族というか、大森林をどうするつもりなんだい?」
「ああ、うん。どうしたもんかねぇ……」

 実は考えていない。
 正直に言うと、ダンジョンの埋め立てが終わったら、森神族も森人族も見捨てて大森林から逃げたい。
 でも、森人族を唆して自分たちの集落を捨てさせた罪悪感というか責任? みたいなのが邪魔して、見捨てる踏ん切りがつかない。

「このまま放置したら、権力争いになるかな?」
「ファンタジーのエルフは権力争いと無縁のイメージがあるけど、現実の森人族は、ただの世間知らずだからね」

 大森林の外周に住んでた連中は、外との交流があったからマシな方だ。でも、大森林の中心に行くほど、外どころか周辺集落以外との交流がなくなり、世間知らずになる。
 森神族なんて、一番近い集落からの貢ぎ物だけで生計を立てていたらしく、自分たちが貧しい生活をしていることにも気づいていなかった。

「ダンジョンの埋め立てと世界樹の管理権限。この二つが解決するまでになにか考えないとなぁ」
「一種族の意識改革とか、傭兵団の仕事かね?」

 そこまでやらないと、ダメなんだろうね。
 でも、やりたくない。

「まあ、やるのは、奥様方なんだけどね」

 遠くで手を振ってる妊婦のイルムヒルデに、相談というか、丸投げしよう。
 うん。それがいい。
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