一人では戦えない勇者

高橋

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9章

9話  足りないなら長くすればいいじゃない!

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 結婚式から三日後。

 僕と縁は並んで正座している。
 正面にはイルムヒルデ。
 左隣の縁の正面にはお母さん。

「で? どうして報告しなかったんですか?」

 抑揚のないイルムヒルデの声に、二人揃って姿勢を正す。

「兄さん……」

 助けを求めるような縁の視線は無視。
 たしかに、神聖樹の欠片の件はイルムヒルデに伝えておく、と言ったけど、そもそもの報告を怠ったのは縁だ。そこはお叱りを受けるべきだよ。僕も忘れたのはだけど。

「えっと……兄さんの性感強化対策に使えるかなぁ、と……」
「報告しなかった理由を聞いているのですが?」

 ああ、怒ってるなぁ。やっぱ、助け船を出さないとダメか。

「イルムヒルデ。報告を怠った罰は受けるべきだろうけど、それでラルスは助かっているんだ。なんとか穏便に済ませてもらえないか?」

 これが僕にできる精一杯の助け船だ。

「ユカリちゃんから聞きましたけど、わたくしに話を通しておく、と言ったそうですね? 聞いてませんが?」

 矛先が僕に向かう。
 相変わらず、僕の助け船はタイタニックだ。

「なぜ話を通さなかったのですか?」
「それは……その……」

 言えない。
 イルムヒルデを探していると、真弘たちがリベンジしに来たので全力で迎え撃っていた、なんて、火に油を注ぐようなことは言えない。

「孫一は、真弘ちゃんたちに夢中で忘れてたのかしら?」

 母からのナパーム弾。

「いや、違うんだよ。忘れてたんじゃなくて、優先順位が低かっただけで、その……ね?」

 振られた縁は高速赤ベコのように頷く。

「そうです。兄さんが性欲に負けて報告を忘れるなんてあり得ません!」

 義妹の期待が重い。
 あり得るんだよ。性欲に負けっぱなしだよ。

「縁、お母さんには、惨敗しているように見えたけど?」
「見てたの?」
「ええ。一部始終」
「ごっふっ!」

 母に情事を見られるというストレスが、マッハで胃に穴を空けた。
 前のめりに倒れた僕の背中に縁の手が触れ、魔力が流れ込む。〈治癒魔法〉か。今はこのまま意識を失いたかった。

 顔を上げると、イルムヒルデが困り顔で僕を見下ろし、深ーいため息をついた。

「はぁ……マゴイチ様が性欲に流されるのは、今に始まったことではありません」

 出会った頃から既に流されっぱなしだったよね。下流に向かって泳ぐ河童のように流されてたよ。

「なんか、すいません」

 女性のため息に対して誠意のない謝罪は言ってはいけない言葉だけど、イルムヒルデは「仕方ありませんね」と呆れ顔で許してくれる。
 こういうのは積み重なると爆発しそうだから、どこかで清算しないとな。



 今後は、報告、連絡、相談のホウレンソウを縁に徹底させて解散となった。
 僕? なにも言われなかったよ。
 ……あれ? 見棄てられた?

「マゴイチ様、少し宜しいですか?」

 正座したままの僕の前に、互いの膝が当たる近さでイルムヒルデが正座する。

「「……」」

 話題の提供をしろと?
 なにかあったかな……。

「……イルムヒルデは、どうして神様になったの? あ、違う。言い方が悪いね。責めてるんじゃないよ」

 前から思ってた疑問を口にしたら、責めてるような言い方になってしまった。

「わたくしは、マゴイチ様と添い遂げたいのです」
「うん? それだと、定命の俺が先に死ぬから、イルムヒルデを残してしまうよ」

 共に生きて、共に老いて、共に死にたい。と言っていたはず。

「それは……後数年で意味がわかると思います」
「数年? なんで?」
「えっと……」

 人差し指を唇に当て、上目遣いで僕を見る。

「秘密です」

 可愛い。

「なんか……今日のイルムヒルデは、テンション高いね」

 普段より距離が近いし。
 というか、隣に座ることはあるけど、正面に座ることはあまりなかったと思う。
 こうして正面から彼女の顔を見るのは久し振りだ。

「「……」」

 なんか照れる。
 お互いモジモジしてるだけで話が進まない。

「御主人。お茶を淹れました。こちらへ」

 さすが、できるメイド。我らがマーヤ様がテーブルと椅子を用意して、その上にお茶とお茶菓子まで揃えてくれた。

 イルムヒルデとテーブルに着いてお茶を一口飲む。
 うん。今の気分を落ち着かせるのに丁度いい、香り立つ紅茶だ。
 マーヤにお礼を言おうとしたら、既に姿を消していた。どうせ近くにいるだろうから、小さく礼を言っておく。

「それで? なにか話があるんだよね?」

 貴族や王族が相手の場合、まずは時候の挨拶と世間話で場を和ませてから本題に入るのが常識らしい。
 まあ、うちでは、貴族だろうと王族だろうと皇族だろうと神様だろうと、関係なく本題から入るけど。

「その、このようなことを言うと、誘っているようで、慎みがないと思われるかもしれませんが……」

 はて? 慎みとは? 
 普段から野外プレイに積極的な人が、今更、慎みがない、と思われたくないの?

「……こ、子作りしましょう!」

 真っ赤な顔でなに言ってんの?

「スキルでの避妊をやめるってこと?」
「ウミカちゃんも早く欲しいと言っていたので、わたくしも一緒に……」
「海歌からは聞いてないけど……」

 というか、海歌にそんな余裕はなかったと思う。

「そういえば、狼部隊が順番に妊娠する予定、ってユリアーナが言ってたな」

 獣人種は異種族でも妊娠しやすいようで、スキルでの避妊をやめたら、すぐに妊娠するらしい。

「ええ。先日の会議で、大森林のダンジョン討伐はあと一年くらいかかるだろうと予想されましたので、わたくしも含めて皆、この機に子供を産もうと考えたのでしょう」

 その会議、僕は呼ばれてない。

「まあ、半周するだけで二ヶ月だもんな。あと二周くらいはしないとだから、最低でも八ヶ月くらい。交渉の時間を考えると……一年くらいかかるか」

 渦を巻くように中心に向かっているので、内側に行くほど移動距離は短くなるのだけれども、内側の士族はそれなりの武力と権力があり、それらに比例するようにプライドも高い。だから、交渉にならないだろう。
 しかし、森の奥に閉じ籠っている連中だ。自分たちの世界しか知らないし、情報戦なんて言葉はないだろう。
 会ってさえもらえれば、唆すのは簡単だと思う。

 それでも、神々が一年くらいかかると予想したのなら、僕が予想していないイレギュラーが起こるのだろう。

「なるほど。それで、駄馬どもが発情期みたいになってるのか」
「人馬族で懐妊した方はいませんからね」

 人馬族は人族と同じ人種に分類されている。
 女神教は人族以外の人種を亜人と呼んでいるものの、生物学的には、人馬族も、人蜘蛛族も、鬼人族も、人族の親戚で人種だ。

 余談ではあるが、竜人族と龍人族も人種。人魚族は人種だが、魚人族は魚人種だ。

「人種同士では妊娠しにくいってわけじゃなさそうなんだよね」

 人蜘蛛族のミアと鬼人族のシュェは妊婦だ。
 両種族が僕の子供を妊娠したのに、同じ人種の人馬族には妊娠した人がいない。
 おまけに、同族でも妊娠しにくい妖精種も妊娠している。
 だから、彼女たちは焦っている。発情しているように見えるけど、焦っているんだ。たぶん。

「回数をこなす、ってのもわからないではない。当たれば、だけど」

 人馬族が妊娠しないのは、単純に僕のナニが短いからではないだろうか。短いから、精子が子宮にまで辿り着いていないのでは?
 これ、イルムヒルデも気づいてるよね。
 まあ、指摘できないだろうけど。
 狂信者メイドが見てるし、ストーカーもドローンを使って見ているだろう。指摘しちゃうとなにをされるかわからない。だから、口を噤んでいるのだろう。

「それに関しては、解決策をロクサーヌと一緒に考えた」
「思考がエロスに偏りがちなロクサーヌさんと、ですか。一応、聞きましょう」
「足りないなら長くすればいいじゃない!」

 イルムヒルデは、僕のキメ顔に首を傾げて続きを促す。

「プラーナの物質化ってあるじゃん?」

 イルムヒルデが頷く。
 魔法銃にも使われている技術で、うちではメジャーな技術だ。

 高濃度のプラーナは物質化する。
 魔法銃では、術式で意図的にプラーナ密度を上げることでプラーナの塊を銃弾の代わりにしている。
 実はこれ、プラーナ操作技術を極めれば、術式がなくても物理干渉を引き起こせるんだ。
 だから。

「プラーナで棹を伸ばせばいい」

 キメ顔の僕に、「うわぁ」という顔を向けるイルムヒルデ。

「……寝室での死亡は、戦死として数えるべきなんでしょうか?」

 旗揚げからもうじき一年。『他力本願』の戦死者数は未だゼロのままだ。
 でも、ベッドの上で死亡した人は一人いる。
 一部の妻たちは、僕との夜の戦闘を魔王戦なんて呼んでいるから、戦死も間違いではない。

「でも、この方法なら、精子を子宮に押し込める」

 伸ばした竿の内壁をプラーナ操作で精子を押し出すようにしているので、射精の勢いも凄いことになった。

 僕の説明を聞いて、イルムヒルデがゴクリと生唾を飲む。

「それは、試したんですか?」
「いや、まだ。さすがに、妊婦のロクサーヌには使わないよ」

 僕にもその程度の良識はある。手と御胸でしか試していない。

「どこかで試さないといけませんね」
「そうだねぇ」

 イルムヒルデの碧眼が、狩人の目になる。

「……マゴイチ様、散歩に行きませんか?」
「……いいねぇ」

 狩人の目と獲物の目は、互いに情欲で濁っていた。
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