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9章
4話 私が一番まとも
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『マゴイチ毒殺事件』から三日が経った。
お義母様はアレ以来、料理を作っていない。作っていないのだけど、厨房で調理するユカとユキを観察している姿が目撃されているので、諦めてはいないようね。
母親としては息子に手料理を食べさせたいという気持ちはわかるけど、嫁としては、そう何度も夫を死なせたくないので諦めてほしいわ。
というか、掠れた声で「まー」と囁く蛍光ピンクの物体をカレーと言う人は、料理をしてはいけないと思うの。いや、それを食べたマゴイチもおかしいんだけどね。
あと、死んだ時に、マゴイチの封印した記憶が戻っているようね。
もう一度封印となると脳への負担が大きいので、再封印は見送った。でも、まだ見ぬ兎人族のエロいお姉さんのことを考えてるのが丸わかりで、ちょっと、いや、かなりムカつく。
殴ったら忘れるかと思って、朝稽古で強めにボコってみたけどダメだったわ。
その日の夜にベッドでヤり返されたので、殴って忘れさせるのはやめた。しゅごかったぁ。
「ユリアーナさん? 来ますよ」
昨晩のベッドでのアレコレを反芻していたら、イルムヒルデさんに呼び掛けられ、現実へと呼び戻された。
森人族を交渉のテーブルに着かせるのに随分と時間がかかったけど、イレーヌさんたち大森林出身の森人族的にはこれでも早い方なんだとか。
交渉を任されたイルムヒルデさんは、不満そうだけどね。
「というか、あっちがこの時間を指定したのに待たせ過ぎよ」
森人族の村の集会所のような建物の一室に通され、睡眠薬入りのお茶を出されて待つこと一時間。ようやく、こちらに数人の気配が近づく。
今回の交渉にマゴイチは同席していない。
私とイルムヒルデさんとイレーヌさんの三人だけだ。
マゴイチには教えてないけど、森人族は、見た目が美しければ美しいほど魔術能力が高いと考えられているらしいの。
そんな森人族との交渉において、マゴイチの存在は話が拗れてしまいそうなので、お留守番してもらったわ。別の理由もあるけど。
ノックもなしに扉が開く。
部屋に一歩踏み入った男たちは、私たちを見て一瞬だけ顔が強張った。
すぐに薄っぺらい笑顔になったが、私たちに睡眠薬が効いていないことを訝しんでいるようだ。
「お茶はお口に合いませんでしたか?」
「いえ、美味しかったですよ。隠し味の睡眠薬が良いスパイスになっていました」
笑顔で空のカップを見せつける。
薄っぺらい笑顔が少しだけ引きつった。
入室した森人族の男たちは五人。
対面のソファに二人座り、残りはその後ろに一人、扉の横に一人、私たちの後ろに一人立つ。
うん。「逃がさねぇぞ」って言われてる気分ね。
ラウル・ベナールと名乗った男は、ベナール村の村長の息子だそうだ。本人は“士族長の息子”と名乗ったけど、規模からしたら精々村長だから、私は“村長の息子”と呼ぶことにした。
その隣が、ティボー・ベナール。イレーヌさんの元旦那。
立ってる三人はラウルの取り巻きなのか、名乗らなかった。
ん? あれ? イレーヌさんの元旦那って村長の息子じゃなかったっけ?
まあ、いいや。
こちらも名乗ると、村長の息子はニタリと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「さて、我々が攻略中のダンジョンを討伐したい、とのことですが、お断りします」
んー、やっぱ、そうなるか。
「そして」
村長の息子が懐から魔道具のような銀色のプレートを取り出し、私たちに突き付け、プレートにプラーナを流す。
「ユリアーナ・ヒラガ、イルムヒルデ・ヒラガ、イレーヌ・ヒラガ、私に従え!」
〈契約魔法〉に似た魔力が私たちの中に入った。
ああ、これ、名前を呼んだ相手を隷属させる魔道具だったのか。
一般的には強力な魔道具だけど、軽く抵抗したら弾けたから、私たちにとってはショボい魔道具ね。
左右を見ると、イルムヒルデさんとイレーヌさんも軽ーく弾いていた。
さて、どうしたもんか。
隷属した振りは、振りであってもやりたくない。
高圧的にきてる相手を宥めるには……んー、どうしよう。
最悪、村ごと潰しても構わない。
こうして交渉してるのは、イルムヒルデさんの顔を立てて、だ。あと、村長の息子の隣に座ってるイレーヌさんの元旦那がいるから。
酷い別れ方をしたとはいえ、元旦那が村ごとプチっと潰されるのは見たくはないでしょう。
でも、それでも基本的にどうでもいい相手なのよ。どうでもいい相手だから、どうすべきか考えが纏まらないわ。
「どうした。三人とも跪け!」
彼らには見えない速度で、ちょっと強めに右ストレート。
拳圧で魔道具が砕け散る。
「ちょっと黙れ」
考えが纏まらず苛立って、軽く〈威圧〉すると、五人とも白目剥いて倒れてしまった。
「あ、えと……」
「ユリアーナさん……」
うっかり、加減を間違えた。
咎めるようなイルムヒルデさんの視線が痛い。
せっかく交渉の場にまで漕ぎ着けたのに、こんなことになってしまい、申し訳なく思ってます。
「と、とりあえず、今の内に方針を決めよう。ね?」
「はぁ……まあ、こうなったら、穏便な解決は無理でしょうね」
あちらから仕掛けたんだから、強気でいってもいいと思うの。
「高圧的にいこう」
「逆効果でしょう」
私の提案に、森人族のイレーヌさんから待ったがかかる。
「森人族はプライドが邪魔をして、実力不足を認められない種族です。徹底的にへし折るのが一番早いのですが、それをやると、その後、付き纏われることになります」
まるで自分のことのよう。
まあ、実際、うちの森人族はマゴイチに徹底的にへし折られて、マゴイチに付き纏ってるんだから、自分のことだったわね。
「それだと面倒なことになるわね」
私が森人族の男を縛って吊るさないといけなくなる。キッツいわぁ。
「まずは、我々がダンジョンを討伐してみせないと話は進まないので、今回はこちらの要求を一方的に言うだけでいいでしょう」
「そう? まあ、同族が言うんならそうなの、かな?」
よくわかんない。
「では、全員を起こしますね」
イルムヒルデさんが五人を魔法で覚醒させる。
彼らがボンヤリした目で状況を把握するまで、しばらく待つ。
寝起きが悪いのは種族特性かしら?
ちなみに、イレーヌさんたちは天井から吊るされながらでは熟睡できないそうよ。だから、ちゃんと寝る時は普通にベッドで寝ているわ。そして、朝は半分寝たまま納豆をかき混ぜているの。
「……いったい何が……」
「失礼。不愉快な魔道具を使われたので、自衛してしまいました」
イレーヌさんが笑顔で謝罪する。でも、頭は下げてない。
「本当にイレーヌ、なのか?」
元旦那が呻くように問う。
まあ、彼が最期に見たイレーヌさんは、体の半分が通常の手段では治せないくらい火傷でデロデロになっていた姿だ。
今の美しい姿が信じられないのでしょう。
私は逆に、ベッドでのアレな姿が信じられないけどね。
「ええ。そうですよ」
「ああ、戻ってくれたんだな」
イレーヌさんの笑顔を勘違いした元旦那が立ち上がり、両腕を広げてイレーヌさんに近づく。
「まさかとは思いますが、私とイヴェットにしたことを忘れたんですか?」
「忘れるわけがない!」
元旦那は、大袈裟な身振りでイレーヌさんの側に立つ。
「あの忌み子のせいで私がどれほ、ひっ!」
イレーヌさんは、私でもビクッとする冷たい目で元旦那を見上げた。〈威圧〉は使っていない。使っていないのに、元旦那は怯えた顔で、一歩、二歩と後退る。
「私、再婚したので、馴れ馴れしくしないでください」
「な? お前の伴侶は私だけだ!」
「イヴェットを産ませてくれたことには感謝しますが、それ以外は私の汚点です」
うわぁ。めっさキレてます。
元旦那の足がガクブルしてるよ。
でも、汚点と言われて悔しいのか、震えながらも睨み返している。やるじゃん。
あ、イレーヌさんが少しだけ〈威圧〉を使ったら、目を逸らした。ダメじゃん。
「ともかく、私と貴方は他人ですから、関わらないでください」
そういえば、村長の息子でなくなったらしい元旦那の立場からすると、彼がこの場にいるのはおかしい。
今の彼は、村の狩人の纏め役だそうだから、ダンジョン関係で交渉しているこの場に相応しい役職ではない。
「まさか、縒りを戻せると思った?」
元旦那は、私の呟きにハッと反応する。
うわぁ。話には聞いていたけど、ここまで自信過剰とは……。
「普通、妻が追放されたのになにもしないでいるような夫は、どれ程愛していても冷めるわよ」
「私は追放に賛成していない!」
「でも、止めなかったんでしょう?」
苦々しい顔で私を睨むんじゃないわよ。
「あれは、全てあの忌み子のせいだ!」
はい、アウトー。
「そう。私の大切な娘が虐げられていたのに、貴方は止めないどころか、それが当然と思っていたのね」
お、おう。メチャクチャ怖い。
「だって、そうだろう? あいつのせいで父上は士族長の座を追われたんだぞ!」
「ざまぁ……あ、失礼。続けてください」
イレーヌさん、本音が漏れちゃったねぇ。
続けるように言われた元旦那は、イレーヌさんの嘲るような笑顔に言葉を失う。
「続ける気はなさそうだから、こちらの要求を伝えるね」
イルムヒルデさんに目配せすると、小さく頷き返した。
「こちらの要求は一つ。邪魔をしないでください」
イルムヒルデさんがした通達の反応を待つが、なんらかの面倒な要求をされるものと身構えていたようなので、言われた意味を理解できていないようだ。
「それでは、私たちはこれで」
立ち上がり退室しようとしたら、村長の息子が我に返って止めようとする。
「貴方がたは対等な存在ではないので、要求をしたところで意味がないです」
去り際にイルムヒルデさんが見下しながら言うと、五人とも顔を赤くして襲ってきた。挑発しすぎじゃね?
イルムヒルデさんが軽く〈威圧〉すると、彼らの足が止まる。
挑発してもこの程度で止まるんなら問題ないか。
仮面を被ると、今の交渉の議事録がイルムヒルデさんの署名入りでアップされていた。
この人も性癖以外優秀よね。
*
拠点に戻る途中、ふと気になった。
「あの魔道具、どこで手に入れたんだろう?」
うちではガラクタだけど、一般的には国の封印庫に納められる危険な魔道具だ。
彼らのレベルからすると、あの村の誰かが作ったとは思えない。
「おそらく、二十年ほど前のダンジョン遠征で多くの犠牲を出しながら見つけた物だと思います」
答えたイレーヌさんも存在を知らなかったそうなので、村の一部しか知らないお宝だったらしい。
あそこの村が討伐を担当しているダンジョンの最高到達階層は、二十階だったはず。
こっそり偵察に行った人馬部隊が到達したのは最下層の三十階だ。
「そんな浅い階層でも魔道具が見つかるなんて、当たりのダンジョンね」
とはいえ、偵察では宝箱が見つけられなかったそうだ。
「少し探索してみますか?」
「んー、いや。あの程度なら、ユカリが暇潰しで作った魔道具の方がいいわ」
ついでならともかく、わざわざ時間を割く必要はないわね。
「あ、大森林のダンジョンからあれくらいの魔道具が出るんなら、子供たちに注意喚起しとくべきかしら? ミカゲさんに……は、今はやめとこう」
ミカゲさんは、産後すぐにマゴイチとのパスが切れたため、肉体的にも精神的にも不調で、仕事に復帰するのは少し先になりそう。マゴイチが死んですぐは大丈夫そうだったけど、あれはマゴイチの蘇生を優先させるためで、強がっていただけみたい。
今はマゴイチが側にいるから大丈夫だろうけど、出産後にパスを切られたと思ったらしく、精神的なショックで不安定になっているので、負担をかけたくないの。
「そうですね。今はミカゲ様の心労を減らすようにしませんとね」
そう言うイルムヒルデさんは、昨日の昼過ぎ、ミカゲさん立ち会いの下、マゴイチと野外プレイを楽しんでミカゲさんに怒られた。
「ええ。ミカゲ様には普段からお世話になっているので、今は休んで頂きたいですね」
そう言うイレーヌさんは、昨晩、ミカゲさん立ち会いの下、子供たちが普段食事する食堂で緊縛プレイを楽しんでミカゲさんに怒られた。
「妻の中で、私が一番まともね」
二人のアレな姿を思い出して呟いたら、両サイドから「え?」と聞こえた。
解せぬ。
お義母様はアレ以来、料理を作っていない。作っていないのだけど、厨房で調理するユカとユキを観察している姿が目撃されているので、諦めてはいないようね。
母親としては息子に手料理を食べさせたいという気持ちはわかるけど、嫁としては、そう何度も夫を死なせたくないので諦めてほしいわ。
というか、掠れた声で「まー」と囁く蛍光ピンクの物体をカレーと言う人は、料理をしてはいけないと思うの。いや、それを食べたマゴイチもおかしいんだけどね。
あと、死んだ時に、マゴイチの封印した記憶が戻っているようね。
もう一度封印となると脳への負担が大きいので、再封印は見送った。でも、まだ見ぬ兎人族のエロいお姉さんのことを考えてるのが丸わかりで、ちょっと、いや、かなりムカつく。
殴ったら忘れるかと思って、朝稽古で強めにボコってみたけどダメだったわ。
その日の夜にベッドでヤり返されたので、殴って忘れさせるのはやめた。しゅごかったぁ。
「ユリアーナさん? 来ますよ」
昨晩のベッドでのアレコレを反芻していたら、イルムヒルデさんに呼び掛けられ、現実へと呼び戻された。
森人族を交渉のテーブルに着かせるのに随分と時間がかかったけど、イレーヌさんたち大森林出身の森人族的にはこれでも早い方なんだとか。
交渉を任されたイルムヒルデさんは、不満そうだけどね。
「というか、あっちがこの時間を指定したのに待たせ過ぎよ」
森人族の村の集会所のような建物の一室に通され、睡眠薬入りのお茶を出されて待つこと一時間。ようやく、こちらに数人の気配が近づく。
今回の交渉にマゴイチは同席していない。
私とイルムヒルデさんとイレーヌさんの三人だけだ。
マゴイチには教えてないけど、森人族は、見た目が美しければ美しいほど魔術能力が高いと考えられているらしいの。
そんな森人族との交渉において、マゴイチの存在は話が拗れてしまいそうなので、お留守番してもらったわ。別の理由もあるけど。
ノックもなしに扉が開く。
部屋に一歩踏み入った男たちは、私たちを見て一瞬だけ顔が強張った。
すぐに薄っぺらい笑顔になったが、私たちに睡眠薬が効いていないことを訝しんでいるようだ。
「お茶はお口に合いませんでしたか?」
「いえ、美味しかったですよ。隠し味の睡眠薬が良いスパイスになっていました」
笑顔で空のカップを見せつける。
薄っぺらい笑顔が少しだけ引きつった。
入室した森人族の男たちは五人。
対面のソファに二人座り、残りはその後ろに一人、扉の横に一人、私たちの後ろに一人立つ。
うん。「逃がさねぇぞ」って言われてる気分ね。
ラウル・ベナールと名乗った男は、ベナール村の村長の息子だそうだ。本人は“士族長の息子”と名乗ったけど、規模からしたら精々村長だから、私は“村長の息子”と呼ぶことにした。
その隣が、ティボー・ベナール。イレーヌさんの元旦那。
立ってる三人はラウルの取り巻きなのか、名乗らなかった。
ん? あれ? イレーヌさんの元旦那って村長の息子じゃなかったっけ?
まあ、いいや。
こちらも名乗ると、村長の息子はニタリと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「さて、我々が攻略中のダンジョンを討伐したい、とのことですが、お断りします」
んー、やっぱ、そうなるか。
「そして」
村長の息子が懐から魔道具のような銀色のプレートを取り出し、私たちに突き付け、プレートにプラーナを流す。
「ユリアーナ・ヒラガ、イルムヒルデ・ヒラガ、イレーヌ・ヒラガ、私に従え!」
〈契約魔法〉に似た魔力が私たちの中に入った。
ああ、これ、名前を呼んだ相手を隷属させる魔道具だったのか。
一般的には強力な魔道具だけど、軽く抵抗したら弾けたから、私たちにとってはショボい魔道具ね。
左右を見ると、イルムヒルデさんとイレーヌさんも軽ーく弾いていた。
さて、どうしたもんか。
隷属した振りは、振りであってもやりたくない。
高圧的にきてる相手を宥めるには……んー、どうしよう。
最悪、村ごと潰しても構わない。
こうして交渉してるのは、イルムヒルデさんの顔を立てて、だ。あと、村長の息子の隣に座ってるイレーヌさんの元旦那がいるから。
酷い別れ方をしたとはいえ、元旦那が村ごとプチっと潰されるのは見たくはないでしょう。
でも、それでも基本的にどうでもいい相手なのよ。どうでもいい相手だから、どうすべきか考えが纏まらないわ。
「どうした。三人とも跪け!」
彼らには見えない速度で、ちょっと強めに右ストレート。
拳圧で魔道具が砕け散る。
「ちょっと黙れ」
考えが纏まらず苛立って、軽く〈威圧〉すると、五人とも白目剥いて倒れてしまった。
「あ、えと……」
「ユリアーナさん……」
うっかり、加減を間違えた。
咎めるようなイルムヒルデさんの視線が痛い。
せっかく交渉の場にまで漕ぎ着けたのに、こんなことになってしまい、申し訳なく思ってます。
「と、とりあえず、今の内に方針を決めよう。ね?」
「はぁ……まあ、こうなったら、穏便な解決は無理でしょうね」
あちらから仕掛けたんだから、強気でいってもいいと思うの。
「高圧的にいこう」
「逆効果でしょう」
私の提案に、森人族のイレーヌさんから待ったがかかる。
「森人族はプライドが邪魔をして、実力不足を認められない種族です。徹底的にへし折るのが一番早いのですが、それをやると、その後、付き纏われることになります」
まるで自分のことのよう。
まあ、実際、うちの森人族はマゴイチに徹底的にへし折られて、マゴイチに付き纏ってるんだから、自分のことだったわね。
「それだと面倒なことになるわね」
私が森人族の男を縛って吊るさないといけなくなる。キッツいわぁ。
「まずは、我々がダンジョンを討伐してみせないと話は進まないので、今回はこちらの要求を一方的に言うだけでいいでしょう」
「そう? まあ、同族が言うんならそうなの、かな?」
よくわかんない。
「では、全員を起こしますね」
イルムヒルデさんが五人を魔法で覚醒させる。
彼らがボンヤリした目で状況を把握するまで、しばらく待つ。
寝起きが悪いのは種族特性かしら?
ちなみに、イレーヌさんたちは天井から吊るされながらでは熟睡できないそうよ。だから、ちゃんと寝る時は普通にベッドで寝ているわ。そして、朝は半分寝たまま納豆をかき混ぜているの。
「……いったい何が……」
「失礼。不愉快な魔道具を使われたので、自衛してしまいました」
イレーヌさんが笑顔で謝罪する。でも、頭は下げてない。
「本当にイレーヌ、なのか?」
元旦那が呻くように問う。
まあ、彼が最期に見たイレーヌさんは、体の半分が通常の手段では治せないくらい火傷でデロデロになっていた姿だ。
今の美しい姿が信じられないのでしょう。
私は逆に、ベッドでのアレな姿が信じられないけどね。
「ええ。そうですよ」
「ああ、戻ってくれたんだな」
イレーヌさんの笑顔を勘違いした元旦那が立ち上がり、両腕を広げてイレーヌさんに近づく。
「まさかとは思いますが、私とイヴェットにしたことを忘れたんですか?」
「忘れるわけがない!」
元旦那は、大袈裟な身振りでイレーヌさんの側に立つ。
「あの忌み子のせいで私がどれほ、ひっ!」
イレーヌさんは、私でもビクッとする冷たい目で元旦那を見上げた。〈威圧〉は使っていない。使っていないのに、元旦那は怯えた顔で、一歩、二歩と後退る。
「私、再婚したので、馴れ馴れしくしないでください」
「な? お前の伴侶は私だけだ!」
「イヴェットを産ませてくれたことには感謝しますが、それ以外は私の汚点です」
うわぁ。めっさキレてます。
元旦那の足がガクブルしてるよ。
でも、汚点と言われて悔しいのか、震えながらも睨み返している。やるじゃん。
あ、イレーヌさんが少しだけ〈威圧〉を使ったら、目を逸らした。ダメじゃん。
「ともかく、私と貴方は他人ですから、関わらないでください」
そういえば、村長の息子でなくなったらしい元旦那の立場からすると、彼がこの場にいるのはおかしい。
今の彼は、村の狩人の纏め役だそうだから、ダンジョン関係で交渉しているこの場に相応しい役職ではない。
「まさか、縒りを戻せると思った?」
元旦那は、私の呟きにハッと反応する。
うわぁ。話には聞いていたけど、ここまで自信過剰とは……。
「普通、妻が追放されたのになにもしないでいるような夫は、どれ程愛していても冷めるわよ」
「私は追放に賛成していない!」
「でも、止めなかったんでしょう?」
苦々しい顔で私を睨むんじゃないわよ。
「あれは、全てあの忌み子のせいだ!」
はい、アウトー。
「そう。私の大切な娘が虐げられていたのに、貴方は止めないどころか、それが当然と思っていたのね」
お、おう。メチャクチャ怖い。
「だって、そうだろう? あいつのせいで父上は士族長の座を追われたんだぞ!」
「ざまぁ……あ、失礼。続けてください」
イレーヌさん、本音が漏れちゃったねぇ。
続けるように言われた元旦那は、イレーヌさんの嘲るような笑顔に言葉を失う。
「続ける気はなさそうだから、こちらの要求を伝えるね」
イルムヒルデさんに目配せすると、小さく頷き返した。
「こちらの要求は一つ。邪魔をしないでください」
イルムヒルデさんがした通達の反応を待つが、なんらかの面倒な要求をされるものと身構えていたようなので、言われた意味を理解できていないようだ。
「それでは、私たちはこれで」
立ち上がり退室しようとしたら、村長の息子が我に返って止めようとする。
「貴方がたは対等な存在ではないので、要求をしたところで意味がないです」
去り際にイルムヒルデさんが見下しながら言うと、五人とも顔を赤くして襲ってきた。挑発しすぎじゃね?
イルムヒルデさんが軽く〈威圧〉すると、彼らの足が止まる。
挑発してもこの程度で止まるんなら問題ないか。
仮面を被ると、今の交渉の議事録がイルムヒルデさんの署名入りでアップされていた。
この人も性癖以外優秀よね。
*
拠点に戻る途中、ふと気になった。
「あの魔道具、どこで手に入れたんだろう?」
うちではガラクタだけど、一般的には国の封印庫に納められる危険な魔道具だ。
彼らのレベルからすると、あの村の誰かが作ったとは思えない。
「おそらく、二十年ほど前のダンジョン遠征で多くの犠牲を出しながら見つけた物だと思います」
答えたイレーヌさんも存在を知らなかったそうなので、村の一部しか知らないお宝だったらしい。
あそこの村が討伐を担当しているダンジョンの最高到達階層は、二十階だったはず。
こっそり偵察に行った人馬部隊が到達したのは最下層の三十階だ。
「そんな浅い階層でも魔道具が見つかるなんて、当たりのダンジョンね」
とはいえ、偵察では宝箱が見つけられなかったそうだ。
「少し探索してみますか?」
「んー、いや。あの程度なら、ユカリが暇潰しで作った魔道具の方がいいわ」
ついでならともかく、わざわざ時間を割く必要はないわね。
「あ、大森林のダンジョンからあれくらいの魔道具が出るんなら、子供たちに注意喚起しとくべきかしら? ミカゲさんに……は、今はやめとこう」
ミカゲさんは、産後すぐにマゴイチとのパスが切れたため、肉体的にも精神的にも不調で、仕事に復帰するのは少し先になりそう。マゴイチが死んですぐは大丈夫そうだったけど、あれはマゴイチの蘇生を優先させるためで、強がっていただけみたい。
今はマゴイチが側にいるから大丈夫だろうけど、出産後にパスを切られたと思ったらしく、精神的なショックで不安定になっているので、負担をかけたくないの。
「そうですね。今はミカゲ様の心労を減らすようにしませんとね」
そう言うイルムヒルデさんは、昨日の昼過ぎ、ミカゲさん立ち会いの下、マゴイチと野外プレイを楽しんでミカゲさんに怒られた。
「ええ。ミカゲ様には普段からお世話になっているので、今は休んで頂きたいですね」
そう言うイレーヌさんは、昨晩、ミカゲさん立ち会いの下、子供たちが普段食事する食堂で緊縛プレイを楽しんでミカゲさんに怒られた。
「妻の中で、私が一番まともね」
二人のアレな姿を思い出して呟いたら、両サイドから「え?」と聞こえた。
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