一人では戦えない勇者

高橋

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9章

2話  神話

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 森人族との交渉は難航中だ。
 この七日間は進展がない。
 交渉のテーブルにすら着いてもらえていない。

 そんなこんなで御影さんの出産予定日となり、本日八月三十日の未明に産気付いて、僕は分娩室の前で正座中だ。

 ユリアーナとマーヤとロジーネ姉さんの時は、陣痛が来てすぐに産まれた。
 御影さんは三人と違って難産だ。
 もうじき正午。分娩室に入って既に八時間以上が経過している。
 こちらも難航中だ。

 僕の両膝に乗るアリスとテレスが僕の頬をペチペチ叩く。

「ああ、ごめん。続きを読むよ」

 二人に読むようせがまれた絵本は、この世界の成り立ちを絵本にしたものだ。
 作画は理子で監修は【創造神】様となっている。
 縁は忙しいだろうし、マーヤはこういうのに興味がなさそうだから、ユリアーナかな?

 これによると、この世界を創った神々は、どこか別の世界で好き勝手やった挙げ句、争いに敗れて逃げてきたらしい。
 そして、自分達に都合のいい世界を創ろうとしたのだけど、力の大半を失った神々では中途半端な世界しか創れなかった。
 そんな中途半端な入れ物では、人間を創っても長く生きられない。

 なのに、妖精神が誰よりも先に自分の写し身である妖精族を創って世界に解き放ってしまう。
 当然、創った側からバタバタ死んじゃう。ならば、と、周囲のマナを喰らう妖精を創ってしまった。
 それが大妖精族の始祖。
 この世界最初の生物は、アメーバのような単細胞生物ではなく、人間大の妖精さんなんだ。

 その大妖精がマナに満ちた出来たてホヤホヤの世界に解き放たれると、すぐに小妖精が産まれ、それが中妖精、大妖精へと成長して、また小妖精が増える。
 そして、増えた妖精族は、世界のマナの半分以上を僅か百年ほどで喰らった。

 余談だが、小妖精族のシルキーから聞いた話だと、百年くらいで中妖精になれるそうなんだけど、彼女を調べた縁が言うには、最短で十年くらいで中妖精になれるはずなんだとか。
 だから、世界がマナで満たされていた時代だと、百年もあれば、沢山の大妖精が沢山の小妖精をポコポコ生んでいるはず、だそうだ。

 シルキーが故郷の年寄り連中から聞いた話だと、当時、妖精族が住んでた土地は、百年ちょっとでマナが枯渇して、餓死する妖精が沢山出たらしい。

 そんなわけで、最初の生物は、呆気なく絶滅の危機に瀕してしまった。
 でも、せっかく創った眷属を失いたくない妖精神は、眷属の絶滅を回避するため樹神に泣きついた。
 なぜ樹神なのかは不明。ユリアーナに聞いたら「仲良かったんじゃね?」だそうだ。

 ともあれ、樹神はマナを産み出す木、世界樹を創り、世界の南北に一本ずつ植えた。
 これにより、世界にマナが生産されるようになる。
 が、二本では消費に生産が追い付かず、この後もバッタバッタと妖精さんが餓死し続けた。
 で、妖精神は、またも樹神に泣きつく。
 困った樹神は、賭博神に相談する。
 しかし、これが不味かった。

 賭博神は、前の世界でも、当時押され気味だった追放された神々に、大穴と知りながら面白半分で自らをベットしたアホの子である。
 この時も、樹神の相談に面白半分で提案する。
 「そんなことより、それぞれの神が自らの眷属を創り、誰の眷属が世界を統一するか賭けた方が面白いよ」と。
 マジでそう言ったらしい。世界システムの前身となる管理システムにログが残ってたから、間違いないそうだ。
 困ったアホの子である。

 そして樹神は困った。
 困ったけど、神様は基本アホが多い。

 戦神や竜神をはじめとするヤンチャな神々はこの提案に乗っかり、それぞれの眷属を地上に生み出した。ただし、妖精神の失敗で学んだ神々は、普通に生きるだけならマナを消費しない眷属を創る。

 樹神は比較的真面目だったが強く意見を言う神ではなかったので、妖精神に若干の罪悪感を感じながらも、賭博神の提案を否定せず、他の神々と同じく自らの眷属を創った。

 もう一つ余談。
 樹神の眷属とは、王樹のこと。
 樹神は、他の神々がウォーゲームを始める中で、世界のマナ循環を効率化させるために、大陸の各地に王樹を植えるというパズルゲームをしていた。
 ……眷属、僕の椅子に加工されてる。

 これに一番困ったのが妖精神。
 このままだと、自分の種族だけ真っ先に滅びてしまう。
 そうなったら、自分と仲の悪い精霊神にバカにされる。
 それは死んでも嫌。
 ならば、と、自らの力の全てを注ぎ込んで、森人族や飛翼族、吸血族、吸精族などの妖精種を次々と産み出し、地上へ解き放ち、現在の砂人族に玉璽を授けて消滅してしまった。

 自分への対抗心で消滅してしまった妖精神を見て、精霊神は落ち込んだ。
 神様であっても、失って初めてわかることがある。
 精霊神は、妖精神が大好きだったのだ。

 主神を失った妖精種は、神々の代理戦争に参加せず、世界樹が戦火に焼かれぬよう、樹神に大森林の創造を依頼して、世界樹の守り人となった。

 戦に盛り上がるヤンチャな神々を尻目に落ち込んだ精霊神は、自らの命を世界に還元し、妖精種と寄り添う存在として精霊を世界中に解き放ち、消滅した。

 精霊は妖精のために産み出されたから、現在でも妖精種以外には〈精霊魔術〉も〈精霊魔法〉も使えないんだ。

「そんなわけで、俺たちには〈精霊魔法〉を使えないし、そもそも、精霊を見ることもできない」
「「えー、やだー。精霊さんとお話ししたい」」

 そういえば、アリスとテレスが〈精霊魔法〉を使いたがってるって、理子が言ってたな。

「人族には、精霊を見るための〈妖精の目〉がないんだ」
「エロフにはあるのに?」
「エロフのくせに?」

 君たち、森人族に恨みでもあるの? てか、誰が“エロフ”なんて言葉を教えたの?

「精霊さんとはお話しできないけど、妖精さんとはお話しできるでしょ」
「シルキーちゃんは寝てるの」
「シルキーちゃんは食べてるの」

 ああ、たしかに。大体、僕の頭の上で寝てるか、僕のプラーナを食べてるか、どっかで遊んでるか、だ。
 お話ししてくれないのだろう。ヴァルブルガさんも同じようなことを言ってた。僕ばかりシルキーとお話ししてズルいってさ。

「妖精さんはお話ししてくれないの」
「精霊さんとお話ししたいよ」

 二人が僕を上目遣いで見る。

「「パパ、お願い」」

 破壊力抜群のおねだり。てか、こんな時だけパパと呼ぶのはズルいと思う。
 でも、パパの株を上げるには。

「パパに任せとけ」

 二人の笑顔が見れるなら、パパは頑張れます。
 どうすればいいかは……まあ、縁に相談すれば、なんとかなるんじゃないかな?
 あ、でも、種族的な特性は変えられないって言ってたな。
 ……どうしよう。

「あー、無理だったらごめんね」

 アリスとテレスが顔を見合わせて、ため息をつく。

「「そういうとこだぞ、キチマー」」

 (株)マゴイチは大暴落です。



 御影さんの出産は昼過ぎまで続き、無事に元気な男の子が産まれた。
 名前は結人。それだけ言って御影さんは眠った。

「母子共に健康とはいえ難産でしたので、少し休ませてあげてください」

 ロクサーヌの話を聞きながら、碌に労うこともできずに眠ってしまった御影さんの頭を撫でると、汗で髪が濡れていた。

 もう少し撫でていたいけど、御影さんを寝室に運ぶのに邪魔なので退室する。

 廊下でストレッチャーに乗せられて移動する御影さんを見送り、縁の研究室に向かう。
 研究室は住宅密集地から外れた場所にある。
 途中、噴水がある公園で遊ぶ子供たちに手を振ると、無表情の幼女がトテトテと僕に駆け寄り、風呂敷に包まれた重箱を差し出した。

「ユカちゃんとユキちゃんから」

 うちの子供の中には、この子のように心に傷を負った子が結構いる。

「ん? 俺の弁当?」
「ユカリちゃんのも」

 僕が縁の研究室に向かってるのを知った縁が、由香と由希に頼んだのかな? 二人分にしては多いけど。

「ありがと。ほんじゃあ……ほい、お駄賃」

 ポケットから出した飴ちゃんを、見えるように出す。
 別の子だけど、前に、拳に握り込んで出したら、殴られると思ったのか、酷く怯えられてしまってから、こういった気配りをするようになった。

「あり、がとう」

 幼女は薄く笑いながら飴を受け取り去っていった。
 あの子が心から笑えるようになるには、まだ時間が必要だな。



 研究所に着くと、窓から黒煙がモクモクと溢れ出ていた。
 あれ? 黒煙? 煙って、上に昇ってくもんだよね。なんで、窓から溢れ落ちるように出てるの? 空気より重いの? なんの煙なの?

 なぜか動悸がする。
 立ち去るべきか?
 でも、お弁当箱を渡されたしなぁ。

 意を決し、扉を開けて研究所に踏み込む。

「いらっしゃい」

 出迎えたのは縁ではなく、お母さんだった。
 お弁当が三人前くらいありそうだったのは、お母さんの分もあったのか。

「縁に聞きたいことがあるんだけど、いる?」
「ええ。もう少しかかりそうだから、先に私の手料理を食べましょう」
「ん?」

 手料理?
 待って。メシマズと噂のお母さんの手料理を食べろと?
 あと、僕のおふくろの味は、御影さんの煮物だよ。

「あ、大丈夫だよ。由香と由希がお弁当を用意してくれたから」

 そう言って、テーブルに風呂敷を広げると、三段になってる重箱の上に、箸と一緒に小さい瓶が置かれていた。
 手に取って瓶に貼られたラベルを見ると、“胃薬”と書かれている。

 ……なるほど。先にお母さんの手料理を食べて、胃薬を飲んで、それから、重箱のお弁当を食べろ、と。

 隣の部屋の扉に目を向けると、隙間から先程見た黒煙が漏れ出ている。
 そういえば、研究所に縁とお母さん専用の厨房を造ったと言っていた。

 ……残酷だな。
 これから、あの黒煙の発生源を、胃に入れなければいけないのか。

 〈支援魔法〉のパスを介して見えるお母さんの感情は、不安と期待。

「……まずはお母さんの料理を食べようか」

 弾むような足取りで扉を開けて、溢れる黒煙の中に消えるお母さんの背中を見送る。
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