一人では戦えない勇者

高橋

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間章8

矢萩弓弦29

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 追加で二回、手首から先が無くなった所でイルムヒルデさんが助けてくれた。マジ女神。
 ついでに消費したエリクサーも補充してくれた。

 僕の前には、平謝りする元皇女と、監督不行き届きを謝る元王女が並んでいる。
 平民といたしましては、逆に僕が謝罪したくなってしまう。

「その……マゴイチ様のお役に立ちたくて……」

 エミさんは、手が離せないイルムヒルデさんに代わって自分がなんとかしようとしたが、先輩の成長チートを受けてそれほど日が経っていないので、彼女では技術不足だった。それでミスをした、と認めた。

「まあ、誰にでもミスはあります。それで、どんなミスだったんですか?」
「えっと……この端末は、物理的なキー操作ではなく、プラーナ操作で端末を操作するんですが、指定されたキー操作を二秒以内に入力しなければいけなかったり、マナの操作も必要だったり、と、わたくしの未熟な技術では難しくて……」

 そういえば、このシステムを作ったのは平賀さんだっけ。それならば。

「平賀さんが悪い」

 イルムヒルデさんも自信がないそうなので、平賀さんを呼び出して登録させた。
 でも、なんか舌打ちされた。
 いや、君がこんな高難易度のセキュリティを作ったからでしょ。

「あ、そうだ。矢萩君にこれをあげます。私から、ちょっと早い出産祝いです」

 平賀さんはそう言って、ちょっとゴツくてデカい弓を放り投げる。
 慌ててキャッチすると、メチャクチャ重くて腰にキた。

「これは?」
「プラーナで作った矢を射てる弓です。名前は『あの弓』」
「どの弓?」

 似たような弓の心当たりが複数ある。あのラノベとかあのゲームとかあのアニメとか。
 なんでも、平賀先輩と八神先輩のヲタトークを聞いて、いろいろ作った内の一つがコレだそうだ。「面白そうだから作ってみました」で作れるもんなんだね。

「例によって、うちでは弓が不人気なので、矢萩君に試験してもらおうと」
「出産祝いとは?」

 というか、森人族って、弓のイメージなんだけど。

「弓より魔法銃の方が使いやすいんですよ。音もしないし、火薬を使ってないので臭いで居場所がバレない。なにより、これは軽量化に失敗してしまったのが大きいですね。プラーナの物質化を少ないプラーナでやろうとしたら、加速器が必要で、今度は加速器の冷却装置も必要になって、と、いろいろ足さなければいけなくなり、このサイズと重量になりました」

 きっと、一つ一つの機能はダウンサイジングに成功してるんだろう。けど、それらが集まると、このサイズになってしまう。ズッシリ重い。

「丁度、覗き見している人がいるようですから、試し射ちしては?」

 遠くの屋根の上から視線を感じていたけど、あれのことかな?
 近場のギャラリーは違うよね。多すぎるもん。

「それでは……ん? こうか?」

 矢をつがえず弦を引いてみる。
 なんか違う。
 プラーナを自動で吸収してくれないのか。
 プラーナを流す。……もっとか。……え? もっと? 多くね?
 これでもかと流し込むと、うっすら発光する矢ができた。ついでに、弓本体もサイ○フレームみたいに発光してる。
 あ、これ、維持するだけでもプラーナをゴリゴリ消費するぞ。
 もう、射っちゃえ。

 大して狙わなかった矢は、覗き魔の右肩に命中して、そのまま勢いを落とさず貫通し、晴れ渡る空に消えていった。
 うむ。【弓の勇者】の名に恥じぬエイムだ。
 しかし、射程がわからなかった。どれくらい飛んだんだろう。
 まあ、それ以前に。

「消費プラーナが多すぎる」
「それもあって不人気なんです。でも、運用データは欲しいので、使ってください」

 使うかなぁ?
 デカいし重いから、移動しながらの戦闘には不向き。乗り物に乗って? んー、プラーナ制御が疎かになりそう。
 固定砲座としてなら使えるか?
 ……愛弓となった真っ黒なコンボジットボウの方がいい。長距離狙撃なら、真っ黒なコンパウンドボウがあるし。……うん。使わない。

 でも、まあ、返すと機嫌を損ねそうなので貰っておこう。

「たぶん使わないと思いますけど貰って……どうしました?」

 運用データは期待しないように言っておこうとしたら、平賀さんは僕の後ろで空気になっている二人をジッと見つめていた。

「いえ、なにも。私は帰りますけど、後で一人寄越します。それと、運用データは宜しく」

 断れなかった!
 って、誰が来るの?

 問おうにも既にいない。
 空間転移のゲートは拠点内だろうから、追おうと思えばまだ間に合う。でも、追わない。

「自由だなぁ」
「ユカリさんですから」

 イルムヒルデさんは諦め顔。

 一応、僕を含めて三人とも登録されているか確認してから拠点に入る。
 屋敷までに道を歩いていたら、後ろから悲鳴が聞こえた。振り返ると、数名の野次馬が端末を出そうと門柱に触れ、手首から先を失ってしまったようだ。
 うん。スラムだなぁ。
 僕が手を失うのを見てたはずなのに、なぜか、自分は大丈夫だ、って思うのはスラムの特徴だ。

 エントランスを抜けてリビングに入ると、レオノーレさんの他に二人いた。
 シュェさんとエウフェミアさんだ。

「平賀さんが言ってた“後から寄越す人”って、お二人ですか?」

 一人って言ってたような気がするけど。

「ええ。よくわかりませんが、ユカリ様に言われて……」

 言いながらシュェさんの視線が僕を通りすぎて、僕の後ろで止まる。

「こちらの二人は、母親の方が助産の経験があるそうなので買った奴隷です」

 レオノーレさんの視線に「どういう経緯?」という意思を感じて、買うことになった経緯も追加で話す。

「で、名乗るのがだいぶ遅れたけど、僕はユヅル・ヤハギです。こっちは妻のレオノーレさん」

 あとの四人は……あ、僕が紹介するの?
 順番的に王族からか? 皇族から?
 ちょっと悩んで、お世話になってるイルムヒルデさんから、シュェさん、エウフェミアさん、エミさんという順で紹介した。勿論、元王女と元皇女ってことは言わないでおいた。

「お二人の名前を教えて下さい」
「え? 聞いてなかったの?」

 レオノーレさんは意外そうに言う。

「自己紹介って纏めてやりたいので」

 僕だけだと思うけど、僕の姿をすぐ見失う相手に自己紹介しても、すぐに忘れられちゃうんだ。だから、自己紹介って嫌なんだよね。嫌いと言ってもいい。
 まあ、今回、紹介するのは僕じゃないからいいんだけど、それでも何回も自己紹介するのを見るのは嫌なので纏めてやっつけたい。

 母親が前に出る。

「シュイユエと申します。こちらは娘のフイです」

 シュイユエさんが頭を下げたら、貫頭衣の隙間から素晴らしい谷間が見えた。かなりデカい。

 年齢は母親が31で娘が8つ。女性の年齢をズケズケ聞いたから、レオノーレさんが咎めるような目で僕を見ている。

「それで、シュェさんからなにかありますか?」

 さっきからシュェさんは、なにか言おうとしてはやめて、と繰り返していたので話を振ってみる。

「あの、ひょっとして、シュイお姉さん、ですか?」

 遠慮がちに問うシュェさんに、シュイユエさんは首を傾げる。

「昔、近所に住んでたお姉さんに似ていたので……」

 シュイユエさんに心当たりはないようだ。

「仲良かったんですか?」
「いえ。よく考えたら、わたくしが一方的に知っているだけだったかも」

 で、お互いの話を聞いてみたら、たしかに同じ町の出身だけど、シュェさんのお父さんが店を構えたのは別の町で、一時期近所に住んでただけだった。
 シュェさんの言う“シュイお姉さん”と同一人物なのだろうけど、本人にその自覚はないみたい。

「その……ごめんなさい」
「あ、いえ。わたくしの方こそ……」

 なんとも気不味い。

「あー、えっと……シュイユエさんとフイちゃんには、レオノーレさんの世話をお願いしたい。まあ、別に奴隷である必要はないから解放してもいいんだけど……どうする?」
「え? 解放、していただけるのですか? でしたら、娘だけでも」
「二人とも解放しても構いませんよ。その代わり、レオノーレさんの世話をお願いします。勿論、給料を払いますし、東域に向かってる途中なので、出産後に同行す」
「是非っ!」

 食い気味にお願いされた。
 僕としては、出産後に平賀先輩のとこに就職した方が彼女たちのためになると思うのだけど、それは言わないでおいた。
 理由はよくわからない。
 素敵な谷間に惹かれたのか? たぶん違う。
 よく知りもしない二人を、突き放すようなことを言いたくなかったんだと思う。
 傭兵団を勧めるにしても、二人のことをよく知ってから。そう思っただけだ。たぶん。

 奴隷解放の手順を知らないので、イルムヒルデさんにお願いした。

「さて、それでは……なにから始めればいいんだ?」

 奴隷ではなくなった二人を前に、元御主人様としてやることを指示しようとしたのだけど、なにも思い付かなかった。

「まずは拠点の設備を案内する、とか。あと、【奴隷】ではなくなったので、クラスの変更をしに教会に行かないと」

 さすがレオノーレさん。出来る妻だ。

「クラスの変更なら、わたくしたちでもできますよ」

 そういえば、イルムヒルデさんも神様になったって言ってたっけ。前は神様になるつもりはないって言ってたはずだから、心変わりするなにかがあったのだろう。

 イルムヒルデさんに二人のクラス変更をお願いする。
 シュイユエさんはすぐに決めた。
 選択肢に【従者】があったので、彼女は即決した。理由は知らない。

 困ったのはフイちゃん。
 この世界では、十歳で生まれつきのクラスを自分がなりたい職業に関するクラスに変更するのが普通だ。
 八歳でクラスを変更することは一般的ではないのは、人生経験が少なすぎるとなれるクラスも少ないからだ。
 だから、彼女も選べるクラスが少なかった。
 少ないのだけど、その中に目を引くクラスがあった。

「【支援魔術士】か……」
「灰色の角の魔術適正は〈支援魔術〉だった、ということでしょうか?」

 角を持たない僕に、立派な三本角を生やしたシュェさんが聞いても答えは出ないよ。

「他に魔術クラスは?」
「ありません」

 シュイユエさんの表情からすると、東域でも【支援魔術士】の扱いは悪いのだろう。

「シュイユエさん、この人たちの旦那さんは、【支援の勇者】ですよ」
「……え? なんですって?」

 意味がわからないのか、難聴系主人公のように聞き返された。

「東域で【支援魔術士】がどのような扱いなのか知りませんが、僕たちは〈支援魔術〉の可能性を知っています」

 正確には〈支援魔法〉の可能性だ。
 しかし、〈支援魔術〉にはとんでもない可能性が秘められていることを、多くの人が知らない。神様を作り出してしまう程の可能性を。

「フイちゃん。【支援魔術士】になってみない?」

 シュイユエさんが不満そうに口を挟もうとしたのを手で制する。

「嫌になったら変えてもいいから、少し、やってみてほしい」
「私でも、お役に立てますか?」

 八歳からそんな考えでは……。

「役に立つかより、フイちゃんがしたいことを優先していい」

 だから、そんな泣きそうな顔しないで。
 御姉様方の「てめぇ、泣かしてんじゃねぇよ」みたいな圧が、僕を押し潰しそうだよ。

「フイちゃんは、どうしたい?」
「お母さんに笑っていてほしい」

 なにこの子、いい子すぎ。
 彼女の前に跪いて、頭を撫でてあげる。

「ユヅル様もロリコンなのかしら?」

 イルムヒルデさんが「うわぁ」という顔で僕に聞くけど、聞いてるだけでロリコンが確定しているような言い方だ。

「違います。【土の勇者】と一緒にしないでください」
「いえ。一緒にしてるのはマゴイチ様ですよ」
「え? 先輩ってロリコンなの?」
「自分ルールを作って自制しなければいけないのは、ロリコンだからだと思いますよ」

 ああ、たしかに。
 自分ルールを作らないといけないのなら、それは間違いなくロリコンだ。

「僕は違います。どちらかというと年上好きです」
「マゴイチ様も同じこと言ってました」

 シュェさんに指摘される。
 レオノーレさんの視線が痛い。

「それより、フイちゃんのクラスです」

 話を逸らすにも無理矢理すぎるけど、「誤魔化した」と呟いたエウフェミアさん以外は、僕の急ハンドルに付き合ってくれるようだ。

「フイちゃん、【支援魔術士】になることで、フイちゃんは人から見下されることがあると思う。辛い思いもするだろう。でも、僕たちは、【支援魔術士】の可能性を知っている。それが行き着く先を見ているから、フイちゃんにもそこに至ってほしい」

 フイちゃんは真剣に考えている。
 シュイユエさんは不満そうだ。
 こういうのって、期限を決めた方がいいのかな。

「期限を決めよう。そうだな、二年間、フイちゃんが十歳になるまで【支援魔術士】になってみる。っていうのは? そこから先はその時に考えるってことで」

 あとのことは、二年後の僕が上手いことやってくれる。たぶん。

「あ、やめたくなったら、いつでも言ってね」

 続けてほしいけどね。
 あと、気配を全開にし続けるの、疲れるから、早く結論を出して。

「やって、みる。みます」
「そか。よかった。ほんじゃあ、僕は気を抜きます」
「ほぇ?」

 目の前の男が消えたように見えたのか、フイちゃんがキョロキョロと周囲を見渡す。

「いつにも増して気配が薄いですね」

 シュイユエさんとフイちゃん以外は、跪いたままの僕が見えているようで安心した。
 気配を全開にし続けた代償でレオノーレさんにも見えなくなったら、泣いちゃうよ。

「ユヅル君、いるのがわかってるから辛うじて見えるけど、知らなければ見えてないかも」

 涙が零れそうなので、天井を見上げた。
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