一人では戦えない勇者

高橋

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8章

12話 母との対話

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 気が重いイベントを一つ終わらせた。なのに達成感はない。
 隣の御影さんは達成感が溢れ出している。
 その笑顔は恐いままだ。
 具体的に言うと、廊下で出くわしたハーロルトが御影さんを一目見て全力で逃げ出すくらい。
 あいつ、ホブゴブリンを単独で討伐できるようになったんだけどなぁ。ホブゴブリン程度じゃダメかぁ。
 しかし、御影様を前にして、泣き出したり気絶したりしなくなったのは、成長として認めてもいいだろう。

 そんなハーロルトは、最近、二つ下のフィリーネのことが気になっているらしい。
 相談されたんだけど、脈がなさそうだったから「当たって砕けろ」とだけ言っておいた。
 なんか、どんな女の子でも口説ける必勝法を聞かれたけど、そんなのがあるなら僕が聞きたいよ。

「マゴイチ。そろそろ現実逃避をやめて」

 廊下の窓から見ていた空から、ユリアーナに顔を向ける。

「ユリアーナ。俺は、ハーロルトの恋を応援していただけだよ」
「ハーロルトがフラれるのは確定してるんだから、応援するだけ無駄よ」

 神様が確定って言っちゃダメだよ。

「あと、ミカゲさんが恐いから、マゴイチがなんとかして」
「恐くないでしょ。なにかをやりきったいい笑顔だよ」
「恐いわよ。ハーロルトが半泣きで走ってったわよ」

 ああ、泣いちゃったんだ。成長したと思ったのは気のせいか。

「マゴイチは両親と話したくないかもだけど、私たちはちゃんと話をしたい」

 あちらに聞く気があるかわからないよ?

「本当は妻全員で話をしたい」

 それはやめて。部屋パンパンになるし、両親の頭も全員の名前と顔でパンパンになる。
 結婚式を挙げた妻だけでも八十人以上だ。種族も覚えるとなると大変だ。
 あ、でも、父親は女性の名前をすぐに覚えそう。むしろ、演技より得意分野?

「まあ、あちらに聞く気があるかはわからないけどね」
「それでも、会って挨拶する機会は、この先ないんだから」
「それで? 全員は無理でも少人数ならって、この面子?」

 僕の両親がいる部屋の前に集まったのは、アルベルトを抱っこしたユリアーナ、ヴィオラートを抱っこしたマーヤ、ルーペルトを抱っこしたロジーネ姉さん、予定日が近い御影さん、それと、アリスとテレスを抱っこした義妹の縁だ。
 本当は、各種族から代表一人、と考えていたのだけど、それでも部屋がパンパンになるので、孫の顔見せをメインにして、この人数になった。

「はぁ……ほんじゃあ、行こうか」

 気が重くて足も重い。
 重い足を一歩踏み出すまでに長いため息が必要だ。
 扉の前に踏み出し、ノックしようと手を動かし、ノックするまでに腕が重くなる。
 扉の前で止まっていたら、横からユリアーナがノックした。
 内側から若い男性の声が返事する。たしか、母親のマネージャーだったはず。
 蛙面のせいで補導された時に迎えに来たのが彼だ。
 名前は……忘れた。恩人なんだけど、あの時は親が来なかったことにガッカリして、名前を聞き逃したようだ。……名乗ってない、なんてことはないよね?

 内側から開けられた扉の横に、記憶にあるマネージャーが会釈していた。
 僕も会釈を返して入室する。

 応接セットの上座には母親が座り、父親と父親のマネージャーは窓際に立っていた。
 母親と目が合ったので軽く目礼して、下座に座ろうと一歩踏み出したら、父親がズカズカ歩み寄ってきた。

 挨拶は座ってからでもいいのになぁ。と思いながら足を止め父親を見ると、その視線は、僕の後ろのユリアーナに向けられていた。

「やあ、君、ユリアーナちゃんって言ったね? 俺は役者をやってるひらあぁぁっ! ふげっ!」

 ユリアーナの肩に伸びた手が、軽く捻られて父親が宙を舞った。そのまま背中から落ちる。
 床の父親を冷めた目で見ながら女性陣が入室する。
 背中を擦りながら起き上がる父親と僕だけ残されてしまった。

 なにか言われる前にソファへ向かい、ユリアーナと縁の間に座る。
 後ろには、右からマーヤ、御影さん、ロジーネ姉さんが立っている。なんたる安心感。

 父親がブツブツ文句を言いながら立ち上がり、ユリアーナを睨み付ける。

「てめぇ、よく、も……」

 ユリアーナが指をパチンと鳴らすと、父親が膝から崩れ落ちる。
 そのまま、床と仲良しになり寝息をたてた。

「話をするつもりがなさそうなので、眠ってもらったわ」

 笑顔のユリアーナに、母親は「構わないわ」と言って、柔らかい笑顔を返した。

「それで? 貴方たちは、なにをしにここへ?」

 いきなり振られて言葉が出ない。なにを言おうとしたんだっけ?
 ユリアーナに脇を肘で突かれて彼女を見ると、頼もしい笑顔で僕を見ていた。斜め後ろのマーヤもだ。
 うん。この先、打ちのめされるようなことがあっても、彼女が、彼女たちが側にいてくれるのなら、僕は立ち上がれる。そう確信させてくれる笑顔だ。
 その笑顔のユリアーナに足を踏まれた。
 あ、はい。お話ね。

「えっと……孫の顔を見せに?」
「その子達? こちらとあちらでは時間の流れが同じなのよね? 産まれるの早くないかしら。それと、明らかに二歳か三歳くらいの子供もいるようだけど?」
「あ、この二人は拾いました。獣人種は、大体、人種より妊娠期間が短いです」

 母親が相手だと丁寧な言葉遣いになってしまうのは、なんでだろう?

「そう……。孫を見てもなにも思わないわ」

 柔らかい笑顔のまま呟く。
 一瞬、別の人が言ったのかと思った。それくらい、冷たい声と暖かい表情が一致していなかった。

「どう、して?」
「私、昔から人の気持ちがわからないの。人と共感できない、と言った方がいいかしら」
「共感?」
「ええ、わからないのよ。孫を見たら、“可愛い”と思うのが普通なんでしょうね。でも、私はなにも思わない。自分の子供を抱いても、子猫を撫でても、花を見ても、高級な料理を食べても、なにも思わないの」

 僕が産まれた時も?

「わからないから、知ろうとして女優になったのよ。いろんな役をやればいろんな感情を知れると思って……。結果は、わからなかったわ。表面的なことはわかったけど。こういうことをされたら、こういう感情になる、と。でも、それだけ。そういう表情を作っただけ」

 笑顔の母親が僕を見る。慈愛に溢れた笑顔に見えるのに、その声は無感情だ。

「なら、僕を産んだのは?」

 聞いてしまった。
 答えは示されているのに。
 このまま聞かなければ、僕は傷つかずに済むのに。
 母親の口から聞いてしまえば、否定できないのに。
 聞いてしまった。

「母親の感情を知るためよ。相手はソレじゃなくても良かったのよ」

 視線だけ、倒れたままの父親に向けられる。

「今にして思うと、ソレじゃない方が良かったわね」

 ソレから目を逸らして、僕の隣の縁に向けられた。

「縁を引き取ったのも、ソレがもう一人子供を欲しがったからよ。私は欲しくなかったから養子で済ませたの」

 チラリと横目で縁を見ると、いつもの澄まし顔……のように見えたけど違う。なにか疑問に思っているのか、少しだけ首を傾げている。
 それを聞き出す前に、母親の切り捨てるような言葉が続く。

「もう、用はないわよね?」
「それは……」
「孫の顔を見せた。聞きたいことを聞いた。終わりじゃないのかしら?」

 その通りだった。
 その通りなんだけど、もっとこう、なにかあるだろ? ないの? 終わりなの?

 母親の顔から感情が抜け落ちる。
 終了の合図だろうか。

「ええ。終わり、です」

 それしか言えなかった。
 それだけ言って退室した。
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