一人では戦えない勇者

高橋

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8章

8話  娘さんをください×2

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 国会議事堂内に急遽造った客室の一つに、僕は連行されていた。
 自分の意思で歩いたし強制されたわけでもないから“連行”は正しくないのだけど、気分的には“連行”だ。

 応接セットのソファに浅く座り、正面を見据える。
 ……やっぱこえぇ。
 僕の真向かいには、雪白氷河さんが座っている。というか、僕を睨んでいるよ。
 んで、僕の右隣には雪白鞘さんがピッタリ寄り添い、左側には妹の雪白氷雨さんが姉と同じようにピッタリ寄り添い座っている。
 両サイドの姉妹も父親と同じ「いつでも殺りますが、なにか?」みたいな目で僕を見ている。チビらなかった僕の括約筋を褒めてほしい。

「えっと……娘さんをください」

 ペコリと頭を下げる。
 両サイドから「うへへぇ」と緩んだ声が聞こえた。
 頭を上げると、いつか氷雨さんを口説いた時に見た緩みきった顔の……氷河さんがいた。たぶん、氷河さん。同一人物だと思う。
 確認のために右を見ると、父親と同じように緩みきった顔の鞘さん。左を見ると、ゆるキャラみたいになった氷雨さん。

「ひょっとして、全員、喜んでる?」

 嬉しいと表情筋が緩みすぎてしまい、人様に見せられない顔になるって、前に氷雨さんが言ってたな。なので、普段は表情筋に力を注ぎまくっているとか。なのでなので、殺人鬼みたいな目付きになるとか。

「親子揃って表情筋が不器用すぎる」

 僕の指摘に氷河さんは慌てて表情を取り繕い、一つ咳払いしてヒットマンの目で僕を見返す。互いに気不味さから雰囲気は幾分柔らかくなったけど、やっぱり目が恐い。

「すまんな。これは雪白家の遺伝なんだ」

 表情筋の不器用さって遺伝するの?

「怒ってるわけではないんですよね?」
「ああ。むしろ、喜んでいるよ」
「喜んでる、ですか?」

 娘二人に二股どころか、他にもたくさんの女性に手を出してるのに?

「昔ほどではないが、古くからある名家というのは、血筋に拘るものなのだよ。特に雪白の先代、私の父だな。これが普通の家庭で育った妾の子だったから、血筋への執着が強くてな」

 その父親が決めた正妻とは、子供を作るだけの関係だったそうで、鞘さんが物心つくまでは、普段の寝起きは鞘さんの母親がいる別邸だったらしい。
 鞘さんを見ると、首を横に振る。

「知りませんでした」
「家の者は父の影響で鞘の母親への当たりが強くてな。娘にまで辛い思いをさせたくなかった。父も永遠に生きるわけでもないしな。時間が経てば本家で暮らせると思っていたよ。父亡き後は子供たちの結婚相手は子供たちの好きにさせられるしな。しかし、私の力が及ばず、父が勝手に決めた婚約者を父の死後も断ることもできなかったんだ。本当に申し訳ない」

 氷河さんの頭は鞘さんに向けて下げられている。下げられた鞘さんは、戸惑っているようだ。
 代わりに氷雨さんが氷河さんに聞く。

「兄さんたちは知っているの?」
「ああ。私が、直接、鞘を助けるわけにはいかないからな。息子二人には鞘のことを気にかけるように言ってある。特に、鞘の婚約者を近づけないように言ってあったのだがな」

 ある日、鞘さんしかいない日にやって来た婚約者を、先代の血統至上主義に毒された使用人が、あっさり鞘さんの部屋に通してしまい、婚約者に襲われそうになったそうだ。

「握力計を買っておいて良かった」

 好色な婚約者も、鞘さんの握力を知ってビビって逃げたらしい。
 うん。僕も、彼女の握力をベッドで聞かされた時は玉がヒュンってなったよ。だって、僕の玉を転がしながら言うんだもん。死の宣告に聞こえた。

 氷河さん自身、鞘さんの母親との結婚を強く望んでいたのにそれが叶わなかったので、せめて子供たちの代は自分のようにならないでほしかったそうで、父親が勝手に決めた息子二人の相手にも、形だけの婚約で、いつでも婚約を破棄できるようにしてあるそうだ。
 ちなみに、その時、両家の間に入ってくれたのが姫宮家の先代である剛毅さんで、自分が当主の座を降りる代わりに両家の決裂を防いでくれたそうだ。なので、あの人には頭が上がらないらしい。

「そんなわけでな、二人が自分の意思で選んだ相手と結ばれることに私は反対しない」

 ホッと胸を撫で下ろす。

「ただし」

 反射的に背筋が延びる。

「鞘の子供に“氷”を入れること。それが条件だ」

 氷? どゆこと?
 氷雨さんを見ると、嬉しそうに僕越しに鞘さんを見ている。
 鞘さんは……ボロボロと涙を溢していた。

「えっと……氷雨さん? 説明してくれる?」

 子供のように泣きじゃくりだした鞘さんに聞いても答えられそうにないし、正面の氷河さんも目頭を押さえて俯いちゃってるので、鞘さんに聞いてみた。

「うぇっ、えっ、ねえ、さん、よか、えう」

 こっちもダメっぽい。

 ……“氷”を入れること、ね。

「ひょっとして、雪白家の名前には全員、“氷”が入ってるんですか?」

 雪白氷河、氷雨。二人には入っている。お兄さん二人にも、きっと入っているんだろう。
 では、鞘さんは?
 庶民で愛人の子である鞘さんだけ“氷”が入っていない。

 僕の予想を肯定するように、氷雨さんは泣きながらコクコク頷く。

「つまり、鞘さんの子供を雪白家の子供として認める、と?」
「ああ。本当なら、鞘の名前にも氷が入っていたんだがな。父が認めなかったんだ。だから、せめて、鞘の子供には氷を入れてほしい」

 なるほど。鞘さんにしてみたら、ようやく家族として認められたって思えたんだろう。実際には、お父さんに大切にされていたけど、こうして言葉にされるのは初めてだったようだ。

「ちなみに、鞘さんの名前って、本当はなんて名前だったんですか?」
「氷華だ。男の子だったら氷輝。そう、二人で決めていたんだ」
「……そうですか。では、その名前をこの子の名前にいただきます」
「ああ。……頼む」

 で? 泣き声の三重奏は、いつ止むの?



 結局、氷河さんが最後まで泣いていた。

 氷河さんが泣き止むまで、鞘さんと氷雨さんから氷河さんのことを聞いた。
 氷河さんのいい所、氷河さんとの思い出、氷河さんの苦手なもの、氷河さんの趣味、氷河さんの好物、氷河さんの普段着、等々。二人ともファザコンなのかな? そんな話を聞かされた。本人を前に。
 “泣き止んだ”と言うより、“泣き止ませた”感じだ。なんか、厳つい顔の人が赤面してると可愛い。

「それでは、俺はそろそろお暇しますね」

 そう言って立ち上がると、両サイドの姉妹も立とうとするので手で制する。

「二人は氷河さんとの時間を楽しんで」

 もう会うことはないんだ。最後の夜を親子で過ごしてほしい。
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