一人では戦えない勇者

高橋

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8章

7話  教頭先生の仕事ってなに?

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 これからの予定を話すために、場所を国会議事堂に移動する。
 その途中で、檻に入れた魔物を見せて、ここは異世界なんだよ、ってことを証明したりしたんだけど、魔物よりも人馬族と蜘蛛人族のような、明らかに人とかけ離れた見た目の種族に食いついていた。まあ、野郎共は胸の大きさに食いついていただけのような気がしたけど。
 それはともかく、熊が寂しそうだった。
 そういえば、熊の処遇について由香と由希に聞かれたので、「終わったら森に帰す」と言ったら舌打ちされた。食べるつもりだったの?

「異世界に国会議事堂があるとは思わなんだわい」

 移動中、厳つい顔のお爺ちゃんの正体がわかった。

「君に姫宮家の娘を託せるか、見極めさせてもらおうかの」

 彼の名前は姫宮剛毅。
 生徒会書記にして狐部隊副隊長で僕の奥さんの、姫宮瞳子の祖父だ。
 先程、メイド服に身を包んだ瞳子が「お祖父様。私、この方の側室になりましたので、日本へは帰りません」と案内するついでにシレっと言ってしまい、お爺ちゃんからの熱烈な視線を受けている。

「まあ、婚約者はおったが、ワシはこの子の将来の相手は自分で決めれば良いと思っておったでな。集団失踪事件の後は、こうしてワシが生きている間に伴侶と決めた相手と会えるとは、思っておらなんだよ」

 軽い足取りで隣を歩く御歳八十一歳の剛毅さんは、澄まし顔の孫娘を伴い上機嫌だ。いや、上機嫌に見えるだけで激オコかもしれない。

 けど、それは思い過ごしで、瞳子が言うには、剛毅さんは厳しくあるが、身内には割りと甘いそうだ。
 名家の生まれに相応しい品格と知識、それと覚悟を幼い頃から教わったけど、姫宮の家に縛られる必要はないとも言われていたらしい。

「我々は、失踪事件として扱われているんですか?」

 僕らがどういう扱いになっているかは、こちらと向こうの時間の流れ方で変わると思っていた。
 向こうの時間が緩やかか、もしくは停止していて帰還時と召喚時にほぼ差がない場合は、失踪なんてことにはなっていなかっただろう。
 つまり、こちらと向こうの時間の流れ方は、同じか、もしくは向こうの方が早いか、のどちらかだ。

「うむ。半年以上、行方不明であったからの」
「正確な日数はわかりますか?」
「たしか、二百と八十……六、七くらいじゃったかの?」

 剛毅さんは振り返り、スーツを着た侍のような人に聞く。渋いオジサンだ。護衛の人? こちらも厳つい。あれ? でも、護衛にしては距離があるし、親しい感じもない。

「八十六です。姫宮翁」

 声も太くて渋い。
 二百八十六日なら、こちらと向こうの時間の流れは、ほぼ同じってことになる。

「そうじゃったか。ふむ。坊主、こやつは護衛ではないよ」

 顔に出てたか。
 それなら、その筋の人?

「真っ当な経営者じゃ。雪白重工の社長じゃよ」

 へぇ……雪白? 鞘さんと氷雨さんの?

「そういえば、瞳子から先程聞いたのじゃが、雪白家の娘を二人とも娶ったそうじゃな。しかも、一人は孕ませたと」

 三歩ほど後ろから濃厚な視線を感じる。でも、殺意は感じない。
 感じてたらマーヤが動くだろうけど、彼らとは穏便にお別れしたいので、マーヤには少し我慢するように言ってある。まあ、その“少し”はマーヤの基準だけどね。
 前を行くユリアーナは、耳がピクピク動いてるけど、助けてくれそうにない。

「ええ、まあ。いろいろとありまして、そういう仲になりました」

 穏便な回答。というか、これは、剛毅さんではなく、後ろからの圧迫感の元に言うべきだよね。

 歩度を緩めて雪白パパに並ぶ。
 間近で見ると、筋肉が凄い。顔も怖い。暴力を生業にしていそう。威圧感が凄い。

「えっと……あらためまして、平賀孫一といいます」
「ああ。雪白氷河だ」
「その……娘さんとお付き合いさせていただいてます」
「ああ」

 ……それだけ? ここは「どっちとだ?」と問うてほしい。まあ、「両方っす」と答えて殴られそうだけどね。

 雪白パパが横目で僕を睨む。娘さんの目、お父さんの遺伝子が濃すぎない?

「……あの二人が選んだのなら、間違いはないのだろう」

 二人との関係を許してもらえるのか。

「後で詳しく聞かせてもらうがな」

 娘と同じ、殺人鬼のような目でニッと笑う。僕には苦笑いしか返せない。

 それにしても、鞘さんの話だと、妾の子である鞘さんに冷たい人って印象があったんだけど、そうでもないみたいだな。



 国会議事堂内二階。
 本会議場とも呼ばれる大ホール。
 衆議院議場で詳しい話をすることになった。
 参議院議場ではない理由は知らない。そもそも、参議院議場は造ってない。その代わりに両親の宿泊用の部屋をそこに造ったんだとか。しかし、予定より人数が多いので、今は急ピッチで部屋を増やしているらしい。

 議長席から見て右側に、さっき召喚した人たちがいる。
 反対の左側には教職員と学生が座っている。
 んで、議長席に僕、その左右にユリアーナと御影さん。要所要所で左右の二人が細く説明してくれるものの、今日は喋り続けて疲れたよ。

「というわけで、現在、先程のドーム内に送還用の魔法陣を構築中です。明日の早朝には起動できるようにしますので、その間にテレビ局の方には、こちらに残る人の家族へ宛てた動画を撮影していただきたい」

 右側の一角に全員の視線が集まる。
 偉そうなオジサンが頷く。

「引き受けよう。ただし、映像の権利が我々にあるのならな」
「あ、じゃあ、いいです」

 偉そうなオジサンが固まる。
 いやいや。異世界の映像を一般公開されるのは困るよ。瞳子のお父さんが代議士らしいから、剛毅さんに管理してもらいたい。あ、テレビ局に圧力をかけられるくらいの名家なのかな。それなら彼らに動画撮影をさせて、映像が流出しないように姫宮家に頑張ってもらえば……うん、めんどい。

「縁。撮影機材を作るのにどれくらいかかる?」
「全員分ではありませんけど、もう作って撮影してありますよ」

 さすがです。妹様。

「明日の朝には終わる?」
「ええ。大丈夫です。あとは、こちらに残る教職員と一部の生徒だけですから」

 御影さんの他にこちらに残る教職員は、高梨実里先生と赤坂咲耶先生の二人だ。実里さんも咲耶さんも二親共に存命らしいので、一方的ではあるけれど別れの言葉を残しておくべきだろう。

「残りは教頭先生と矢萩君だけですけど」
「え? 教頭先生、残るの?」

 視線が隅の席に座る教頭先生に集まる。

「む。ああ、君には言ってなかったな。そうだ。私はこちらに残るよ」

 教頭先生は、五十過ぎの頭が禿げ上がったオジサンだ。
 そんな人がこちらに残って、どう生計を立てるの?

「こちらで、なにか商売でも始めるんですか?」
「いや。君たちについていくつもりだが?」

 こいつ、僕たちに寄生するつもりだ。

「今までなにもしていなかったようですけど、傭兵団でなにをするんですか?」
「それは……交渉や経理。あ、あと、子供たちの教育も」

 面倒なので、最後まで言い終わる前に黙るよう手で止める。
 不満そうな教頭先生の顔に、ため息が出てしまう。

「交渉は、うちには交渉が得意な王族がいます。経理もですね。教育は、真っ先にベンケン王国に尻尾を振った人から教わりたくありません」

 憎々しげな目で睨んでるけど、身から出た錆だよ。

「以上の点から、うちで雇う気はありません。他で仕事を探すなら、一年は暮らせるだけのお金を用意しますので、ご自由にどうぞ」

 教頭先生が立ち上がり、議長席の前までドタドタと走り寄る。
 僕を見上げ、頭を下げた。

「ま、待ってくれ。なんでもするから、どうか、私を雇ってくれないか?」
「生活保証のない世界で、傭兵なんて不安定な仕事をしたがる理由がわかりません」

 というか、禿げたおっさんの“なんでもする”は、誰得よ。

「理由を教えてくれませんか?」
「……それは……帰っても、責任を取らされるからだ」
「……は?」

 責任? ……ひょっとして、異世界召喚された責任? 災害みたいなもんでしょ。教頭先生が責任を取る必要はない……ああ、でも、無責任なマスコミやネット民が騒ぎ立てるか。

「あちらにご家族は?」
「いる。が、いないのと同じだから……」

 教頭は、それ以上、家族の話を続けようとしない。上手くいってないのかな?

「なんの目的もなく、ただ逃避するためにこちらに残るのなら、やめた方がいいですよ」
「他にも下らない理由で残る奴はいるだろうが!」

 いるねぇ。八神君とか。

「ええ。いますね。“巨乳エロフと結婚したい”とか、最高に下らない理由だ」
「そうだろう。だったら、わた」
「でも、その下らない目的を達成するための能力は、彼は自身の努力で身に付けています」

 現在、勇者の中で一番強いのは矢萩君らしい。で、二番目はアホな目的を掲げた八神君。
 二人とも努力したからこそ、この世界で生き抜くための力を手にすることができたんだ。

「その力があるから、彼がこちらに残るのを止めません。理由は下らないけど」

 何度も“下らない”と言われて、八神君は涙目だ。ああ、銅山君が慰めるもんだから、腐った方々がワクワクしてるじゃないか。間接的にネタを提供してしまった。

「それと教頭先生。異世界召喚は教頭先生の責任ではないでしょ。マスコミは無責任に騒ぐかもしれませんが、これはベンケン王国の責任です。もしくは、世界を跨いで責任追求できないのなら、日本政府が責任を負うべきです」
「生徒が死んでいるんだ。誰かが責任を取らされるに決まってる」
「まあ、そうですね。それは、俺に汚名を押し付ければいい」

 日本にいない奴のせいにすれば、誰も傷つかない。

「いやいや。待て待て。それじゃあ、俺が叩かれるじゃねぇか!」

 僕の父親が怒鳴る。
 本名は平賀京一。芸名は平坂京一。俳優。高身長の細マッチョ。その整った顔立ちから若い頃からモテまくっていたが、今の年齢は四十八で、渋さというか色気が出てますますモテているらしく、年に一度か二度は女性関係でワイドショーに取り上げられている。

 その隣の母親は父親に同意するように頷く。
 母親の本名は平賀希美。芸名は観月ノゾミ。黒髪ロングの清楚系女優だ。身長はそんなに高くないけど、テレビや舞台では高身長に見える。
 こちらも父親と同じで恋多き人だ。父親と違うのは、世間にバレていない。ワイドショーに取り上げられないだけで、上手く隠しているだけなんだけどね。でも、縁が知る限り、若い燕を三人ほど確保しているらしい。

 このご時世に浮気しまくってるのに仕事がなくならないのは、この人たちだけだろうね。

「そこは今まで通り、他人で通せばいいでしょ」

 テレビ局の偉そうな人をチラ見すると、「いいネタ見つけた」って顔してる。

「それに、戸籍上はともかく、対外的には息子ではなく娘しかいないはず。またどこかから代役を養子にすれば良いのでは?」
「あ? 縁は帰らねぇみたいな言い方だな」

 父親の視線は、いつの間にか僕の隣に立っていた縁に向けられた。

「帰りませんよ。帰っても、貴方たちの人形として生きるだけでしょう」

 父親がなにか言う前に、縁が〈威圧〉で黙らせる。

「義父に胸を触られるのも、義母の愛人に口説かれるのもウンザリなんです」
「え? それ、初耳」
「言ったら、兄さんに迷惑をかけるような気がして……」

 僕が両親に怒ると? だから、こちらに召喚されてからも黙っていた、と? お兄ちゃんとしては、言ってほしかったなぁ。言ったところでなにもできないんだけど、それでも言ってほしかったなぁ。

「まあ、それなら、帰らない理由としては充分だよ」

 頭をワシャワシャすると、縁は嬉しそうに笑った。

「んな勝手な話が通ると思ってんのかよ! こっちはたけぇ金払ってお前らを育ててんだ。元と」
「やめて」

 父親の暴論を黙って聞いていた母親が、ピシャリと止める。

「ここにはテレビ局の方もいるのよ。いい加減、自分を抑えられるようになりなさい」

 大声でもないのにハッキリ聞き取れた。
 母親が縁を見て、少しの間の後、僕に視線を向ける。感情が読めない。だからといって、〈支援魔法〉のパスを繋ぐ気にはなれない。

「縁。貴女は昔からそれのことを想っていたようですが、本気なのですね?」

 お母様? “それ”って僕のこと? 酷くね? てか、縁のストーキングにも気づいてたのかな?

 母親の問いに、縁は迷いのない目で頷く。

「ええ。本気です」
「……そう。なら、いいわ。好きになさい」

 女性同士でなにかわかり合うものがあったのか、しばらく見つめ合い、母親の方から視線を外した。
 父親はそんな母親に食って掛かるが、母親は全く相手にせず、煩そうに眉を顰めるだけだ。

「で、教頭先生ですが、こちらに残るのは止めません。ですが、資金援助以外の手助けもしません」
「なぜだ! 他の連中は助けているじゃないか!」

 傭兵団員以外で、こちらに残る生徒は数人いる。

「彼らは努力でスキルを身につけました。ですが、彼らにも資金援助以上のことはしません。それは彼らも了承済みです」

 彼らはこちらで生活するのに必要なクラスを努力で得て、スキルを磨き続けていた。だから、こちらに残っても大丈夫だろう。
 問題は彼らが永住する場所だ。

 僕らと戦争した帝国に残すのは、さすがにダメ。

 ベンケン王国に戻すのもよろしくない。

 僕たちは、次に森人族の領域である大森林に行くけど、森人族は排他的だから、大森林もおそらくダメだろう。

 その次となると、大森林から南西、帝国からだと西にあるシャイベ神聖王国か。こことは争う気はなく立ち寄るだけなので、大丈夫だと思うけど、無神論者が多い日本人が宗教国家で馴染めるかはわからない。

 となると、神聖王国の南西にある都市国家連合のどこかかなぁ。

 というか、大森林をグルっと一回りするのに一年くらいかかる予定なので、都市国家連合に着くのに一年半くらいかかると思う。
 それまで彼らは僕たちに付き合ってくれるのかね?

「それで? 教頭先生は、こちらの世界でなにをして生計を立てますか?」

 そのための努力はしていた前提で聞く。

「君の傭兵団で……」
「申し訳ありませんが、教頭先生は不採用です。ここに来るまで、うちでなにかしらの仕事をしていたのならともかく、なにもしていなかったのに採用されるなんて、先生も思っていませんよね?」

 教頭先生は「ぐぬぅ」と俯いてしまう。

「もう一度言います。こちらに残るのを止めません。ご自由になさってください。個人的には、日本に帰る方を勧めます」
「……わかった。日本に帰る」

 それだけ呟いて、教頭先生は元の席に戻った。

「……なんの話をしてたんだっけ?」
「送還までのスケジュールです」

 縁がそっと耳打ちしてくれた。さすがです。妹様。

 つっても、動画撮影が終わってるなら、することはないんだよね。
 明日の朝に送還することを伝えたら、話すことがなくなった。
 あ、一つあった。

「剛毅さん、氷河さん。帰還後の生徒のフォローを、姫宮家と雪白家でお願いできないでしょうか?」

 どちらもマスコミにも影響力がありそうな家だから、無責任な誹謗中傷から、完璧とはいかないだろうけど守れるはず。

 僕のお願いに剛毅さんは頷き、軽い感じで了承してくれた。
 氷河さんは、腕を組んだまま目を閉じ黙考している。

「……いいだろう。引き受ける」

 なんの間だったんだろう?

「その代わり、後で時間を取ってくれ」
「……はい」

 凄く恐い目で睨まれたら、頷くくらいしかできない。
 なんだろう。やっぱり、愛人との子とはいえ、自分の娘を孕ませた相手に一言物申したいのかな? 肉体言語で話されたらどうしよう。
 事が事だから、一発くらいなら殴られる覚悟はあるけど、筋肉が凄いから、一発でノックアウトされそう。

「お手柔らかに」
「ああ」

 氷河さんは邪悪に微笑んだ。
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