一人では戦えない勇者

高橋

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7章

5話  水着回

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 皇帝に喧嘩を売られて十日ほど経った。

 この十日で、拠点は住みやすくなった。
 外観こそモン・サン・ミシェルのままだけど、中身は別物だ。
 僕の寝室なんて、純和室で畳の部屋になってるし、日本人用にいくつか建てたアパートも、その半分が和室の1LDKだ。
 みんな日本が恋しくなっているのか、和室から埋って、今は洋室の和室への改装で、縁の本来の仕事が停滞している。

 その本来の仕事である海水浴場のオープンが、今日。六月三十六日だ。
 塩湖の魔物駆除の過程で、湖底にダンジョンを発見してしまうイレギュラーがあったが、未発見のダンジョンだったため、こっそり討伐してダンジョンコアを一つ手に入れることができた。
 初めての水中のダンジョンということもあり、多少の苦労はあったけれど、モーゼにできたんだからと、神々の力業でダンジョンの水を吸い出して、ユリアーナがザビーネに乗って最下層に向かい、地面でビッタンビッタンもがいてる水を失い苦しむ魚型のダンジョンマスターにトドメを刺して、「産後の運動にもならない」と溢しながら帰ってきた。



 白い砂浜に波の音。
 一足早く塩湖に走る水着の少年少女のはしゃぐ声。
 出遅れた女の子は泳げないのか、ビニール製の浮き輪を、赤い顔をしながら必死に膨らませている。

 夏だねぇ。
 ……ちょっと肌寒いけど。
 うん。海パン一丁だと、まだ寒い。パーカーを用意してくれたミアに感謝。

「マゴイチくんマゴイチくん、これ、膨らませて」

 声に振り向くと、可愛いワンピースタイプの水着を着たヴァンダが、膨らませかけの浮き輪を僕に差し出していた。
 ふむ。パッツンショートの幼女と間接キスをしろと? 玉座に成り下がった勇者なら喜んでペロペロする案件だが、生憎と僕は紳士だ。ここは、ヴァンダに淑女の恥じらいを教えるべきだろう。

「ん、わかった」
「いや、通報されるよ」

 伸ばした僕の手より早くヴァンダの浮き輪を横から真弘がかっさらい、そのまま躊躇することなく浮き輪に空気を吹き込む。

「真弘……その水着……」
「ん? これ? 似合う、かな?」

 真弘はフリル多めのビキニ姿がよく見えるように、その場でクルっと回る。
 これは……。

「真弘……やればできるじゃん」

 真弘とは、過去の蟠りもなく付き合えるようになったものの、彼女生来の性格なのか、距離感が近いせいで、“異性の親友”か“タメの親戚”くらいに近すぎて、女性としての魅力をあまり感じなくなっていた。
 それがどうだ? ポーズを決めながら少しだけ恥ずかしそうにする彼女は、“クラスの気になる女子”くらいの絶妙な距離感で、僕は真弘に女性としてガッツリと魅力を感じてしまった。なにより、マフィントップというんだったか? お腹の肉が水着に少し乗っかっているのが良い。御影さんのようなラブハンドルというほど掴めそうではないぐらいが、真弘には丁度良い。

「なんか、失礼なこと言われたよね?」
「ああ、いや。逆だ。凄く可愛い。魅力的だ。抱き締めたい」

 願望も混ぜてストレートに褒めると、真弘は弱い。
 顔を赤くしながら「お、おう」と言い、ヴァンダを連れて塩湖に走っていった。
 ……準備運動はしろよ。

 斜め後ろに現れた気配は縁だな。
 振り返ると、旧スクの縁だ。

「真弘姉さんはわかってませんね。兄さんが好きなのは旧スク一択です」

 好きだけど違うよ。
 選択肢を増やそうね。

「兄さんは水抜きに挟まるのが好きな人です」

 好きだけど自制できるよ。てか、挟まれるようなサイズじゃないよね。

「さあ、義妹のスク水に、どうぞ」

 よっしゃぁ! とは、ならないよ。

「縁。名札が平仮名で“ゆかり”になってるのが、あざとくて萎える」

 縁のツルペタな体型に合ってるし、可愛いのだけど、狙いがわかってしまうと可愛さよりあざとさが際立って、萎えてしまう。

「そんな……兄さんはロリに目覚めたんじゃないんですか?」
「誤解されるようなことを言うな。俺は熟女も好きだ」
「兄さん。“も”って言っちゃったら、誤解じゃなくなりますよ」

 しまった。誘導尋問か。さすが縁。

 義妹のジト目から顔を背けると、ビーチの空気が変わった。
 何事かと、その原因を探すとすぐに見つかった。

 それは、空からゆっくり僕の前に降りてきた。

「旦那様。お待たせしました」
「マゴイチ君。お待たせー」

 舞い降りたのは母娘天使。
 ただし、その水着はスリングショット。Vストリングと言った方が適切か?

「ここまでエロスに振り切ってると、逆に神聖に見えてしまう」

 ロクサーヌは、白い翼が映える黒いスリングショット。
 反対に、娘のフルールは、黒い翼が映える白いスリングショット。
 なんだあれ? 下乳とスリングショットとお腹が作る三角形が、黄金比に見えてきたぞ。

「あの三角形に挟まりたい」

 なぜか、跪き、手を合わせて呟いていた。

「兄さん。この母娘、御神体じゃないですよ。ただの露出狂の神ですよ」

 神なら祈っても間違いはないでしょ。

 それにしても、男子の注目度が凄い。
 鼻息荒くガン見してる奴。
 顔を赤くしてチラチラ見てる奴。
 みんな一様に前屈みだ。
 僕もちょっと立てなくなってる。
 この見えそうで見えないギリギリの幅。そういえば、二人とも胸の大きさの割りに乳輪は小さかったな。
 妊婦のはずなんだけど、妊娠期間が長い飛翼族だと、まだお腹が膨らんでいない。むしろ、丁度いい肉付きだ。
 これはもう。

「ストレートなエロスは暴力だね」
「一応、言っておくけど、これはマゴイチ君の趣味に合わせただけなんだからね」

 ああ、もう。あんまり上半身を動かすと、お胸様がバインってなって、スリングショットから溢れそうだよ。
 ハラハラする。
 ワクワクもする。

 でも、僕は妻の裸を他の男に見せたくない。
 なので。

「上になにか着てください」

 もう少し見ていたいけど、断腸の思いでお願いした。
 二人は僕のお願いを予想していたようで、短く「はい」と言って、パーカーを羽織ってくれた。

「そういえば、飛翼族の服って露出が少ないよね? 二人が普段着てる服が露出多めなのは、俺の趣味に合わせてなの?」
「最初はそうだったんですけど、布が少ない方が飛びやすいってことに気付いてからは、旦那様の趣味に合わせつつ、飛びやすさを重視した作りにしてもらっています」

 飛びやすさとか、美しい飛び方とか、飛翼族にしかわからない感覚にはなにも言えないけど、飛翼族の間で露出の多い服が流行ると、目のやり場に困ることが多くなるだろう。
 だって、みんな美人で巨乳なんだもん。
 男? 野郎はどうでもいいよ。パンツ一丁で飛んでても気にしない。日本で見たら通報するけど。
 まあ、目のやり場に困るだけなので注意はしない。むしろ、眼福なので「はよ流行れ」と思っている。いや、積極的に着せるか。制服とか言って強要して……。いやいや、ダメだ。これ、御影さんの説教コースだ。

「にしても……」

 パーカーを羽織って、尚、溢れる色気。

「旦那様?」

 やめてくれ。屈んで僕の顔を覗き込まないでくれ。その深い谷間に飲み込まれてしまう。

「ロクサーヌ」
「はい」
「フルールも」
「なぁに?」
「二人とも、自分の魅力を自覚してくれ」

 二人は、飛翼族にとって醜く見える泣き黒子があるせいで、自己評価が低い。傭兵団で多種族の価値観に触れて、その価値観は壊れつつあるのだけど、幼い頃から刷り込まれた価値観はそうそう変えられない。
 だから、僕にとって魅力的な女性に近づこうとしているんだろう。
 それは嬉しい。
 でもね、その参考資料が、僕の記憶で見たエロゲーってのは、やめてほしい。

「エロゲのキャラより、二人の素の魅力を大事にしてほしい」
「旦那様が、私たちに魅力を感じてくださっているのは知ってはいるんですが……」
「飛翼族の他の女の子の方が、私たちは魅力的に見えてしまうのよ」
「彼女たちに手を出す予定はないよ」

 今の所は。って、ジト目で見ないでよ。

「それ、前にも聞きましたよ。その後、側室が増えたように記憶してますが?」
「予定は未定なんだよ」

 ジト目から逃げるように目を逸らす。

 次もあるかもしれないし、ないかもしれない。
 まあ、彼女たちは魅力的だから、迫られたらヤってしまうんだろうね。

「最近は、寝室に連れ込む人数を制限しているから、うっかり手を出してしまうなんてことはないと思う」

 寝てる間に入り込んで、起きたら手を出していない子が隣に寝ていて、寝起きでビビることが何度かあったけどね。特に理子とクラリッサが常習者。

「そういえば、海開き? 塩湖開き? なのに、人が少ないね」

 ユリアーナがいないのが残念。

「ええ。死体の搬送が大変みたい」
「昨晩で三回目の襲撃だっけ?」

 この十日の間に三回の襲撃があった。
 どれも貴族の私兵で数も質もいまいちだったけど、昨晩は数が飛び抜けて多かった。その数、なんと三千人。

「で? 律儀に全員を皇帝の寝室にポイしてるの?」

 僕が、去り際に冗談で言ったことを、律儀に守って、襲撃犯の死体を皇帝の寝室に捨てる奴がいる。たぶん、主導してるのはマーヤ率いる狐部隊。ユリアーナは、マーヤがやらかした時のフォロー。

 過去二回は皇帝が寝ている間に捨てれた。
 ところが、昨晩は人数が多すぎたため、皇帝の寝室に入りきらなかった。
 普通はそこで諦めて、どこか適当な場所にポイすりゃいいと思うものだけど、それはマーヤが許さなかった。
 ブラックジョークであっても、僕の言葉を実現するのが彼女の生き甲斐なので、生きてる人間でも百人ちょっとしか入らない寝室に、三千人分の死体をパズルのように詰め込む作業を夜通し続けて、死体を潰さないと入らないという結論に至り、実行しようとして御影さんに怒られていた。それが今朝。
 現在は、寝室に入りきらない死体を寝室前の廊下やベランダに並べる作業をしているらしい。

 ちなみに、襲撃犯の死体は、ゾンビにならないようにする処置をしていない。なので、過去二回の襲撃で、帝都の教会はフル稼働したそうだ。
 んで、今回の三千人。……合掌。

「あ、そういえば、皇后が心を病んだらしいけど、皇族が帝都から逃げられないようにしてもらうの、忘れてたな」
「ウーテちゃんが、監視網を作って封じ込めてますよ」

 マジか。見た目幼女の十三歳だけど、既にロジーネ姉さんより上手く猫部隊を指揮してんじゃね?

 浜辺に建てられた更衣室から、水着姿の子供たちがワラワラ出てきて塩湖へ駆けていく。

「子供たち、また増えた?」
「御影ちゃんが連れてきたようですね。帝都のスラムは孤児が多いと言っていました」

 町自体がデカいし、規模の割りに孤児院が少ない。
 あと、去年だか一昨年に終戦が宣言された北伐も、原因の一つだろう。
 というのも、どうやら帝国は、平民兵士の遺族年金を払っていないみたいなんだ。
 一家の稼ぎ頭を徴兵しておきながら、その穴埋めをしてないもんだから、その妻が体を売ったり、子供を奴隷商に差し出したりと、帝国各地で不幸な家族が増えている。
 むしろ、奴隷法に守られてる分、奴隷の方がスラムで生きるより少しだけマシかもしれない。
 娼婦もちゃんとした店じゃないと性病の治療をしてくれないし、そういう高級店では貴族が通うので、日本の義務教育程度の学識がないと、客がつかない。客がつかなければ、店を追い出されてスラム行き。
 奴隷が一番マシかな? でも、奴隷法も、貴族が相手だとあまり役に立たないから、真面目にコツコツ働くのが一番なんだけどね。
 でもでも、御影さんが拾ってくるのは、真面目に働きたくても働き口がない子供ばかりだ。というのも、この世界は、親の仕事を継ぐか、親のコネ入社しか職を得る方法がない。あとは冒険者か傭兵か。どちらも堅気の仕事じゃない。普通の冒険者なんて、命の危険と収入が割りに合ってない依頼なんてざらだし、普通の傭兵なんて、一山いくらで纏めて買われて最前線に放り込まれる仕事だ。どっちも碌なもんじゃない。

「また、傭兵見習いが増えるのかぁ」
「冒険者見習いもね」
「メイド見習いもだよ」
「職業選択の自由が三択かよ」
「御影ちゃんは、その辺りもなんとかしたいみたいね」

 そのためにも、建国して受け皿を作らないとなぁ。
 ……かなり先の話だけど、やることが多いなぁ。まあ、やるのは僕じゃなくて御影さんたちなんだけどね。
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