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7章
3話 謁見の間は緊張させるようにできている
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子供の名前がアルベルトとヴィオラートに決まって三日、野営地に皇帝の遣いを名乗る騎士が来た。
曰く、お前んとこの狼人族の女が美人って聞いたから、連れてこい。
なんでも、謁見の名誉に与れるそうだ。
……迷惑。
さすがに無視するわけにもいかない。
翌日早朝から、ユリアーナと一緒に登城する。
貴族街を抜け、城を覆う城壁の門を潜る。
「随分、分厚い城壁だな」
城門はトンネルのように長かった。
「建国時代にはあったらしいけど、誰が造ったのかは諸説あるみたいね」
「縁が造った戦車砲で壊せるかな?」
「一定以上の物理エネルギーを散らす術式が刻まれているわね。ん、魔力もか。マゴイチの『偽ドラ』の全力なら、抜けるでしょ」
僕は、レールガンでドッカーンとなるとこを見たい。
……『偽ドラ』でも同じか? ドッカーンってなるか?
でも、やっぱし、戦車砲はロマンがあるから、一度はぶっぱなしたい。
トンネルのような城門を抜けると、巨大な城があった。遠くに。
これ、まだ歩かなきゃいけないの? 松風は城門前の厩舎に預けちゃったしなぁ。案内の騎士をほっぽって松風でお先にー、は、ダメだろうなぁ。
「尖塔が結構あるな。五、六、七本か」
「後ろにもあるわよ」
そういえば、城門を潜る前に見えてた。
「九本か。……あのどれかに噂の傾国がいるんだよね?」
前を歩く騎士にも聞こえているはずだけど、反応はない。職務に忠実だね。
「マゴイチは会いたいの?」
「うんにゃ。興味はあるけど、進んで会いたいわけじゃない。隣に傾国の妻がいるし」
正直、どんなに美人でも、ユリアーナ以上に僕の好みの女性はいないだろう。
横目でチラ見すると、傾国の正妻様が、当然とでも言うように澄まし顔だ。
これで、尻尾が嬉しそうにブンブン振られていなければ、格好いいのに。
実際、すれ違う人は、ユリアーナに見蕩れるか、彼女を二度見するかのどちらかだ。
んあ? 一人、跪いて祈りを捧げてるやつがいる。〈人物鑑定〉持ちか?
ユリアーナの第一クラスは【創造神】だから、信心深くて鑑定持ちなら、女神アガテーが降臨したって思うかもしれない。
けど、その本性は、「謁見が終わったら帝都でデートしよう」と言われて、めさんこ上機嫌になった、ただの女の子だ。
*
結構、待たされた。
待合室みたいな部屋で、お茶も出されなかった。
ユリアーナの貧乏ゆすりが床を突き破りそうで、少しだけハラハラしながら待つこと二時間くらいか?
重厚な謁見の間の大扉の前でも待たされる。
ユリアーナの足が床をトントン叩く。
トントンがズンズンになる頃、大扉が重々しく開き、呼び出しの声がかかる。
ここからは、元王族三人から教え込まれた礼儀作法の出番だ。
左隣のユリアーナと歩調を合わせ、フッカフカの赤絨毯の上をゆっくり歩く。
壇上の玉座に座る金髪イケメン皇帝が、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。なんか嫌な予感がする。
四十代って聞いたけど、若く見える。二十代後半でも通じる。けど、【斧の勇者】や【拳の勇者】に通じる軽薄そうな印象が、なにも被害を受けていないのに、僕の神経を逆撫でる。
薄くラインが走る場所まで進み、跪く。
「良い。気に入ったぞ。余の側室として召し上げてやろう」
は? こいつ、なんてった?
「マゴイチ、落ち着きなさい」
ユリアーナに小声で言われ、自分の短慮に気づく。
危ない危ない。危うく『偽パイ』を乱射するとこだった。
「陛下。発言のお許しを」
謁見の間では、本来、自由に発言してはいけないらしい。
「なんだ? 褒美なら好きなだけくれてやろう。欲しい物を申せ」
「いえ。彼女は自分の妻ですので、陛下に差し上げるわけには参りません」
謁見の間が静寂に包まれる。
「面白いことを言うな。良かろう。代わりの女を用意してや」
「不要です。自分の妻は彼女ですから」
しまった。皇帝の言葉を遮ってしまった。
さっきから静かなユリアーナを横目で見ると、口元が嬉しそうにニマニマしている。
「ならば、傭兵団ごと潰して奪うまでだ」
「それは、我らに対する宣戦布告ですか?」
「そんな大仰なものではない。ただ、蟻を踏み潰す。それだけの話だ」
穏便に済ませたかったけど、これは無理かなぁ。いや、イケオジが教えてくれた帝都の娼館のためにも、戦争を回避しなくては。
僕が決意を新たにしていたら、ユリアーナがスッと立ち上がる。
「マゴイチ。もう、いいわ」
僕はその“いいわ”にどんな意味があるのかわかっているけど、意味を勘違いした皇帝が「うむ」と玉座から立ち上がり、両腕を広げる。
「あのクソ皇帝、ブッ殺そう!」
いい笑顔だ。
言われたクソ皇帝は、顔を真っ赤にしてプルプルしている。
「その痴れ者を殺せ! いや、待て。手足を切り落として、その蛙の前で犯してやろう」
ああ、もう。
これはもう、無理だ。
謁見の間に並ぶ家臣の中から、文官が下がり、帯剣を許された一部の武官が前に出て、剣の柄に手を伸ばす。
平和的解決を諦めて、僕も立ち上がる。
「狐と狼の一部を配置済みよ」
「では、ちょっと格好つけようか」
右手を壇上に立つ皇帝に向ける。
掌を上に向け、指をパチンと鳴らす。
僕の意を汲んでくれた狐面と狼面のみんなが現れ、謁見の間にいる家臣たちの首に剣先を突き付ける。
いきなり仮面の集団が現れるだけでもビビるのに、そいつらに剣を突き付けられるもんだから、気の弱い文官は腰を抜かしてしまう。
一人遅れてマーヤが、皇帝の首にナイフの刃を当てる。
遅れたのは、まだ本調子じゃないから? それとも演出?
そういえば、ユリアーナも「まだ怠い」って言ってたな。
ユリアーナは呼び出しの原因だからしょうがないけど、マーヤはまだ休ませるべきだった。
「んー、格好いいかしら?」
僕なりに格好つけたつもりなんだよ。なんかこう、映画に出てくる黒幕みたいな感じ?
「なにをしている! こやつらを斬れ!」
皇帝は、マーヤの刃が喉に食い込んでるのに叫ぶ。ああ、ほら、喉に赤い筋ができちゃったよ。普段のマーヤならあんなミスしないのに。
それにしても、忠臣ってのはいるもんで、剣を突き付けられた状態から、勅命に従おうと抜剣する人がいる。武装した武官の中に半数くらいだ。まあ、すぐに両手首を斬り落とされ、踞っているんだけど。
「あー、皇帝陛下? 俺としても、こんな下らないことで一国を亡ぼす気はありません」
うちの正妻様が、傾国の美女になってしまうからね。
「陛下も、こんなあっさり亡びてしまったら、先祖に申し訳がたたないでしょう」
正直、亡ぼしても利益がないし、事後処理に手間がかかる。
「余を討ったところで、我が国は落ちんぞ」
「貴国程度の戦力は、遊び半分でも勝てますよ」
正当な評価だけど、下された側は認めるわけにはいかないし、正当と思っていない。
なので、当然のように罵声が飛ぶ。
あ、文官の一人が、「蛙風情が、私が踏み潰してくれよう!」と言った瞬間にバラバラ死体になった。
一人一撃としても、何人だ? 彼に剣を突き付けていたシャルは確実だと思う。あと、皇帝の隣にいるはずのマーヤが、一瞬見えた。残りはわからん。
「御主人様。それでしたら、ゲームをなさっては?」
右隣からした声の主はマルレーンだ。
軍師様? ゲーム感覚で戦争をするのは良くないよ。
「帝国の敗北条件を、“皇帝が帝都民の前で謝罪する”と定めれば、帝国は存続したまま敗北できます」
……そうなの?
んー、情けない皇帝を取っ替えるだけか。北の方で反乱が起きるかもだけど、帝国は存続するな。
まあ、いい。問題なのは、僕らがやり過ぎてしまうことなんだけど?
「“我々が動かすのは一日に三部隊まで”とすれば、やり過ぎないかと」
んー、それでも僕らの圧倒的有利は揺るがない。
「ゲームの開始を一ヶ月後にしよう。それだけあれば、それなりの戦力を集められるでしょ」
その間に塩湖で魚介類を確保したいし、なにより、人生初の海水浴を楽しみたい。
魔物がいるらしいから、魚介類の確保と平行して魔物の駆除をしよう。
あ、それなら。
「俺たちの拠点も、帝都から少し離して、塩湖の北岸、離宮のちょっと東あたりに移動しようか」
帝国も、その方が圧力がなくていいだろう。いや、僕らが帝国を恐れて離れたと思われるかな?
「では、纏めますと、ゲームの開始は一ヶ月後。今日が六月二十六日なので、七月二十六日の……日の出、でいいですか? はい。七月二十六日の日の出から戦争を始めます」
マルレーンの確認に異論はないか皇帝を見ると、マーヤの〈威圧〉で膝をついていた。
「マーヤ。それでは皇帝陛下の意思確認ができないよ」
加減ができないくらい調子悪いのか?
それなら。
「レナータ、マーヤと交代して」
長い黒髪と同じ色の尻尾を嬉しそうに振りながら、レナータが壇上に上がり、代わりにマーヤが降りて、彼女の定位置である僕の斜め後ろに収まる。
いつもなら姿が見えなくなるのに、普通に歩いてきた。やっぱし調子悪いんだな。
「皇帝陛下、ここまでの話、聞いてましたか?」
「傭兵ごときの話なぎゃあぁぁっ!」
レナータが、なんの躊躇いもなく、皇帝陛下の足に剣を突き刺した。
話が進まないなぁ。
「まあ、いいや。重鎮がこれだけ揃ってれば、ルール説明に不都合はないだろ」
皇帝なんて飾りなんだよ。団長並みにお飾りなんだよ。
呻くだけの皇帝は黙っててもらって、ここからは、文官の中でも高そうな服を着たお爺さんに話をしよう。
「続けるね。俺たちは一日に三部隊しか動かさないけど、そちらは何部隊動かそうが構わない」
「それだけ聞けば、我が国が有利に聞こえますが?」
お爺ちゃんは理性的に聞く。
「そうでもない。これでも、ハンデとして足りない。もう一つくらい……うん。うちの最大戦力であるユリアーナとマーヤを外そう」
「え? 私、戦うつもりだったよ?」
「あと、縁とロジーネ姉さんも外そう」
「ねえ? 産後の運動に丁度いいと思うの」
本調子じゃない二人も来月には快復しているだろうから、ハンデに充分だろう。
ロジーネ姉さんは、来月が予定日なので、来月の今頃は出産したばかりになるだろうから、戦闘から外す意味でもハンデに入れておく。
縁? あいつは一人でも世界を亡ぼせそうだ。あいつの存在そのものがチートだよ。
「ねぇ、マゴイチ」
無視していたら、ユリアーナが僕の耳に口を寄せる。
誰にも聞こえない声量で。
「参戦を許可してくれたら、帝都の娼館に行っていいよ」
と、囁かれ、僕は頭が真っ白になった。いや、違う。頭が真っピンクになった。
ユリアーナが離れる。
彼女は楽しそうに笑っていた。
彼女の提案に乗れば、例の伯都にある娼館だけではなく、帝都の娼館にも行ける。
だが、ユリアーナが参戦してしまったら、初日で終わりかねない。てか、参戦しようがしまいが、初日で終わるかもしれないけど。
塩湖での漁より早く終わってしまうと、みんな暇になってしまう。
暇になると、結城君がやらかすんだよなぁ……。
うん。帝都の娼館は断腸の思いで諦めよう。
ユリアーナの狼耳に口を寄せる。
「参戦しなかったら、一日中、ユリアーナと一緒にいられるのになぁ」
効果は覿面だった。
普段はピンと立った耳はヘニャっと垂れ、麗しの尻尾をブンブン振り回している。
「そうかぁ。マゴイチは私といたいかぁ」
背中をバシバシ叩かれる度に、骨が折れる音が体の中から聞こえる。その度にマーヤの〈治癒魔法〉で治され、また、折られる。
ちょっとした拷問だ。
あと、マーヤの尻尾が膝裏をコスコスしてるから、後でおもっくそ構ってあげよう。
「では、俺たちの敗北条件は、“俺、マゴイチ・ヒラガの死亡”で、帝国の敗北条件は、“帝都平民街の中央広場で皇帝が俺に謝罪する”で、どうかな?」
皇帝の死亡にしちゃうと、流れ弾でも死んじゃいそう。こうしておけば、みんな気をつけるでしょ。
戦争を終わらせるために、家臣が皇帝の首を差し出すのを防げるしね。
「皇帝の首を挿げ替えられたら?」
「ああ、そっか。皇帝の名前は?」
「アンスガー・シュトルムです」
文官のお爺ちゃんに聞いたのに、マルレーンが答えた。
「“皇帝アンスガー・シュトルムが、帝都平民街の中央広場で俺に謝罪する”でどう?」
文官お爺ちゃんは渋い顔をして皇帝を見る。
「ああ、そうか。戦利品がユリアーナ一人だから乗り気がしないんだね。それなら……」
僕なら、ユリアーナを奪うためだけに戦争できるけど、傾国の美女による内乱を経験したであろうお爺ちゃんたちは、美女一人に兵を動かすのに利点を見出せないのだろう。
だから、利点をポケットから出す。
その出した物を見て、マルレーンがニヤリと笑う。
これは、“メーベルトの笑み”という、メーベルト家先祖代々の悪癖だそうだ。メーベルトの思い通りに事が成った時に、自然に出るのだとか。
「それなら、これを戦利品に追加する。シェーンシュテット公国公王より頂いた、旧シュトルム帝国の玉璽だ。今なら、真贋の確認をさせてあげるよ」
ざわつく家臣たち。
お爺ちゃんが前に出て、若い文官を招き寄せる。
「儂とこの者が確認する」
僕が片手で気軽に渡した玉璽を、お爺ちゃんが両手で恭しく受け取る。
待ってる間に、こちらの戦利品を決めたかったんだけどなぁ。
お爺ちゃん抜きじゃ、決められないか。てか、このお爺ちゃんが宰相なの?
以外と早く確認が終わり、受け取った時と同じく恭しく僕に返す。
この家臣の態度に、皇帝はなにも言わないのかな、っとチラ見すると、なにかを叫んでいるのだけど、声が出ていない。真っ赤な顔で口をパクパクさせるだけだ。
あれって、縁が結城君を黙らせるために作った魔法だよな。
たしか、特定空間の空気の振動をなくす魔法だ。正式名称は『黙れ早漏の勇者』で、略称は僕が命名した『黙れ』に決定した。せめて略称だけでも、結城君の傷を抉らない名称にしたかったんだ。
「本物と確認しました」
「ん。ほんじゃあ、こちらの戦利品ね。俺たちが貰うのは、帝国内にある、全てのダンジョンコアだ」
「それは……」
「ああ、大丈夫。自分達で取りに行くから」
要求されても取りに行ける奴がいないだろう。
お爺ちゃんは、無理難題を押し付けられているわけではない、と理解したものの、本当に取りに行けるのか疑っているような表情で、僕を見る。
「大丈夫です。我々は、ダンジョン討伐の経験がありますから」
それを聞いて騎士たちがざわつく。
公国の近衛騎士と違って、帝国の近衛はダンジョン探索の経験があるようで、“ダンジョンを討伐する”ということがどういうことか、ちゃんと理解しているようだ。
ともあれ、納得してくれたようなので、マルレーンが書面に書き起こしたルールを、僕とお爺ちゃんで改めて確認する。
〈契約魔術〉で契約しようかと思ったけど、この場にいる人たちは、皇帝以外、ちゃんとルールを守りそうだ。てか、ユリアーナの「守らなかったら、君たちの家族から殺すから」に、みんな引いていた。
「最後に、皇帝陛下から、なにかある?」
『黙れ』を解いてもらうと、皇帝は軽く発声練習をしてから僕を睨み付ける。
「本気で余の国と戦うと?」
「むしろ、勝ち目がないのに挑んでいるのは、そちらですよ」
理解してもらえないようだ。
「どなたか、〈人物鑑定〉を持ってる方はいませんかね? ユリアーナの鑑定結果を陛下に教えて差し上げてよ」
「儂が後で教えて差し上げる」
お爺ちゃんが疲れ顔で言う。鑑定してみたら、確かに〈人物鑑定〉を持っていた。
「ユリアーナ。もう一回、鑑定してもらって」
「全部見せればいいの?」
「うん。俺もさっきからチョイチョイ鑑定されてるし、見せちゃっても問題ないんじゃないかな」
僕が勇者ってことは、早い段階でバレているはず。謁見の間に入ってすぐに鑑定された感覚があって、いきなりでビックリして抵抗するの忘れてたし。
「では、失礼する」
お爺ちゃんが、ユリアーナをジッと見つめる。
お爺ちゃんの目が、クワっと見開かれた。
「そんな……なぜクラスがこんなに……それに、神、じゃと?」
まあ、全部見たら、そうなるよね。
お爺ちゃんの顔色が蒼白になってきたので、ユリアーナが軽く鑑定に抵抗する。
「私が何者か、後でクソ皇帝に教えてよ」
微妙な表情で頷くお爺ちゃん。
神として崇めるべきか、帝国の客として遇するべきか、はたまた、皇帝を愚弄する敵として矛を向けるべきか。態度を決めかねているような、そんな顔に見えた。
「ほんじゃあ、俺たちはこれで。一ヶ月以内に攻めてきた連中の死体は、皇帝陛下の寝室に放り込んでおくから」
最後のは冗談のつもりで言ったんだけど、お爺ちゃんは神妙に頷いた。
皇帝に背を向けると同時に、ユリアーナ以外の姿と気配が消える。
戸惑う家臣たちの声を背中で聞きながら謁見の間を出る頃に、皇帝が「あやつらを斬れ! 今すぐだ!」と叫んでいたけど、すぐにお爺ちゃんの諌める声がしたから、大丈夫だろう。
曰く、お前んとこの狼人族の女が美人って聞いたから、連れてこい。
なんでも、謁見の名誉に与れるそうだ。
……迷惑。
さすがに無視するわけにもいかない。
翌日早朝から、ユリアーナと一緒に登城する。
貴族街を抜け、城を覆う城壁の門を潜る。
「随分、分厚い城壁だな」
城門はトンネルのように長かった。
「建国時代にはあったらしいけど、誰が造ったのかは諸説あるみたいね」
「縁が造った戦車砲で壊せるかな?」
「一定以上の物理エネルギーを散らす術式が刻まれているわね。ん、魔力もか。マゴイチの『偽ドラ』の全力なら、抜けるでしょ」
僕は、レールガンでドッカーンとなるとこを見たい。
……『偽ドラ』でも同じか? ドッカーンってなるか?
でも、やっぱし、戦車砲はロマンがあるから、一度はぶっぱなしたい。
トンネルのような城門を抜けると、巨大な城があった。遠くに。
これ、まだ歩かなきゃいけないの? 松風は城門前の厩舎に預けちゃったしなぁ。案内の騎士をほっぽって松風でお先にー、は、ダメだろうなぁ。
「尖塔が結構あるな。五、六、七本か」
「後ろにもあるわよ」
そういえば、城門を潜る前に見えてた。
「九本か。……あのどれかに噂の傾国がいるんだよね?」
前を歩く騎士にも聞こえているはずだけど、反応はない。職務に忠実だね。
「マゴイチは会いたいの?」
「うんにゃ。興味はあるけど、進んで会いたいわけじゃない。隣に傾国の妻がいるし」
正直、どんなに美人でも、ユリアーナ以上に僕の好みの女性はいないだろう。
横目でチラ見すると、傾国の正妻様が、当然とでも言うように澄まし顔だ。
これで、尻尾が嬉しそうにブンブン振られていなければ、格好いいのに。
実際、すれ違う人は、ユリアーナに見蕩れるか、彼女を二度見するかのどちらかだ。
んあ? 一人、跪いて祈りを捧げてるやつがいる。〈人物鑑定〉持ちか?
ユリアーナの第一クラスは【創造神】だから、信心深くて鑑定持ちなら、女神アガテーが降臨したって思うかもしれない。
けど、その本性は、「謁見が終わったら帝都でデートしよう」と言われて、めさんこ上機嫌になった、ただの女の子だ。
*
結構、待たされた。
待合室みたいな部屋で、お茶も出されなかった。
ユリアーナの貧乏ゆすりが床を突き破りそうで、少しだけハラハラしながら待つこと二時間くらいか?
重厚な謁見の間の大扉の前でも待たされる。
ユリアーナの足が床をトントン叩く。
トントンがズンズンになる頃、大扉が重々しく開き、呼び出しの声がかかる。
ここからは、元王族三人から教え込まれた礼儀作法の出番だ。
左隣のユリアーナと歩調を合わせ、フッカフカの赤絨毯の上をゆっくり歩く。
壇上の玉座に座る金髪イケメン皇帝が、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。なんか嫌な予感がする。
四十代って聞いたけど、若く見える。二十代後半でも通じる。けど、【斧の勇者】や【拳の勇者】に通じる軽薄そうな印象が、なにも被害を受けていないのに、僕の神経を逆撫でる。
薄くラインが走る場所まで進み、跪く。
「良い。気に入ったぞ。余の側室として召し上げてやろう」
は? こいつ、なんてった?
「マゴイチ、落ち着きなさい」
ユリアーナに小声で言われ、自分の短慮に気づく。
危ない危ない。危うく『偽パイ』を乱射するとこだった。
「陛下。発言のお許しを」
謁見の間では、本来、自由に発言してはいけないらしい。
「なんだ? 褒美なら好きなだけくれてやろう。欲しい物を申せ」
「いえ。彼女は自分の妻ですので、陛下に差し上げるわけには参りません」
謁見の間が静寂に包まれる。
「面白いことを言うな。良かろう。代わりの女を用意してや」
「不要です。自分の妻は彼女ですから」
しまった。皇帝の言葉を遮ってしまった。
さっきから静かなユリアーナを横目で見ると、口元が嬉しそうにニマニマしている。
「ならば、傭兵団ごと潰して奪うまでだ」
「それは、我らに対する宣戦布告ですか?」
「そんな大仰なものではない。ただ、蟻を踏み潰す。それだけの話だ」
穏便に済ませたかったけど、これは無理かなぁ。いや、イケオジが教えてくれた帝都の娼館のためにも、戦争を回避しなくては。
僕が決意を新たにしていたら、ユリアーナがスッと立ち上がる。
「マゴイチ。もう、いいわ」
僕はその“いいわ”にどんな意味があるのかわかっているけど、意味を勘違いした皇帝が「うむ」と玉座から立ち上がり、両腕を広げる。
「あのクソ皇帝、ブッ殺そう!」
いい笑顔だ。
言われたクソ皇帝は、顔を真っ赤にしてプルプルしている。
「その痴れ者を殺せ! いや、待て。手足を切り落として、その蛙の前で犯してやろう」
ああ、もう。
これはもう、無理だ。
謁見の間に並ぶ家臣の中から、文官が下がり、帯剣を許された一部の武官が前に出て、剣の柄に手を伸ばす。
平和的解決を諦めて、僕も立ち上がる。
「狐と狼の一部を配置済みよ」
「では、ちょっと格好つけようか」
右手を壇上に立つ皇帝に向ける。
掌を上に向け、指をパチンと鳴らす。
僕の意を汲んでくれた狐面と狼面のみんなが現れ、謁見の間にいる家臣たちの首に剣先を突き付ける。
いきなり仮面の集団が現れるだけでもビビるのに、そいつらに剣を突き付けられるもんだから、気の弱い文官は腰を抜かしてしまう。
一人遅れてマーヤが、皇帝の首にナイフの刃を当てる。
遅れたのは、まだ本調子じゃないから? それとも演出?
そういえば、ユリアーナも「まだ怠い」って言ってたな。
ユリアーナは呼び出しの原因だからしょうがないけど、マーヤはまだ休ませるべきだった。
「んー、格好いいかしら?」
僕なりに格好つけたつもりなんだよ。なんかこう、映画に出てくる黒幕みたいな感じ?
「なにをしている! こやつらを斬れ!」
皇帝は、マーヤの刃が喉に食い込んでるのに叫ぶ。ああ、ほら、喉に赤い筋ができちゃったよ。普段のマーヤならあんなミスしないのに。
それにしても、忠臣ってのはいるもんで、剣を突き付けられた状態から、勅命に従おうと抜剣する人がいる。武装した武官の中に半数くらいだ。まあ、すぐに両手首を斬り落とされ、踞っているんだけど。
「あー、皇帝陛下? 俺としても、こんな下らないことで一国を亡ぼす気はありません」
うちの正妻様が、傾国の美女になってしまうからね。
「陛下も、こんなあっさり亡びてしまったら、先祖に申し訳がたたないでしょう」
正直、亡ぼしても利益がないし、事後処理に手間がかかる。
「余を討ったところで、我が国は落ちんぞ」
「貴国程度の戦力は、遊び半分でも勝てますよ」
正当な評価だけど、下された側は認めるわけにはいかないし、正当と思っていない。
なので、当然のように罵声が飛ぶ。
あ、文官の一人が、「蛙風情が、私が踏み潰してくれよう!」と言った瞬間にバラバラ死体になった。
一人一撃としても、何人だ? 彼に剣を突き付けていたシャルは確実だと思う。あと、皇帝の隣にいるはずのマーヤが、一瞬見えた。残りはわからん。
「御主人様。それでしたら、ゲームをなさっては?」
右隣からした声の主はマルレーンだ。
軍師様? ゲーム感覚で戦争をするのは良くないよ。
「帝国の敗北条件を、“皇帝が帝都民の前で謝罪する”と定めれば、帝国は存続したまま敗北できます」
……そうなの?
んー、情けない皇帝を取っ替えるだけか。北の方で反乱が起きるかもだけど、帝国は存続するな。
まあ、いい。問題なのは、僕らがやり過ぎてしまうことなんだけど?
「“我々が動かすのは一日に三部隊まで”とすれば、やり過ぎないかと」
んー、それでも僕らの圧倒的有利は揺るがない。
「ゲームの開始を一ヶ月後にしよう。それだけあれば、それなりの戦力を集められるでしょ」
その間に塩湖で魚介類を確保したいし、なにより、人生初の海水浴を楽しみたい。
魔物がいるらしいから、魚介類の確保と平行して魔物の駆除をしよう。
あ、それなら。
「俺たちの拠点も、帝都から少し離して、塩湖の北岸、離宮のちょっと東あたりに移動しようか」
帝国も、その方が圧力がなくていいだろう。いや、僕らが帝国を恐れて離れたと思われるかな?
「では、纏めますと、ゲームの開始は一ヶ月後。今日が六月二十六日なので、七月二十六日の……日の出、でいいですか? はい。七月二十六日の日の出から戦争を始めます」
マルレーンの確認に異論はないか皇帝を見ると、マーヤの〈威圧〉で膝をついていた。
「マーヤ。それでは皇帝陛下の意思確認ができないよ」
加減ができないくらい調子悪いのか?
それなら。
「レナータ、マーヤと交代して」
長い黒髪と同じ色の尻尾を嬉しそうに振りながら、レナータが壇上に上がり、代わりにマーヤが降りて、彼女の定位置である僕の斜め後ろに収まる。
いつもなら姿が見えなくなるのに、普通に歩いてきた。やっぱし調子悪いんだな。
「皇帝陛下、ここまでの話、聞いてましたか?」
「傭兵ごときの話なぎゃあぁぁっ!」
レナータが、なんの躊躇いもなく、皇帝陛下の足に剣を突き刺した。
話が進まないなぁ。
「まあ、いいや。重鎮がこれだけ揃ってれば、ルール説明に不都合はないだろ」
皇帝なんて飾りなんだよ。団長並みにお飾りなんだよ。
呻くだけの皇帝は黙っててもらって、ここからは、文官の中でも高そうな服を着たお爺さんに話をしよう。
「続けるね。俺たちは一日に三部隊しか動かさないけど、そちらは何部隊動かそうが構わない」
「それだけ聞けば、我が国が有利に聞こえますが?」
お爺ちゃんは理性的に聞く。
「そうでもない。これでも、ハンデとして足りない。もう一つくらい……うん。うちの最大戦力であるユリアーナとマーヤを外そう」
「え? 私、戦うつもりだったよ?」
「あと、縁とロジーネ姉さんも外そう」
「ねえ? 産後の運動に丁度いいと思うの」
本調子じゃない二人も来月には快復しているだろうから、ハンデに充分だろう。
ロジーネ姉さんは、来月が予定日なので、来月の今頃は出産したばかりになるだろうから、戦闘から外す意味でもハンデに入れておく。
縁? あいつは一人でも世界を亡ぼせそうだ。あいつの存在そのものがチートだよ。
「ねぇ、マゴイチ」
無視していたら、ユリアーナが僕の耳に口を寄せる。
誰にも聞こえない声量で。
「参戦を許可してくれたら、帝都の娼館に行っていいよ」
と、囁かれ、僕は頭が真っ白になった。いや、違う。頭が真っピンクになった。
ユリアーナが離れる。
彼女は楽しそうに笑っていた。
彼女の提案に乗れば、例の伯都にある娼館だけではなく、帝都の娼館にも行ける。
だが、ユリアーナが参戦してしまったら、初日で終わりかねない。てか、参戦しようがしまいが、初日で終わるかもしれないけど。
塩湖での漁より早く終わってしまうと、みんな暇になってしまう。
暇になると、結城君がやらかすんだよなぁ……。
うん。帝都の娼館は断腸の思いで諦めよう。
ユリアーナの狼耳に口を寄せる。
「参戦しなかったら、一日中、ユリアーナと一緒にいられるのになぁ」
効果は覿面だった。
普段はピンと立った耳はヘニャっと垂れ、麗しの尻尾をブンブン振り回している。
「そうかぁ。マゴイチは私といたいかぁ」
背中をバシバシ叩かれる度に、骨が折れる音が体の中から聞こえる。その度にマーヤの〈治癒魔法〉で治され、また、折られる。
ちょっとした拷問だ。
あと、マーヤの尻尾が膝裏をコスコスしてるから、後でおもっくそ構ってあげよう。
「では、俺たちの敗北条件は、“俺、マゴイチ・ヒラガの死亡”で、帝国の敗北条件は、“帝都平民街の中央広場で皇帝が俺に謝罪する”で、どうかな?」
皇帝の死亡にしちゃうと、流れ弾でも死んじゃいそう。こうしておけば、みんな気をつけるでしょ。
戦争を終わらせるために、家臣が皇帝の首を差し出すのを防げるしね。
「皇帝の首を挿げ替えられたら?」
「ああ、そっか。皇帝の名前は?」
「アンスガー・シュトルムです」
文官のお爺ちゃんに聞いたのに、マルレーンが答えた。
「“皇帝アンスガー・シュトルムが、帝都平民街の中央広場で俺に謝罪する”でどう?」
文官お爺ちゃんは渋い顔をして皇帝を見る。
「ああ、そうか。戦利品がユリアーナ一人だから乗り気がしないんだね。それなら……」
僕なら、ユリアーナを奪うためだけに戦争できるけど、傾国の美女による内乱を経験したであろうお爺ちゃんたちは、美女一人に兵を動かすのに利点を見出せないのだろう。
だから、利点をポケットから出す。
その出した物を見て、マルレーンがニヤリと笑う。
これは、“メーベルトの笑み”という、メーベルト家先祖代々の悪癖だそうだ。メーベルトの思い通りに事が成った時に、自然に出るのだとか。
「それなら、これを戦利品に追加する。シェーンシュテット公国公王より頂いた、旧シュトルム帝国の玉璽だ。今なら、真贋の確認をさせてあげるよ」
ざわつく家臣たち。
お爺ちゃんが前に出て、若い文官を招き寄せる。
「儂とこの者が確認する」
僕が片手で気軽に渡した玉璽を、お爺ちゃんが両手で恭しく受け取る。
待ってる間に、こちらの戦利品を決めたかったんだけどなぁ。
お爺ちゃん抜きじゃ、決められないか。てか、このお爺ちゃんが宰相なの?
以外と早く確認が終わり、受け取った時と同じく恭しく僕に返す。
この家臣の態度に、皇帝はなにも言わないのかな、っとチラ見すると、なにかを叫んでいるのだけど、声が出ていない。真っ赤な顔で口をパクパクさせるだけだ。
あれって、縁が結城君を黙らせるために作った魔法だよな。
たしか、特定空間の空気の振動をなくす魔法だ。正式名称は『黙れ早漏の勇者』で、略称は僕が命名した『黙れ』に決定した。せめて略称だけでも、結城君の傷を抉らない名称にしたかったんだ。
「本物と確認しました」
「ん。ほんじゃあ、こちらの戦利品ね。俺たちが貰うのは、帝国内にある、全てのダンジョンコアだ」
「それは……」
「ああ、大丈夫。自分達で取りに行くから」
要求されても取りに行ける奴がいないだろう。
お爺ちゃんは、無理難題を押し付けられているわけではない、と理解したものの、本当に取りに行けるのか疑っているような表情で、僕を見る。
「大丈夫です。我々は、ダンジョン討伐の経験がありますから」
それを聞いて騎士たちがざわつく。
公国の近衛騎士と違って、帝国の近衛はダンジョン探索の経験があるようで、“ダンジョンを討伐する”ということがどういうことか、ちゃんと理解しているようだ。
ともあれ、納得してくれたようなので、マルレーンが書面に書き起こしたルールを、僕とお爺ちゃんで改めて確認する。
〈契約魔術〉で契約しようかと思ったけど、この場にいる人たちは、皇帝以外、ちゃんとルールを守りそうだ。てか、ユリアーナの「守らなかったら、君たちの家族から殺すから」に、みんな引いていた。
「最後に、皇帝陛下から、なにかある?」
『黙れ』を解いてもらうと、皇帝は軽く発声練習をしてから僕を睨み付ける。
「本気で余の国と戦うと?」
「むしろ、勝ち目がないのに挑んでいるのは、そちらですよ」
理解してもらえないようだ。
「どなたか、〈人物鑑定〉を持ってる方はいませんかね? ユリアーナの鑑定結果を陛下に教えて差し上げてよ」
「儂が後で教えて差し上げる」
お爺ちゃんが疲れ顔で言う。鑑定してみたら、確かに〈人物鑑定〉を持っていた。
「ユリアーナ。もう一回、鑑定してもらって」
「全部見せればいいの?」
「うん。俺もさっきからチョイチョイ鑑定されてるし、見せちゃっても問題ないんじゃないかな」
僕が勇者ってことは、早い段階でバレているはず。謁見の間に入ってすぐに鑑定された感覚があって、いきなりでビックリして抵抗するの忘れてたし。
「では、失礼する」
お爺ちゃんが、ユリアーナをジッと見つめる。
お爺ちゃんの目が、クワっと見開かれた。
「そんな……なぜクラスがこんなに……それに、神、じゃと?」
まあ、全部見たら、そうなるよね。
お爺ちゃんの顔色が蒼白になってきたので、ユリアーナが軽く鑑定に抵抗する。
「私が何者か、後でクソ皇帝に教えてよ」
微妙な表情で頷くお爺ちゃん。
神として崇めるべきか、帝国の客として遇するべきか、はたまた、皇帝を愚弄する敵として矛を向けるべきか。態度を決めかねているような、そんな顔に見えた。
「ほんじゃあ、俺たちはこれで。一ヶ月以内に攻めてきた連中の死体は、皇帝陛下の寝室に放り込んでおくから」
最後のは冗談のつもりで言ったんだけど、お爺ちゃんは神妙に頷いた。
皇帝に背を向けると同時に、ユリアーナ以外の姿と気配が消える。
戸惑う家臣たちの声を背中で聞きながら謁見の間を出る頃に、皇帝が「あやつらを斬れ! 今すぐだ!」と叫んでいたけど、すぐにお爺ちゃんの諌める声がしたから、大丈夫だろう。
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