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間章6
夢を語るだけのバンドマンも、いつかは就職する
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男子生徒四人によるバンドが、侯都の広場の特設ステージで演奏している。
屋外ステージだ。晴れて良かった。いや、良くなかったのかな? 雨なら中止だったもんな。
昼食の習慣がないこちらの世界では、昼前の広場は、みんな忙しく働いているので、どこの平民街でも人が疎らだ。
いるのは、隠居した老人か、家の手伝いをサボって遊ぶ子供たちか。あ、買い出しに出た若い女性もいる。
老人は、ステージから聞こえる音楽に興味がないのか、それとも聞こえていないだけか、流れる雲をボンヤリ眺めている。
子供たちは、三人ともステージ前で耳を塞ぎながらはしゃいでいる。
女性は、顔を顰めながら広場から去っていった。
「ロックをやるんだと思ってたら、まさか、ヘビメタとはねぇ……」
「孫一が、ロックはダメ、って言ったって聞いたけど」
隣で見ていた海歌が、僕の感想に答える。
「体制への反抗を歌って、巻き込まれるのは勘弁してほしいからね」
「それで? 孫一は、あいつら売れると思う?」
僕の感想が全てだよ。
彼らの歌にはなにも感じない。
こちらの世界では、歌声に魔力を込めることで人の心に訴えかける技法がある。
酒場で何度か聞いたことがあって、僕のようなプラーナ過多の人間には効かないんだけど、普通の人なら 、少なくとも足を止めて聞き入ってしまう程度の効果がある。ただ、歌い手の技術としては高等技術だったりするので、使い手は少ない。
その技法を、彼らは海歌から教わったはずなんだけど、使っていない。
一曲目が終わり、二曲目が始まる。
二曲目も使わないようだ。
ん? ひょっとして……。
「歌に魔力を込めるの、習得できなかった?」
「あー、なんか、それはズルだ、って」
「俺の成長チートでスキルを取得したのに?」
公国のダンジョンで合格した彼らには、約束通り成長チートを使った。
約束はしていないけど、楽器も用意した。縁が。
「あの楽器のメンテナンスって、どうするつもりなんだろう」
縁が再現したギターとベースとアンプとスピーカー、あと、マイクもか、は、性能だけ見ると日本で売ってる物と遜色はない。ただ、中身はドラム以外は全くの別物だ。
あれらは魔道具だ。
なので、魔石の魔力を使い切れば、アンプは動かないし、スピーカーから音は出なくなる。
歌に魔力を込められない人に整備できるとは思えないし、縁が作った物を、その辺の技師に扱えるとも思えない。
「ユカリンが口頭で説明してたけど、聞き流してるように見えたよ」
「どれくらいのペースでライブをやるのか知らないけど、そう長くは続けられないだろうな」
「本人たちも、先のことは考えてないでしょ。精々、一年先くらい?」
「てぇことは、あいつら、日本に帰るつもりなの?」
「うん。なんか、魔王を倒したら自動で帰れると思ってるみたいで、私たちが魔王討伐を終わらせるまでこっちで好き勝手しよう、みたいなことを言ってたよ」
「えぇ……御影さんの授業で聞いてないの?」
「出たり出なかったりって奴は結構いるから、あいつらもそんな感じなんじゃないかなぁ」
マジかぁ。高校の軽音部のノリで、異世界でバンドをやろうと思ったのか。
「帰るつもりなら、受験勉強もしなきゃいけないんだけど、その辺、どう思ってるんだろう? 海歌は聞いてる?」
「夢を語るだけのバンドマンって、あっさり就職するよね。そういう奴って、親が会社やってたり自営業だったりで、最初から逃げ道を用意してるのよ。でなきゃ夢なんか語れないもん。貧乏人は、来年の学費を、自分の体を売って稼がなきゃいけないんだから」
彼らに向けられる海歌の視線の温度が下がった。
「将来の心配をしていないから、ああやって馬鹿やれるのよ。こんなのは今だけってわかってる。今を楽しく生きても将来はコネでなんとかなるから、勉強にも部活にも趣味にも本気になれない。なる必要性がない」
「なんか、海歌のあいつらへの評価、辛くない?」
「だって、あいつら、歌を教えろって態度デカいし、しょっちゅう休憩入れるし、日本に帰ったら金払うからヤらせろとか言ってくるしで、とにかく嫌悪感しかないの」
うわぁ。
「それにしては、ちゃんと教えたんだ」
素人の僕には、技術的には問題ないように聞こえる。
「まあ、孫一に頼まれたしね。独学だけど、技術は教えたし、スキルレベルも高くなった。でもね……」
そこから先は、聞かなくてもわかる。いや、聞いたからこそわかる、か。
彼らの演奏には、人の心を動かすようななにかはない。
恐らくだけど、声に魔力を込めて歌う技術を習得しても、同じ結果だっただろう。
町行く人の表情がそれを証明している。
一様に顰めっ面だ。
笑顔なのは、耳を塞いではしゃぐ子供たち。あ、母親に捕まった。おう。いきなり拳骨。残り二人にも拳骨が落ちる。
母親に連れられ子供たちがいなくなり、ステージ前が無人になる。
え? 僕たち? 知り合いだと思われたくないから、離れた屋根の上で見てるよ。
ステージを設営した狼部隊も、撤収まで、町のどこかで時間を潰してるはずだ。
「これ、何曲やるの?」
「十曲。全部コピー」
あ、仮面にセットリストがあった。
……コピーって言われても、ヘビメタって知らないわ。知らない曲のリストを見ても、「へぇ」としか言えない。
「今、何曲目?」
「四、かな? あれ? ボーカルが……」
急にボーカルが歌うのをやめて、舞台袖に歩いていく。
残されたギターとベースとドラムも演奏をやめて、戸惑い顔でボーカルを追いかけていった。
「舞台袖には誰かいるの?」
「侯爵家への根回しを担当したラーエルさんがいるはず」
仮面でメッセージを送ってみると、彼女の仮面のライブ音声が返ってきた。
海歌にも聞こえるように再生する。
「だからぁ、なんで客がいねぇんだよ!」
この声はボーカルの三年生だったか。
もう一人の三年生、ギターの声もそれに追随する。
「あの、先輩。無料のゲリラライブなんだから、お客さんがいな」
「うっせぇよ! それでも客を集めんのがマネージャーの仕事だろうがよ!」
ドラムの二年生の声に、ボーカルの声が被さる。
ん? 待て。マネージャーって、ラーエルのこと?
「わたくしは、マネージャーではありませんよ」
ラーエルの事務的な声が否定する。
「依頼されたイベントを形になるように手続きをしただけです。本来、貴方がたがやるべきことを代行したにすぎません。お客様を集める手段を聞いた際も、“俺の声に酔いしれた女が勝手に集まる”と仰っていましたので、こちらではなにも用意していません」
うわぁ、はっず。
「ち、ちげぇよ! あれは、その、あれだ、そんくらいの歌を聞かせてやろうぜ、って意味で、本気で言ったわけじゃねぇし。てかさ、それでも客を集めんのがあんたの仕事だろう?」
「ハァ……侯都に着く前日に“ライブやんぞ”とか言うだけならまだしも、その準備を我々に丸投げし、狼部隊に設営をお願いしたり、睡眠時間を削って申請書類を作ったりしたわたくしに、集客までやらせると?」
怒って当然だよね。てか、ラーエルに丸投げしたのは、僕なんだけどね。これ、僕に言ってる?
ラーエルは〈威圧〉を使っているのか、バンドメンバーがたじろいでいるようだ。
「ミカゲ様には最後まで付き合うよう言われましたが、途中で舞台を降りたのですから、ここまででいいですね?」
「はぁ? なに言ってんだよ! 俺らのライブを失敗させといて、途中で降りてんのはあんただろ!」
「どうしたらそんな考えに至るのかわかりませんが、わたくしはやるべきことは全てやりました。失敗したのは貴方がたの責任です」
「ちげぇよ! 客を集めなかったあんたの責任だ!」
どうしても、自分たちの技量不足を認めたくないんだね。
「まあ、どちらでもいいんですけどね。丁度、楽器も盗まれたことですし、続けられないのなら、ステージの撤去を始めても構いませんよね?」
うん。盗まれてるね。
路地裏から現れた集団が、コッソリというか白昼堂々というか、ステージ上の楽器を根こそぎ持ち運んで、今は最後の一個、一番価値がないと思われたのか、スタンドマイクを小柄な男が持ち上げている所だ。
「なっ! おい! 待て! 泥棒!」
ボーカルの叫び声が、仮面からもステージからも聞こえる。
なんだ、発声はいいな。
「おい! あいつら捕まえろよ! つうか、警察!」
「旦那様の記憶を見て知っていますが、ニホンの警察は優秀なんですねぇ。こっちでは、手元に無い物は、盗まれても文句を言えないんですよ」
最低一人はステージ上に残ってないと、「盗んでください」と言ってるようなもんだよね。
「それでは、これから撤収作業に入りますね」
「なに言ってんだよ! 追えよ!」
「大事な楽器なら、ご自分でどうぞ」
なにを言ってもラーエルが動かないとわかったのか、ボーカルは彼女に罵声を浴びせてから、路地裏へ消えた集団を追いかけるために走り出した。
ギターとドラムも続き、ベースの一年生だけラーエルに頭を下げてから先輩たちを追いかける。
んー、どうしたもんかねぇ。
あの楽器は縁が作ってくれた物だから、あまり傭兵団の外に流出させたくない。てか、かなり高価な素材を使ってるって聞いたけど、値が付くのか?
まあ、値が付くのかどうかは置いといて、あれは回収しておきたい。オーパーツみたいなもんだから。
でも、回収しても彼らに返すべきだろうか? これ以上、彼らの手助けをしても、彼らのためにはならないような気がする。
「うん。ステージは撤去して。それと、楽器は回収。彼らは放置で」
仮面のメッセージアプリで指示を出す。
異論はなかった。
御影さんは放置に反対するかと思ってたけど、反応がない。
一応、御影さんに御伺いしてみる。
すぐにメッセージが返ってきた。
『明日には助けを求めてくる』
とのこと。
予言?
……まあ、いいか。御影さんがこれしか返してこないってことは、それで充分ってことでしょ。たぶん。
御影さんが、明日には助けを求めてくる、ってんなら、助けを求められるまで待つだけだ。
御影さんの予想というか予言が外れたら外れたで、放っておいても問題はない。
うん。それなら。
「海歌はこの後、暇?」
「ごめん。イルたんと約束がある」
フラれてしまった。
ん? イルタン? 誰?
イル、タン……イル、イル……イルムヒルデ?
そういえば、一緒にいるのを何度か見かけたな。てか、元王女に変なアダ名をつけんなよ。
海歌は「ほんじゃねぇ」と言って、屋根から飛び下り、門外の夜営地に向けて走り出した。
「あ、これ、どうしよう」
屋根上には、海歌が僕をおんぶしてくれた。
帰りは?
海歌は軽く飛び下りたけど……ムリムリ。
下を覗き見ると、玉がキュっとなる高さだ。
良くて骨折かなぁ。
松風を呼べば来てくれると思うけど……なんか、格好悪いよね。
マーヤに助けを求めるのは……もっと格好悪いな。
「………………松風、助けて」
すぐ来た。
*
余談だが、男子生徒四人は日が沈む少し前に、夜営地に助けを求めてきた。
予想を外した【地母神】様曰く、「あの男と孫一さんに引っ掛かった私の勘が、当たるとでも?」だそうだ。
僕は、「それは男を見る目がないね」という言葉をギリギリ飲み込んだ。
屋外ステージだ。晴れて良かった。いや、良くなかったのかな? 雨なら中止だったもんな。
昼食の習慣がないこちらの世界では、昼前の広場は、みんな忙しく働いているので、どこの平民街でも人が疎らだ。
いるのは、隠居した老人か、家の手伝いをサボって遊ぶ子供たちか。あ、買い出しに出た若い女性もいる。
老人は、ステージから聞こえる音楽に興味がないのか、それとも聞こえていないだけか、流れる雲をボンヤリ眺めている。
子供たちは、三人ともステージ前で耳を塞ぎながらはしゃいでいる。
女性は、顔を顰めながら広場から去っていった。
「ロックをやるんだと思ってたら、まさか、ヘビメタとはねぇ……」
「孫一が、ロックはダメ、って言ったって聞いたけど」
隣で見ていた海歌が、僕の感想に答える。
「体制への反抗を歌って、巻き込まれるのは勘弁してほしいからね」
「それで? 孫一は、あいつら売れると思う?」
僕の感想が全てだよ。
彼らの歌にはなにも感じない。
こちらの世界では、歌声に魔力を込めることで人の心に訴えかける技法がある。
酒場で何度か聞いたことがあって、僕のようなプラーナ過多の人間には効かないんだけど、普通の人なら 、少なくとも足を止めて聞き入ってしまう程度の効果がある。ただ、歌い手の技術としては高等技術だったりするので、使い手は少ない。
その技法を、彼らは海歌から教わったはずなんだけど、使っていない。
一曲目が終わり、二曲目が始まる。
二曲目も使わないようだ。
ん? ひょっとして……。
「歌に魔力を込めるの、習得できなかった?」
「あー、なんか、それはズルだ、って」
「俺の成長チートでスキルを取得したのに?」
公国のダンジョンで合格した彼らには、約束通り成長チートを使った。
約束はしていないけど、楽器も用意した。縁が。
「あの楽器のメンテナンスって、どうするつもりなんだろう」
縁が再現したギターとベースとアンプとスピーカー、あと、マイクもか、は、性能だけ見ると日本で売ってる物と遜色はない。ただ、中身はドラム以外は全くの別物だ。
あれらは魔道具だ。
なので、魔石の魔力を使い切れば、アンプは動かないし、スピーカーから音は出なくなる。
歌に魔力を込められない人に整備できるとは思えないし、縁が作った物を、その辺の技師に扱えるとも思えない。
「ユカリンが口頭で説明してたけど、聞き流してるように見えたよ」
「どれくらいのペースでライブをやるのか知らないけど、そう長くは続けられないだろうな」
「本人たちも、先のことは考えてないでしょ。精々、一年先くらい?」
「てぇことは、あいつら、日本に帰るつもりなの?」
「うん。なんか、魔王を倒したら自動で帰れると思ってるみたいで、私たちが魔王討伐を終わらせるまでこっちで好き勝手しよう、みたいなことを言ってたよ」
「えぇ……御影さんの授業で聞いてないの?」
「出たり出なかったりって奴は結構いるから、あいつらもそんな感じなんじゃないかなぁ」
マジかぁ。高校の軽音部のノリで、異世界でバンドをやろうと思ったのか。
「帰るつもりなら、受験勉強もしなきゃいけないんだけど、その辺、どう思ってるんだろう? 海歌は聞いてる?」
「夢を語るだけのバンドマンって、あっさり就職するよね。そういう奴って、親が会社やってたり自営業だったりで、最初から逃げ道を用意してるのよ。でなきゃ夢なんか語れないもん。貧乏人は、来年の学費を、自分の体を売って稼がなきゃいけないんだから」
彼らに向けられる海歌の視線の温度が下がった。
「将来の心配をしていないから、ああやって馬鹿やれるのよ。こんなのは今だけってわかってる。今を楽しく生きても将来はコネでなんとかなるから、勉強にも部活にも趣味にも本気になれない。なる必要性がない」
「なんか、海歌のあいつらへの評価、辛くない?」
「だって、あいつら、歌を教えろって態度デカいし、しょっちゅう休憩入れるし、日本に帰ったら金払うからヤらせろとか言ってくるしで、とにかく嫌悪感しかないの」
うわぁ。
「それにしては、ちゃんと教えたんだ」
素人の僕には、技術的には問題ないように聞こえる。
「まあ、孫一に頼まれたしね。独学だけど、技術は教えたし、スキルレベルも高くなった。でもね……」
そこから先は、聞かなくてもわかる。いや、聞いたからこそわかる、か。
彼らの演奏には、人の心を動かすようななにかはない。
恐らくだけど、声に魔力を込めて歌う技術を習得しても、同じ結果だっただろう。
町行く人の表情がそれを証明している。
一様に顰めっ面だ。
笑顔なのは、耳を塞いではしゃぐ子供たち。あ、母親に捕まった。おう。いきなり拳骨。残り二人にも拳骨が落ちる。
母親に連れられ子供たちがいなくなり、ステージ前が無人になる。
え? 僕たち? 知り合いだと思われたくないから、離れた屋根の上で見てるよ。
ステージを設営した狼部隊も、撤収まで、町のどこかで時間を潰してるはずだ。
「これ、何曲やるの?」
「十曲。全部コピー」
あ、仮面にセットリストがあった。
……コピーって言われても、ヘビメタって知らないわ。知らない曲のリストを見ても、「へぇ」としか言えない。
「今、何曲目?」
「四、かな? あれ? ボーカルが……」
急にボーカルが歌うのをやめて、舞台袖に歩いていく。
残されたギターとベースとドラムも演奏をやめて、戸惑い顔でボーカルを追いかけていった。
「舞台袖には誰かいるの?」
「侯爵家への根回しを担当したラーエルさんがいるはず」
仮面でメッセージを送ってみると、彼女の仮面のライブ音声が返ってきた。
海歌にも聞こえるように再生する。
「だからぁ、なんで客がいねぇんだよ!」
この声はボーカルの三年生だったか。
もう一人の三年生、ギターの声もそれに追随する。
「あの、先輩。無料のゲリラライブなんだから、お客さんがいな」
「うっせぇよ! それでも客を集めんのがマネージャーの仕事だろうがよ!」
ドラムの二年生の声に、ボーカルの声が被さる。
ん? 待て。マネージャーって、ラーエルのこと?
「わたくしは、マネージャーではありませんよ」
ラーエルの事務的な声が否定する。
「依頼されたイベントを形になるように手続きをしただけです。本来、貴方がたがやるべきことを代行したにすぎません。お客様を集める手段を聞いた際も、“俺の声に酔いしれた女が勝手に集まる”と仰っていましたので、こちらではなにも用意していません」
うわぁ、はっず。
「ち、ちげぇよ! あれは、その、あれだ、そんくらいの歌を聞かせてやろうぜ、って意味で、本気で言ったわけじゃねぇし。てかさ、それでも客を集めんのがあんたの仕事だろう?」
「ハァ……侯都に着く前日に“ライブやんぞ”とか言うだけならまだしも、その準備を我々に丸投げし、狼部隊に設営をお願いしたり、睡眠時間を削って申請書類を作ったりしたわたくしに、集客までやらせると?」
怒って当然だよね。てか、ラーエルに丸投げしたのは、僕なんだけどね。これ、僕に言ってる?
ラーエルは〈威圧〉を使っているのか、バンドメンバーがたじろいでいるようだ。
「ミカゲ様には最後まで付き合うよう言われましたが、途中で舞台を降りたのですから、ここまででいいですね?」
「はぁ? なに言ってんだよ! 俺らのライブを失敗させといて、途中で降りてんのはあんただろ!」
「どうしたらそんな考えに至るのかわかりませんが、わたくしはやるべきことは全てやりました。失敗したのは貴方がたの責任です」
「ちげぇよ! 客を集めなかったあんたの責任だ!」
どうしても、自分たちの技量不足を認めたくないんだね。
「まあ、どちらでもいいんですけどね。丁度、楽器も盗まれたことですし、続けられないのなら、ステージの撤去を始めても構いませんよね?」
うん。盗まれてるね。
路地裏から現れた集団が、コッソリというか白昼堂々というか、ステージ上の楽器を根こそぎ持ち運んで、今は最後の一個、一番価値がないと思われたのか、スタンドマイクを小柄な男が持ち上げている所だ。
「なっ! おい! 待て! 泥棒!」
ボーカルの叫び声が、仮面からもステージからも聞こえる。
なんだ、発声はいいな。
「おい! あいつら捕まえろよ! つうか、警察!」
「旦那様の記憶を見て知っていますが、ニホンの警察は優秀なんですねぇ。こっちでは、手元に無い物は、盗まれても文句を言えないんですよ」
最低一人はステージ上に残ってないと、「盗んでください」と言ってるようなもんだよね。
「それでは、これから撤収作業に入りますね」
「なに言ってんだよ! 追えよ!」
「大事な楽器なら、ご自分でどうぞ」
なにを言ってもラーエルが動かないとわかったのか、ボーカルは彼女に罵声を浴びせてから、路地裏へ消えた集団を追いかけるために走り出した。
ギターとドラムも続き、ベースの一年生だけラーエルに頭を下げてから先輩たちを追いかける。
んー、どうしたもんかねぇ。
あの楽器は縁が作ってくれた物だから、あまり傭兵団の外に流出させたくない。てか、かなり高価な素材を使ってるって聞いたけど、値が付くのか?
まあ、値が付くのかどうかは置いといて、あれは回収しておきたい。オーパーツみたいなもんだから。
でも、回収しても彼らに返すべきだろうか? これ以上、彼らの手助けをしても、彼らのためにはならないような気がする。
「うん。ステージは撤去して。それと、楽器は回収。彼らは放置で」
仮面のメッセージアプリで指示を出す。
異論はなかった。
御影さんは放置に反対するかと思ってたけど、反応がない。
一応、御影さんに御伺いしてみる。
すぐにメッセージが返ってきた。
『明日には助けを求めてくる』
とのこと。
予言?
……まあ、いいか。御影さんがこれしか返してこないってことは、それで充分ってことでしょ。たぶん。
御影さんが、明日には助けを求めてくる、ってんなら、助けを求められるまで待つだけだ。
御影さんの予想というか予言が外れたら外れたで、放っておいても問題はない。
うん。それなら。
「海歌はこの後、暇?」
「ごめん。イルたんと約束がある」
フラれてしまった。
ん? イルタン? 誰?
イル、タン……イル、イル……イルムヒルデ?
そういえば、一緒にいるのを何度か見かけたな。てか、元王女に変なアダ名をつけんなよ。
海歌は「ほんじゃねぇ」と言って、屋根から飛び下り、門外の夜営地に向けて走り出した。
「あ、これ、どうしよう」
屋根上には、海歌が僕をおんぶしてくれた。
帰りは?
海歌は軽く飛び下りたけど……ムリムリ。
下を覗き見ると、玉がキュっとなる高さだ。
良くて骨折かなぁ。
松風を呼べば来てくれると思うけど……なんか、格好悪いよね。
マーヤに助けを求めるのは……もっと格好悪いな。
「………………松風、助けて」
すぐ来た。
*
余談だが、男子生徒四人は日が沈む少し前に、夜営地に助けを求めてきた。
予想を外した【地母神】様曰く、「あの男と孫一さんに引っ掛かった私の勘が、当たるとでも?」だそうだ。
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