一人では戦えない勇者

高橋

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6章

11話 イケオジの置き土産

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 ベアケル商会の会長を助けてから三日。
 今日は六月二十日だ。

 異世界三カ国目の、シュトルム帝国の帝都に到着した。

 松風に、帝都を一望できる高度まで飛んでもらう。
 ……さすがにデカいな。

 ベンケン王国の王都と構造は同じ。
 中央に皇城があって、皇城の周囲を城壁が囲う。
 その城壁の外に貴族街があって、貴族街を囲うように城壁がある。
 その城壁の外に平民街だ。平民街を守る城壁は、帝都の拡張に合わせて外へ外へと移設されてきて、今は工事が終わったばかりなのか、真っ白で綺麗な城壁が日の光を浴びて輝いて見える。
 ああ、そうだ。ベンケン王国の王都は帝都を模して造られた、ってイルムヒルデが言ってたっけ。

 ……上から見下ろすと、ベンケン王国の王都より少し大きいかな。少なくとも、シェーンシュテット公国の王都よりも大きい。
 まあ、東京タワーから見下ろした風景よりは、こじんまりとしているけどね。

 帝都から南に行くと、デカい湖がある。
 資料によると塩湖らしい。
 そう。海産物だ。鰹節だ。昆布だ。いりこだ。お味噌汁だ!
 米の品種改良は、ほぼ成功した。日本の米と比べても遜色ないレベルまでいっている。これからも、量産と更なる改良をするけど、ひとまず区切りはついた。
 だからこそ、お味噌汁のための出汁を求めていた。

 あの塩湖に、鰹節の代わりになる海産物があるだろうか。あってほしい。

 塩湖の北岸に、皇城ほどではないけどデカい建造物がある。
 資料によると、五代ほど前の皇帝が余生を過ごした離宮らしい。

 今日からの野営地は、離宮と帝都の中間くらいにしよう。これくらいなら、帝都からの距離的に問題ないだろう。

 さて、帝都の景色は、特に思い入れのある景色にはなりそうにないので、松風に着地してもらう。

 高度が下がり、イケオジの馬車が丁度視界に入る。驚いたことに、屋根にも装飾がされていた。金持ちって、よくわからない所にお金を使うよね。

 イケオジの馬車を追い越すと、日本人生徒が授業を受けている大型馬車の上に来る。
 その馬車の屋根では、飛翼族の男女が数人、休んでいる。
 たしか、さっきまで哨戒任務に出てた連中だったな。本を読んでいたり、お喋りしたり、大の字で寝ていたり、と、みんな好きなことをして休んでいる。
 さすがに、まだ【空神】になった人はいないけど、ここ数日でみんな強くなっていた。軍隊が強い帝国領内にいる程度の魔物では、相手にならないくらいの強さにはなっているはず。
 さっきも、哨戒のついでにゴブリンの群れを潰してきたそうだ。

 大の字で寝ていた女性が、僕に気づいて手を振る。
 僕も振り返すと、笑顔が返ってきた。
 うん。落ち着こう。そんなにブンブン手を振ると、その立派なお胸様もブンブン揺れるから。てか、飛翼族の女性には巨乳しかおらんのか?
 ああ、もう。松風さん? 気を利かせて、大型馬車上空を一周しなくていいから。
 ほら。本を読んでた女の子も、僕に気づいて手を振りだしたじゃん。おぅ、揺れる揺れる。
 お喋りしてた男女も手を振ってる。男はどうでもいい。けど、女の子はやっぱりブルンブルンだ。

 結局、一周して大型馬車を追い越す頃には、馬車の上にいた全員が僕に気づいて手を振っていた。
 ……うん。目の保養にはなったよ。ありがとう。

 隊列前方の狼部隊に追い付くと、松風を着地させる。
 素早くスレイプニルを松風に並べたのは、テレーゼだ。
 楚楚とした仕草なのに、人馬族が引くレベルの重度のマゾのテレーゼだ。
 うちではエッバと並び称されるマゾっ娘だ。
 でも、僕にとっては場を弁えない人馬族より、ベッドの上だけで求めてくるこの二人の方がありがたい。

「テレーゼ、お疲れ様」

 労うついでに野営地の確認をする。
 やはり、離宮と帝都の中間くらいにするつもりみたいだ。

「ほんじゃあ、俺とユリアーナでベアケルさんを帝都に送りがてら、帝都での滞在許可を貰ってくるから、帝都までの護衛は人馬部隊にお願いしよう。他は、周辺探索と野営地の設営を」
「かしこまりました。それと、団長、ユリアーナとマーヤのこと、気をつけてあげてくださいね。そろそろ予定日なんで」

 一瞬、なにを言われたのかわからなかった。

「……あ、出産?」

 テレーゼの、自身のお腹を撫でる仕草で、遅れて理解した。予定日は二十五日頃、だっけ?
 すっかり忘れてました。
 だって。

「あいつ、昨日、ホブゴブリンをステゴロで爆散させたらしいじゃん」

 なんか、運動不足とか言って、子供たちと一緒にゴブリン狩りに行って、子供たちの獲物を横取りしたんだとか。

「まあ、あの二人なら大丈夫だと思うけど、私たちは、神様も万能じゃないってことを知ってるから、ね?」

 そう言うテレーゼも神様なんだけどね。これは、神様だからこそ、自身が万能じゃないってことを知っている、って言いたいわけか。
 それでも、心配ないとは思うんだけど。

「戦闘中に陣痛が来たらどうにもならないか」

 タイミングが悪いと、あの二人でも危険だろう。

「うん、気をつけるよ。ありがと。テレーゼ」

 尻尾を撫でようと伸ばしかけた手を、彼女の頭に持っていき、ワシャワシャ。
 テレーゼには、こっちの方が嬉しいはず。



 本隊とは別れ、イケオジと僕とユリアーナと人馬部隊で帝都に入る。
 ありがたいことに、傭兵団の帝都滞在の許可は帝都に入ってすぐの役所で手続きできた。
 しかし、手続きはすぐに終わったのに、ユリアーナの美しさを聞いた責任者が出てきて、こちらのことを細かく聞いてくる。ここで揉めて騒ぎにするのも面倒なので、当たり障りのない対応をしていたら、一時間ほど経っていた。

 疲れた顔を、仮面を被って隠しながら役所から出ると、イケオジが待っていてくれた。

 イケオジが僕にチョイチョイと手招きしてる。
 ちょっと疲れて思考力が低下していたのだろう。なにも考えずに招き寄せられた。
 ユリアーナや人馬部隊から離れて、イケオジが身を寄せる。

「奥様には内緒でこちらを」

 小声でそう言って、僕に黒いカードを差し出す。
 受け取ったそのカードは、表は真っ黒だ。裏返して見ると、裏も真っ黒。ただし、白い字でイケオジのサインがあった。……どゆこと?

「それは、団長殿が興味を持たれていた、例の場所の紹介状です。一見すると、ただのカードですが、魔道具になっていますので、店で出せば、対応する魔道具があり、真贋を判定します」

 例の、場所? ……まさか、イケオジが側室を身請けしたという、伯都にある紹介制の高級娼館か? その紹介状ですか?

 口に出さなかった僕の疑問は、仮面越しでも伝わったようで、イケオジが力強く頷いた。
 僕も力強く頷いた。

「大切にします」

 このカードを。
 この娼館での出会いを。
 そして、貴方との出会いを。

「では、ご健闘をお祈りします」

 そう言って、イケオジは馬車に乗って去った。
 僕はスーツの内ポケットに紹介状を仕舞いながら、どうやったらバレずに行けるか、ピンク色の脳細胞で考える。

 帝都から出るまで考えたけど、名案は出ない。
 壁外で松風に跨がると、馬上のユリアーナがザビーネを寄せてきた。

「で? マゴイチは、その娼館に行きたいの?」

 ユリアーナさん? 聞こえてたの?
 獣人種でも聞こえないように、少し離れて小声で話してたのに。

 逃げるか? 松風の足なら逃げ切れる。けど、後でボコられるだろうな。
 ならば。

「ユリアーナ。この娼館に行かせてくれ」

 麒麟の上で妊娠中の正妻に頭を下げる理由としては、最低だ。底辺だろう。

「んー、まあ、一回くらいはいいかな。そこで失敗すれば、もう行かないでしょ」
「女神かよ」

 女神だよ。
 言ってみるもんだなぁ。

「一応、このカードは預かっておくわよ」

 ユリアーナの指に挟まれているのは、黒いカード。
 慌てて内ポケットを探るも、そこにあるはずの物はない。

「えっと……返してほしいなぁ、なんて?」
「なら、この子が産まれるまで、いっぱい構ってちょうだい」

 ユリアーナは、すっかり大きくなったお腹を撫でる。
 むぅ。ユリアーナの"構って"は、終わりがないんだよなぁ。今日は、テレーゼとイチャつこうと思ってたのに。
 ……はよ産まれろ!
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