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間章5
矢萩弓弦16
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ハンクシュタイン王国の王都から少し南に行くと、広い平原がある。
その平原を一台のバイクが風を切る。
未来チックな大型二輪だ。
街道を歩く人のすぐ横を通り抜けても、誰も気づかない。
このバイクの性能で、認識を誤認させているらしい。
動力はプラーナ変換エンジン。
最高速度は新幹線並み。数秒ほど全力を出してみたけど、すぐに疲れちゃったので、今は法定速度、は、ないから、適度な速度で走ってる。
「ユヅルちゃん。試運転はそろそろ切り上げない?」
後ろから僕に抱きつくように腰へ手を回すロジーネさんの、背中に当たる素敵な感触に後ろ髪を引かれる。
「まだ走るつもりなら、プロポーズの顛末を聞かせてほしいわ」
後ろから「聞きたいから、まだ走るよな」みたいな気配がする。
人妻の感触を楽しむ対価は、払わないといけないか。
あれから十日。正直、レオノーレさんとの気まずさをなんとかしたいし……相談のつもりで聞いてもらおうか。
「……噛みました」
「プロポーズを?」
「はい」
正確に言うと、噛み倒した、だ。
自分でもビックリするほどに、口が思うように動かなかった。
「だから、童貞捨ててからの方がいいって言ったのに……指輪は?」
「プロポーズの後に渡そうと思って……」
こちらにはプロポーズの時に指輪を渡す習慣がないから、指輪の意味を説明するのにゴチャつくのが嫌で後にしようと思ったら、こうなった。
けど、よく考えたら、指輪の用意をロジーネさんにお願いしたのはレオノーレさんなんだから、知ってたんだよね。
「そんじゃあ、あの後、ヤれずじまい?」
期待に熱がこもっていた目が一気に冷めて、彼女は一人、ベッドで寝てしまった。
「そっかぁ。それ、私たちにも責任の一端があるかもね」
「いや、ないでしょ。僕が噛み倒したのが原因なんだから」
「あー、その、ね。こないだユヅルちゃんと会った後、先回りしてレオノーレさんに会いに行ったのよ」
僕、真っ直ぐ帰ったよ?
たしかに、帰ったらレオノーレさんは不在だったけど、最速で宿に着いたはずだよ?
……ロジーネさんに移動速度で勝てるわけないか。
「なにか言ったんですか?」
「うん。予め知っておくべきかなって、ミカゲさんとお節介したの」
あの日は先生とは会わなかったけど、先生も先回りしてたらしい。
僕って、ひょっとしたら遅いんじゃない?
自分の能力を過大評価してたかも。
「レオノーレさんね、妊娠してるの」
……なんてった?
「あー、そういう、難聴系主人公みたいな反応はいいから」
「いやいやいや。そんな重要な話をサラッと言われても」
「まあ、そうなるわね。てか、前見て運転して」
思わず振り返ってしまったので、ロジーネさんにグリンっと無理矢理顔を前に向けられると、数メートル先に木が迫っていた。
慌てて重心移動しながらハンドルを切って、ドリフトみたいになりながら木を回避。
怖かったぁ。
「で? 妊娠は確定なんですね?」
「うん。私とミカゲさんとで診察して同じ結論だった。まだ流れる可能性はあるけど、着床してるし、私たちで子宮を保護する魔法をかけといたから、確定だと思っていいよ」
そっかぁ。パパになるのかぁ。
避妊してないって言ってたから、こうなることは覚悟していた。覚悟はしてたんだけど……思ったより早かったなぁ。
「それで、妊娠してるのを教えただけで、どうしてロジーネさんが責任を感じるんですか?」
てか、あの日、僕がヤれないのを知ってて僕に教えなかったな。
「ユヅルちゃんを繋ぎ止めるのに子供は欲しかったけど、いざ妊娠がわかると不安になる。本当に産んでいいのか。無事に産めるのか。そんな不安な時に、ユヅルちゃんがプロポーズをしようとしている。期待するよね? けど、プロポーズの言葉を噛み倒す。レオノーレさんはどう思ったと思う?」
「……こいつで大丈夫か?」
「正解」
「土下座案件?」
「それは火に油」
そうなの?
「そんなわけで、ユヅルちゃんの失敗には私たちも原因の一端があるのよ。一端と言うか発端? 妊娠してるのを教えなかったら、ちょっと噛み倒したくらい許してくれてただろうしね。だから、ユヅルちゃんにはプロポーズをやり直してもらいます」
「それは、やらなきゃいけないことなんでやりますけど……ひょっとして、今日、ですか?」
「うん。ミカゲさんが準備してくれてる」
このバイクの試運転に、レオノーレさんも一緒に王都からこっそり抜け出したけど、いざ試乗ってとこでロジーネさんが後ろに乗るもんだから、なにかあるのかと思っていた。けど、プロポーズのやり直しの準備のためとは思わなかったよ。
不味いな。今、僕は平原を北に向かってバイクを走らせている。
あと数分で、レオノーレさんと先生が待つ城門近くに着いてしまう。
「ここで向きを変えたら協力しないよ」
時間稼ぎしたかったのに、先回りされた。
「だ、大丈夫ですよ」
大丈夫だ。
プロポーズを二度も噛むなんてことはない。
大丈夫。
「ひゃうっ!」
ロジーネさんに擽られて、車体がフラフラ蛇行する。
「力抜かないと、また噛むよ」
「むぅ……先輩の助言が欲しいです」
あんな沢山奥さんがいるのに、一人一人にプロポーズしたらしい。
「そう思って予め聞いておいたわよ。傾聴しなさい」
「拝聴します」
ロジーネさんがコホンと咳払いする。
「"知らんがな"だそうよ」
ですよねぇ。
「マゴイチ君が言うには、"プロポーズとは、相手に自分の気持ちを伝えるだけ。だから、助言のしようがない"だってさ」
似てない声真似は置いといて、たしかに先輩の言う通りだ。
僕は格好つけないといけないと思い込み、自分の言葉ではないプロポーズを口にしようとして、噛み倒した。
自分の言葉じゃないんだから、すんなり口が動かないのは当たり前だ。
「大丈夫よ。レオノーレさんは不安になってるだけだから。強引に迫って妊娠しちゃったけど、本当に責任取ってくれるのか。そもそも、ユヅルちゃんは責任取る必要はあるのか。って、悩んでたわよ」
強引だったのは事実だけど、それが本当に嫌だったら僕には拒否できた。
これはもう、僕の責任だ。
拒否しなかった僕の責任だ。
ちゃんと気持ちがあるのを伝えなかったのは、僕の責任だ。
それでも、覚悟が決まらず寄り道したくなる。
だから。
「自分の言葉で噛まずに気持ちを伝えます」
言葉にして逃げ道を潰した。
*
バイクのスピードを落として、レオノーレさんの前に止まる。
彼女の隣の先生と目が合う。
先生は柔らかい笑顔で頷いた。
ロジーネさんに降りてもらおうと声をかけようとしたら、既にいなかった。
間抜け顔を逸らして誤魔化しながら、僕も降りる。
てか、乗る時は気づかなかったけど、このバイク、自立してる。ジャイロ搭載? オートバランサー? 魔力で作った擬似カウンターウェイトがどうのって言ってたな。
って、現実逃避している場合じゃない。
後ろから、レオノーレさんの戸惑った気配がする。
あれ? 先生の気配もなくなっている。気を利かせてくれたのかな?
「あ、あの、ユヅル君。私ね」
「待って。僕から言わせてほしい」
振り返り、レオノーレさんの言葉を遮る。
ここでレオノーレさんに言わせるのはダメだ。
まず、僕の気持ちを伝えたい。
の前に深呼吸。落ち着け。
「レオノーレさん。僕はレオノーレさんと結婚したい」
余計な言葉を削って、伝えるべきことだけを口にしたら、これだけになった。
言葉足らずではある。それはわかってる。でも、伝えたいことはそれだけ。いや、もう一つあった。
「貴女が好きです」
愛を語るには僕の人生は短いし、愛を理解できていない。
「私もです。愛がなにかはわからない。けど、私もユヅル君が好きです。ずっと、側にいたい」
僕に足らない言葉は彼女が紡いでくれた。
なので、僕からはこれ以上なにも言わず、抱き締めて唇を重ねた。
「おっめでとー!」
「「ふぁっ!」」
突然の大声に、二人揃って驚く。
声の主はユリアーナさん。
神父みたいな格好をした妊婦さんだ。
「えっと……空気読んでください」
「いや、なんかさ、放っておくと出るタイミングを逃しそうだったから」
レオノーレさんとの時間を邪魔しといて、全然悪びれないユリアーナさんの左右から、正装したロジーネさんと先生が申し訳なさそうに現れる。
「私も、生徒のプロポーズを間近で見るのは、なんというか……気まずかったですよ」
先生の言葉に、急に恥ずかしくなった。
「ユヅルちゃんらしい、いいプロポーズだったよ」
サムズアップするロジーネさんの親指をへし折りたい。
「ほんじゃあ、早速、略式の結婚式をしちゃおう」
どこかから出した聖書を手に、厳かな雰囲気を……待て。それ、聖書じゃない。薄い本だ。ベーコンとレタスがワチャワチャする性書だ。
「他になかったんですか?」
「いや、聖書っぽい分厚い本を探したんだけど、手頃なのが、ユカリが製本した謎の魔導書しかなくて……」
「薄い本でいいです」
ユリアーナさんが謎って言う本に、近づきたくない。
ユリアーナさんがスッと腕を振る。
すると、僕とレオノーレさんの服が、白い燕尾服とウェディングドレスに変わる。どうやったの? 脱がされた感覚はなかったよ。
嬉しそうに自分のドレスを見ているレオノーレさんをガン見してしまう。
なんだろう、この可愛さと綺麗さが混ざったような、こう……愛しい。うん。愛しいだ。
そんな愛しいレオノーレさんが、僕の無遠慮な視線に気づいて照れ臭そうにはにかむ。
「……可愛い」
声に出してしまった。
「ん。じゃあ……誓いの言葉やらキスやらは終わってるし、あらためて私たちの祝福をかけちゃおうか」
もう少しこの可愛いレオノーレさんを堪能したいんだけど、時間切れみたい。てか、略しすぎじゃね?
ユリアーナさんの言葉と共に、ワラワラと人が増える。
「では、私から。【創造神】ユリアーナ・ヒラガが二人を祝福します」
え? 創造神になったの?
「【地母神】ミカゲ・ヒラガがお二人を祝福します」
先生も神様になったって言ってたなぁ。
「【破壊神】ロジーネ・リンケ・ヒラガが二人を祝福するよ」
物騒っ!
「【鬼神】シュェ・ヒラガがお二人を祝福します」
「【蜘蛛神】エウフェミア・ムーロ・ヒラガがお二人を祝福します」
神に半包囲される。
「【妖精神】イレーヌ・ヒラガがお二人を祝福します」
「【太陽神】イヴェット・ヒラガがお二人を祝福します」
「【空神】ロクサーヌ・フォルタン・ヒラガがお二人を祝福します」
「【月神】フルール・フォルタン・ヒラガが二人を祝福しますね」
後ろも閉ざされた。
てか、神々に包囲されるって、どんなラグナロク?
「こんだけ祝福をてんこ盛りにすれば、お腹の子の存在感もマシマシになるでしょ」
「え? ここまでしないとダメなんですか?」
ユリアーナさんが「いい仕事した」みたいな顔して呟いた。
その呟きに対する僕の問いに答えたのは、ロジーネさんだ。
「私が診断した時、受精卵があるようなないような、そんなあやふやな感じだったの。だから、ミカゲさんにセカンドオピニオンをお願いして、それで妊娠がわかったのよ」
「受精卵なのに存在感がないんですか?」
「うちには妊婦が多いけど、こんなのは私たちも初めてよ。さすが、ユヅルちゃんの子供ね」
この祝福ラッシュがなければ、僕もレオノーレさんも気づけない子供が産まれたかもしれないのかな。
これで、産まれてくる子供が普通の存在感を有してくれるのならありがたい。
なので、レオノーレさんと一緒に、一人一人、じゃない、一柱一柱頭を下げてお礼を言った。
*
その夜。
僕とレオノーレさんは、宿のベッドで二人並んで結婚祝いの目録を見ていた。
「多過ぎだし、国宝級だらけだし、どうすればいいの?」
そう呟く隣のレオノーレさんは、あまりの品揃いに目を回している。
目録だけでこれだ。実際に品物が届いたらどうなるんだ?
「ん? この走り書き、日本語か?」
日本人が書いたにしては汚い字だ。
読むのに少し時間がかかったけど、そこには"ブラの着け方は弓弦ちゃんが教えてあげて"と書かれていた。
「ロジーネさんか……」
レオノーレさんは暗部の仕事をするのに邪魔だから、サラシで固定している。
そういえば、こちらにはブラジャーがないんだった。
……ブラジャーって、どうやって着けるの?
外したこともないよ。
メンタル童貞にそんな高等技術を求めないでよ。
てか、童貞のまま父親になるのか。
……娼館で、メンタル素人童貞にクラスチェンジするのは、浮気だろうか?
「ユヅル君」
「ひゃい!」
バレたか?
「こんなに貰っていいのでしょうか?」
セーフ。
「あの人たちにとっては、それほど貴重な物ではないでしょうから、気にせず貰っておきましょう」
平賀先輩の装備とか、神器だらけだもん。国宝級なんて、余ってんじゃない?
「それでも気になるのなら、できることでお返ししましょう」
「そう、ね。ええ。それしかないわね」
落ち着きを取り戻してくれたようだ。
あとは、この国の内乱がどうなるか見極めるまで、レオノーレさんとイチャイチャして過ごそう。童貞を捨てられないのは残念だけど。
「ところで、さっき、なにかよからぬことを考えなかった?」
アウトだった。
その平原を一台のバイクが風を切る。
未来チックな大型二輪だ。
街道を歩く人のすぐ横を通り抜けても、誰も気づかない。
このバイクの性能で、認識を誤認させているらしい。
動力はプラーナ変換エンジン。
最高速度は新幹線並み。数秒ほど全力を出してみたけど、すぐに疲れちゃったので、今は法定速度、は、ないから、適度な速度で走ってる。
「ユヅルちゃん。試運転はそろそろ切り上げない?」
後ろから僕に抱きつくように腰へ手を回すロジーネさんの、背中に当たる素敵な感触に後ろ髪を引かれる。
「まだ走るつもりなら、プロポーズの顛末を聞かせてほしいわ」
後ろから「聞きたいから、まだ走るよな」みたいな気配がする。
人妻の感触を楽しむ対価は、払わないといけないか。
あれから十日。正直、レオノーレさんとの気まずさをなんとかしたいし……相談のつもりで聞いてもらおうか。
「……噛みました」
「プロポーズを?」
「はい」
正確に言うと、噛み倒した、だ。
自分でもビックリするほどに、口が思うように動かなかった。
「だから、童貞捨ててからの方がいいって言ったのに……指輪は?」
「プロポーズの後に渡そうと思って……」
こちらにはプロポーズの時に指輪を渡す習慣がないから、指輪の意味を説明するのにゴチャつくのが嫌で後にしようと思ったら、こうなった。
けど、よく考えたら、指輪の用意をロジーネさんにお願いしたのはレオノーレさんなんだから、知ってたんだよね。
「そんじゃあ、あの後、ヤれずじまい?」
期待に熱がこもっていた目が一気に冷めて、彼女は一人、ベッドで寝てしまった。
「そっかぁ。それ、私たちにも責任の一端があるかもね」
「いや、ないでしょ。僕が噛み倒したのが原因なんだから」
「あー、その、ね。こないだユヅルちゃんと会った後、先回りしてレオノーレさんに会いに行ったのよ」
僕、真っ直ぐ帰ったよ?
たしかに、帰ったらレオノーレさんは不在だったけど、最速で宿に着いたはずだよ?
……ロジーネさんに移動速度で勝てるわけないか。
「なにか言ったんですか?」
「うん。予め知っておくべきかなって、ミカゲさんとお節介したの」
あの日は先生とは会わなかったけど、先生も先回りしてたらしい。
僕って、ひょっとしたら遅いんじゃない?
自分の能力を過大評価してたかも。
「レオノーレさんね、妊娠してるの」
……なんてった?
「あー、そういう、難聴系主人公みたいな反応はいいから」
「いやいやいや。そんな重要な話をサラッと言われても」
「まあ、そうなるわね。てか、前見て運転して」
思わず振り返ってしまったので、ロジーネさんにグリンっと無理矢理顔を前に向けられると、数メートル先に木が迫っていた。
慌てて重心移動しながらハンドルを切って、ドリフトみたいになりながら木を回避。
怖かったぁ。
「で? 妊娠は確定なんですね?」
「うん。私とミカゲさんとで診察して同じ結論だった。まだ流れる可能性はあるけど、着床してるし、私たちで子宮を保護する魔法をかけといたから、確定だと思っていいよ」
そっかぁ。パパになるのかぁ。
避妊してないって言ってたから、こうなることは覚悟していた。覚悟はしてたんだけど……思ったより早かったなぁ。
「それで、妊娠してるのを教えただけで、どうしてロジーネさんが責任を感じるんですか?」
てか、あの日、僕がヤれないのを知ってて僕に教えなかったな。
「ユヅルちゃんを繋ぎ止めるのに子供は欲しかったけど、いざ妊娠がわかると不安になる。本当に産んでいいのか。無事に産めるのか。そんな不安な時に、ユヅルちゃんがプロポーズをしようとしている。期待するよね? けど、プロポーズの言葉を噛み倒す。レオノーレさんはどう思ったと思う?」
「……こいつで大丈夫か?」
「正解」
「土下座案件?」
「それは火に油」
そうなの?
「そんなわけで、ユヅルちゃんの失敗には私たちも原因の一端があるのよ。一端と言うか発端? 妊娠してるのを教えなかったら、ちょっと噛み倒したくらい許してくれてただろうしね。だから、ユヅルちゃんにはプロポーズをやり直してもらいます」
「それは、やらなきゃいけないことなんでやりますけど……ひょっとして、今日、ですか?」
「うん。ミカゲさんが準備してくれてる」
このバイクの試運転に、レオノーレさんも一緒に王都からこっそり抜け出したけど、いざ試乗ってとこでロジーネさんが後ろに乗るもんだから、なにかあるのかと思っていた。けど、プロポーズのやり直しの準備のためとは思わなかったよ。
不味いな。今、僕は平原を北に向かってバイクを走らせている。
あと数分で、レオノーレさんと先生が待つ城門近くに着いてしまう。
「ここで向きを変えたら協力しないよ」
時間稼ぎしたかったのに、先回りされた。
「だ、大丈夫ですよ」
大丈夫だ。
プロポーズを二度も噛むなんてことはない。
大丈夫。
「ひゃうっ!」
ロジーネさんに擽られて、車体がフラフラ蛇行する。
「力抜かないと、また噛むよ」
「むぅ……先輩の助言が欲しいです」
あんな沢山奥さんがいるのに、一人一人にプロポーズしたらしい。
「そう思って予め聞いておいたわよ。傾聴しなさい」
「拝聴します」
ロジーネさんがコホンと咳払いする。
「"知らんがな"だそうよ」
ですよねぇ。
「マゴイチ君が言うには、"プロポーズとは、相手に自分の気持ちを伝えるだけ。だから、助言のしようがない"だってさ」
似てない声真似は置いといて、たしかに先輩の言う通りだ。
僕は格好つけないといけないと思い込み、自分の言葉ではないプロポーズを口にしようとして、噛み倒した。
自分の言葉じゃないんだから、すんなり口が動かないのは当たり前だ。
「大丈夫よ。レオノーレさんは不安になってるだけだから。強引に迫って妊娠しちゃったけど、本当に責任取ってくれるのか。そもそも、ユヅルちゃんは責任取る必要はあるのか。って、悩んでたわよ」
強引だったのは事実だけど、それが本当に嫌だったら僕には拒否できた。
これはもう、僕の責任だ。
拒否しなかった僕の責任だ。
ちゃんと気持ちがあるのを伝えなかったのは、僕の責任だ。
それでも、覚悟が決まらず寄り道したくなる。
だから。
「自分の言葉で噛まずに気持ちを伝えます」
言葉にして逃げ道を潰した。
*
バイクのスピードを落として、レオノーレさんの前に止まる。
彼女の隣の先生と目が合う。
先生は柔らかい笑顔で頷いた。
ロジーネさんに降りてもらおうと声をかけようとしたら、既にいなかった。
間抜け顔を逸らして誤魔化しながら、僕も降りる。
てか、乗る時は気づかなかったけど、このバイク、自立してる。ジャイロ搭載? オートバランサー? 魔力で作った擬似カウンターウェイトがどうのって言ってたな。
って、現実逃避している場合じゃない。
後ろから、レオノーレさんの戸惑った気配がする。
あれ? 先生の気配もなくなっている。気を利かせてくれたのかな?
「あ、あの、ユヅル君。私ね」
「待って。僕から言わせてほしい」
振り返り、レオノーレさんの言葉を遮る。
ここでレオノーレさんに言わせるのはダメだ。
まず、僕の気持ちを伝えたい。
の前に深呼吸。落ち着け。
「レオノーレさん。僕はレオノーレさんと結婚したい」
余計な言葉を削って、伝えるべきことだけを口にしたら、これだけになった。
言葉足らずではある。それはわかってる。でも、伝えたいことはそれだけ。いや、もう一つあった。
「貴女が好きです」
愛を語るには僕の人生は短いし、愛を理解できていない。
「私もです。愛がなにかはわからない。けど、私もユヅル君が好きです。ずっと、側にいたい」
僕に足らない言葉は彼女が紡いでくれた。
なので、僕からはこれ以上なにも言わず、抱き締めて唇を重ねた。
「おっめでとー!」
「「ふぁっ!」」
突然の大声に、二人揃って驚く。
声の主はユリアーナさん。
神父みたいな格好をした妊婦さんだ。
「えっと……空気読んでください」
「いや、なんかさ、放っておくと出るタイミングを逃しそうだったから」
レオノーレさんとの時間を邪魔しといて、全然悪びれないユリアーナさんの左右から、正装したロジーネさんと先生が申し訳なさそうに現れる。
「私も、生徒のプロポーズを間近で見るのは、なんというか……気まずかったですよ」
先生の言葉に、急に恥ずかしくなった。
「ユヅルちゃんらしい、いいプロポーズだったよ」
サムズアップするロジーネさんの親指をへし折りたい。
「ほんじゃあ、早速、略式の結婚式をしちゃおう」
どこかから出した聖書を手に、厳かな雰囲気を……待て。それ、聖書じゃない。薄い本だ。ベーコンとレタスがワチャワチャする性書だ。
「他になかったんですか?」
「いや、聖書っぽい分厚い本を探したんだけど、手頃なのが、ユカリが製本した謎の魔導書しかなくて……」
「薄い本でいいです」
ユリアーナさんが謎って言う本に、近づきたくない。
ユリアーナさんがスッと腕を振る。
すると、僕とレオノーレさんの服が、白い燕尾服とウェディングドレスに変わる。どうやったの? 脱がされた感覚はなかったよ。
嬉しそうに自分のドレスを見ているレオノーレさんをガン見してしまう。
なんだろう、この可愛さと綺麗さが混ざったような、こう……愛しい。うん。愛しいだ。
そんな愛しいレオノーレさんが、僕の無遠慮な視線に気づいて照れ臭そうにはにかむ。
「……可愛い」
声に出してしまった。
「ん。じゃあ……誓いの言葉やらキスやらは終わってるし、あらためて私たちの祝福をかけちゃおうか」
もう少しこの可愛いレオノーレさんを堪能したいんだけど、時間切れみたい。てか、略しすぎじゃね?
ユリアーナさんの言葉と共に、ワラワラと人が増える。
「では、私から。【創造神】ユリアーナ・ヒラガが二人を祝福します」
え? 創造神になったの?
「【地母神】ミカゲ・ヒラガがお二人を祝福します」
先生も神様になったって言ってたなぁ。
「【破壊神】ロジーネ・リンケ・ヒラガが二人を祝福するよ」
物騒っ!
「【鬼神】シュェ・ヒラガがお二人を祝福します」
「【蜘蛛神】エウフェミア・ムーロ・ヒラガがお二人を祝福します」
神に半包囲される。
「【妖精神】イレーヌ・ヒラガがお二人を祝福します」
「【太陽神】イヴェット・ヒラガがお二人を祝福します」
「【空神】ロクサーヌ・フォルタン・ヒラガがお二人を祝福します」
「【月神】フルール・フォルタン・ヒラガが二人を祝福しますね」
後ろも閉ざされた。
てか、神々に包囲されるって、どんなラグナロク?
「こんだけ祝福をてんこ盛りにすれば、お腹の子の存在感もマシマシになるでしょ」
「え? ここまでしないとダメなんですか?」
ユリアーナさんが「いい仕事した」みたいな顔して呟いた。
その呟きに対する僕の問いに答えたのは、ロジーネさんだ。
「私が診断した時、受精卵があるようなないような、そんなあやふやな感じだったの。だから、ミカゲさんにセカンドオピニオンをお願いして、それで妊娠がわかったのよ」
「受精卵なのに存在感がないんですか?」
「うちには妊婦が多いけど、こんなのは私たちも初めてよ。さすが、ユヅルちゃんの子供ね」
この祝福ラッシュがなければ、僕もレオノーレさんも気づけない子供が産まれたかもしれないのかな。
これで、産まれてくる子供が普通の存在感を有してくれるのならありがたい。
なので、レオノーレさんと一緒に、一人一人、じゃない、一柱一柱頭を下げてお礼を言った。
*
その夜。
僕とレオノーレさんは、宿のベッドで二人並んで結婚祝いの目録を見ていた。
「多過ぎだし、国宝級だらけだし、どうすればいいの?」
そう呟く隣のレオノーレさんは、あまりの品揃いに目を回している。
目録だけでこれだ。実際に品物が届いたらどうなるんだ?
「ん? この走り書き、日本語か?」
日本人が書いたにしては汚い字だ。
読むのに少し時間がかかったけど、そこには"ブラの着け方は弓弦ちゃんが教えてあげて"と書かれていた。
「ロジーネさんか……」
レオノーレさんは暗部の仕事をするのに邪魔だから、サラシで固定している。
そういえば、こちらにはブラジャーがないんだった。
……ブラジャーって、どうやって着けるの?
外したこともないよ。
メンタル童貞にそんな高等技術を求めないでよ。
てか、童貞のまま父親になるのか。
……娼館で、メンタル素人童貞にクラスチェンジするのは、浮気だろうか?
「ユヅル君」
「ひゃい!」
バレたか?
「こんなに貰っていいのでしょうか?」
セーフ。
「あの人たちにとっては、それほど貴重な物ではないでしょうから、気にせず貰っておきましょう」
平賀先輩の装備とか、神器だらけだもん。国宝級なんて、余ってんじゃない?
「それでも気になるのなら、できることでお返ししましょう」
「そう、ね。ええ。それしかないわね」
落ち着きを取り戻してくれたようだ。
あとは、この国の内乱がどうなるか見極めるまで、レオノーレさんとイチャイチャして過ごそう。童貞を捨てられないのは残念だけど。
「ところで、さっき、なにかよからぬことを考えなかった?」
アウトだった。
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そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。
「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」
女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。
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