一人では戦えない勇者

高橋

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5章

5話  一騎討ちは暇だけど、そこそこ儲かる

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 翌朝。
 早朝から平原で隊列を組んで、ベンケン王国軍と対峙する。

 なぜか、僕らがシェーンシュテット公国軍の前にいる。
 傭兵団『他力本願』の後ろに、総大将カレンベルク子爵率いるシェーンシュテット公国軍の本隊。
 その右翼に騎馬隊を中心にした部隊。
 左翼は弓兵が中心の部隊が配置されている。

 ……どういう意図でこの配置なんだ?

 まあ、出番はなさそうだからいいか。

「一騎討ちの作法ってあるのかな?」

 後ろに配置してる樹部隊から手が挙がる。
 距離があるので、スキルを使って顔を確認。って、仮面でわからん。

 仮面の共有情報に、テキストファイルがアップされる。
 署名はマルゴ。

 そういえば、マルゴは従軍経験があるって言ってたな。帝国で傭兵をやってたんだそうだ。
 ……あれ? マルゴの声って、どんなんだっけ? 普段の会話も仮面のメッセージアプリで済ませてるから……あ、ベッドでは聞いてるな。

 まあいいや、とテキストファイルを読み始めたら、王国軍の軍中より、一人の騎士が従者のように旗を持った歩兵を連れて出てきた。

 両軍の真ん中で止まった馬上の騎士は、スキルによる大音声で名乗る。

 あ、これ、一騎討ちの作法だ。

「こちらは誰を出すか……な?」

 振り返ったら、そこにはスレイプニルに跨がる笑顔の正妻様がいた。戦闘準備万端で。

「えっと……ユリアーナ? なんでいんの? なんで武装してんの? なんで指揮官旗を揚げてんの?」
「うん。一騎討ちしに来た」

 僕の立て続けの質問は、キメ顔の一言で答えられた。

「え? 妊婦が?」
「うん。妊婦が」

 あ、ダメだ。この笑顔、なにを言っても止まんない。
 言葉で止められるとしたら、御影さんかなぁ。
 物理的に止めるとしたら、マーヤにお願いするしかないけど、周囲への被害が凄いことになりそうだ。

 あー……放流で。

「そっか。じゃあ、いってらっしゃい」
「うん。いってきまーす」

 終始笑顔で戦場の真ん中に去っていった。



 スレイプニルを止めたユリアーナが、手を軽く横に払い、槍を取り出す。
 払う動作は必要ないのに払ったのは、格好つけだろう。

「ん? 槍じゃなくて戟か? あ、違う。方天画戟か?」

 まあ、正直に言うと、方天画戟と方天戟の区別はつかないんだけど、見た感じ、色々付いてるから方天画戟かなぁ、って。

「傭兵団『タリキホンガン』副団長、ユリアーナ・ヒラガです」

 あちらより大きい、戦場にいる全ての兵に聞こえる大音声で正妻様が名乗る。

「死なない程度に手加減してあげるから、かかってきなさい」

 煽るねぇ。

 煽られて、顔を真っ赤にして怒る王国軍の騎士が槍を構えてユリアーナへ騎乗突撃する。
 その槍の切っ先を、自身の槍で正確に突き壊し、そのまま騎士の右肩に槍を突き刺し、突き刺したまま軽々と槍を天高く突き立てる。

「まだ続けますか? って、気絶しちゃったわね。あら? 失禁までしちゃった?」

 戦場全域にお漏らしをバラされた騎士は、「汚いわね」と呟きながら槍を払ったユリアーナによって、地面に投げ出された。

 その騎士を、いつの間にかユリアーナの側にいたシャルが拘束して治療する。

「あー、身代金の交渉は、こっちのシャルが受け付けるわ」

 面倒な交渉事をシャルに押し付けやがった。
 シャルも嫌そうな顔でユリアーナを見るが、ユリアーナがシャルにしか聞こえない声量でなにか言うと、嫌そうな顔のまま頷いた。



 あれから、ムキになった騎士たちが続けてユリアーナに挑んだ。
 僕らはその間、暇を持て余していた。

「これで何人目だっけ?」
「丁度、十人目です」

 昼休憩を挟んで、更に数人目の今が十人目、とマーヤが教えてくれたけど、振り返っても、そのマーヤはいない。

「で、身代金はおいくらに?」
「小金貨三枚と大銀貨五枚です。それと、払えなかったのが二人です」

 伯爵より下の爵位の人は、大体大銀貨一枚か二枚。
 伯爵だと、小金貨一枚から二枚だ。
 伯爵より上の方々は、一騎討ちなんて下々の者がやるような野蛮なことはしない。まあ、希にいるらしいけど、今回のベンケン王国軍にはいないようだ。

「払えなかったのは、騎士爵?」
「はい。騎士爵と男爵です」

 男爵家もいろいろで、領地を持ってる男爵と持ってない男爵とで、収入が天地の差がある。といっても、痩せた土地を貰って土壌開発のために借金して貧乏な土地持ち男爵もいる。

「あ、十人目も払えないようです」

 十人目は準男爵。

「払えない人はどうするの?」
「通例では、犯罪者の奴隷と同様に生涯奴隷となるか、身代金を払うまで監獄に留めておくか、首を落とすか、です」
「んー、首を落として恨まれるのもなぁ」

 戦場に出ておいて今更だけどね。今更なんだけど、余計な恨みを買いたくない。

「ん、じゃあ、本隊に引き渡しといて」

 恨みは総大将閣下にノールックパス。

「あ、今日は終わりみたいだな。支払い能力のない捕虜を本隊に連れてくから、エルフリーデは引き上げの指揮を。ユリアーナとシャルは俺と一緒に本陣だ」

 ユリアーナとシャルが、捕虜の足に合わせてゆっくり戻ってくる。

「二人には、俺と一緒に本隊へ行ってもらうよ。みんなは先に帰ってて」



 公国軍への捕虜の引き渡しは、なんの問題もなく終わった。なにか言われるかと思ったら、捕虜を引き取った下っぱ貴族はなにも言わなかった。

 自陣に戻る途中、丘の中腹辺りで振り返ると、本隊も本陣へ引き上げるようだ。その動きは緩慢で、あちこちで隊列が乱れている。

「酷い動きね」
「急遽掻き集めた兵にしては動けてると思うよ」
「そっか。そうね。まだ、目の前で人が死んでないから、動けてるのよね」

 幸いにして経験したことがないが、今、隣にいる親しい人が呆気なく死ぬのが戦場だ。
 その時、彼らは訓練通りに動けるのだろうか。

「対するあちらは、陣に戻るだけなのに、一糸乱れぬ隊列だね」
「総大将の違いかしらね」

 あちらは歴戦の指揮官。
 こちらは初陣の指揮官。

 こりゃあ、負けるわ。

「ところでユリアーナ? シレっといるけど、このまま、なし崩し的に参戦するつもりじゃないよね?」
「ダメ?」

 可愛く聞いてもダメです。



 ユリアーナは夕飯の後少しゴネたけど、大人しく帰ってくれた。

 そのユリアーナと入れ替わりに、シェーンシュテット公国軍の観閲官と名乗る小太りの男が陣にやって来た。

 観閲官とは、雇った傭兵がちゃんと働いているか監視するための役職で、下級貴族が勤めることが多い。実際、小太りの男は、ドレーアー男爵。下級貴族だ。
 本来ならば、僕らが出兵する前日までには顔合わせを済ませ、共に進軍するはずだったのだけど……。

 観閲官と護衛と従者のために、天幕を設営するスペースを空けてあげる作業を横目に、彼が今更ながら派遣された経緯をウーテに聞いたら、一言で終わった。

 曰く、忘れてた。

 誰かが観閲官を派遣しているだろうと思い込んでいたらしい。
 この国、大丈夫か?

 依頼主である両殿下からは、「理想はアホ貴族だけ全滅して勝利。巻き込まれる犠牲者は多くなるけど、アホ貴族どもを駆除するための生け贄は必要。全ては国家存亡のためです」と、悲しそうな顔で言われた。
 けど、その後、「まあ、今回出兵させる正規軍の大半は、アホ貴族どもの領地から徴兵した者たちです。彼らが戦死した際の遺族年金は、アホ貴族どもが払うように書類に細工しておきましたから、心置きなく味方を見捨ててくださいな」と、笑顔で言われた。

 つまり、公国軍に戦死者が出れば出るほど、アホ貴族どもの財布にダメージを与えることになり、それが、アホ貴族どもの勢力を削ぐことに繋がるわけだ。

 ……そのために流れる血の量は……。
 王族こえぇ。

「おい、団長よ。そなたらが使っている天幕を我らに使わせろ」
「観閲官殿、それはできません。あの天幕は魔道具で、登録されていない波形のプラーナが入ろうとすると、自動で攻撃するようになっています」

 説明するまでもなく、護衛が一人気絶している。

「登録の書き換えは、機材がないのでここではできません」

 本当は機材がなくてもできる。
 ただし、僕の天幕以外は、だ。
 僕の天幕は縁がガチガチにプロテクトをかけたので、宮廷魔術士でも術式に干渉することすらできないだろう。

 僕の答えに観閲官殿は舌打ちする。

「ならば、夜伽の相手を見繕え」
「彼女たちは、皆、私の妻ですよ。それを相手の陣内で奪うということは、それ相応の御覚悟がおありか?」

 暗に、「これ以上ゴネたらぶっ殺すよ」と言ってみた。
 正確に伝わったのか、また舌打ちされた。

「ああ、そうだ。明日の一騎討ちは本隊から出す。そなたらは、この陣で大人しくしておれ」

 やったね。明日はお休みだ。
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