一人では戦えない勇者

高橋

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4章

5話  新人冒険者の冒険

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 ダンジョンの入り口は、ベンケン王国の王都にあるものとほぼ同じだった。
 違いは、探索予定を届け出る小屋が、こちらは石造りでそこそこ大きな建物ってことか。
 印象としては、こちらの方が「ちゃんと管理している」って、感じた。

「氷雨さんは、ダンジョンに潜ったことはあるんだっけ?」
「ええ、鍛練で。ただ、勇者クラスのせいで、皆さんの足を引っ張ってしまいました」

 彼女の鍛練を監督したロクサーヌが言うには「勇者で一番強いのは間違いなくヒサメさん。勇者クラスさえなければ、うちでも上位の魔法センスを活かせます」だそうだ。

「そういえば、ユリアーナは【創造神】になったんだから、勇者クラスのロックを外せるんじゃないか?」

 現状で、勇者である必要もメリットもないんだよな。
 あ、違う。僕だけは勇者でないと、ベンケン王国から魔王討伐のご褒美を貰えない。
 あれは【支援の勇者】に対する約束だから、僕が勇者ではなくなったら無効になってしまう。

「さて、見るべき物は特にないし、もど……なにかご用ですか?」

 帰ろうかと思ったら、さっきから後ろにいた気配が僕らに近づいてきたので、振り向き様に聞いてみる。

「お前たち、光栄に思え。俺のパーティに加えてやる」

 人族の少年が胸を張って宣言した。
 その後ろには、申し訳なさそうな顔の猫人族の少年と、少年を止めようかどうしようか困り顔でワタワタしてる猫人族の少女と、興味がなさそうな猫人族の少女の三人がいる。

「ごめんなさい。お断りします」
「この未来の英雄であるオットマーの最初の冒険に、荷物持ちとして連れていってやるんだ。嬉しいだろう?」

 ああ、聞いてないのね。
 てか、「最初の」って言った? あ、首から提げてる冒険者証は、木製の五等級だ。

「俺たちは探索の用意をしてないから、潜る気はないよ」
「俺たちは日帰りだから、用意は必要ない」

 いやいや。日帰りでも準備はいるよ。……あれ? そういえば、うちの連中は手ぶらで日帰りしてるな。

「さあ、お前はこの荷物を持つんだ。君は俺の後ろにいるといい」

 僕には足元の大きな荷物を指し、氷雨さんには自分の後ろを親指でクイッと指す。
 この少年、見た目は僕より年下くらいか。
 ……暇潰しにはいいか。
 なんだか、元【光の勇者】以上のピエロになれる素養がありそうだ。

「氷雨さん。ここまで来ると、逆に面白そうだ。一緒に行ってみよう」
「結城君に通じるものがありますね。ただ、あまり孫一さんに失礼なことを言うようなら、凍らせます」
「長い目で見てあげて」

 少なくとも、一笑いはしてからにして。

「なにをモタモタしている。行くぞ」

 少年はそう言って、一人ダンジョンの入り口に向かうが、申請していないので、当然のように入り口の兵士に止められた。



 申請を済ませ、ダンジョンの地下二階に下りる。
 地上階と地下一階は、ベンケン王国王都のダンジョンと造りが同じだった。

 デカい荷物を背負い、パーティの最後尾を、アンゲーリカと名乗った猫人族の少女と並んで歩く。
 彼女たち猫人族の三人は三兄妹。彼女はその真ん中の長女で【槍士】の十五歳。
 隊列の一番前を歩く兄の名前はインゴ。十六歳。斥候もできる【弓士】だ。
 僕のすぐ前を行くのは妹のウーテちゃん。十三歳。無表情な【弓士】だ。

 ちなみに、三人とも灰髪黒目。インゴは髪を短く刈り込み、女の子二人はショートボブ……にしてはボサボサ。二人とも長い髪の方が似合いそう。

 そして、先頭のインゴの後ろを後ろ向きに歩きながら氷雨さんに一方的に話しているのが、パーティリーダーにして彼女たちの幼馴染みのオットマー君。十四歳。先日【戦士】になったばかりの、未来の英雄様だ。

 仮面を被ってる氷雨さんを口説いてるけど、顔を確認してからじゃなくていいの? 確かに、氷雨さんは仮面を被っていても品の良さが隠せていないけど、彼くらいの年齢なら、品の良さより顔が重要じゃないのかな?

 彼らは、王都の西にあるクレーマン村から、今朝、王都に着いたばかりとのこと。
 リーダーが、ギルドで登録した足ですぐにダンジョンに潜ろうとしたので三人で止めていたら、リーダーが僕らに声をかけたのだそうだ。

「ウーテちゃんは十三歳で【弓士】なの?」

 一般的には、十四歳で成人し、教会でなれるクラスを見てもらい、そのままなりたい職業に合わせたクラスに変更してもらう。

「ああ、うち、お母さんを早くに亡くして、【狩人】だったお父さんも、去年、狩りの途中で魔物にやられちゃってさ。三人で食ってくためには、ウーテにも働いてもらわなくちゃいけなかったんだよ。って、貴族のあんたにゃわかんないか。あ、いや。わからないでございますか?」
「ん? 俺は貴族じゃないぞ。だから、普通に話してほしい」
「へぇ、そうなの? そんないいもん着てるから、てっきり貴族様かと思ってたよ」
「俺たちは傭兵だよ。このダンジョンの攻略に来て、二、三日はその下見と情報収集に使う予定だ。だった? かな?」
「潜ってるもんね」

 と、アンゲーリカさんが明るく笑う。

「止まれ。魔物だ」

 一番後ろの僕にギリギリ聞こえる声量で、最前列のインゴが注意を促す。

「よし。俺の出番だな。みんなは見ててくれ」

 未来の英雄は、インゴの肩を押し退けて前へ出る。
 オットマーが剣を抜くと同時に通路の角から現れたのは、オークだった。
 その姿を見た途端、三兄妹の肩がビクンと震える。

「オーク……」

 アンゲーリカさんの震える声に彼女を見ると、その顔は憎しみで歪んでいた。

「アンゲーリカさん?」
「わかってる。こいつはお父さんを殺したオークじゃない。……だけど!」

 アンゲーリカさんが、槍を構えて飛び出す。

「よせっ!」

 インゴが止めるのも聞かず、オットマーを追い越して、オークのでっぷりとした腹に槍を突き刺す。
 槍は深く刺さるが、オークの命には届かない。

 オークが振り上げた棍棒を見て、アンゲーリカさんは冷静になったのか、槍を手放して回避を優先する。
 振り下ろされた棍棒より一瞬早くバックステップが間に合うけど、オークの狙いは武器を失ったアンゲーリカさんのままだ。

「あ、まずい。囲まれる」

 僕の〈気配察知〉が、四方からオークの気配が集まるのを感知した。

「オットマー君! 囲まれるよ! 指示を!」

 オットマーは、槍が刺さったオークが暴れて攻めあぐねていた。

「え? ああ、えっと……頑張れ?」

 ダメだこいつ。
 インゴとウーテちゃんは、回避に専念するアンゲーリカを弓で援護している。
 前方から、すぐにオークの増援が到着する。その数七体。
 後方からも五体くらいの気配がする。

「あと三十秒ちょいで退路が絶たれるよ!」
「なら、こいつを倒せば!」

 オットマーはそう言って、槍が刺さったままのオークに斬りかかる。そいつ一体を倒しても、状況は好転しないのに。

 正眼から振り下ろしたその剣を、オークは棍棒で受け止め……剣が折れた。てか、よく見たら、剣が錆びてる。

「へ?」
「オットマー! 避けろ!」

 インゴが叫んだ時には、オットマーは棍棒の一撃で壁際まで飛ばされていた。
 咄嗟に腕でガードしたようで、腹に受けた一撃は致命傷にはならなかったようだが、利き腕の右腕が、人間の骨格では有り得ない角度でブランブランしていた。

「あ、あぁ……」

 自分の腕の状態を見て、完全に戦意を喪失してしまったようだ。

「あぁぁぁっ!」

 自分に迫るオークを見上げ、恐怖からか奇声をあげる。そのまま勢い良く立ち上がり、一目散に逃げ出した。
 マジかー。

「アンゲーリカさんは下がれ!」

 これは彼らの冒険であって、荷物持ちである僕らの冒険ではないから、僕らは手出しするつもりはなかった。
 けど、こうも見事にパーティが崩壊しては、手出しせざるを得ないよ。

「氷雨さん。やるよ。前は任せる」
「はい。お任せを」

 僕は退路を塞ぐオークを殺ろう。
 悲鳴が聞こえてこないし、オットマーは退路を絶たれる前に逃げれたようだな。

 ポケットから仮面を出して被り、後ろのオークに向き合う。
 数は五体。
 ポケットから『偽パイ』を出して、一番前にいるオークの両足を撃ち抜く。
 ズドンと体重に見合った音をさせて倒れるオークを、残りのオークが左右に避けて迫る。
 右に一体。残りは左。
 左の三体の膝を素早く撃ち抜き、残る右の一体も膝を撃ち抜く。
 武器を『偽ドラ』に持ち代えて、倒れてもがくオークの頭に銃剣を突き刺し、一体一体確実に仕留める。

 五体のオークにトドメを刺し終わって振り返ると、氷雨さんの方はとっくに終わっていたようで、八体のオークの氷像を三兄妹が見上げていた。

「さて、どうやって持ち帰る?」

 僕のポケットの収納なら、この数のオークでも入りきるはず。でも、ポケットにオークの死体を入れたくない。
 氷雨さんは僕の成長チートで強くなってるけど、僕と同じ魔法系の勇者だから、〈空間魔法〉を使えない。

 どうしたもんか。

「私のハンドバッグなら入りますよ」

 そういえば肩から掛けてたな。

「普段使いのバッグに死体を入れるのって、嫌じゃない?」
「いえ。気になりませんよ。前にゴブリンの死体を集める時にも入れましたし」

 えぇ……某ハイブランドのデザインをパクったバッグに、死体を入れたの?
 お嬢様の感覚はわからん。

「〈空間魔法〉を使えない私のために、縁さんが作ってくれた大容量のバッグですから、孫一さんのために使わないと」
「そっすか……」

 ストーカーがストーカーのために作ったのか……中を改めるべきか?

「じゃあ、お願いするよ」

 日和った。
 オシャレなバッグが急にパンドラの箱に見えたので、中を見るのが怖くなってしまった。

 並んでオークの氷像を見上げる三兄妹の下へ行き、アンゲーリカさんの顔を覗き込んでみると、視界に入った仮面にビックリして構える。

「ああ、ビックリさせちゃったね。ごめん」

 仮面を外して僕の蛙顔を見せると、ホッとして構えを解いた。

「そうだ! 後ろの……」

 退路を絶たれていたことを思い出したのか、三兄妹が振り返る。

「ああ、大丈夫。周囲に魔物の気配はないよ」
「……あんたら、なにもんだ?」
「俺たちは傭兵だよ。言っただろ?」

 ただの傭兵ではないって自覚はある。勇者だし。嫁TUEEEだし。

 オーク十三体をバッグに収納した氷雨さんが戻ってくる。

「孫一さん。これからどうしますか?」

 氷雨さんは、聞きながらアンゲーリカさんの槍を彼女に返す。

「あー、リーダー逃げちゃったし、引き上げようか。オークの解体とか、外の方がやり易いし」

 血の臭いに釣られて魔物がやって来るから、浅層で狩りをする冒険者は、ダンジョンの入口近くで獲物を解体することが多い。

 僕の提案にみんな賛同してくれたので、引き上げることにした。
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