一人では戦えない勇者

高橋

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4章

4話  四稜郭?

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 昨晩は暗くてよくわからなかったけど、朝日が上った朝食後の今、拠点として建てられた屋敷の二階のベランダから周囲を見渡して驚いた。
 なんか立派な城壁がある。
 振り向くと、誉めてほしそうな縁がいる。
 視線でどういうことか問う。

「四稜郭をモデルに、オリジナルの城塞を造ってみました」

 ああ、僕が「五稜郭はダメだよ」って言ったばかりに。

 縁が送ってきた航空写真と、記憶の中の四稜郭を見比べてみる。
 本物の四稜郭は、ネットの航空写真しか知らないけど……これ、本物より大きくない? 城壁も、王都の城壁より高くない?
 四稜郭の形をした別のなにかだな。
 てか、王都のすぐそばにこんな要塞を造っていいの?

「怒られてから考えようか」

 ダンジョンコアさえ手に入れば、この国に長居は無用だ。さっさと帝国に逃げ込めばいい。

「それより兄さん。聞きましたよ。クーちゃんと婚約したそうですね」

 あれ? 今?
 ストーカーのことだから、リアルタイムで盗撮してたと思ったけど……ああ、そうか、この要塞建設の監督で忙しかったのか?

「クーちゃんが、"これで逃げ道を一つ潰せた"とか"お父様もたまには役に立つ"とか言ってましたよ」

 潰されたのかぁ。逃げ道は、あといくつ残ってるのかなぁ。
 てか、コンラートさんの評価!
 お父様は、普段から役に立ってるよ。
 途中の村での交渉も、彼がいないと面倒なことになってた。

「縁の今日の予定は?」
「ロジーネ姉さんと一緒に公国の諜報員と接触します。あ、デートですか? 姉さん一人でも大丈夫なんで行きますよ」
「いや、ユリアーナかマーヤでも誘うよ。だから、姉さんを助けてあげて」
「お二人とも忙しいそうですから、私がデートしますよ」

 えー、忙しいの?
 ああ、そうだ。そうだった。

 保護した日本人の中には、冒険者になりたい人がいて、彼らには公国のダンジョンでデビューしてもらおうという話になった。
 こちらとしても、冒険者の現実を知るいい機会だろうと思い、こちらの世界への幻想を打ち砕こうと、適度に支援することになった。
 あくまで幻想を砕くのが狙いなので、砕かれなかった人は冒険者としてやっていけるだろうから、ある程度鍛えて、傭兵団から放流するつもりだ。

 それで、その"適度"な支援内容は、まず服の支給。
 粗末すぎると舐められ上質すぎるとカモにされる。なので、襤褸でもない、貴族服でもない絶妙なレベルの服が彼らのために作られた。
 まあ、一部のオシャレさんたちから苦情が出たので、彼らには要望通り絹の服を支給した。
 シュェとミアの苦労を踏みにじる奴等は、痛い目に合えばいい。

 二つ目の支援はお金。
 ギルドでの冒険者登録も自分たちでやらせるつもりなので、登録費と装備を買い揃える資金だ。
 こそこそと「余った金で娼館に行こうぜ」って相談してる連中がいた。
 人から貰った金なのに。
 命に関わる金なのに。
 どうかしてるよ。
 まあ、御影さんがそんなこと許すわけなくて、装備代を削らないと娼館代に届かない、絶妙な額にしてあるそうだ。

 三つ目の支援は護衛。
 狼部隊から、パーティーの人数に合わせて護衛をつけることにした。
 ただ、幻想をぶっ殺すのが目的なので、命の危険がない限り手助けしないことを何度も言い含めておいた。護衛される側に。

 以上の支援を昨晩の夕食後に通達し、僕らのダンジョンアタックに合わせて、彼らの冒険者デビューも同時にやることとなった。

 で、パーティーに何人の護衛をつけるかとか、どのフロアまで踏み込ませるかは、まだ決まっていない。
 それは、今日、ユリアーナとマーヤ以下数名でダンジョンの浅層に潜って調査する。

「登録には一緒に行くんだよね?」
「ええ。他の日本人は後日ですけど、団員の登録には私も一緒に行きますよ」

 さすがに全員で行くと迷惑なので、代表数名が名簿を持っていけば、それで登録できる。



 で、特にイベントもなく登録完了。
 思ったより待たされたけど、登録する人数が多いのでしょうがない。

 ユリアーナたちはこのままダンジョンに潜るそうなので、国営ギルド前で別れる。
 ついでにフレキとゲリとウカと松風を鍛えるそうで、今日の護衛はストーカー二号こと【氷の勇者】の雪白氷雨さんだ。
 うん。今日は、久しぶりに僕の周りからモフモフがなくなった。

「ほんじゃあ、ユリアーナ。いってらっしゃい」
「お待ちなさい」

 ユリアーナの背中に声をかけると、彼女の歩みを両腕を広げた女性が遮る。
 見た感じ、森人族の女性だ。
 彼女に続くように、ワラワラと三十人前後の女性が現れ僕らを囲む。半分ちょっとくらいが森人族か? 残りは人族と獣人が半々くらいかな?
 面倒な雰囲気がするので、ユリアーナの隣に並ぶ。彼女たちは忙しいから、彼女たちだけでも逃がしてあげ……これ、神々を逃がさなきゃいけない案件か?
 まあ、いいや。
 ともかく、僕が矢面に立つべきだろう。

「なにかごよ」
「男に用はない。消えなさい」

 ピシャリと言われた。
 森人族は、見た目の美醜で相手への態度が変わるらしいから、せめて仮面を被っていたら違ったのかな。

「俺は傭兵団『他力本願』の団長だ。彼女たちは忙しいから、話なら俺が聞きますよ」
「男に用はないといあぁ」

 ユリアーナが〈威圧〉で黙らせた。
 というか、周囲を取り囲む女性たちも跪く。

「それで? なんのご用ですか?」

 返事はない。

「ユリアーナ。もういいよ」
「でも……」

 そこまでイラッとすることか?

「どうでもいい相手にどう思われても、なにも思わない。話くらいは聞くけど、態度の悪い相手の要求を素直に聞く気はないよ」
「そう……わかった。なら、ここは任せるわね。ヒサメ、マゴイチをよろしくね」

 ユリアーナに言われて、氷雨さんが僕と腕を組んでくる。

「まあ、ストーカーがマゴイチから目を離すわけないか」

 公国王都の娼館事情を調べたかったんだけど、今日は諦めよう。

 ユリアーナたちの背中を見送り、充分な距離が開く頃に、ようやく〈威圧〉を解いたのか、行く手を阻んだ森人族の女性が立ち上がり、ユリアーナを追いかけようとする。

「やめた方がいいですよ」

 親切心で止めたのではなく、ユリアーナが不機嫌なままだと、明日の朝稽古が厳しくなるからだ。一回、ボディーブローで空飛んでみ。

「少なくとも、彼女の機嫌を損ねた理由を聞いていった方がいいですよ」

 聞いたからといって、森人族が他種族に頭を下げるとは思えない。

「聞く必要はない」

 僕を睨みながら言い置いて、一歩踏み出した所でまた跪く。
 今度は氷雨さんの〈威圧〉だ。

「孫一さんの忠告に対して、その態度はなんですか?」

 よく見たら、彼女たちの足が氷で地面に縫い付けられている。
 プラーナ量からすると、表面が凍ってるだけだと思うけど、無理に動くと皮膚がベリってなるヤツだ。
 ストーカーを怒らせると怖いなぁ。

「貴女がたが何者かは、もうどうでもいいや。ダンジョン討伐の邪魔さえしなければ、こちらから関わるつもりはありません。ですので、そちらも我々に関わらないよう、お願いします」

 森人族に対しては、下手に出るか、高圧的に出るかの、どちらかにした方がいいらしい。
 ……高圧的に出たつもりなんだけど、中途半端になってしまったような気がする。

「孫一さんの温情に感謝なさい」

 全員の首に、地面から伸びた氷柱の先端が当たる。
 足りない分は、氷雨さんが補ってくれた。

「これっきり会わないのがお互いのためになると思いますので、これで失礼しますよ」

 終始、妻の威を借る蛙だった。



 よくわからない連中を後にする。

 出鼻を挫かれて、氷雨さんとデートって気分ではなくなったので拠点に戻ることにした。
 途中、ふと思いついて、ダンジョンの入り口を見に行くことにした。
 その間、先日の氷雨さんとのデートで中途半端になった、日本での話をする。

「それじゃあ、本当に睨んでいたわけではないんだ」
「ええ、私も人目は気にしますから、今のような緩みきった顔を学校でするわけにはいかなかったんです」

 躾に厳しいお祖母さんの耳に入ろうものなら、大変な目に合わされるらしい。

「にしても……"緩みきった"というよりは、"蕩けた"が正解か?」

 普段の凛とした彼女からは想像できない緩みっぷりだ。
 同一人物とは思えない作画崩壊っぷりだ。作監誰よ?

「孫一さんを見てるとこうなってしまうから、こう、表情筋を総動員して繕うの」

 一瞬だけ、三人ほど殺してきたかのような顔になって、すぐに蕩ける。
 表情筋が器用なのか不器用なのか。

「この緩みきった顔はあまり見られたくないんです。なので、人も多くなってきましたから、隠しますね」

 そう言って彼女は、翼の描かれた仮面を被る。
 新設した魔法部隊の仮面だ。
 部隊長がロクサーヌなので、翼部隊に決定した。

 ……あれ?
 狼部隊の隊長はユリアーナ。
 狐部隊の隊長はマーヤ。
 猫部隊は隊長を決めてないけど、仕切ってるのはロジーネ姉さん。
 蛙部隊は僕が隊長ってことになるけど、実質の隊長は御影さん。
 新設した翼部隊の隊長はロクサーヌ。

 隊長が全員妊婦じゃん。

 妊婦に優しくない労働環境だ。
 てか、妊婦がダンジョン討伐に行くの?

 ……あとで人選の見直しを提案しよう。
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