一人では戦えない勇者

高橋

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3章

21話 お風呂回2

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 ヴィンケルマンの村を出発して二日。
 今日は、子供たちと布の染色をして楽しかったです。

「明日の昼にはフーベルトゥスの村に到着する予定よ」

 お風呂でユリアーナさんから行軍予定を聞かされる。
 前を隠すことなく堂々と仁王立ちした姿は美しい。
 尻尾をマーヤさんに洗われていて尚、美しい。

 かく言うわたくしは、ミアの蜘蛛足を洗うのに忙しいので、横目でチラッと見ただけだ。
 それでも一瞬見蕩れてしまう。ヴィンケルマンの前族長の息子が執着していたのもわかります。

「あ、あのシュェちゃん。そこは自分で」

 ミアが恥ずかしそうな顔で振り向く。
 おっと。いつの間にか蜘蛛のお尻を洗っていた。人に洗われるのが恥ずかしいようで、普段は柄の長いブラシで洗っているが、時々、いや、ほぼ毎日、わたくしがこうして洗っている。

「ブラシではちゃんと洗えないでしょう?」

 特に、今日のように染料が身体中に付いてしまった日は、念入りに洗ってあげないと。
 そう。これはミアの為でもある。決してわたくしの欲望の為では……ごめんなさい。嘘です。毎日ミアの体を洗いたいです。ミアの美しい肌に合法的に触れる機会を、わたくしが逃すはずありません。下半身の蜘蛛の体を洗い終わったら、上半身の白い肌を……ふへっ。

「シュェ姉さん。目が怖いですよ」
「ふわぁ! ちょ、シュェちゃん?」

 真横からした声に、ビックリしてミアのお尻をギュッと掴んでしまった。慌ててミアに謝り声の方を向くと、ユカリ様がわたくしの胸をジッと見つめていた。

「ミア姉さんの胸、少しですけど大きくなりましたね」

 わたくしの胸を見ながら、ミアの胸の話をするんですか?

「そうですね。マゴイチ様に毎日可愛がっていただいてま……なんですか?」
「いえ。一緒に可愛がってもらってるのにシュェ姉さんは大きくならないなぁ、とか、考えてません」

 言ってますよ。考えてなかったとしても、言ったらダメです。

「ミア姉さんがおっきくなったのは、兄さんのお陰ではなく、シュェ姉さんが毎日エロい手つきで洗ってるからでは?」
「仮にそうだとしても、それだと、自分で洗ってるわたくしの胸が大きくならないのは、なぜでしょうか?」

 自分で言いながら落ち込む。

「なら、私の胸で試してみましょう」

 ユカリ様がほんのり膨らんだだけの胸を張って提案する。まるで名案のように。

「あの……洗いませんよ」

 わたくしが洗ったからミアの胸が大きくなったとは思えないですしね。残念ながら、わたくしの胸が証明しています。

「そもそも、大きくなっても、いずれ重力に負けるんですから」
「あ、それ、駄馬姉妹が対策してますよ」
「え?」

 初耳です。
 人馬族と蜘蛛人族専用の深い湯船を見ると、駄馬姉妹が他の人馬族の子と楽しそうにお喋りしている。フーベルトゥスでも双子に対する差別があったはずですけど、いつの間にかすっかり打ち解けています。彼女たちは彼女たちで、わだかまりを解決したのでしょう。

「あ、対策って……」

 駄馬姉妹を見ていて気づいた。

「そうです。プラーナを体に纏って魔力の鎧を作る技術である〈魔装術〉の応用です」

 その〈魔装術〉を下乳に集中させることで、下から支えるようにしている。

「あれなら、クーパー靭帯が衰えても垂れることなくロケットのままです。なんなら、クーパー靭帯が切れても大丈夫。しかも、肩が凝らない」
「……ユカリ様は、つまり、あれをやってみたいから胸を大きくしたい、と?」

 ユカリ様が力強く頷く。

「先日、ちょっとショックなことがあって」

 なぜだかわからないけれど、続く言葉はわたくしにもダメージがありそうなので、片膝をついたまま足に力を入れて踏ん張る。

「由香由希が"胸がちょっと大きくなった"と言っていたんです」
「グッ」

 立たなくて良かった。立ってたら膝から落ちてました。
 これはショックです。あの二人はあのまま成長しないと思っていたのに。

 その由々しき事態を確認しようと見渡しても、二人はお風呂にはいない。そうでした。この時間は夕食の仕込みで忙しいから、料理担当は食後にお風呂に入るのでした。

「しかも、"縁ちゃんより大きくなった"と」
「なん、ですって……」

 お風呂場のタイルに手をついてなんとか体を支えるけど、気持ち的には踞りたい。

「このまま、クーちゃんみたいになってしまうのでしょうか」

 聞きたくないです。
 視界の隅に件の幼女が歩いている。その胸がほんの僅かではあるけど、揺れる。

 自分の胸を見る。
 僅かな膨らみを下から掬い、放す。
 ……揺れない。

「なので、少しでも大きくなる方法は試したいんです」

 残念ながら、その方法はハズレです。わたくし自身が証明しています。

「あの」

 ミアが遠慮がちに口を挟む。

「マゴイチ様は、大きすぎてもダメみたいですよ」
「「詳しく!」」
「ひあっ!」

 いけない。親友を驚かせてしまった。

「ミア。詳しく教えて」
「う、うん。あのね、御主人様が一番好きなのは、女の子の恥じらう姿、って言ってたよ」

 知りたかったことではないけど、これはこれで気になるので先に聞きましょう。

「そういえば、ミア姉さんって、兄さんと二人で話すことが多いですね」

 ストーカーは、仕事中でもマゴイチ様を監視しているから、ミアとマゴイチ様が二人で会ってることも知っているのでしょう。

「昼休憩の時に少しお話しするだけだよ」

 ストーカーを恐れてか、ミアが早口で言い訳する。
 大丈夫よ。ユカリ様も、側室を積極的に増やしたいハーレム推進派ですから。側室同士が仲良くないとハーレムが崩壊してしまうので、過ぎた我が儘を言わない限り、口出ししないわよ。

「他に、マゴイチ様はなんて言ってましたか?」
「えっと……シュェちゃんは、"胸の大きさを気にして恥ずかしそうに胸を隠す姿が可愛い"って」

 恥ずかしいというより、他の子と比べられたくなくて隠してたんですよ。だって、ロジーネさんの後で抱いてもらうと、絶対比べるでしょう?

「あと、"三本目の角が伸びて強くなった"って」

 額の真ん中から生え始めた角は、ここ数日で急速に伸びて、元々の左右に生えてる二本角より太く長い角になりました。ついでに身体能力も上がったみたいだけれど、ユリアーナさんとの組手以外、戦闘には参加していないので、いまいち実感が乏しいです。

「"左右の角も綺麗で好きだけど、真ん中の角も格好良くて好き"、とも言ってたよ」
「他には?」

 もっとちょうだい。

「"ニホン人に近い顔つきだから安心する"とか、"背中のラインが綺麗"とか、"服のセンスがいい"とか」

 ニマニマが止まりません。

「私! 私は? 兄さんは私のことなんて言ってましたか?」
「ああ、えっと……」

 ミアが困ったように目を逸らす。

「"将来が心配"と」

 でしょうね。

「ほ、他には?」
「その……"折角の美貌も、恥じらいがないと魅力半減"と」
「はん? え? 半減? そんなに減るんですか?」

 確かに、半減は言い過ぎでは? ユカリ様の美しさは、ユリアーナ様に勝るとも劣らないはずです。

「"恋愛感情があると言っておきながら、兄の前で全裸で仁王立ちしても平気な妹には、魅力よりも将来の心配しかない"と」

 ああ、なるほど。ここでも恥じらいですか。
 これはユカリ様を弁護できません。

「違うんです。大好きな兄さんに全て見てもらえる喜びが勝って、恥ずかしいと思えないんです」

 ミアと目が合う。たぶん同じことを考えているのでしょう。頷き合い、口を開く。

「「将来が心配です」」
「うー。お二人だって、ベッドでは将来が心配になる顔をしてますよ」

 あー、はい。知ってますよ。

「兄さんなら心配ないと思いますけど、あんな顔をさせられながら兄さんに捨てられたら、って思わないんですか?」

 答えはわかってるでしょうに。ん? 違いますね。ユカリ様は経験していないんでしたね。

「ユカリ様は、性感強化を受けたことはありますか?」

 マゴイチ様が手を出していないのに性感強化を受けたことがある人は、結構います。初めて性感強化を使った時の城の侍女や、リコさん、狼部隊の方々もそうですね。あと、数に入れたくはないですけど、【拳の勇者】もその一人です。

 大半がいずれ手を出すであろう人たちですけど、その中にユカリ様は入っていない。いないですよね? このストーカーなら、やらかしたお仕置きで受けていそうです。

「ないです。何度かお願いしたんですけど、ダメでした。全力の性感強化を受けたいのに」

 こいつダメだ。

「ユカリ様。性感強化は、十段階になっています。普段私たちが受けているのは、四から五です」
「え? 半分でアレなの?」

 言いたいことはわかる。全力じゃないのに全員返り討ちされているんですから。

「六を受けたことがあるのは駄馬姉妹と緊縛エロフ母娘だけです。七になると、駄馬姉妹しか知らない世界です」
「だから、みなさん、あの二人に一目置いているのですか?」

 悔しいけれど、マゴイチ様の全力に一番近いのはあの駄馬姉妹ですからね。

「ちなみに、八以上は?」
「前人未到です」

 人のままでいられるか、という問題もあります。
 というか、駄馬姉妹の七も、十秒だけ意識があっただけで、耐え切ったわけではありません。

「えと、それって、【鬼神】でも【蜘蛛神】でも耐えられない?」

 三本目の角が生えて、わたくしのクラスは【鬼神】になりました。ミアもいつの間にか【蜘蛛神】になってました。

「【鬼神】も【蜘蛛神】も三までしか耐えられません。ついでに言いますと、【狼神】でも四。【狐神】でも五です」

 ユリアーナ様とマーヤさんは妊娠中ですので、戦線から離れていますが参考までに。

「一応聞いておくけどロジーネ姉さんは?」

 【猫神】にして【闇神】にして【毒神】のあの方は。

「二です」
「弱っ!」
「マゴイチ様も加減が難しいのか、よく三になります」
「それで私の仕事が増えるのかぁ」
「まあ、すぐ撃沈するお姉ちゃんの話はともかく、性感強化の話です。性感強化には、マゴイチ様が気づいていない副次効果があります。普段、わたくしたちは、マゴイチ様からのパスによって、マゴイチ様の感情の色を見ることができます」

 区切るとユカリ様は首肯して先を促す。

「あくまで色が見えるだけです。しかし、性感強化を使うと、マゴイチ様のその時の感情が流れ込んでくるんです」

 快楽と共に、わたくしたちを大切に思う感情が心に直接流し込まれます。

「それは……凄そうですね」
「凄いですよ。捨てられる心配がないのがわかりますし、離れたくなくなります」

 嘘偽りのない生の感情ですからね。絆されてしまいます。

「ん? てことは、【拳の勇者】も兄さんの感情を?」
「でしょうね。ただし、わたくしたちへの感情とは別物だと思いますよ。そうですね……"彼への殺意はない"と言っていましたから、嫌悪感でしょうか?」

 ひょっとしたら無関心だから、空っぽの感情が叩き込まれたかも……いえ、それはないですね。【拳の勇者】に対しては、負の感情しかないでしょう。

 自分で振っておいて、【拳の勇者】に対する興味がなくなったのか、ユカリ様は「へぇ」で済ませました。もう少し興味を持ってください。

「ともかく、兄さんに性感強化を使ってもらえれば、兄さんが私をどれだけ大切にしているかわかるってことですね?」

 こいつ、突る気だ。

「「将来が心配です」」

 結局、胸が大きすぎるとダメな理由は聞きそびれた。
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