一人では戦えない勇者

高橋

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3章

7話  結城君の小さな反乱

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 平賀からみんなを解放するためとはいえ、人質を取ってしまったのは失敗したと思った。こんな卑怯なことをしたら、俺に賛同してくれる人がいないんじゃないかと思っていた。
 けど、それは思い過ごしだったようだ。
 厨房の裏口から、槍塚幹也と相田守が僕に賛同して来てくれた。

「そんで? そっちの二人はなにができんの?」

 俺の、"みんなを解放する"という崇高な理念に、最初に賛同してくれたウーヴェが、幹也と守を見比べながら聞く。
 そういえば、この計画を話した時は丁寧な口調だったのに、俺が【光の勇者】を失ってるって知ってからは態度がデカくなったな。

「二人は【槍の勇者】と【盾の勇者】だよ。二人とも俺の親友だ」

 胸を張って言うと「あっそ」と無感情に返された。

「俺は、"なにができるのか"って聞いてんだよ」
「それは……」

 二人を見る。

「【槍の勇者】ってぇくらいだから、槍を使えるんじゃね?」

 幹也はいつもの軽い感じで答える。

「ああ。俺もそうだろうな。【盾の勇者】なんだから、盾を使えるんじゃないか?」

 守も幹也に同意見のようだ。

「で? お前らの槍と盾は?」

 そういえば二人とも手ぶらだ。

「持ってるわけねぇじゃん」

 幹也が"なにを当たり前な"みたいな顔で言う。
 ウーヴェが盛大なため息をついた。

「使えねぇ。無駄飯食らいが増えただけじゃねぇか」

 ウーヴェの言葉に幹也の目付きが変わる。明らかにイラついている。

「そういうお前は、これからどうするつもりなんだよ」

 守は、顔には出さず静かにイラついていた。高校からの付き合いだけど、守のこんなにイラついた声を聞くのは初めてだ。

「あ? あー、予定とかなり違っちまったからなぁ」

 当初の予定では厨房の裏から母屋に入って、そのまま倉庫で武器や魔道具を回収して、それを売り、資金を作ってからみんなを受け入れる家を買い、それから、みんなの洗脳を解いてやれば全て丸く収まるはずだった。

 ところが、出足の厨房への潜入で三年生の女子二人に見つかった。咄嗟にウーヴェがナイフで脅して、怖がった彼女たちが大声で叫んでしまい、人が集まってしまったので、仕方なく彼女たちを人質にしたわけだ。

「とりあえず、こっちの要求は蛙に伝わってるだろうから……そうだな、ゴネるようなら、人質の指でも切り落としてやれば、言う通りにするだろ」
「ふざけるな。人質を傷つけるなんて許さない」

 そもそも、こちらには勇者が三人もいるんだから、人質なんて必要ないはずだ。

「あれ? あの二人は?」

 さっきまで厨房の隅にいたはずの人質が、二人ともいなくなってる。

「逃げたのか? ちゃんと見張っとけって言っただろうが!」

 本当に逃げたのか? 手足を縛られてたんだぞ?

「あー、こんなことなら、先に一発ヤっときゃよかった」

 こいつ正気か? 恋人であるカトリンさんの前で言うか?
 けど、ウーヴェが彼女たちに乱暴する前に逃げてくれて良かった。

「あー、イラつく。人質に逃げられるわ、勇者は使えねぇわ」
「けど、ジルヴィアが上手いことあの団長を寝取れば、この傭兵団を裏から操れるんじゃない? あの子、あんたの言うことなら聞くでしょ?」
「待て。妹さんも、平賀に洗脳されてるんじゃなかったのか?」

 今回の話を持ち掛けてきた時に、ウーヴェはそう言っていた。

「あー、ありゃあ、嘘だ」

 あっさり認めやがった。

「そもそも、〈洗脳〉スキルなんて、持ってるだけで討伐対象になるし、スキルレベルを上げたところで相手が相当弱ってる時でないと効果がないんだから、洗脳された人間なんてそうそうお目にかかれねぇんだよ。それが、"五十人以上の人間が洗脳されてる"って? ありえねぇよ」

 小馬鹿にするように言うウーヴェの顔を殴ろうと一歩踏み出し、目の前に突きつけられたナイフに足が止まる。

「雑に置かれてたが、こいつぁミスリル製のナイフだ。よく切れるぜ」

 勇者であっても、武器を持っている相手に素手で挑むほどバカじゃない。
 俺が一歩下がると、ウーヴェもナイフを下ろす。

「今の動きからすると、お前、戦闘に使えるスキルを持ってねぇな?」

 それは、全て平賀によって奪われた。

「あー、唆す相手、間違えたわぁ。あの蛙の周りにいる女どもを上手く唆せたら、こんなことにはならなかったのによ。あー、ムカつく!」

 ウーヴェはそう言って、厨房に置かれていた寸胴鍋の一つを乱暴に倒し中身を床にぶちまける。

「ちょっと、ここに籠るとしたら大事な食料なんだか」
「うるせぇ! 俺に指図すんじゃねぇよ!」

 残りの寸胴鍋もぶちまけた。
 その瞬間、厨房の温度が下がったような気がする。

「折角仕込んだスープが台無しなんだよ」

 突然、この場にいないはずの声がした。そちらを見ると、お人形さんのような小学生くらいの可愛い双子の女の子が立っていた。
 確か、一年生の女の子だったはずだ。瓜二つな双子で、学校にいた頃から顔だけ知っていた。
 どうしてか、二人は圧倒的な威圧感を放っている。

「食べ物を粗末にする人には、お仕置きなの」

 本能が「逃げろ!」と警鐘を鳴らしている。
 けど、常識で考えて、こんな小さい子になにかできるわけでもない。そう思って、震える足を引き摺るように前へと出て、優しく微笑みかける。

「ふ、二人とも、どうしてここに? あ、平賀の洗脳が解けたのかい?」

 二人の肩に手を置いて安心させようと、さらに一歩踏み込む。
 踏み出した一歩が、ピシャッとぶちまけられたスープを踏む。
 その瞬間、世界が暗転した。



 立て籠り事件は思わぬ解決を見た。
 【竈の神】たる幼女二人による蹂躙で、あっさり解決してしまった。

「解決ってことにしたい気持ちはわかるけど、ちゃんと解決しないと、また同じことになるわよ」

 御影さんに諭されてもやる気が出ないな。

「やっぱ、ちゃんとしないとダメかな?」

 御影さんとその隣に立つ本田さんも頷く。
 とりあえず、僕の前で正座してる、やらかした双子の頭をポンポンする。

「由香と由希は悪いことしてないよ」

 折角作ったスープを台無しにされた二人の怒りは凄まじく、ユリアーナとロジーネ姉さんによって止められるまで、ウーヴェと結城君の顔の形が変わるくらい殴り続けた。

「食べ物を粗末にするのはダメなの。もったいないの」

 この世界のもったいないオバケは、双子の幼女らしい。
 無理もないか。
 育児放棄されていた二人にとって、食事を抜かれるのはよくあることだったので、食べ物を粗末にする人に対して、かなり強い嫌悪感を感じるらしい。

「二人が毎日作ってくれる食事を、俺は楽しみにしてるんだ」

 これは本心。

「頑張って作ってくれてるのも知ってるし、感謝してるよ」

 なんせ、五十人以上の食事を、この二人を中心にした数人のお手伝いで作ってるんだ。カンストさせたクラスやスキルの補正があっても大変だろう。

「だから、明日の朝食を一品減らしたあいつらが悪い」

 少しは元気になってくれたかな?

「私たち、お兄ちゃんの胃袋、掴めてるの?」
「ああ、掴めてるよ」

 鷲掴みだよ。シャ○ニングフィンガーだよ。いや、ゴッドフィ○ガーか。神様だし。

「なら、スープを作り直してくるんだよ!」

 フンスと拳を握った由希が立ち上がり、由香を連れて厨房に消えた。
 あの二人には元気でいてもらわないと、傭兵団の食事事情に関わるからな。……違うか。素直に言えば、"可愛いロリっ娘が落ち込んでる姿を僕が見たくない"だな。

「さて、ほんじゃあ、あの五人の処分を決めようか」

 リビングに残ったのは、ユリアーナ、マーヤ、御影さん、縁、ジルヴィア、そんで、外部の意見として生徒会長。これに僕を含めて七人だ。

「まず、ウーヴェとカトリンだけど、追放処分が妥当なんじゃないかな?」

 そもそも彼らは団員ではない。傭兵団『他力本願』の護衛対象である結城君が預かってる人で、団員でも顧客でもない。ただ、付いてきてる人だ。
 ウーヴェの妹であるジルヴィアを見ると、予想より軽い処分だったのかホッとしている。

「兄の処分についてジルヴィアの意見は?」

 居住まいを正したジルヴィアが、真剣な目で僕を見つめて頭を下げる。

「寛大な処分をありがとうございます」
「一応言っておくけど、ジルヴィアに塁は及ばないよ」

 意外そうな顔で頭を上げる。

「けど、兄と一緒に出ていくと言うなら止めない。まあ、出ていかないでほしいけど」

 「止めない」と言われて落ち込んだので、僕の本心を追加したら、パァっと笑顔が咲いた。

「はい! 出ていきません!」

 だから、顔が近いって。急接近したよ。
 僕の顔が赤くなっちゃうから離れようね、って力強っ!
 肩を押してもビクともしない。
 尻尾がワッサワッサ揺れてるけど、遊んでるわけじゃないんだからね。

「ジルヴィア。とりあえず、座ろうか?」

 そう言ったら、彼女はソファに座る僕の足元にペタンと座った。
 そうじゃない。
 そうじゃないんだけど、笑顔で僕を見上げる姿が保護欲を擽る。
 可愛いから良しとしよう。

「次は、結城君、槍塚君、相田君。この三人の処分だけど……」

 どうすっかな。

「槍塚君と相田君は、御影さんがやってる日本人向けの授業への強制参加で」

 日本人向けに、異世界の常識や種族による風習などを教える授業がある。
 割りと人気の授業で、立ち見の受講者もいるくらいなんだけど、あの三人は一度も受講していないらしい。なので、まずは異世界の常識を知ってもらい、その上で、自分達がいかに的外れなことをしたのか理解してもらいたい。

「結城君はいいのかしら? 彼こそ、この世界の常識を知るべきじゃないの?」

 無理でしょ。

「聞く耳がない人には、なにを言っても届かない。確証バイアスだっけ? 結城君は自分の正しさのために、こちらの世界の常識を知ろうとしていない。ちょっと極端な症例だけどね。ああなった人間は、自分が納得する答えが出るまで、自分を肯定する人の言葉にしか耳を貸さない」

 疑心暗鬼とか被害妄想の方が近いのか? 心理学は、ネットで斜め読みしただけの知識しかないので詳しくはない。けど、僕が彼になにを言っても意味がないのはわかってる。

「人は見たいものを見て聞きたいことを聞く」

 昔読んだ漫画の台詞だ。タイトルは忘れた。
 彼にはピッタリな言葉だな。

「ちょっといいかな?」

 黙って聞いていた生徒会長が挙手する。

「彼には、俺たちを納得するまで説得させたらどうかな?」

 んー、逆効果にならない?

「生徒会長をやってて、説得って難しいな、って思うんだよ」

 部活の予算とか決めるの、揉めるんだろうなぁ。

「説得ってさ、相手のことを詳しく知っておかないと、"よく知りもしないくせに"って言われるんだ。だから、結城君にもそれを味わってもらおうと思うんだけど、どうかな?」

 面白いかも。

「なら、明日の異世界常識講座の後で、彼に壇上に立ってもらおうか」

 勿論、結城君には常識講座も受講してもらう。

「説得会には、後で文句が出ないように、日本人も傭兵団の団員も全員参加させよう」

 六十人くらいいるんだから、一人くらい説得できるかも。

「そうなると、俺は外に出掛けた方がいいな」

 そうすれば、彼も遠慮なく僕の悪口を……言ったらマーヤに殺されるな。

「マーヤ。俺の悪口を言われても、殺しちゃダメだよ」
「……はい。死なない程度の拷問ですね」

 違う。

「ユリアーナ、御影さん。ちゃんと止めてね」
「止めなきゃいけないのが、あと数人いるけどね」

 ああ、そっか。
 縁と氷雨さん。駄馬姉妹と緊縛エロフ。あとは……いないか?

「ロクサーヌさんがキレたら私じゃ止められないから、ユリアーナさんに任せるわ」

 ロクサーヌと仲のいい御影さんがそう言うんなら、そうなんだろうね。

「なら、この六人は一纏めにしといて」

 側で怒ってる人がいると、案外冷静になるもんだから。
 ……全員がキレたら伯都がなくなるかも?
 一応、残り五人にも怒らずに聞くように言っておこう。

「あ、リコもキレそうね」

 暗崎さんも追加で。

 ともかく、結城君には頑張ってみんなを説得してもらい、それが的外れであることを知ってもらいたい。

 その間に、僕は娼館に行こう。
 ……お金は……お小遣いを貰おう。
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