一人では戦えない勇者

高橋

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3章

6話  テンプレは重なりすぎるとウザい

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 妊婦を相手に無茶はしないつもりでいたのに、お尻を重点的に攻めたらユリアーナが力尽きてしまった。
 ユリアーナが復活したのは、日が傾いた頃。

 スラムへの帰り道。
 いかにも人拐いっぽい大男に道を塞がれた。

「よう、兄ちゃん。その姉ちゃん置いてけば命までは取らねえぜ」

 なんてテンプレな人拐い。
 ちょっと惜しい気もするけど、ユリアーナが早く休みたいようだから、彼にはご退場願おう。
 ポケットから『偽パイ』を出して左膝を撃ち抜く。
 絶叫を上げてのたうち回る人拐いの脇を通り抜けようとしたら、バンダナを巻いた人影が行く手を遮る。

「てめぇ、アニキになにしてくれんだ! ブッ殺すぞ!」

 なんてテンプレな三下。
 これもちょっと惜しい。フィクションでしかお目にかかれないから、もう少し泳がせていたいんだけど、ユリアーナがイライラし始めたので、彼にもご退場願おう。
 ポケットから『偽パイ』を出して左膝を撃ち抜く。
 絶叫を上げてのたうち回る三下の脇を通り抜けようとしたら、眼鏡をかけた人影が行く手を遮る。

「やあ、お二人さん。お困りのようですね。私が手を貸してあげましょう」

 なんてテンプレな胡散臭い奴。
 こいつは惜しい。これはどんな手口で僕らを騙すのか後学のため見ておきたい。けど、ユリアーナが剣の柄に手をかけたので、彼にもご退場願おう。
 ポケットから『偽パイ』を出して左膝を撃ち抜く。
 絶叫を上げてのたうち回る胡散臭い奴の脇を通り抜けようとしたら、周囲の気配が動いたので。

「次は眉間を撃つよ」

 と、牽制したら気配が散っていった。

「この町の治安、悪すぎない?」
「王都は、マフィアの勢力がいい感じでバランス取れてたから、こういったどの勢力なのかわからないようなゴロツキがいなかったのよ」

 これはこれで見ていて面白いんだけどね。時間さえあればコント感覚で見ていたんだけど、今はユリアーナのイライラが限界に達しようとしているので、手早く始末したい。

 少し歩いたら、また周囲に気配が集まる。

「よう、兄ちゃん。その姉ちゃん置いてけば命までは取らね」

 曲がり角から現れたテンプレ人拐い2は、最後の二音を宙を舞った首から発した。
 うん。ユリアーナの我慢の限界みたい。

「マゴイチ。ちょっとスラムの治安を良くしてくるわ」

 駆け出そうとするユリアーナの腰へ、タックル気味にしがみつく。

「待って。この町の情報少ないし、下手に手を出して厄介事に首を突っ込むことになったら面倒なこ」
「てめぇ、アニキになにしてくれんだ! ブッこ」
「うるせぇ!」

 空気を読んでくれない三下2の眉間にぶっぱなす。
 躊躇いなく殺した自分に少し驚いたけど、今はそれどころではない。
 というか、僕も我慢の限界。

「ちょっと『偽ドラ』の最大出力を試してみる」

 ポケットから出した『偽ドラ』にプラーナを込めようとしたら、横からユリアーナに『偽ドラ』を奪われた。

「ダメよ。伯都が廃墟になる」

 なら、どうすれば?

「そろそろ修繕も終わってるはずだから、一度拠点に戻ってから全員で潰しましょう」

 そうだな。全員でやれば、明日一日で終わるだろう。



 拠点に戻ったら廃墟が豪邸になっていた。
 まあ、二度目なのでそれほど驚かなかった。
 王都の拠点より狭いリビングで、帰ってきた僕らを出迎える一同を前に、僕とユリアーナが声を揃えて宣言する。

「「マフィアを潰します」」

 御影さんが呆れたようなため息をついた。

「なにがあったのか説明しなさい」

 連れ込み宿でのあれこれは割愛して、帰り道の出来事を話す。

「というわけで、テンプレが重なりすぎると、ただ、鬱陶しいだけでした」
「だから潰すと?」

 あれ? 話してたら頭が冷えた。

「……潰すほどでは……」

 ユリアーナに視線を向ける。

「ないわね」

 ユリアーナも頭が冷えたみたいだ。

「私たちは力がありすぎるから、力を振るう前に、本当に必要かよく考えてちょうだい」
「「はい」」

 二人並んでシュンとなった。



 深夜。
 魔王戦により、兵どもが死屍累々となったベッドで、参加していないはずの本田さんに無理矢理起こされる。

「なにかあった?」

 時計を見ると、寝入った所で起こされたようだ。

「結城君が人質を取って厨房に立て籠ったの」

 頬を染めながらキョロキョロして言う内容は、表情と合っていない。
 あ、僕、全裸だった。てか、シーツがいろんな液体で酷いことになってる。まあ、一番酷いことになってるのは、イレーヌなんだけどね。
 モゾモゾと服を探して、途中で諦めて、マーヤを呼ぶ。今日は、ユリアーナと御影さんの二人と一緒に、隣の部屋で寝てるはずなのに後ろにいた。
 マーヤに僕の服を出すように言ったら、着させられる。眠くても自分で着れるよ。
 頭が覚めてきたので、本田さんになにがあったかもう一度聞く。

「結城君が人質を取って厨房に立て籠ったの」
「人質は何人? それと、結城くんの単独?」
「人質はつまみ食いしてた三年女子が二人。ウーヴェとカトリンが共犯。今は、御影先生が説得してる」

 共犯はあの二人かぁ。

「なにか要求してきた?」

 靴を履いてベッドから立ち上がる。

「結城君の要求は、"みんなを解放しろ"で、ウーヴェは、お金と武器とスレイプニルを要求してきたわ」

 結城君は、まだそんなことを言ってるのか。

「ウーヴェに唆された感じ?」
「そうだと思いたい」

 元カノとしてはそうだろうね。
 けど、僕は自主的にやってると思ってるよ。たとえ、ウーヴェに唆されたにしても、自分の意思でやっていると思う。

「とりあえず、行ってみよう」

 部屋の入り口で振り返ると、魔王戦に初参戦のロスヴィータが虚ろな目で手を振っていた。無理しなくていいのに。



 厨房に続く食堂に入ると、騒ぎを聞き付けたのか数十人くらいの人がいた。その大半は野次馬のようで、食堂の入り口付近で事の成り行きを見守っている。
 厨房に向けて声をかけている御影さんを見つけて隣に並ぶ。

「団長さん! 兄がごめんなさい!」

 御影さんに状況を聞こうとしたら、僕の前にジルヴィアが出て頭を下げた。

「いい。ウーヴェが、なにかやらかすだろうことは予想してたから、問題ない」

 嘘です。全く予想していなかった。けど、こう言っておかないと、ジルヴィアが一人で責任を感じてしまいそうだ。
 ジルヴィアの頭を撫でながら御影さんに状況を聞くと、ベッドの上で聞いた状況と違っていた。

「槍塚君と相田君が、結城君に賛同したわ」

 槍塚は【槍の勇者】で、相田は【盾の勇者】だったか。二人は結城君と仲が良かったはず。けど、今回のような犯罪紛いに協力するほど仲がいいとは思わなかった。

「"みんなを解放しろ"って話だけど、具体的にどうしろと?」

 僕の質問に首を横に振る。

「"解放しろ"としか……私がなにか言っても、"洗脳されてる先生に言ってもしょうがない"って」

 本当に洗脳できるんだったら、結城君を洗脳して大人しくさせるんだけどね。それで解決する。
 しかし、残念ながらそんな便利なスキルはない。今回はなんとかしても、また後日なにかやらかすのかな? あー、洗脳したい。

 あれ? そういえば、ユリアーナがいないな。
 狂信者二号になりつつある暗崎さんは、僕の背後に一号と並んで立ってるけど、ユリアーナがいない。

 厨房で起きた立て籠りと聞いて来た【竈の神】の由香と由希は、仕込みが終わった朝食の寸胴鍋が無事か確認しようとしているけど、ユリアーナはいない。

 仮面を被り忘れた僕の横顔を、パシャパシャ写真を撮ってるストーカー一号と二号はいるのに、ユリアーナがいない。
 あ、ストーカー二号のストーカーは、一度寝たら朝まで起きないらしいからいないよ。

「探してるのは私?」

 気配もなく真横からユリアーナの声がした。
 なにをしてたのか聞こうとしたら、人差し指で口を塞がれた。

「その前に、ジルヴィアを解放してあげて」

 忘れてた。ずっと撫で続けていた。タレ耳の触り心地が良くて、耳を中心に撫で続けていた。
 手を頭から離すと、頬を赤くしたジルヴィアが物欲しそうな目で見上げる。尻尾が期待するようにユラユラ揺れている。
 ……このままこの状況を放置して、この子を寝室に連れ込もうか。そんな考えが頭を過る。

「マゴイチ? この状況を放置してジルヴィアを寝室に連れ込んだら、さすがの私も怒るよ?」

 真っ赤になったジルヴィアと目が合う。恥ずかしそうに視線を逸らすけど、尻尾はブンブン振られていた。
 ……撫でたい。彼女の耳は、マーヤの尻尾に勝るとも劣らぬ触り心地だ。なら、尻尾は?
 どうしよう。結城君とかどうでもよくなってきた。

「孫一さん?」

 御影様の笑顔のプレッシャーで、現実逃避から引き摺り戻された。ああ、うん。ジルヴィアが涙目になってる。君は悪くないよ。悪いのは、ぼ……結城君だ。よし。一発殴ろう。

「とりあえず、結城君を一発殴ることにしました」
「どうしてそうなったか聞かないけど、私の報告も聞いてね」

 今度はユリアーナが笑顔になった。

「ロジーネ姉さんを叩き起こして、裏口に配置した。これで逃げ道を潰せる」

 逃げ道、潰しちゃったんだ。てか、失神した人を叩き起こさないであげて。
 僕としては、ちょっと脅して逃げるようなら、そのまま彼らとお別れするのも有りかなって思ってた。むしろ、名案に思えてきた。

「逃がしてお別れは無しよ」

 御影さん的には、一度受け入れた生徒を見捨てるのは無しか。面倒だな。
 まあ。

「御影さんのそういう所が好き」

 ストレートに好意を伝えると、すぐに赤くなってバッと顔を逸らす所も、可愛くて好きだ。

「そういうことを、正妻の前で言わないでください」

 当の正妻には、連れ込み宿でいっぱい言ったから気にしていない。むしろ、御影さんのテレ顔を覗き込んでニヤニヤしてる。

「ともかく、話を聞かずに制圧するのも、話を聞かずに放逐するのも、無しですから」

 頬を赤く染めたまま力強く宣言されても、可愛いだけです。

「それなら、まずは話を聞いてもらえる状況を作ろうか」

 やる気はないけど、御影さんの願いだ。なんとかしましょう。

 まずは、人質の救出だな。
 これは、ユリアーナがこっそり厨房に入って、こっそり二人を拉致ればいい。
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