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3章
3話 旅立ち初日
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やっと出発できる。
折角の旅立ちの日に、朝から厄介事が立て込みすぎだ。
しかし、厄介事もここまで。ウーヴェとカトリンさんは結城君に押し付けることに成功したし、ジルヴィアさんはマーヤが気にかけてくれるみたい。マーヤが、ってとこに若干の不安があるけど。
ともかく、ようやくの出発だ。
「団旗と行軍許可旗を揚げろ。行軍旗の先旗と後旗は?」
「先旗は私。後旗はユカリよ。マゴイチは帥旗もね」
ユリアーナに言われるまで、帥旗の存在を忘れていた。
松風の鞍に手を当て、鞍に付与されている収納空間から帥旗を出す。
飛び出した棹が中空に浮かび、白地に緑色の蛙が刺繍された縦長の流し旗が、冬の寒風にはためく。
それから遅れて白地の団旗が揚がる。中心に緑色の蛙。左に外を向いた銀の狼。右に外を向いた金の狐。そして、蛙の下には地に伏した茶色の猫。
ふと、重要な用事を思い出した。みんなで行くべき重要な用事だ。
「では、出発だ。西門から王都を出るぞ」
予定では南へ向かうのだから、王都を出るなら南門からのはずだ。でも、用事のために、西門から出る必要がある。
「マゴイチ?」
行軍の先頭を行く、青いドレスアーマーに身を包んだユリアーナには教えておくべきだった。
「寄り道する。王都を出る前に会っておかなきゃいけないから」
それだけ言えば、ユリアーナと僕の隣にいるマーヤは理解してくれた。ロジーネ姉さんはどこだ?
「そっか。こっそり一人で行こうと思ったんだけど、あ、これ、お供えね」
後ろから抱きついたロジーネ姉さんが、花束とワインの小樽を僕の目の前に出す。
着痩せするロジーネ姉さんの感触に後ろ髪を引かれるけど、血涙を流しながらそれを振り切った。
受け取った花束とワインをコートのポケットに入れて松風に乗る。
マーヤに戸締まり代わりの結界を屋敷に張っておくようにお願いしたら、パスを介して僕のプラーナを流用した特上の結界を張りやがった。
これ……破れる奴いるのかな? てか、練り込んだプラーナの量からすると、軽く数百年は維持できると思う。
*
王都西門から出てすぐの分かれ道を北に行くと、ダンジョンがある。
ダンジョン脇の小屋から顔を出した万年平兵士の赤ら顔に手を振りながら、ダンジョンの裏に回る。
僕たちの寄り道は、ダンジョンの裏にある冒険者の墓所だ。
多くは、ただ石が積み上げられただけだったり、折れた剣が墓標だったりするんだけど、その中に一際目を引く立派な墓標がある。
その墓碑銘は、"勇者の父"とだけ彫られている。
王都を旅立つ前にいかなきゃいけない場所。それがおっちゃん、ルーペルト・リンケの墓だ。
振り返ると、馬車から顔を出した日本人が興味深そうに周囲を見渡している。
「ついでに周囲の浄化をしといて」
そう言うと、ユリアーナとマーヤとロジーネ姉さん以外が周囲に散る。
気を使わせてしまったかな。
おっちゃんの墓にお供え物をして手を合わせる。
おっちゃんの葬儀では【聖帝】とか【聖王】とか【聖女】とかだったけど、お別れの墓参りはちょっと凄いよ。
隣の正妻は【太陽神】で、反対の隣のメイドは【月神】で、後ろにいるおっちゃんの娘は【地母神】だ。豪華すぎる。
周囲を浄化してる女性陣も【鍛治神】とか【豊穣神】とかいる。
ユリアーナが拾ってきた元ヴィンケルマン士族の女性たちは、十人が全員、【戦乙女】だ。もう、ありふれたクラスになっている。
「神様に墓参りされるのって、どんな気分?」
お供えしたワインの小樽の栓を開ける。一口貰ったら、後ろから手が伸びて小樽を奪われる。
顔だけ向けると、ロジーネ姉さんも一口飲む。
その小樽をマーヤに渡し、マーヤは小さく「いただきます」と言って一口。
僕を挟んで反対のユリアーナに小樽が渡る。ユリアーナはなにも言わずに一口、二口と飲んで小樽を元に戻す。
おっちゃんにも、僕らの後ろで揚がっている団旗を見せたかったな。
「マゴイチ。そろそろ」
「ん? ああ、そうだな。……おっちゃん、いってきます」
帰ってくるかはわからないけど、息子が出かける時、親に言うのは「いってきます」だろう。
三人もそれぞれ挨拶して、それぞれの愛馬に戻る。
「ほんじゃあ、あらためて出発だ」
厄介事が転がってきたり、忘れてた予定を思い出したり、と、慌ただしい旅立ちになってしまった。
西へ伸びる街道から外れて王都城壁沿いに南へ向かい、王都南門から伸びる街道に入る。
西へ伸びる街道はスカスカだったのに、こちらは商隊の馬車や乗合馬車で混雑している。
街道に入ったものの、渋滞で動けず難儀していたら、縁から「街道を外れて南へ行きましょう」と〈念話〉で提案があった。
なんでも、縁が作った馬車は独立懸架式のサスペンションにゴムタイヤで、南の平原程度の不整地なら、多少は揺れるけど、問題なく走破できるそうだ。
*
出発一日目は、予定外の出来事の連続で、予定よりかなり手前で夜営している。
夕食を食べ終え、傭兵団の団員と送還予定の日本人の代表者を集めて、今日の問題点を話し合おうと思ったんだけど、なぜか会議の場に結城君までいる。
あれ? 教頭も呼んだんだけどいない。生徒会は縁以外は全員いる。体育教師もいない。一年生のクラス担任の若い女教師はいる。……教頭と体育教師は、いなくても困らないか。
焚き火を囲う面々を見渡しながら、会議の目的を告げる。
「今日の問題点を聞いておきたい」
結城君は放っておこう。その隣のウーヴェとカトリンさんも気になるけど、ちゃんと面倒を見ている、と思うことにする。
「一番の問題はトイレね」
議長の御影さんは呆れ顔。
今日の行軍を振り返る。
先頭を進んでいたユリアーナにしてみたら、隊列の真ん中の馬車ではしゃいでる学生のことなんて知らないだろうけど、馬車の近くにいた僕は、騒がしくて読書が捗らなかったし、チャイルドシートのアリスとテレスがグズって、あやすのが大変だった。
そして、御影さんも呆れるトイレ問題。
「まさか、一時間も取ったトイレ休憩で、済ませてない奴が続出するとはね」
二時間毎に、小休止を十分から三十分程度取るつもりだった。
仮設トイレを三つしか用意していなかったのも、見積もりが甘かったのかもしれない。
ただ、生水を飲んで腹を下した奴が三人もいて、その三人が仮設トイレを占拠してしまったのは予想できなかった。
結局、三人のお腹を治し、トイレの行列を解消し終え、最初のトイレ休憩は一時間となった。
休憩を終えて出発したら、十分後に漏れそうな奴が出て仕方なく小休止。すぐに再出発するも、また漏れそうな奴が……。これを三回ほど繰り返す頃には昼休憩になり、昼食後にちゃんとトイレを済ませるように通達したのに、午前と同じ展開となった。
なんなの? 小学生なの?
「トイレ問題に関しては、ユカリがなんとかするわ」
縁案は、トイレ車両を各車両に牽引させることで、小休止以外での足止めをなくす予定だ。で、現在、七両ものトイレ車両の製作に追われて、縁本人はこの場にいない。
「問題は行軍速度ね。問題がないとしても、このままだと、明日中にシュレーゲルミルヒ伯爵領の伯都に着くのは難しそうよ」
予定では、明日の夕方頃には伯都に到着するはずだった。
行軍速度の増減は、ユリアーナに一任してある。その彼女が難しいと言うのならそうなんだろう。
「食料と水は大丈夫なんだろ?」
異空間に大規模農園を作る『幻想農園』という魔道具の本格稼働で、食料問題は解決している。
水は魔法を使えばいい。〈水魔法〉の使い手は多い、というより、団員のほぼ全員が使える。使えないのは僕と鞘さんと氷雨さんだけ。三人とも勇者特性だからしょうがない。あ、暗崎さんもか。
「国に提出した行軍予定表は、あくまで予定だから、大きく逸脱しなければ問題はないと思うよ。彼らの不満を全て解消する必要はないけど、ストレスが溜まって暴走しない程度に快適な旅にしてあげよう」
「待て。お前には、彼らを誘拐した責任があるだろうが」
結城君がしゃしゃり出る。どうしよう、面倒臭い。
「お前が彼らを唆して誘拐したんだから、快適な環境を用意するのは当たり前のことだ」
え? マジで? 誘拐犯には人質に快適な環境を用意する義務があるって、初めて知った。
「では、他に問題は?」
議長の御影さんは、彼を無視する方針みたい。
「いいかな?」
生徒会長が、手を挙げて発言の許可を求める。
「そんな堅苦しい会議じゃないので、言いたいことは、許可を求めなくても言っちゃってください」
会長なら、結城君みたいな的外れなことは言わないだろう。
「ん。ありがとう。みんな、というか、日本人の間で、運動不足になってる人が多いから、朝と夜に軽い運動をさせた方がいいと思うんだ」
「んー。朝はラジオ体操でいいのでは? もしくは、俺が受けてる稽古を一緒に、とか?」
「稽古はやめた方がいい。ニホンへ帰る人に余計なスキルが付いちゃうわ」
「なら、朝は希望者だけラジオ体操で、夜はどうするか……球技は場所の整備が必要だし……なにかない?」
「結界のサイズに余裕はあるから、グラウンドぐらいの広さを整地して、好きに使わせたらどうかしら?」
僕の質問に、御影さんの隣でアリスのオムツを取り換えていた本田さんが投げ遣りに言う。
「結局、場所を用意する手間は同じだけど、一番面倒がなさそうね」
御影さんも、テレスのオムツ交換をしながら本田さんの意見に同意する。
「ボールとか道具を渡せば、勝手に遊んでくれるか」
そこまで単純だと、まさしく小学生だな。
他にいい案はなさそうなので、明日の夜営地に運動場を併設することが決まった。ちなみに、道具類の作成は、言い出しっぺの本田さんに丸投げだ。
「あとは……ユリアーナ。魔物はどうだった?」
「襲ってきたのはゴブリンとオークだけ。問題なく排除できたけど、聞いてた通り、ダンジョンの魔物より少しだけ強いみたいね」
過去のダンジョンの氾濫で出てきた魔物が、討伐されずに繁殖したのが、地上にいる魔物の正体だ。
ダンジョンの魔物より長く生きてる個体もいて、ゴブリン程度の知性があれば、生き残るノウハウを次代に伝えることもあるらしく、ダンジョンにいる同種の魔物より手強くなることがある。
「適度に間引けば、子供たちの訓練に使えそうなんだけど……」
「急いでるわけじゃないけど、のんびりする理由もない。子供たちの訓練は、西に向かう途中にあるダンジョンを攻略しながらでいいんじゃないか?」
小さい子の中には、冒険者に憧れてる子がいる。
群れになると厳しいけど、数匹程度のゴブリンなら子供の訓練に丁度いい。
「子供を戦わせるのか?」
結城君はそう思わないみたい。まさか、異世界で日本の労働基準法第六章を持ち出すの?
ほら、ウーヴェとカトリンさんまで「こいつなに言ってんの?」見たいな顔してるよ。
「現状で苦戦するような魔物はいないし、予定通りにいかないなら、いっそ開き直って、子供たちの訓練時間を作るのもありかもな。希望してるのはいる?」
「ハーロルトがウザいくらいにアピってくる」
その絵は容易に想像できて笑ってしまう。
まあ、ハーロルトは実戦を経験済みだし、成長チートで少しだけ強くなってるから、余計に戦いたいのかもしれない。
「子供を戦わせるなんて間違ってる」
さっきから見事に無視されてる結城君が、拳を握り立ち上がる。
「御影さん。出発前に拾った子たちの中で、戦いたいって言う子はいた?」
「七人いたわよ。けど、内三人は仲のいい子に言われてだから、実質四人ね」
「なら、七人とも参加させて、実戦を経験させて。それで続けるかどうか選ばせよう。ああ、安全マージンはほどほどに、ね」
こちらがガチガチに安全策を用意してしまったら、次から戦闘を嘗めてかかるかもしれない。
「初陣は、全員で協力すればギリギリなんとかなるくらいが丁度いい。って、おっちゃんが言ってたしな」
ユリアーナたちがいれば、そのギリギリを用意してくれるだろう。ただ、子供たちの"ギリギリ"と、ユリアーナの"ギリギリ"が一致するかはわからない。
「なら、明日、手頃なゴブリンがいたら相手させるから、子供たちが乗ってる馬車を一番前にしといて」
「ついでに、最近、ハーロルトが天狗になってるみたいだから、鼻をポッキリやっといて」
普段はそうでもないけど、毎朝の稽古でそういった言動が目立つようになった。特に、一緒に稽古してる年下のフィリーネやヴィンツェンツに対してはちょっと酷い。
「まかせて。心を折るのは得意よ」
正妻様。心は折らないであげて。
折角の旅立ちの日に、朝から厄介事が立て込みすぎだ。
しかし、厄介事もここまで。ウーヴェとカトリンさんは結城君に押し付けることに成功したし、ジルヴィアさんはマーヤが気にかけてくれるみたい。マーヤが、ってとこに若干の不安があるけど。
ともかく、ようやくの出発だ。
「団旗と行軍許可旗を揚げろ。行軍旗の先旗と後旗は?」
「先旗は私。後旗はユカリよ。マゴイチは帥旗もね」
ユリアーナに言われるまで、帥旗の存在を忘れていた。
松風の鞍に手を当て、鞍に付与されている収納空間から帥旗を出す。
飛び出した棹が中空に浮かび、白地に緑色の蛙が刺繍された縦長の流し旗が、冬の寒風にはためく。
それから遅れて白地の団旗が揚がる。中心に緑色の蛙。左に外を向いた銀の狼。右に外を向いた金の狐。そして、蛙の下には地に伏した茶色の猫。
ふと、重要な用事を思い出した。みんなで行くべき重要な用事だ。
「では、出発だ。西門から王都を出るぞ」
予定では南へ向かうのだから、王都を出るなら南門からのはずだ。でも、用事のために、西門から出る必要がある。
「マゴイチ?」
行軍の先頭を行く、青いドレスアーマーに身を包んだユリアーナには教えておくべきだった。
「寄り道する。王都を出る前に会っておかなきゃいけないから」
それだけ言えば、ユリアーナと僕の隣にいるマーヤは理解してくれた。ロジーネ姉さんはどこだ?
「そっか。こっそり一人で行こうと思ったんだけど、あ、これ、お供えね」
後ろから抱きついたロジーネ姉さんが、花束とワインの小樽を僕の目の前に出す。
着痩せするロジーネ姉さんの感触に後ろ髪を引かれるけど、血涙を流しながらそれを振り切った。
受け取った花束とワインをコートのポケットに入れて松風に乗る。
マーヤに戸締まり代わりの結界を屋敷に張っておくようにお願いしたら、パスを介して僕のプラーナを流用した特上の結界を張りやがった。
これ……破れる奴いるのかな? てか、練り込んだプラーナの量からすると、軽く数百年は維持できると思う。
*
王都西門から出てすぐの分かれ道を北に行くと、ダンジョンがある。
ダンジョン脇の小屋から顔を出した万年平兵士の赤ら顔に手を振りながら、ダンジョンの裏に回る。
僕たちの寄り道は、ダンジョンの裏にある冒険者の墓所だ。
多くは、ただ石が積み上げられただけだったり、折れた剣が墓標だったりするんだけど、その中に一際目を引く立派な墓標がある。
その墓碑銘は、"勇者の父"とだけ彫られている。
王都を旅立つ前にいかなきゃいけない場所。それがおっちゃん、ルーペルト・リンケの墓だ。
振り返ると、馬車から顔を出した日本人が興味深そうに周囲を見渡している。
「ついでに周囲の浄化をしといて」
そう言うと、ユリアーナとマーヤとロジーネ姉さん以外が周囲に散る。
気を使わせてしまったかな。
おっちゃんの墓にお供え物をして手を合わせる。
おっちゃんの葬儀では【聖帝】とか【聖王】とか【聖女】とかだったけど、お別れの墓参りはちょっと凄いよ。
隣の正妻は【太陽神】で、反対の隣のメイドは【月神】で、後ろにいるおっちゃんの娘は【地母神】だ。豪華すぎる。
周囲を浄化してる女性陣も【鍛治神】とか【豊穣神】とかいる。
ユリアーナが拾ってきた元ヴィンケルマン士族の女性たちは、十人が全員、【戦乙女】だ。もう、ありふれたクラスになっている。
「神様に墓参りされるのって、どんな気分?」
お供えしたワインの小樽の栓を開ける。一口貰ったら、後ろから手が伸びて小樽を奪われる。
顔だけ向けると、ロジーネ姉さんも一口飲む。
その小樽をマーヤに渡し、マーヤは小さく「いただきます」と言って一口。
僕を挟んで反対のユリアーナに小樽が渡る。ユリアーナはなにも言わずに一口、二口と飲んで小樽を元に戻す。
おっちゃんにも、僕らの後ろで揚がっている団旗を見せたかったな。
「マゴイチ。そろそろ」
「ん? ああ、そうだな。……おっちゃん、いってきます」
帰ってくるかはわからないけど、息子が出かける時、親に言うのは「いってきます」だろう。
三人もそれぞれ挨拶して、それぞれの愛馬に戻る。
「ほんじゃあ、あらためて出発だ」
厄介事が転がってきたり、忘れてた予定を思い出したり、と、慌ただしい旅立ちになってしまった。
西へ伸びる街道から外れて王都城壁沿いに南へ向かい、王都南門から伸びる街道に入る。
西へ伸びる街道はスカスカだったのに、こちらは商隊の馬車や乗合馬車で混雑している。
街道に入ったものの、渋滞で動けず難儀していたら、縁から「街道を外れて南へ行きましょう」と〈念話〉で提案があった。
なんでも、縁が作った馬車は独立懸架式のサスペンションにゴムタイヤで、南の平原程度の不整地なら、多少は揺れるけど、問題なく走破できるそうだ。
*
出発一日目は、予定外の出来事の連続で、予定よりかなり手前で夜営している。
夕食を食べ終え、傭兵団の団員と送還予定の日本人の代表者を集めて、今日の問題点を話し合おうと思ったんだけど、なぜか会議の場に結城君までいる。
あれ? 教頭も呼んだんだけどいない。生徒会は縁以外は全員いる。体育教師もいない。一年生のクラス担任の若い女教師はいる。……教頭と体育教師は、いなくても困らないか。
焚き火を囲う面々を見渡しながら、会議の目的を告げる。
「今日の問題点を聞いておきたい」
結城君は放っておこう。その隣のウーヴェとカトリンさんも気になるけど、ちゃんと面倒を見ている、と思うことにする。
「一番の問題はトイレね」
議長の御影さんは呆れ顔。
今日の行軍を振り返る。
先頭を進んでいたユリアーナにしてみたら、隊列の真ん中の馬車ではしゃいでる学生のことなんて知らないだろうけど、馬車の近くにいた僕は、騒がしくて読書が捗らなかったし、チャイルドシートのアリスとテレスがグズって、あやすのが大変だった。
そして、御影さんも呆れるトイレ問題。
「まさか、一時間も取ったトイレ休憩で、済ませてない奴が続出するとはね」
二時間毎に、小休止を十分から三十分程度取るつもりだった。
仮設トイレを三つしか用意していなかったのも、見積もりが甘かったのかもしれない。
ただ、生水を飲んで腹を下した奴が三人もいて、その三人が仮設トイレを占拠してしまったのは予想できなかった。
結局、三人のお腹を治し、トイレの行列を解消し終え、最初のトイレ休憩は一時間となった。
休憩を終えて出発したら、十分後に漏れそうな奴が出て仕方なく小休止。すぐに再出発するも、また漏れそうな奴が……。これを三回ほど繰り返す頃には昼休憩になり、昼食後にちゃんとトイレを済ませるように通達したのに、午前と同じ展開となった。
なんなの? 小学生なの?
「トイレ問題に関しては、ユカリがなんとかするわ」
縁案は、トイレ車両を各車両に牽引させることで、小休止以外での足止めをなくす予定だ。で、現在、七両ものトイレ車両の製作に追われて、縁本人はこの場にいない。
「問題は行軍速度ね。問題がないとしても、このままだと、明日中にシュレーゲルミルヒ伯爵領の伯都に着くのは難しそうよ」
予定では、明日の夕方頃には伯都に到着するはずだった。
行軍速度の増減は、ユリアーナに一任してある。その彼女が難しいと言うのならそうなんだろう。
「食料と水は大丈夫なんだろ?」
異空間に大規模農園を作る『幻想農園』という魔道具の本格稼働で、食料問題は解決している。
水は魔法を使えばいい。〈水魔法〉の使い手は多い、というより、団員のほぼ全員が使える。使えないのは僕と鞘さんと氷雨さんだけ。三人とも勇者特性だからしょうがない。あ、暗崎さんもか。
「国に提出した行軍予定表は、あくまで予定だから、大きく逸脱しなければ問題はないと思うよ。彼らの不満を全て解消する必要はないけど、ストレスが溜まって暴走しない程度に快適な旅にしてあげよう」
「待て。お前には、彼らを誘拐した責任があるだろうが」
結城君がしゃしゃり出る。どうしよう、面倒臭い。
「お前が彼らを唆して誘拐したんだから、快適な環境を用意するのは当たり前のことだ」
え? マジで? 誘拐犯には人質に快適な環境を用意する義務があるって、初めて知った。
「では、他に問題は?」
議長の御影さんは、彼を無視する方針みたい。
「いいかな?」
生徒会長が、手を挙げて発言の許可を求める。
「そんな堅苦しい会議じゃないので、言いたいことは、許可を求めなくても言っちゃってください」
会長なら、結城君みたいな的外れなことは言わないだろう。
「ん。ありがとう。みんな、というか、日本人の間で、運動不足になってる人が多いから、朝と夜に軽い運動をさせた方がいいと思うんだ」
「んー。朝はラジオ体操でいいのでは? もしくは、俺が受けてる稽古を一緒に、とか?」
「稽古はやめた方がいい。ニホンへ帰る人に余計なスキルが付いちゃうわ」
「なら、朝は希望者だけラジオ体操で、夜はどうするか……球技は場所の整備が必要だし……なにかない?」
「結界のサイズに余裕はあるから、グラウンドぐらいの広さを整地して、好きに使わせたらどうかしら?」
僕の質問に、御影さんの隣でアリスのオムツを取り換えていた本田さんが投げ遣りに言う。
「結局、場所を用意する手間は同じだけど、一番面倒がなさそうね」
御影さんも、テレスのオムツ交換をしながら本田さんの意見に同意する。
「ボールとか道具を渡せば、勝手に遊んでくれるか」
そこまで単純だと、まさしく小学生だな。
他にいい案はなさそうなので、明日の夜営地に運動場を併設することが決まった。ちなみに、道具類の作成は、言い出しっぺの本田さんに丸投げだ。
「あとは……ユリアーナ。魔物はどうだった?」
「襲ってきたのはゴブリンとオークだけ。問題なく排除できたけど、聞いてた通り、ダンジョンの魔物より少しだけ強いみたいね」
過去のダンジョンの氾濫で出てきた魔物が、討伐されずに繁殖したのが、地上にいる魔物の正体だ。
ダンジョンの魔物より長く生きてる個体もいて、ゴブリン程度の知性があれば、生き残るノウハウを次代に伝えることもあるらしく、ダンジョンにいる同種の魔物より手強くなることがある。
「適度に間引けば、子供たちの訓練に使えそうなんだけど……」
「急いでるわけじゃないけど、のんびりする理由もない。子供たちの訓練は、西に向かう途中にあるダンジョンを攻略しながらでいいんじゃないか?」
小さい子の中には、冒険者に憧れてる子がいる。
群れになると厳しいけど、数匹程度のゴブリンなら子供の訓練に丁度いい。
「子供を戦わせるのか?」
結城君はそう思わないみたい。まさか、異世界で日本の労働基準法第六章を持ち出すの?
ほら、ウーヴェとカトリンさんまで「こいつなに言ってんの?」見たいな顔してるよ。
「現状で苦戦するような魔物はいないし、予定通りにいかないなら、いっそ開き直って、子供たちの訓練時間を作るのもありかもな。希望してるのはいる?」
「ハーロルトがウザいくらいにアピってくる」
その絵は容易に想像できて笑ってしまう。
まあ、ハーロルトは実戦を経験済みだし、成長チートで少しだけ強くなってるから、余計に戦いたいのかもしれない。
「子供を戦わせるなんて間違ってる」
さっきから見事に無視されてる結城君が、拳を握り立ち上がる。
「御影さん。出発前に拾った子たちの中で、戦いたいって言う子はいた?」
「七人いたわよ。けど、内三人は仲のいい子に言われてだから、実質四人ね」
「なら、七人とも参加させて、実戦を経験させて。それで続けるかどうか選ばせよう。ああ、安全マージンはほどほどに、ね」
こちらがガチガチに安全策を用意してしまったら、次から戦闘を嘗めてかかるかもしれない。
「初陣は、全員で協力すればギリギリなんとかなるくらいが丁度いい。って、おっちゃんが言ってたしな」
ユリアーナたちがいれば、そのギリギリを用意してくれるだろう。ただ、子供たちの"ギリギリ"と、ユリアーナの"ギリギリ"が一致するかはわからない。
「なら、明日、手頃なゴブリンがいたら相手させるから、子供たちが乗ってる馬車を一番前にしといて」
「ついでに、最近、ハーロルトが天狗になってるみたいだから、鼻をポッキリやっといて」
普段はそうでもないけど、毎朝の稽古でそういった言動が目立つようになった。特に、一緒に稽古してる年下のフィリーネやヴィンツェンツに対してはちょっと酷い。
「まかせて。心を折るのは得意よ」
正妻様。心は折らないであげて。
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『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
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