一人では戦えない勇者

高橋

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2章

38話 恩返しと年間予算

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 さて、ベンケン王国にご褒美の確約を得るのはついでだ。
 第三王女に席を外してもらうための方便だ。
 本気で欲しかったわけではない。
 まあ、あったら嬉しい、って程度に欲しかった。その程度だ。

 さてさて、もう、第三王女に用がなくなったんだけど、この人はいつまでいるのかね?
 「あんたは用済み」って、遠回しに、尚且つ、怒られないように伝えるには……どうすればいいの?

 言葉を選んでいたら、扉がノックされる。
 扉近くの騎士が勝手に返事して、第二王女を招き入れる。
 入室した第二王女を見て絶句した。
 粗末な布を体に巻き付けただけで、首飾りも、髪飾りも、靴すら身に付けていなかった。

「これは、その……」

 扉の前で恥ずかしさに身を捩るイルムヒルデさんへ、騎士たちが下卑た視線を向ける。
 第三王女は、興味無さそうに視線を逸らす。
 扇で口許を隠しているけど、その目は嗤っていた。
 なんかムカつく。

「御影さん。うちに嫁ぐに相応しい服をお願い」

 言い終わる前に御影さんは動いていた。
 イルムヒルデさんの正面に立つと、二人を覆い隠す程度の大きさの、中が見えない真っ黒な結界を展開する。
 その結界の構築速度と精度に、騎士たちが息を飲む。

「今のは、魔法ですか?」
「ええ。〈結界魔法〉は、うちでは珍しくないですよ」

 第三王女の質問に答えると、唖然とされた。
 うん。その顔の方が可愛い。感情のこもってない笑顔より、その間抜け面の方がいい。
 言わないけどね。

 十分ほど待つと、結界が消えて二人が現れる。
 イルムヒルデさんは、肩が露出した赤いドレスを着ていた。

「靴のサイズは私と同じだったけど、服は、ね。本田さんのドレスをミアさんから預かってたので、それを着てもらいました。あ、これ、さっき巻いてた布はお返しします」

 御影さんは、イルムヒルデさんを僕の隣に座らせながら、彼女が体に巻き付けていた白い布を折り畳んでテーブルに置く。
 てか、ドレスの背中は大胆に開いていた。髪もお団子みたいに纏めていて、うなじがよく見える。
 なんか、色っぽい。
 うなじ、いいな。

「孫一さんの好みに合わせてみたわ」

 ニコリと笑う御影さんに悪意はないんだろうけど、自覚してないフェチを自覚させられて、こう……なんだ? そう、パンツの中身を掌握されてる感じがする。

「あの、こんないいドレスを頂いて、宜しかったのですか?」

 ドレスの肌触りを確認しながら、イルムヒルデさんが聞く。
 それ、本田さんのだから、貰えるかどうかは本人と交渉して。というか、服に関しては、ミアとシュェに言って。

「これって、人蜘蛛族の糸ですよね。それも、肌触りからして、人蜘蛛族の女性の糸ではありませんか?」
「わかるの?」
「ええ。それに、マゴイチ様が人蜘蛛族を連れているという話は聞いていますから。その方の糸ですよね? でも、人蜘蛛族の糸以外も、なにか使われてますよね? これはなんでしょう?」

 僕に服のことを聞かれても、わからないよ。
 御影さんに視線で振ると小さく頷き返す。

「これは、絹と人蜘蛛族の糸とミスリル糸が編み込んであるのよ」
「「え?」」

 姉妹がハモる。

「そんな大した物ではないだろ」

 うちではありふれてる。

「国宝級じゃないのっ!」

 妹が叫ぶ。
 そう言われてもな。
 人蜘蛛族の糸はミア一人だけだから貴重ではあるけど、ミスリル糸はダンジョンでミスリルを沢山拾ってある。
 前にミアから聞いた話だと、残りのミスリルをミスリル糸にして100%ミスリル糸の服を作ったら、大体、数百着分の服ができるそうだ。

「オリハルコンの方が珍しいな」

 確か、僕が着てる服は少量ではあるけど、オリハルコン糸が編み込まれている……らしい。
 触ってみても、伝説の金属が使用されてるなんて感じさせない。触り心地は絹が一番近いかな? まあ、半分は絹でできてるらしいから、当たり前か。
 僕がサワサワ触ってるスーツに視線が集まる。

「その……もしかして、本当にオリハルコンが?」

 遠慮がちに聞いたイルムヒルデさんに頷く。

「触ってみますか?」

 スーツを脱いで差し出すと、震える手を伸ばす。
 ソッと触れると首を傾げる。

「半分は絹だから、触っただけじゃわからないよ。オリハルコンに重量軽減が付与されてるから、持ってみた方がわかりやすいですよ」

 押し付けるように差し出すと、イルムヒルデさんが恐る恐る受け取る。

「……軽い」

 うん。そうだろうね。

「軽すぎます」

 時々、着てるのを忘れるくらい重量を感じないからね。むしろ、ワイシャツの方が重い。

「身に付けてる物で一番重いのは、このベルトかな?」

 ドラゴンの革とミスリルで作られたベルトだ。次いで革靴と腕時計が重いかな?
 まあ、どれも、日本で僕が使ってた物よりは軽いけど。
 そのベルトに、イルムヒルデさんの手が伸びる。

「ベルトは勘弁してください」

 止めなければ、このまま全裸に剥かれかねない。

 さて、この国の行く末はどうでもよかったのだけど、僕に嫁ぐ人の実家なら話は変わる。
 少しくらいこの国に、結納品の代わりとなる情報を教えておくべきかもしれない。

 ……教えるべきは……三件か。

 勇者の成長チートは時間制限があって、既に時間切れであること。

 僕らが召喚された召喚魔術をもう一度使うと、王都周辺の地脈が渇れること。

 現在でも渇れかけている地脈をなんとかするためには、地脈を吸って成長する王都のダンジョンを殺さなければいけないこと。

 この三つか。
 とりあえず、掻い摘まんで説明する。
 地脈云々の部分は、御影さんが説明を代わってくれた。



 話した結果、一件目は薄々感づいていたみたい。
 最後まで感情の見えない笑顔を崩さなかった第三王女と違って、後ろの騎士たちは「ああ、それでか」という顔になっていた。

 二件目と三件目は、全く信じてもらえなかった。
 なので、御影さんが用意していた地脈の観測記録を第三王女に見せた。
 まあ、それでも信じてもらえなかった。
 てか、記録の内容より、それが印刷されたコピー用紙に興味が行ってしまった。

 けど、無理もないのかな。紙を見れば、その国の技術力がわかるからね。
 公文書すら羊皮紙の国なら、コピー用紙は珍しいだろう。
 実際、第三王女も、内容よりどうやって作ったのか気になって、ストレートに聞いてきた。

「【製紙士】クラスのレベルを上げれば、作れるようになりますよ」
「そのようなクラスは、聞いたことがありませんわ」
「正確なレベルはわかりませんが、【平民】を50くらいまで上げると、なれるはずです」

 笑われた。
 当然か。この世界の人で、【平民】のレベルを50まで上げる人はいない。
 普通は、十四歳から遅くても二十歳までの間にクラスを職業に合わせて変更する。
 産まれたばかりのレベルが1で、年に一つレベルが上がって、十四歳で15。二十歳でも21だ。
 【平民】が魔物と戦いまくれば50まで上がるかもしれないけど、そんな危険を犯すより、選べる中からクラスを選んだ方がいい。

 この際だから、クラスシステムのことでわかってることも教えた。
 大盤振る舞いだ。
 【平民】などの基本クラスをカンストさせると、第二クラス以降が設定できること。

 クラスレベルをカンストさせると、他のクラスに変更しても、カンストさせたクラスの特性を引き継げること。

 ついでに、〈支援魔法〉で獲得できるクラス経験値を増やせること。

 最後は蛇足だったし、簡潔だったけど、説明した。
 手の内を明かしたとも言う。

 三つ目は、騎士たちに「自分を売り込みたいからといって、嘘をつくのは感心しません」と言われたから、信じられていないようだ。
 まあ、信じさせる努力をするつもりはないので、なにも言い返さなかったけどね。

 一つ目と二つ目も同様。この国に対して、そこまでする義理はない。

「それでは、今から勇者様方に〈支援魔法〉を使えば強くなるのですか?」
「【支援魔法士】がいるって前提で話せば、そうなります。ただ、【支援魔法士】がいるなら、その〈支援魔法〉はこの世界の人に使った方が、強い兵を育てられます」

 僕の言葉を聞きながら考え込んでいた第三王女が口を開く。

「それは? どういう?」

 考え込んでいた割に、端的な質問だった。

「勇者はクラスを変更できません」

 はたと気づいた第三王女が、取り繕うように作り笑顔に戻る。しかし、その額に汗が浮かんでいる。

「ついでに言うと、魔法系の勇者は、〈剣術〉などの武器術系スキルと相性が悪く、〈火魔術〉や〈火魔法〉などの、他の魔術系、魔法系のスキルとの相性が最悪のようです。他の魔法は一つも取得できませんでした。武器系の勇者は反対のようです。こちらは、魔術系、魔法系のスキルと相性が悪く、他の武器術との相性が最悪です」

 実際、僕が取得した武器術系スキルは、〈銃術〉と〈魔銃術〉だけ。……〈魔銃術〉って武器術? 魔法? まあ、武器でいいか。
 で、魔法系、魔術系のスキルは取得できなかった。

 【氷の勇者】である氷雨さんに〈支援魔法〉を使ってみたけど、僕と同様に他の魔法系スキルを取得できなかったし、武器術は、色々試して〈槍術〉だけ取得できた。〈魔槍術〉ってのがあるから、それも取得できるかもしれない。

 【剣の勇者】である鞘さんは、〈支援魔法〉を使って鍛え始めたばかりなので、結果はまだ知らない。
 そろそろなにかしらの魔法スキルを取得してると思う。
 ただ、教えてるのが縁ってのが不安ではある。

「その……そちらの勇者様方は、これから、どうなさるつもりですか?」
「こちらに残る者と、あちらに帰る者とで半々といった所ですね」

 まず、支援である僕は帰らない。
 剣と氷も帰らない。
 風と雷も帰らない。
 槍と盾は帰る。
 光は槍と盾に流されてる。
 治癒と水は答えを保留。
 あれ? 帰らない方が多い。治癒と水次第だ。

 第三王女は目を伏せて考え込む。
 今さら連中を取り戻す算段か?
 遅すぎるし、僕らが邪魔するから無意味だよ。

 しかし、困ったな。
 傭兵団の結成申請をしに来ただけなのに、随分と長居している。

「そういえば、傭兵団の結成申請はどうなりましたか?」

 一応、必要書類と旗は提出済みだ。審査に時間がかかる場合があるけど、ロジーネ姉さんの情報操作で、審査が通るように貴族が上手く手回ししてくれてるはずだ。

「こちらで審査されるものと思っていたんですが……どうも、違うみたいですね」

 前に並ぶ面子を見渡しながら言うと、その視線が僕の隣に向けられる。

「あの、ごめんなさい。審査のためにマゴイチ様をお呼び立てしたわけではないんです」

 イルムヒルデさんが、申し訳なさそうに目を伏せる。
 彼女が言うには、城を無断で出れない彼女にとって、僕と直接会うには僕の方から来てもらうしかないのだそうだ。
 で、彼女の耳に入る僕の情報から、きっと傭兵団を結成するだろうと考え、僕が来たら城へ通すように手配していた、と。なにそれ。それも、女の勘?

「審査は城門横の屋敷で?」

 イルムヒルデさんが首肯する。

「そうですか。でしたら、姫様。そろそろ、お暇させていただきますね」
「あ、あの、お待ちを」

 立ち上がろうとした所で止められ、座り直す。

「【支援の勇者】様は、姉様を娶るわけですから、ベンケン王家とは縁戚関係となります」

 うん。なるねぇ。なるけど。

「イルムヒルデさんは、既に王位継承権を放棄しているはず」

 イルムヒルデさんに視線を向けると、彼女が頷き返す。

「しかも、嫁ぐに当たって、布一枚で追い出すように嫁がせるような実家には、先程の情報だけで、充分に義理を果たせたと思っていますよ」

 むしろ、お釣りが欲しい。
 第三王女は、なにも言い返せない。

「では、失礼します」

 立ち上がり、ビルギットさんに厳しく躾られた礼をして引き上げた。
 扉が閉まった後、扉になにかが当たる小さな音がした。
 きっと第三王女の八つ当たりだろう。



 当初の予定とは大きく違ったけど、無事に審査が終わり、傭兵団『他力本願』の結成が受理された。
 結局、城門脇の屋敷を後にする頃には昼を過ぎていた。

 麒麟とスレイプニルを連れて、城門の外へ歩く。

「あれ? 君は……」

 声に王城脇の詰所を振り返ると、そこには知ってる顔があった。というか、会っておきたい顔か。
 是非とも恩返しをしたいと思っていた人。
 そう。ヨハンネス・ディックハウトさんだ。

「やあ、覚えてるかな?」

 爽やかイケメンが、手を振りながら近づいてくる。ヨハンネスさんじゃなかったら無視するぞ。

「もちろんです。あの時のご恩は、忘れるわけないです」

 異世界召喚初日に、この世界のことをいろいろと教えてくれたし、彼のお陰で魔法の使い方がわかった。
 あそこで教わっていなければ、初日で死んでいたかもしれない。言わば、命の恩人だ。

 それだけではない。彼に運強化を使ったからこそ、初日にして中金貨十二枚と小銀貨七枚という大金を手にできた。
 そのお金でユリアーナたちを買ったので、妻との出会いも彼のお陰とも言える。

 というか、彼と出会えたからこそ、今の僕があると言った方がいいのか。

 そういえば、あの時のお礼。ガイド料に色をつけて払うと言ったっけ。
 いつ会ってもいいように、ユリアーナからお小遣いとは別に貰ってある。
 ヨハンネスさんは中銀貨一枚でいいって言ってたっけ?

「これを。色をつけたガイド料です」

 ポケットから出した麻の小袋を渡す。

「結婚資金に充分なはずです。あ、家に帰ってから開けてくださいね」

 中身は大金だ。人目がある場所で開けない方がいい。
 ヨハンネスさんは、「ありがとう」と、気軽に受け取る。
 たぶん、大金が入ってるなんて、考えてもいないんだろう。まあ、中銀貨であっても大金なんだけど。
 勤務中のヨハンネスさんに長話をさせるわけにもいかないので、軽く近況だけ教えて別れた。



「あれ。いくら入ってたんですか?」

 貴族街と平民街を隔てる城壁を潜るタイミングで、愛馬の手綱を握る御影さんの後ろに乗ったイルムヒルデさんが僕に聞く。

「大金貨一枚」

 さすがの元王女も唖然とする。
 無理もない。
 日本円に換算したら十億前後か?
 一兵士の結婚資金として考えたら、破格の金額だろう。というか、夫婦と産まれてくるであろう子供が、一生食いっぱぐれることのない金額だ。

「国庫から妹のために出てる年間予算が、大金貨一枚です」

 今度は僕が唖然とする。
 あの第三王女様は、そんな金食い虫なのか?

「わたくしの年間予算は、大銀貨一枚でした」
「少なっ!」

 大体百万円くらいか?
 王族の年間予算としては少なすぎる。

 イルムヒルデさんに、贅沢させてあげたくなった。
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