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2章
29話 馬鹿は遅れてやってくる
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生徒会長と話していたら、いつの間にか昼になっていた。
由香と由希が持たせたお弁当があったな。
そういえば、今朝の二人は距離が近かった。なんか、階段から落ちた時、パスが切れてしまったらしい。
夜中に目を覚ました時に、無意識で繋ぎ直したようだけど、パスの切断を初めて経験した子は、軒並みパニックになっていたらしい。
二人の距離が近いのはそのせいだろう。今日はお留守番で離れ離れだから、余計に近くなったのかも。
朝起きたら、シュェとミアに抱き枕にされてたのも、そのせいだろう。
しょうがない。忘れたことにしようと思ってたけど、四人になにかお土産を買って帰ろう。
それはともかく。
「お腹空いたし、お弁当にしようか」
観客席の勇者たちにも昼食が運ばれている。
丁度、会長との話も途切れたし、いいタイミングだろう。
と思ったのだけど、会長たちには食事が用意されていない。
どうやら、格差を作って、会長たちを勇者の部下に引き入れようとしているようだ。
実際、今までもそういったことがあって、勇者の部下になった生徒や教師がいるらしい。
「大丈夫よ。由香ちゃんと由希ちゃんに、多めに作ってもらったから、みんなの分もあるわよ」
御影さんの言葉に兵舎組が大喜び。……はしゃぎすぎだろ。「うぇーい」って言う奴、初めて見た。
ユリアーナが出したテーブルと椅子に着いて、ポケットから三段の重箱を出す。
重箱を開けると、そこには、ドンと数枚のドラゴンステーキが入ってた。しかも、焼きたてなのか、ジュウジュウと美味しそうな音がしてる。この重箱、魔道具だったのか。
真ん中の段は、一段ビッシリとポテサラだった。
……好きだからいいけどさ。
一番下はデザートの杏仁豆腐。
こちらもビッシリ。好きだけどね。多すぎ。
みんなとシェアしろと? 友達いないのに? あ、本田さんは友達か。
隣に座ったその友達は、仮面の口の部分をキャストオフして、さっさとドラゴンステーキを食べ始めている。
みんなに取り分けてあげないの?
そんなんだからボッチなんだよ。
まあ、僕もやんないけどね。
マーヤが収納空間から寸胴を出す。
マーヤがあの二人から持たされたのは、スープか。
ユリアーナは、パンが大量に入ったバスケットを出す。こちらも焼きたてなのか、いい匂いが漂う。
マーヤが「どうぞ」と、僕の前に置く。
そのスープを見てため息が出た。
「また、ユニコーンのスープか」
在庫が余ってるユニコーン肉の使用方法として、一番評判が良かったのがスープだった。
スジっぽいユニコーン肉も、煮込めば柔らかくなる。
味は一応あるから、野菜と一緒に煮込めば美味しく纏まるんだ。
まあ、ドラゴン肉のスープと比べると、雲泥の差だけどね。
「え? これ、ユニコーンの肉なの?」
いつの間にか正面に座ってた会長が驚く。
「ええ。うちでは評判が悪いけど、沢山あるので、こうしてちょくちょく食卓に出現します。うちでの一番人気は、このドラゴン肉ですよ」
「いや、ユニコーンも充分に美味しいよ。城で出される味のないスープより、断然こっちの方が美味しい」
会長はそう言いながら、ドラゴンステーキを取り皿に取り、一口サイズに切って口に運ぶ。一度噛んで、その表情のまま固まる。
うん。わかるよ。会長がドラゴンステーキを食べるのは二度目だけど、今、会長の脳は、味の洪水でパンク状態のはずだ。
何度食べても、ドラゴンステーキを食べたらみんなそうなる。
あ、そういえば、由香と由希が作った醤油をベースにしたステーキソースがあった。
ポケットから小瓶を出して、小皿にソースを出す。
それを会長に差し出すと、丁度、フリーズ状態から復帰した会長に目で問われ、短く「ステーキソース」と答えたら、キラキラした目でドラゴンステーキをソースに付けて食べた。そして、またフリーズ。
周囲を見渡すと、他の子が出した重箱には、それぞれ別の料理が入ってるみたいだ。
御影さんが出した重箱には、ハンバーグと厚焼き玉子と唐揚げ。
ハンバーグは、オークとミノタウロスの合挽き肉で、しかも、チーズがインされてるヤツ。
うちでも好評な料理だ。というか、週三くらいで食べたい。
厚焼き玉子の卵は、ちゃんとした鶏の卵だ。ただ、日本と違って、いつ産んだのかわからない有精卵だから、生で食べるのは怖いし、たまに孵化直前の卵もあったりする。
なので、うちでも鶏を飼うことになって、うちの中庭には鶏が三羽いる。
だけど、そのうちの一羽が、コカトリスに見えるのは気のせいだと思う。明らかにデカいけど。見上げるほどに。
他の二羽も、この世界の鶏にしてはガタイがいいように見えるけど、これも気のせいだ。
唐揚げに関しては、ダンジョン産のコカトリスの唐揚げがいまいちだったので、普通の鶏の唐揚げ。
由香は、「いつか唐揚げに最適な鳥の魔物を見つけるの」と、力強く言っていた。今後に期待の料理だ。
とまあ、そんなことを考えてる間に、ハンバーグがなくなった。
パンに挟もうと思ってたのに。
しょうがない。
ステーキを一口大に切ってパンに挟む。
ソースをかけて、ついでにポテサラも挟む。
会長も僕の真似をしてステーキサンドを作り、二人同時にかぶりつく。
うんまー。
何度も食べて慣れてるはずなのに、一口目であっちの世界に旅立ってしまう。
*
あっちの世界から復帰した時には、ステーキが入っていた重箱は空になっていた。
もう一枚、食べたかったなぁ。
デザートの杏仁豆腐を食べながら会長たちの食事事情を聞く。
どうも、薄いスープが出る日はマシな日で、パンが一欠片だけという日もあったらしい。
当然、飽食国家で育った彼らには、それでは足りない。
なので、監視してる兵士に食事の改善を要求したのだけど、剣で脅されて追い払われたそうだ。
そんな生活が続いたので、一部の生徒や教師は耐えられず、勇者たちの部下になるという名目で兵舎を出て城に行くのを、会長は見送るくらいしかできなかった。
そんな時にやって来たのが御影さんで、彼らのために拠点で作った食事を毎日届け、兵舎を出て、食事のために性行為を強要されていた女子生徒を兵舎に連れ戻し、現代日本ほどではないけれど、人並みの生活を送れるようにしてくれたそうだ。
「宮野先生は、君の指示って言ってたけど?」
「俺は"勇者に巻き込まれた人たちを、気にかけてほしい"としか言ってませんよ」
「けど、君の〈支援魔法〉があってこそ、って言ってたよ。だから、ありがとう」
なんだかムズ痒いな。
「同郷の誼ですよ」
テレくささを隠してるつもりでも、「そう」とだけ言った会長には、見透かされていそうだ。
「ああ、そうだ。送還魔法の件、覚えてますか?」
いたたまれない空気を変えようと、無理矢理話題を変える。
「うん。前に宮野先生から聞いたヤツだね。魔法の構築は終わったけど、足りない魔力の代替品となる魔石が足りないから、送還にはまだ時間がかかるって」
「ええ。それでですね、まだうちで提案してないんだけど、日本への送還を希望している人は、うちで保護しようかと思ってるんです。ほら、せっかく魔石が集まっても、希望者を迎えにこの国に戻るのが面倒なんで」
「一緒に傭兵をやるってこと?」
「いえ。なにもしなくていいですよ」
むしろ、しないでほしい。
「先輩。異世界で手に入れたスキルは、送還された後、どうなると思いますか?」
「え? それは……どうなるんだろう。普通に考えたら、こちらの世界のルールだから、あちらでは影響がない。消えるんじゃないかな?」
「俺もそう思います。けど、もう一つの可能性も否定できない」
だって、この世界の神は、世界に穴を開けるような異世界召喚を人間に使わせてしまうようなマヌケだよ?
「あちらでもスキルが使える場合、その人が危険人物に認定されるかも。そのついでに、帰還した人が全員、危険人物として扱われるかもしれない」
この世界ではメジャーでありふれたスキルである〈火魔術〉も、日本では危険な超能力になる。
「ああ、その可能性も考えておくべきか」
「今、あちらでどういう扱いになってるかわかりませんけど、集団失踪した高校生の一部が帰ってきたら、マスコミは食い付くでしょう。そこに、帰ってきた高校生の一部が魔術を使えるようになっていた、なんて噂が広まったら、使えない人も含めて一括りにされますよ」
帰った後のケアは僕にはできない。
だから、帰るつもりの会長には、あちらでの纏め役になってほしい。
たかだか十八歳の少年には荷が重いかもしれないけど、このイケメン会長なら、なんとかしてくれそうな気がする。
「だから、スキルを取得するような努力はしないでほしいし、クラスも、【平民】クラスでレベルを上げないでほしいです」
まあ、本当に、"なにもしない"のは困るけどね。
「あと、こちらに残る人も、ある程度は協力します。商売を始めたいなら出資するし、この世界の常識の範囲でクラスレベルを上げるのを手伝います」
彼らをユリアーナたちみたいな人外にはしない方がいいだろう。
ユリアーナたちは、それくらいじゃないと魔王は討伐できないだろうし、もう手遅れだからしょうがないけど、彼らは人間として、人間の範疇で幸せになってほしい。
ちなみに、先日ユリアーナがカンストさせた【半神半人】は、本当に半分神様らしい。
ついに神様に片足突っ込んじゃったよ。
今は、【現人神】をカンストさせるべきか悩んでるそうだ。
こっちは、ほぼ神。
夫としては、あまり遠い存在にならないでほしい。
あ、ユリアーナの第一クラスが【現人神】に変更されてる。カンストさせるみたいだ。
「まあ、うちで話し合って纏まったら、近日中に受け入れます。日程によっては、そのまま王都を出ることになるかもしれません」
「この国に残って商売したいって人がいたら?」
「止めてあげた方がいいですね。この国、経済的に傾いてますし、そこに縁が作った偽金貨をばら蒔いてますから。なにより、王都の地脈が渇れかけてるので、この国に残るにしても、王都以外にした方がいいです」
どうしても残りたいなら止めないけどね。
*
貴族が午後十三時を過ぎても戻らなかったら帰ろうかと思ってお弁当を片付けていたら、十三時五分前に闘技場へ馬車が二台乗り入れた。
帰り損ねちゃったよ。
前の馬車から最初に降りたのは【斧の勇者】。
続いて隷属の首輪をした全裸の女性。
その後ろから【火の勇者】が降りる。
その金髪碧眼の女性は、大きな胸を隠すでもなく、死んだ目で斧の後ろを歩く。
後ろの馬車の扉を乱暴に足で開けて降りたのは、【拳の勇者】だ。
手があるのに手を使わない人間は、お猿さんだよ。
ああ、違う。両手が塞がっていたのか。
彼の両手は、それぞれ奴隷の髪を掴んでいた。
右手は赤髪の男性。
左は金髪で全裸の女性。
ただ、二人ともピクリともしない。
〈人物鑑定〉に反応しないし〈気配察知〉にも反応しない。
「死んでる?」
僕の呟きに、隣の本田さんが短く「ええ」と答える。
【拳の勇者】に引き摺られた死体は、馬車から転げ落ちた所で、掴んでいた二人の髪が抜けて頭をゴトリと地面に落とす。
もう一人、その死体を跨いで馬車から降りる。
最後の一人は襤褸を纏った十歳くらいの少女だった。
首輪からして、彼女も奴隷だろう。
左頬を腫らした金髪青目の美幼女は、拳に怯えながら大股で歩く彼の後を小走りで追いかける。
あの貴族はどこに行ったのかと思ったら、馬車の後ろから付いてきた馬から降りて、小走りで三人の勇者の後を追う。
なにやら、厄介事の臭いがするなぁ。
けど、それよりなにより。
「胸糞悪いな」
左右のユリアーナと本田さんが頷く。
この世界の殆どの国に、奴隷法がある。
勿論、この国にもある。
その奴隷法にも、"奴隷を不当に害してはいけない"という文言がある。
そして、奴隷であっても不当に殺せば殺人罪となる。
まあ、不当じゃなければ殺していい、って、抜け穴みたいな解釈ができるんだけどね。
拳の死体の扱いからして、正当な理由があるとは思えない。
なにより、彼が殺した所を見たわけではないけど、ヘラヘラしながら死体を引き摺る奴に、正当な理由があるとは思えない。
「本田さん。平気?」
僕の手を強く握っている本田さんに聞く。
「ええ。死体はダンジョンで見慣れてるから平気」
ダンジョンの中層辺りでは、一フロアに一体くらいの割合で死体があり、見つける度に弔いで足止めされた。
「けど、別の理由で平気じゃない」
平気じゃない理由は、きっと僕と同じだろう。
「同じ日本人が、異世界で、異世界人の死体をヘラヘラしながら引き摺ってたら、誰でも胸糞悪くなるよ」
僕の言葉に会長も同意した。
観客席の僕を見つけ、見下すように嗤う斧と目が合う。
由香と由希が持たせたお弁当があったな。
そういえば、今朝の二人は距離が近かった。なんか、階段から落ちた時、パスが切れてしまったらしい。
夜中に目を覚ました時に、無意識で繋ぎ直したようだけど、パスの切断を初めて経験した子は、軒並みパニックになっていたらしい。
二人の距離が近いのはそのせいだろう。今日はお留守番で離れ離れだから、余計に近くなったのかも。
朝起きたら、シュェとミアに抱き枕にされてたのも、そのせいだろう。
しょうがない。忘れたことにしようと思ってたけど、四人になにかお土産を買って帰ろう。
それはともかく。
「お腹空いたし、お弁当にしようか」
観客席の勇者たちにも昼食が運ばれている。
丁度、会長との話も途切れたし、いいタイミングだろう。
と思ったのだけど、会長たちには食事が用意されていない。
どうやら、格差を作って、会長たちを勇者の部下に引き入れようとしているようだ。
実際、今までもそういったことがあって、勇者の部下になった生徒や教師がいるらしい。
「大丈夫よ。由香ちゃんと由希ちゃんに、多めに作ってもらったから、みんなの分もあるわよ」
御影さんの言葉に兵舎組が大喜び。……はしゃぎすぎだろ。「うぇーい」って言う奴、初めて見た。
ユリアーナが出したテーブルと椅子に着いて、ポケットから三段の重箱を出す。
重箱を開けると、そこには、ドンと数枚のドラゴンステーキが入ってた。しかも、焼きたてなのか、ジュウジュウと美味しそうな音がしてる。この重箱、魔道具だったのか。
真ん中の段は、一段ビッシリとポテサラだった。
……好きだからいいけどさ。
一番下はデザートの杏仁豆腐。
こちらもビッシリ。好きだけどね。多すぎ。
みんなとシェアしろと? 友達いないのに? あ、本田さんは友達か。
隣に座ったその友達は、仮面の口の部分をキャストオフして、さっさとドラゴンステーキを食べ始めている。
みんなに取り分けてあげないの?
そんなんだからボッチなんだよ。
まあ、僕もやんないけどね。
マーヤが収納空間から寸胴を出す。
マーヤがあの二人から持たされたのは、スープか。
ユリアーナは、パンが大量に入ったバスケットを出す。こちらも焼きたてなのか、いい匂いが漂う。
マーヤが「どうぞ」と、僕の前に置く。
そのスープを見てため息が出た。
「また、ユニコーンのスープか」
在庫が余ってるユニコーン肉の使用方法として、一番評判が良かったのがスープだった。
スジっぽいユニコーン肉も、煮込めば柔らかくなる。
味は一応あるから、野菜と一緒に煮込めば美味しく纏まるんだ。
まあ、ドラゴン肉のスープと比べると、雲泥の差だけどね。
「え? これ、ユニコーンの肉なの?」
いつの間にか正面に座ってた会長が驚く。
「ええ。うちでは評判が悪いけど、沢山あるので、こうしてちょくちょく食卓に出現します。うちでの一番人気は、このドラゴン肉ですよ」
「いや、ユニコーンも充分に美味しいよ。城で出される味のないスープより、断然こっちの方が美味しい」
会長はそう言いながら、ドラゴンステーキを取り皿に取り、一口サイズに切って口に運ぶ。一度噛んで、その表情のまま固まる。
うん。わかるよ。会長がドラゴンステーキを食べるのは二度目だけど、今、会長の脳は、味の洪水でパンク状態のはずだ。
何度食べても、ドラゴンステーキを食べたらみんなそうなる。
あ、そういえば、由香と由希が作った醤油をベースにしたステーキソースがあった。
ポケットから小瓶を出して、小皿にソースを出す。
それを会長に差し出すと、丁度、フリーズ状態から復帰した会長に目で問われ、短く「ステーキソース」と答えたら、キラキラした目でドラゴンステーキをソースに付けて食べた。そして、またフリーズ。
周囲を見渡すと、他の子が出した重箱には、それぞれ別の料理が入ってるみたいだ。
御影さんが出した重箱には、ハンバーグと厚焼き玉子と唐揚げ。
ハンバーグは、オークとミノタウロスの合挽き肉で、しかも、チーズがインされてるヤツ。
うちでも好評な料理だ。というか、週三くらいで食べたい。
厚焼き玉子の卵は、ちゃんとした鶏の卵だ。ただ、日本と違って、いつ産んだのかわからない有精卵だから、生で食べるのは怖いし、たまに孵化直前の卵もあったりする。
なので、うちでも鶏を飼うことになって、うちの中庭には鶏が三羽いる。
だけど、そのうちの一羽が、コカトリスに見えるのは気のせいだと思う。明らかにデカいけど。見上げるほどに。
他の二羽も、この世界の鶏にしてはガタイがいいように見えるけど、これも気のせいだ。
唐揚げに関しては、ダンジョン産のコカトリスの唐揚げがいまいちだったので、普通の鶏の唐揚げ。
由香は、「いつか唐揚げに最適な鳥の魔物を見つけるの」と、力強く言っていた。今後に期待の料理だ。
とまあ、そんなことを考えてる間に、ハンバーグがなくなった。
パンに挟もうと思ってたのに。
しょうがない。
ステーキを一口大に切ってパンに挟む。
ソースをかけて、ついでにポテサラも挟む。
会長も僕の真似をしてステーキサンドを作り、二人同時にかぶりつく。
うんまー。
何度も食べて慣れてるはずなのに、一口目であっちの世界に旅立ってしまう。
*
あっちの世界から復帰した時には、ステーキが入っていた重箱は空になっていた。
もう一枚、食べたかったなぁ。
デザートの杏仁豆腐を食べながら会長たちの食事事情を聞く。
どうも、薄いスープが出る日はマシな日で、パンが一欠片だけという日もあったらしい。
当然、飽食国家で育った彼らには、それでは足りない。
なので、監視してる兵士に食事の改善を要求したのだけど、剣で脅されて追い払われたそうだ。
そんな生活が続いたので、一部の生徒や教師は耐えられず、勇者たちの部下になるという名目で兵舎を出て城に行くのを、会長は見送るくらいしかできなかった。
そんな時にやって来たのが御影さんで、彼らのために拠点で作った食事を毎日届け、兵舎を出て、食事のために性行為を強要されていた女子生徒を兵舎に連れ戻し、現代日本ほどではないけれど、人並みの生活を送れるようにしてくれたそうだ。
「宮野先生は、君の指示って言ってたけど?」
「俺は"勇者に巻き込まれた人たちを、気にかけてほしい"としか言ってませんよ」
「けど、君の〈支援魔法〉があってこそ、って言ってたよ。だから、ありがとう」
なんだかムズ痒いな。
「同郷の誼ですよ」
テレくささを隠してるつもりでも、「そう」とだけ言った会長には、見透かされていそうだ。
「ああ、そうだ。送還魔法の件、覚えてますか?」
いたたまれない空気を変えようと、無理矢理話題を変える。
「うん。前に宮野先生から聞いたヤツだね。魔法の構築は終わったけど、足りない魔力の代替品となる魔石が足りないから、送還にはまだ時間がかかるって」
「ええ。それでですね、まだうちで提案してないんだけど、日本への送還を希望している人は、うちで保護しようかと思ってるんです。ほら、せっかく魔石が集まっても、希望者を迎えにこの国に戻るのが面倒なんで」
「一緒に傭兵をやるってこと?」
「いえ。なにもしなくていいですよ」
むしろ、しないでほしい。
「先輩。異世界で手に入れたスキルは、送還された後、どうなると思いますか?」
「え? それは……どうなるんだろう。普通に考えたら、こちらの世界のルールだから、あちらでは影響がない。消えるんじゃないかな?」
「俺もそう思います。けど、もう一つの可能性も否定できない」
だって、この世界の神は、世界に穴を開けるような異世界召喚を人間に使わせてしまうようなマヌケだよ?
「あちらでもスキルが使える場合、その人が危険人物に認定されるかも。そのついでに、帰還した人が全員、危険人物として扱われるかもしれない」
この世界ではメジャーでありふれたスキルである〈火魔術〉も、日本では危険な超能力になる。
「ああ、その可能性も考えておくべきか」
「今、あちらでどういう扱いになってるかわかりませんけど、集団失踪した高校生の一部が帰ってきたら、マスコミは食い付くでしょう。そこに、帰ってきた高校生の一部が魔術を使えるようになっていた、なんて噂が広まったら、使えない人も含めて一括りにされますよ」
帰った後のケアは僕にはできない。
だから、帰るつもりの会長には、あちらでの纏め役になってほしい。
たかだか十八歳の少年には荷が重いかもしれないけど、このイケメン会長なら、なんとかしてくれそうな気がする。
「だから、スキルを取得するような努力はしないでほしいし、クラスも、【平民】クラスでレベルを上げないでほしいです」
まあ、本当に、"なにもしない"のは困るけどね。
「あと、こちらに残る人も、ある程度は協力します。商売を始めたいなら出資するし、この世界の常識の範囲でクラスレベルを上げるのを手伝います」
彼らをユリアーナたちみたいな人外にはしない方がいいだろう。
ユリアーナたちは、それくらいじゃないと魔王は討伐できないだろうし、もう手遅れだからしょうがないけど、彼らは人間として、人間の範疇で幸せになってほしい。
ちなみに、先日ユリアーナがカンストさせた【半神半人】は、本当に半分神様らしい。
ついに神様に片足突っ込んじゃったよ。
今は、【現人神】をカンストさせるべきか悩んでるそうだ。
こっちは、ほぼ神。
夫としては、あまり遠い存在にならないでほしい。
あ、ユリアーナの第一クラスが【現人神】に変更されてる。カンストさせるみたいだ。
「まあ、うちで話し合って纏まったら、近日中に受け入れます。日程によっては、そのまま王都を出ることになるかもしれません」
「この国に残って商売したいって人がいたら?」
「止めてあげた方がいいですね。この国、経済的に傾いてますし、そこに縁が作った偽金貨をばら蒔いてますから。なにより、王都の地脈が渇れかけてるので、この国に残るにしても、王都以外にした方がいいです」
どうしても残りたいなら止めないけどね。
*
貴族が午後十三時を過ぎても戻らなかったら帰ろうかと思ってお弁当を片付けていたら、十三時五分前に闘技場へ馬車が二台乗り入れた。
帰り損ねちゃったよ。
前の馬車から最初に降りたのは【斧の勇者】。
続いて隷属の首輪をした全裸の女性。
その後ろから【火の勇者】が降りる。
その金髪碧眼の女性は、大きな胸を隠すでもなく、死んだ目で斧の後ろを歩く。
後ろの馬車の扉を乱暴に足で開けて降りたのは、【拳の勇者】だ。
手があるのに手を使わない人間は、お猿さんだよ。
ああ、違う。両手が塞がっていたのか。
彼の両手は、それぞれ奴隷の髪を掴んでいた。
右手は赤髪の男性。
左は金髪で全裸の女性。
ただ、二人ともピクリともしない。
〈人物鑑定〉に反応しないし〈気配察知〉にも反応しない。
「死んでる?」
僕の呟きに、隣の本田さんが短く「ええ」と答える。
【拳の勇者】に引き摺られた死体は、馬車から転げ落ちた所で、掴んでいた二人の髪が抜けて頭をゴトリと地面に落とす。
もう一人、その死体を跨いで馬車から降りる。
最後の一人は襤褸を纏った十歳くらいの少女だった。
首輪からして、彼女も奴隷だろう。
左頬を腫らした金髪青目の美幼女は、拳に怯えながら大股で歩く彼の後を小走りで追いかける。
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なにやら、厄介事の臭いがするなぁ。
けど、それよりなにより。
「胸糞悪いな」
左右のユリアーナと本田さんが頷く。
この世界の殆どの国に、奴隷法がある。
勿論、この国にもある。
その奴隷法にも、"奴隷を不当に害してはいけない"という文言がある。
そして、奴隷であっても不当に殺せば殺人罪となる。
まあ、不当じゃなければ殺していい、って、抜け穴みたいな解釈ができるんだけどね。
拳の死体の扱いからして、正当な理由があるとは思えない。
なにより、彼が殺した所を見たわけではないけど、ヘラヘラしながら死体を引き摺る奴に、正当な理由があるとは思えない。
「本田さん。平気?」
僕の手を強く握っている本田さんに聞く。
「ええ。死体はダンジョンで見慣れてるから平気」
ダンジョンの中層辺りでは、一フロアに一体くらいの割合で死体があり、見つける度に弔いで足止めされた。
「けど、別の理由で平気じゃない」
平気じゃない理由は、きっと僕と同じだろう。
「同じ日本人が、異世界で、異世界人の死体をヘラヘラしながら引き摺ってたら、誰でも胸糞悪くなるよ」
僕の言葉に会長も同意した。
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