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2章
22話 弓の勇者
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地上に帰還した二日後。
僕は、ユリアーナ、マーヤ、ロジーネ姉さんの三人を見送っていた。
事の発端は昨日の夕食時。
僕らの今後を話し合っている時だ。
西へ向かうルートの最有力候補として上がったのは、ベンケン王国とシュトルム帝国に包まれるように存在する、シェーンシュテット公国を経由するルートだ。
シェーンシュテット公国には、討伐対象のダンジョンがあるらしく、上手くすればダンジョンコアが手に入るかもしれない。
そんなわけで、シェーンシュテット公国経由で西に向かうことになったのだけど、そのためには、王都から南にある大きな町に寄って、そこから西へ伸びてる街道を使うのが、一番安全で確実ということになった。
しかし、このルート上には、ダンジョンが存在する町がない。
小さいダンジョンすらない。
かといって、王国内の大きいダンジョンは王都の西にはないので、ちょっと寄り道がすぎる。
でも、ダンマスの魔石は送還魔法のために確保しておきたい。
そんな時に手を上げたのが、頼もしく美しい我らが正妻様だ。
彼女の「ほんじゃ、私とあと二人くらいで大きいダンジョンを攻略してくるよ」という、「ちょっとコンビニでお菓子買ってくるよ」みたいな言い方に、全員が突っ込もうとして、「そういえば、こいつ、国内最難関ダンジョンのダンマスを瞬殺しやがったな」と、突っ込みを思い止まり、詳しい話を聞くことになった。
ユリアーナが言うには、通り道ではなくてもそこそこの規模のダンジョンなら、ダンマスの魔石を回収しておいた方が送還の時期が早まるから、ダンマス狩りに行くべきだけど、あまり大きな寄り道はしたくない。
でも、ダンマスの魔石を放置するのは惜しい。
なら、少人数で行けば、寄り道も最小限で済ませられる。
まあ、早い話、ダンジョン探索で一番足を引っ張ってる僕がいなければ、百階層以上のダンジョンであっても、丸一日、二十四時間くらいで攻略できるそうだ。
僕、そんなに足を引っ張ってたんだ……。
それと、これから傭兵団を作る前にどうしても調べておかなければいけないのが、〈支援魔法〉の効果範囲だ。
パスをどれくらい伸ばせるか自分でもわからない。
突発的にパスが切れたら、切られた方は急な孤独感でパニック状態になるから、戦闘中に切れてしまったら致命的だ。
で、パスの切断を経験済みのユリアーナとマーヤと縁が実験台になるはずだったのだが、縁は魔道具の製作で忙しいそうで拒否された。
……たぶん、切断した時の孤独感を、また味わいたくなかったんだろうな。頑なだったもん。
妹に無理強いしたくなかったので、ロジーネ姉さんに押し付ける。
一応、耐性をつける意味でロジーネ姉さんのパスを切断したら、人目を憚らずガン泣きしちゃった。
ロジーネ姉さんの泣き顔は、なぜかエロ可愛かったので、ベッドで慰めたら、ちょっとやり過ぎてしまった。
そんな小さなハプニングもあったけど、三人を無事見送ることができた。
予定では三日から五日で帰還予定だ。
一番遠くて一番予想階層が深い、北のなんたら伯爵領の伯都のダンジョンには、言い出しっぺのユリアーナが。
二番目に遠くて、それほど深くないと思われる、北東のうんたら公爵領の大きな町にあるダンジョンには、マーヤが。
一番近くて一番浅いと思われる、東のほにゃらら伯爵領の伯都のダンジョンには巻き込まれたロジーネ姉さんが、それぞれ向かうことになった。
ユリアーナの担当は結構距離があるけど、スレイプニルの脚なら、この距離でも今日中にダンジョンに潜れるだろう。
王都の東門から出た三人の背中は、もう見えない。
三人には、パスが切れたらすぐに戻るように言ってあるけど、タイミングによっては最悪の事態も考えられる。
「……帰るか」
……まあ、ここで思い悩んでるだけじゃ、なにも解決しない。
てか、僕が目立ってる。
東門で佇む蛙の仮面を被った少年。あと、後ろでゆったり尻尾を振る、フレキとゲリとウカ。
うん。目立つ要素しかない。
今日はちょっと多めにお小遣いを貰ったから、帰りにおっちゃんから教わった娼館に行こうと思ったけど、こんなに目立つのなら、こいつらを連れて行くのはやめた方が良さそうだ。
ともかく、踵を返し、三匹の護衛を引き連れて、当てもなく大通りを町の中心に向けて歩き出す。
*
疲れた。
王都は広い。
生活の拠点としているスラムは、王都の南西区で、今いるのは南区の北寄り。
貴族街へ続く門の近くにある公園のベンチで休んでいる。
ダンジョン探索で鍛えられたつもりになっていたけど、あくまで"つもり"でしかなかった。
東門からここまで、興味のある店を覗いていたら、太陽が真上に来る頃には歩き疲れてしまった。
そういえば、普段は松風に乗っていたから、歩き疲れることなんてなかったな。
ここで「松風、助けてー」と呟けば、文字通り飛んで来そうだけど、それをしたら、なんだか情けないような気がする。
……最悪、助けてもらおう。
でも、僕はまだ頑張れるはずだ。僕はやればできる子だ。
「で? 君はいつまでそうしてるの?」
ベンチでグッタリしながら、微かに感じた後ろの気配に向けて声をかける。
「へぇ。凄いですね、先輩」
後ろからした抑揚のない声と共に足音がして、少年がベンチを回り込んで僕の前に立つ。
僕のことをジッと見つめたらよろけたけど、大丈夫? 立ち眩み?
「君は、【弓の勇者】だったか?」
中肉中背の目立たない、というか、特徴のない少年を見上げながら聞く。
敵意は感じないけど、フレキとゲリは警戒してる。ウカは、なぜか僕の膝に頭を乗せて寛いでる。こいつはこいつで、こんな格好でも警戒してるはずだ。たぶん。
「ええ。はじめまして、ですね。僕は、矢萩弓弦。【弓の勇者】です。よろしくお願いします。平賀先輩。あ、ユヅル・ヤハギの方がいいんですかね?」
字面だけだと、好意的に話しかけてくれているように見えるけど、感情がこもってるように感じないから、僕には機械と話しているような居心地の悪さを感じる。
僕、人前で「オッケー、グー◯ル」とか、「ヘイ、シ◯」とか、テレて言えない人なんだよ。
「ご丁寧にどうも。俺はマゴイチ・ヒラガ。【支援の勇者】だよ」
一応、鑑定してみたけど、〈弓術〉の他にいくつかスキルを持っている。
特に気になったのは、〈隠密行動〉。うちではありふれたスキルだけど、世間的には珍しい。
あと、プラーナ量もそれなりに多い。
ユリアーナたちと同じくらいの量か? ちょっと少ないくらいか?
「召喚されて三日間、頑張ったみたいだね」
「いえいえ。平賀先輩ほどではありませんよ。そのプラーナ量はなんですか? ちょっと異常ですよ?」
自分では自分の異常性がわからない。"みんなに言われるから、異常なんだろうなぁ"くらいの認識だ。
「それにしても、やっぱり三日間限定だったんですね。急に成長が遅くなったのでビックリしましたよ」
ビックリしたんなら、もう少し感情を込めるべきだな。
「"遅くなった"ってことは、今もまだ成長してるってことか?」
才能がないのか、三日間の成長チート中ですら、〈剣術〉とかの武器術スキルと〈火魔術〉などの魔術スキルは、ほとんど取得できなかったけど、まだ取得できる可能性はあるらしい。いや、ないから取得できなかったのか。〈銃術〉はすぐに取得できたもんな。
「ええ、そうですよ。平賀先輩は違うんですか?」
「プラーナが多すぎて、増えてるのかわからない」
「ああ、プラーナの塊ですよね」
僕の仮面の下の目を、感情が見えない目が見つめる。
「こうして正面に立つと、おっかないなぁ」
怖がってるようには見えない。
「俺は"一人では戦えない勇者"だよ」
「ええ。だから、護衛しかいないタイミングで会いに来たんですよ。あんなおっかない女性たちに囲まれたくないですからね」
あれでみんな可愛いんだけどな。
「それで、結局なんの用なの?」
「僕も近々この国を出るつもりなので、早めにお別れの挨拶を、とね」
「日本に帰るつもりはないんだな?」
僕の質問に、ゆっくりとした首肯を返す。
「で、王都を出る前に、平賀先輩には置き土産に情報を教えちゃおうと思いまして」
「ひょっとして、今朝から遠巻きで監視している連中のことか?」
「へぇ、さすがですね。まさしくそれです。あの連中は、狼人族と人馬族でして、平賀先輩のお仲間を探ってるようですね。両者は手を組んでるわけではないでしょうけど、拠点を割り出してもあの結界がありますから、近々手を組むために接触するんじゃないですかね」
なるほど。売り飛ばしたヤツがどうなったか気になって調べてるのかな?
「そうか。貴重な情報をありがとう」
「いえいえ。お仲間の猫人族の方なら、すぐに辿り着いたであろう情報ですから。けど、お役に立てたのなら幸いです」
「情報の対価はなにがいい?」
彼から、ただでなにかを貰うのは怖い。
ポケットの中を探り、彼が持っていないスキルが付与された指輪を取り出す。
「これなんかどうかな? 〈毒無効〉は、あると便利だよ」
僕の場合は、寝てる間にユリアーナとマーヤによって生えさせられたから、苦労した記憶はないけど、このスキルを狙って取得しようとしたら、相当な苦痛を味わうことになるだろう。
受け取った指輪を、掌で転がしながら鑑定しているようだ。
「これは……ありがたくいただきますけど、対価の方が高いですね。他に、聞きたいことや調べたいことはありませんか? 僕が知らないことでも、少しお時間をいただければ調べてきますよ」
特にないな。
「じゃあ、君がこの先どこに向かうのか、教えてくれ」
「え? 僕、ですか?」
感情の見えない笑顔に、戸惑いが浮かぶ。
「……平賀先輩は変わりましたね」
なぜだか、過去の自分に言われた気がした。
「平賀先輩は、僕と同じで他人に興味がないんだと思ってました」
正確に言うと、"興味がなかった"だ。
異世界で自分を変えようと思い、人に興味を持つようになった。持つように心がけるようになった、か? まあ、好き嫌いで興味が増減するんだけどね。
「好ましく変われたと自覚しているよ」
「なにが原因ですか?」
「俺が苦手としてきた、人との関わり、かな」
特に、最初に買った三人の奴隷のお陰だ。
あの時、三人ではなく、案内をしてくれたあの美女を買っていたら、今も彼と同じビー玉のような目をしていたかもしれない。
「君も、変われるんじゃないかな? 知らんけど」
最後の余計な一言に、【弓の勇者】がクスリと笑う。勇者でも機械でもなく、十六歳の少年の笑顔がそこにはあった。
「東へ。……東へ向かおうと思います。そこで、平賀先輩のように、好ましく変われるように頑張ってみますよ」
「そうか。君にいい出会いがあることを祈ってるよ」
この世界の女神もポンコツっぽいから、なにに祈るべきかね? 鰯の頭でいいか。
「では、またいつか」
そう言い残して、弓の勇者は人混みに消えていった。
なんか怯えていたように見えたけど……なんでだろう? まあ、追いかけて確認しようにも、もう見失ってしまったから無理だけど。
「なんか疲れたなぁ。……縁も挨拶しとけば良かったんじゃないの?」
彼が隠れていた木の陰から、縁が串焼きを食べながら出てきた。
「いつからいたんだよ」
僕が気づいたのは、ついさっき。
矢萩君を見送ってる時だ。
たぶん、縁が警戒を解いて気を抜いたから、僕も気づけたんだろう。
あ、矢萩君は、縁に気づいて怯えたのか? ……縁に怯える理由がわからないや。
「東門で、姉さんたちを見送ってる時から、屋根の上から見てましたよ」
「全然、気づかなかった」
「大丈夫です。ロジーネ姉さんしか気づいてませんでしたから」
姉さんが凄いのか、こいつが凄いのか、どっちなんだろうか?
「で? 縁はどう思った?」
「あの人とは別のクラスだったので詳しくは知りませんけど、あの人、異世界で兄さんのファンになったみたいですね。私は見てませんけど、ユリアーナ姉さんが言うには、兄さんの周りでちょくちょく見かけたそうですよ」
なら、僕の〈気配察知〉に引っ掛かったのは、わざとだったんだろうな。今まで、全く気づかなかったもん。
「ところで、縁はなんでいんの?」
「いえ。なぜか兄さんのBL的フラグが立ちそうな予感がしたので、叩き折るために尾行しました」
お前の予感は当てにならないな。
「兄さんのお尻を狙っていいのは、義妹だけです」
誰にもヤらせねぇよ!
僕は、ユリアーナ、マーヤ、ロジーネ姉さんの三人を見送っていた。
事の発端は昨日の夕食時。
僕らの今後を話し合っている時だ。
西へ向かうルートの最有力候補として上がったのは、ベンケン王国とシュトルム帝国に包まれるように存在する、シェーンシュテット公国を経由するルートだ。
シェーンシュテット公国には、討伐対象のダンジョンがあるらしく、上手くすればダンジョンコアが手に入るかもしれない。
そんなわけで、シェーンシュテット公国経由で西に向かうことになったのだけど、そのためには、王都から南にある大きな町に寄って、そこから西へ伸びてる街道を使うのが、一番安全で確実ということになった。
しかし、このルート上には、ダンジョンが存在する町がない。
小さいダンジョンすらない。
かといって、王国内の大きいダンジョンは王都の西にはないので、ちょっと寄り道がすぎる。
でも、ダンマスの魔石は送還魔法のために確保しておきたい。
そんな時に手を上げたのが、頼もしく美しい我らが正妻様だ。
彼女の「ほんじゃ、私とあと二人くらいで大きいダンジョンを攻略してくるよ」という、「ちょっとコンビニでお菓子買ってくるよ」みたいな言い方に、全員が突っ込もうとして、「そういえば、こいつ、国内最難関ダンジョンのダンマスを瞬殺しやがったな」と、突っ込みを思い止まり、詳しい話を聞くことになった。
ユリアーナが言うには、通り道ではなくてもそこそこの規模のダンジョンなら、ダンマスの魔石を回収しておいた方が送還の時期が早まるから、ダンマス狩りに行くべきだけど、あまり大きな寄り道はしたくない。
でも、ダンマスの魔石を放置するのは惜しい。
なら、少人数で行けば、寄り道も最小限で済ませられる。
まあ、早い話、ダンジョン探索で一番足を引っ張ってる僕がいなければ、百階層以上のダンジョンであっても、丸一日、二十四時間くらいで攻略できるそうだ。
僕、そんなに足を引っ張ってたんだ……。
それと、これから傭兵団を作る前にどうしても調べておかなければいけないのが、〈支援魔法〉の効果範囲だ。
パスをどれくらい伸ばせるか自分でもわからない。
突発的にパスが切れたら、切られた方は急な孤独感でパニック状態になるから、戦闘中に切れてしまったら致命的だ。
で、パスの切断を経験済みのユリアーナとマーヤと縁が実験台になるはずだったのだが、縁は魔道具の製作で忙しいそうで拒否された。
……たぶん、切断した時の孤独感を、また味わいたくなかったんだろうな。頑なだったもん。
妹に無理強いしたくなかったので、ロジーネ姉さんに押し付ける。
一応、耐性をつける意味でロジーネ姉さんのパスを切断したら、人目を憚らずガン泣きしちゃった。
ロジーネ姉さんの泣き顔は、なぜかエロ可愛かったので、ベッドで慰めたら、ちょっとやり過ぎてしまった。
そんな小さなハプニングもあったけど、三人を無事見送ることができた。
予定では三日から五日で帰還予定だ。
一番遠くて一番予想階層が深い、北のなんたら伯爵領の伯都のダンジョンには、言い出しっぺのユリアーナが。
二番目に遠くて、それほど深くないと思われる、北東のうんたら公爵領の大きな町にあるダンジョンには、マーヤが。
一番近くて一番浅いと思われる、東のほにゃらら伯爵領の伯都のダンジョンには巻き込まれたロジーネ姉さんが、それぞれ向かうことになった。
ユリアーナの担当は結構距離があるけど、スレイプニルの脚なら、この距離でも今日中にダンジョンに潜れるだろう。
王都の東門から出た三人の背中は、もう見えない。
三人には、パスが切れたらすぐに戻るように言ってあるけど、タイミングによっては最悪の事態も考えられる。
「……帰るか」
……まあ、ここで思い悩んでるだけじゃ、なにも解決しない。
てか、僕が目立ってる。
東門で佇む蛙の仮面を被った少年。あと、後ろでゆったり尻尾を振る、フレキとゲリとウカ。
うん。目立つ要素しかない。
今日はちょっと多めにお小遣いを貰ったから、帰りにおっちゃんから教わった娼館に行こうと思ったけど、こんなに目立つのなら、こいつらを連れて行くのはやめた方が良さそうだ。
ともかく、踵を返し、三匹の護衛を引き連れて、当てもなく大通りを町の中心に向けて歩き出す。
*
疲れた。
王都は広い。
生活の拠点としているスラムは、王都の南西区で、今いるのは南区の北寄り。
貴族街へ続く門の近くにある公園のベンチで休んでいる。
ダンジョン探索で鍛えられたつもりになっていたけど、あくまで"つもり"でしかなかった。
東門からここまで、興味のある店を覗いていたら、太陽が真上に来る頃には歩き疲れてしまった。
そういえば、普段は松風に乗っていたから、歩き疲れることなんてなかったな。
ここで「松風、助けてー」と呟けば、文字通り飛んで来そうだけど、それをしたら、なんだか情けないような気がする。
……最悪、助けてもらおう。
でも、僕はまだ頑張れるはずだ。僕はやればできる子だ。
「で? 君はいつまでそうしてるの?」
ベンチでグッタリしながら、微かに感じた後ろの気配に向けて声をかける。
「へぇ。凄いですね、先輩」
後ろからした抑揚のない声と共に足音がして、少年がベンチを回り込んで僕の前に立つ。
僕のことをジッと見つめたらよろけたけど、大丈夫? 立ち眩み?
「君は、【弓の勇者】だったか?」
中肉中背の目立たない、というか、特徴のない少年を見上げながら聞く。
敵意は感じないけど、フレキとゲリは警戒してる。ウカは、なぜか僕の膝に頭を乗せて寛いでる。こいつはこいつで、こんな格好でも警戒してるはずだ。たぶん。
「ええ。はじめまして、ですね。僕は、矢萩弓弦。【弓の勇者】です。よろしくお願いします。平賀先輩。あ、ユヅル・ヤハギの方がいいんですかね?」
字面だけだと、好意的に話しかけてくれているように見えるけど、感情がこもってるように感じないから、僕には機械と話しているような居心地の悪さを感じる。
僕、人前で「オッケー、グー◯ル」とか、「ヘイ、シ◯」とか、テレて言えない人なんだよ。
「ご丁寧にどうも。俺はマゴイチ・ヒラガ。【支援の勇者】だよ」
一応、鑑定してみたけど、〈弓術〉の他にいくつかスキルを持っている。
特に気になったのは、〈隠密行動〉。うちではありふれたスキルだけど、世間的には珍しい。
あと、プラーナ量もそれなりに多い。
ユリアーナたちと同じくらいの量か? ちょっと少ないくらいか?
「召喚されて三日間、頑張ったみたいだね」
「いえいえ。平賀先輩ほどではありませんよ。そのプラーナ量はなんですか? ちょっと異常ですよ?」
自分では自分の異常性がわからない。"みんなに言われるから、異常なんだろうなぁ"くらいの認識だ。
「それにしても、やっぱり三日間限定だったんですね。急に成長が遅くなったのでビックリしましたよ」
ビックリしたんなら、もう少し感情を込めるべきだな。
「"遅くなった"ってことは、今もまだ成長してるってことか?」
才能がないのか、三日間の成長チート中ですら、〈剣術〉とかの武器術スキルと〈火魔術〉などの魔術スキルは、ほとんど取得できなかったけど、まだ取得できる可能性はあるらしい。いや、ないから取得できなかったのか。〈銃術〉はすぐに取得できたもんな。
「ええ、そうですよ。平賀先輩は違うんですか?」
「プラーナが多すぎて、増えてるのかわからない」
「ああ、プラーナの塊ですよね」
僕の仮面の下の目を、感情が見えない目が見つめる。
「こうして正面に立つと、おっかないなぁ」
怖がってるようには見えない。
「俺は"一人では戦えない勇者"だよ」
「ええ。だから、護衛しかいないタイミングで会いに来たんですよ。あんなおっかない女性たちに囲まれたくないですからね」
あれでみんな可愛いんだけどな。
「それで、結局なんの用なの?」
「僕も近々この国を出るつもりなので、早めにお別れの挨拶を、とね」
「日本に帰るつもりはないんだな?」
僕の質問に、ゆっくりとした首肯を返す。
「で、王都を出る前に、平賀先輩には置き土産に情報を教えちゃおうと思いまして」
「ひょっとして、今朝から遠巻きで監視している連中のことか?」
「へぇ、さすがですね。まさしくそれです。あの連中は、狼人族と人馬族でして、平賀先輩のお仲間を探ってるようですね。両者は手を組んでるわけではないでしょうけど、拠点を割り出してもあの結界がありますから、近々手を組むために接触するんじゃないですかね」
なるほど。売り飛ばしたヤツがどうなったか気になって調べてるのかな?
「そうか。貴重な情報をありがとう」
「いえいえ。お仲間の猫人族の方なら、すぐに辿り着いたであろう情報ですから。けど、お役に立てたのなら幸いです」
「情報の対価はなにがいい?」
彼から、ただでなにかを貰うのは怖い。
ポケットの中を探り、彼が持っていないスキルが付与された指輪を取り出す。
「これなんかどうかな? 〈毒無効〉は、あると便利だよ」
僕の場合は、寝てる間にユリアーナとマーヤによって生えさせられたから、苦労した記憶はないけど、このスキルを狙って取得しようとしたら、相当な苦痛を味わうことになるだろう。
受け取った指輪を、掌で転がしながら鑑定しているようだ。
「これは……ありがたくいただきますけど、対価の方が高いですね。他に、聞きたいことや調べたいことはありませんか? 僕が知らないことでも、少しお時間をいただければ調べてきますよ」
特にないな。
「じゃあ、君がこの先どこに向かうのか、教えてくれ」
「え? 僕、ですか?」
感情の見えない笑顔に、戸惑いが浮かぶ。
「……平賀先輩は変わりましたね」
なぜだか、過去の自分に言われた気がした。
「平賀先輩は、僕と同じで他人に興味がないんだと思ってました」
正確に言うと、"興味がなかった"だ。
異世界で自分を変えようと思い、人に興味を持つようになった。持つように心がけるようになった、か? まあ、好き嫌いで興味が増減するんだけどね。
「好ましく変われたと自覚しているよ」
「なにが原因ですか?」
「俺が苦手としてきた、人との関わり、かな」
特に、最初に買った三人の奴隷のお陰だ。
あの時、三人ではなく、案内をしてくれたあの美女を買っていたら、今も彼と同じビー玉のような目をしていたかもしれない。
「君も、変われるんじゃないかな? 知らんけど」
最後の余計な一言に、【弓の勇者】がクスリと笑う。勇者でも機械でもなく、十六歳の少年の笑顔がそこにはあった。
「東へ。……東へ向かおうと思います。そこで、平賀先輩のように、好ましく変われるように頑張ってみますよ」
「そうか。君にいい出会いがあることを祈ってるよ」
この世界の女神もポンコツっぽいから、なにに祈るべきかね? 鰯の頭でいいか。
「では、またいつか」
そう言い残して、弓の勇者は人混みに消えていった。
なんか怯えていたように見えたけど……なんでだろう? まあ、追いかけて確認しようにも、もう見失ってしまったから無理だけど。
「なんか疲れたなぁ。……縁も挨拶しとけば良かったんじゃないの?」
彼が隠れていた木の陰から、縁が串焼きを食べながら出てきた。
「いつからいたんだよ」
僕が気づいたのは、ついさっき。
矢萩君を見送ってる時だ。
たぶん、縁が警戒を解いて気を抜いたから、僕も気づけたんだろう。
あ、矢萩君は、縁に気づいて怯えたのか? ……縁に怯える理由がわからないや。
「東門で、姉さんたちを見送ってる時から、屋根の上から見てましたよ」
「全然、気づかなかった」
「大丈夫です。ロジーネ姉さんしか気づいてませんでしたから」
姉さんが凄いのか、こいつが凄いのか、どっちなんだろうか?
「で? 縁はどう思った?」
「あの人とは別のクラスだったので詳しくは知りませんけど、あの人、異世界で兄さんのファンになったみたいですね。私は見てませんけど、ユリアーナ姉さんが言うには、兄さんの周りでちょくちょく見かけたそうですよ」
なら、僕の〈気配察知〉に引っ掛かったのは、わざとだったんだろうな。今まで、全く気づかなかったもん。
「ところで、縁はなんでいんの?」
「いえ。なぜか兄さんのBL的フラグが立ちそうな予感がしたので、叩き折るために尾行しました」
お前の予感は当てにならないな。
「兄さんのお尻を狙っていいのは、義妹だけです」
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