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2章
21話 国への報告は上手いことして
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ダンジョンデート最終日の翌日。
最高速度で地上に戻ると、地上はお祭り騒ぎだった。
生憎の曇り空ではあったが、うっすらと差す久しぶりの夕日をのんびり浴びる間もなく、沢山の冒険者に囲まれた。
なんでも、ダンジョンマスターが存在するか調べる魔道具があるらしく、それを使ってダンマスの討伐成功を知り、どのパーティが討伐したかって話題で持ちきりだったそうだ。
そんな中、「ダンマス討伐も視野に入れている」と言っていたパーティが帰還した。
彼らの期待も、否が応にも高まってしまうわけだ。
ともかく、周囲の冒険者を適当にあしらい、帰還報告にユリアーナを伴って小屋へ入る。
小屋の入り口で、受け付けの万年平兵士と目が合う。
ニヤリと笑いながらサムズアップする平兵士の前に出て、帰還報告の書類を提出する。
「賭けで儲かったみたいだね」
「おう。お前さんのお陰で大儲けだったぞ」
あぁ、自分に賭けとけば良かった。
「で? ダンマス討伐を証明できる物は?」
ユリアーナに視線を向けると、ポケットから出すように見せかけて、収納空間からダンマスの魔石を取り出し僕に渡す。
ほぼ真球に近い、真っ黒な拳大の魔石を、周囲の冒険者にも見えるように高く掲げる。
室内がどよめきに包まれる。
小物の魔物から取れる魔石は、小さくて角張っていて、色は赤い。
ゴブリンだと、大きさは小石程度の大きさで形も歪だ。もっと小さい虫系の魔物だと、小指の爪より小さい。
これが大きな魔物になると、サイズも大きくなり、階層主のドラゴンの魔石は直径3メートルくらいの巨大な魔石だった。
形と色は、それぞれスキルレベルの合計と保有プラーナ量が関係する。魔物のスキルレベルの合計が高ければ高いほど真球に近くなり、プラーナが多ければ多いほど黒くなる。
そんなわけで、魔王の魔石である魔王石は、漆黒の真球と考えられている。魔王を討伐した奴がいないから、いまだ真相は闇の中だけど。
まあ、そんなわけで、ほぼ真球の真っ黒な魔石は、魔王に次ぐ存在であるダンマスの魔石として信憑性が高いのだ。
だから、周囲の冒険者も信じ、どよめき、小屋の外に駆け出して外に吹聴する。
「これで魔道具を作りたいから、国に献上しなくていいよね?」
縁が言うには、これを使えば例の農場魔道具が完成するらしい。
「ん。まぁ、上からは、"誰が討伐したか特定しろ"と言われたが、"魔石を没収しろ"とは言われなかったぞ」
ここで上の意を汲んで魔石を自主的に没収できる奴なら、万年平兵士から脱却できるのに。いや、そんな気が利く奴なら、そもそも平兵士ではないか。
「それに、王国軍が何度遠征しても討伐できなかったダンマスを、十日ちょっとで討伐して、全員無事に帰還してくるようなパーティから奪ったら、仕返しで国が亡びる」
「俺は平和主義ですよ」
「元『漆黒の翼』の奴らに聞かせてやりたいな」
アレはあっちのギルマスが悪い。
「まあ、亡ぼしはしないけど、取り戻してから細々とした嫌がらせはします」
「お前さんの"細々とした"は、デカそうだな。まあいい。ともかく、お疲れさん。これからギルドに?」
「ええ。報告してから……しばらくは休暇です」
「休めるといいがな」
平兵士の意味深な台詞に、首を傾げる間もなく、手でヒラヒラ追い払われた。
小屋を出ると、外で待ってた面子が、周囲の冒険者に勧誘されていた。
「ギルドへの報告は全員で行く?」
僕の質問に全員が頷く。
ダンマス戦ではなにもしてないけど、一応、偉業を達成したのだから最後まで立ち会いたいのだそうだ。
そういったことを、周囲からの聞き耳対策の〈念話〉で言ってきたけど、みんな一斉に〈念話〉を送るから、僕の脳がパンクしそうになった。
クラっとしたよ。
*
ギルド『赤竜の籠手』では、受付ではなく二階、ギルマスであるイルザお姉さんの部屋で報告することになった。
愛馬たちは下で待たせているけど、大丈夫かな? 捕まえようとする馬鹿に、怪我させてないといいけど。
それと、扉の向こうで聞き耳を立ててる気配が五つほどある。けど、マーヤが遮音結界を張ったので、情報漏洩の心配はない。
「で、瞬殺した、と?」
情報は漏洩しないが、〈威圧〉はイルザお姉さんから漏洩している。
「私に、今の報告を、国に、しろと?」
「国への報告は、もう少し脚色すればいいのでは?」
「虚偽の報告をしろと?」
〈威圧〉が一段階上がる。スキルに昇華していないものの、ユリアーナの朝稽古で耐性がある僕じゃないと漏らしてるよ。
「本当のことを報告したら、どうなりますか?」
「ユリアーナが〈空間切断〉で切り刻んだ」って報告しても、嘘だと判断するだろう。
「とりあえず、三日三晩の激闘の末、辛くも勝利した。ってことにしてほしいですね。死傷者数は不明、ってことにしておいて問題ないですよ」
「追求されないか?」
大丈夫だと思う。
「この国のお役所が、そんな細かいことを気にするとは思えないですよ」
生徒会長が言うには、縁が城から消えてもなにも言われなかったらしい。
勇者ではないとはいえ、一応、国賓として遇してもいいはずの異世界人たちの扱いがアレだから、たかが冒険者の死傷者数なんて、気にもならないだろう。
「その辺りの匙加減は、お任せします。どうしても秘密にしたい、ってわけではありませんから」
「任せられてもな。お前は厄介事しか持ち込まないな」
魔石も沢山持ち込んだよ。
「しばらくは、この国を出るための準備で大人しくなりますよ」
「ほう。本当に魔王討伐に行くのかい? 国からの褒賞金で、悠々自適の生活を送るのも有りだと思うがね」
「この国が過ごしやすいとは思えないですよ」
戦争のために無関係の勇者を召喚する国だ。
近々、近隣国に喧嘩を売る国に留まっていたら碌な目に合わないだろう。
それに、財政が傾いてるこの国の褒賞金より、魔石を売って稼いだお金の方が期待できるし、悠々自適な生活は、ユリアーナたちさえいればこの国じゃなくても送れる。
むしろ、彼女たちがいる生活こそが悠々自適だ。
「しばらくはダンマスの魔石で魔道具を作ったり、カモフラージュ用の馬車を用意したりで、十日くらいは王都にいるつもりです。もっといる?」
隣の御影さんに聞いてみる。
「問題は残っているものの、異世界送還魔法の構築は一応終わりました。だけど、王都の地脈がどうなるか調べたいから、それくらいは時間が欲しいわ」
魔法は完成したんだ。
「なにか問題が?」
「ええ。私たちを召喚した際に、王都の地脈から大量のマナを吸い上げたって話はしたわよね? アレね、私たちの予想以上の量を消費したみたいで、王都でもう一度異世界召喚をしたら、王都の地脈が完全に枯渇してしまうのよ」
縁に目線で聞くと、首肯が返る。
「俺たちが考えてる送還は、一度誰かの血縁を辿って、世界の座標を書き込んだ血縁者を召喚する。んで、その座標へ全員を送還する。つまり、二回、異世界の扉を開くってことだよね?」
「ええ。術式干渉で、一回に、一つの術式に纏められませんでした」
縁が悔しそうに言う。
「現状では、血縁者の召喚も難しい?」
「おそらく、魔力不足で術式が起動しないか、中途半端に起動してしまい、世界と世界の狭間に血縁者を放り出してしまうか、ね」
というか、地脈が充分な土地でも、二回やったら枯渇してしまうよね。
誰も住んでない土地ならいいけど、マナが豊富で召喚できるような土地は大都市ばかりだ。
俺たちの都合で、罪のない人たちを困らせるようなことは避けたい。
「地脈の代わりに、魔石を使ったらどう?」
「んー。ダンマスの魔石でも数十個は必要です。ダンジョンコアなら、かなり必要数を減らせますけど、それでも、十個くらいは必要だと思います」
しかも、縁が基準にしているダンジョンコアは、ベンケン王国で最も大きいダンジョンと言われている王都のダンジョンだ。他のダンジョンのコアも同程度なのかわからないから、必要数が十個以上になるかもしれない。
「あと、ダンジョンマスターを討伐したことで、王都の地脈に変化があるようなの。だから、少し観測しておきたいわ」
ダンマス不在の穴を埋めるために、ダンジョンが地脈から吸うマナの量が増えるかもしれないな。
「そか。……うん。観測に時間をかけたいのなら、滞在期間を延長しても構わない。できるだけ正確な情報が欲しいから。その辺のスケジュールは臨機応変に、ね」
置いてけぼりになったギルマスに視線を戻すと、「そうかい」と呆れ顔をされ、続けて。
「ま、好きにしなさいな。あ、そうだ。西に向かうんなら、シェーンシュテット公国に行くといい。王都からだと南西にあるんだが、あそこの王都にあるダンジョンは管理ダンジョンだけど討伐指定になってるから、コアを持ち出しても大丈夫だ」
それはありがたい情報だ。
「他に討伐指定の情報って有りますか?」
「東の方ならいくつかあるんだけどね。西は帝国が管理してるからないわね。帝国より西だと情報がなかなか入ってこないから、むしろ、商人ギルドの方が詳しいかもね」
商人ギルドには、一度行ってみるべきか?
「ともかく、ご苦労だったね。国への報告は上手いことやっておくよ。あ、ダンマスの魔石だけ確認させて」
忘れてた。
ポケットの収納空間に手を入れて取り出す。
ギルマスに手渡すと、手の中で転がしながら観察して、平べったい板のような魔道具の上に乗せる。しばらく見ていると、板になにか模様が浮かび上がり、それを確認したギルマスが重々しく頷いて、魔石を僕に返す。
なにがわかったの?
「魔力測定魔道具だよ」
顔に出ていたのか、僕の疑問にイルザお姉さんが答えてくれる。
「私が知る限り、魔力保有量がダントツで多いな。こいつでは測定できない」
「へぇ。じゃあ、ドラゴンの魔石はどんな感じかしら?」
ユリアーナが、興味本位で『ドラゴン養殖計画』の犠牲者の魔石を板に乗せようとして、止まる。
デカすぎて乗らないよね。階層主のドラゴン程ではないけど、養殖ドラゴンもデカかったから、その魔石もデカい。僕の身長より大きい。
「いや、上手く乗せればギリ、いけ……る。ほら、乗った」
歪な形の魔石が、ギリギリのバランスで板に乗っている。
「んー。ダメだな。こいつも測定不能だ」
測定魔道具の性能が低すぎる。
「つっても、これも私が知る中で最高の魔力量だ。これがダンマスの魔石と言っても、本物を見る前なら信じていただろうな」
この魔石も黒だからね。
「ほんじゃあ、国がダンマスの魔石を寄越せって言い出したら、これを代わりに渡しといてください。これなら沢山あるんで」
僕の最後の一言に、ギルマスが「マジかぁ」と呟いた。
「ギルドに一つ要りますか?」
「欲しいけど要らん。警備とか余計な出費が嵩む」
ああ、確かに。
「てか、このサイズの魔石の買い取りって、やってるんですか?」
「んー。うちでは現金をかき集めても……分割払いでぇ……無理だな。国に買い取ってもらうしかない」
「そうですか。今回の探索は、浅層での戦闘を避けたので、大きかったり魔力量が多い魔石しかないんですけど……買い取り、できますか?」
「一応、今回の最低ランクを見せてみな」
ユリアーナに目配せすると、収納空間から魔石を数個出す。
「お前ら、もう、〈空間魔術〉を秘匿してないんだな」
なぜか疲れた顔で言われた。てか、〈空間魔法〉ですよ。
「えっと、これはアークリッチの魔石で、十個くらいある。んで、これがオークロードの魔石で、三個だけ。ロードの肉ってあんまり美味しくなかったから、見つけても放置してたのよね。ああ、これはユニコーン。大量にあるから買い取ってほしい」
前のめりで聞いていたイルザお姉さんが、ソファの背凭れに体を預けて天を仰ぐ。
「どれも伝説級の魔物じゃねぇか。てか、神獣が混ざってるし」
「ユニコーンは、あっても使い道がないそうだから、買い取ってほしいですね」
「ちなみに、いくつあるんだ?」
「数千個」
「捨ててこい!」
この後、なぜか怒られた。
その説教は、下で松風を捕まえようとした馬鹿が瀕死の重傷を負わされた、という報告が来るまで続いた。
なんか、遮音結界のせいで、報告が十分くらい遅れたらしい。
放置しようかと思ったけど、その馬鹿のお陰で説教が終わったから、ただで治療してあげた。
すっごい感謝されたよ。
怪我したのは自業自得だけど、こちらはそれで助かったんだから、気にしないでほしい。
てか、このままお説教をうやむやにして帰りたいのに、治療したマーヤに腰をヤりそうな勢いで頭を何度も下げている。
……ああ、そういうことか。こいつが注目を集めてる隙に、仲間が松風を狙うわけか。
……まあ、そうだよな。ご覧の通り失敗するよな。瀕死の男が増えたよ。
松風って、弱そうに見えるのかな? 戦闘力なら、フレキとゲリに次ぐ強さなのに。
この追加の一人を治療する義理はないので、ギルマスの説教が再開する前に撤収した。
最高速度で地上に戻ると、地上はお祭り騒ぎだった。
生憎の曇り空ではあったが、うっすらと差す久しぶりの夕日をのんびり浴びる間もなく、沢山の冒険者に囲まれた。
なんでも、ダンジョンマスターが存在するか調べる魔道具があるらしく、それを使ってダンマスの討伐成功を知り、どのパーティが討伐したかって話題で持ちきりだったそうだ。
そんな中、「ダンマス討伐も視野に入れている」と言っていたパーティが帰還した。
彼らの期待も、否が応にも高まってしまうわけだ。
ともかく、周囲の冒険者を適当にあしらい、帰還報告にユリアーナを伴って小屋へ入る。
小屋の入り口で、受け付けの万年平兵士と目が合う。
ニヤリと笑いながらサムズアップする平兵士の前に出て、帰還報告の書類を提出する。
「賭けで儲かったみたいだね」
「おう。お前さんのお陰で大儲けだったぞ」
あぁ、自分に賭けとけば良かった。
「で? ダンマス討伐を証明できる物は?」
ユリアーナに視線を向けると、ポケットから出すように見せかけて、収納空間からダンマスの魔石を取り出し僕に渡す。
ほぼ真球に近い、真っ黒な拳大の魔石を、周囲の冒険者にも見えるように高く掲げる。
室内がどよめきに包まれる。
小物の魔物から取れる魔石は、小さくて角張っていて、色は赤い。
ゴブリンだと、大きさは小石程度の大きさで形も歪だ。もっと小さい虫系の魔物だと、小指の爪より小さい。
これが大きな魔物になると、サイズも大きくなり、階層主のドラゴンの魔石は直径3メートルくらいの巨大な魔石だった。
形と色は、それぞれスキルレベルの合計と保有プラーナ量が関係する。魔物のスキルレベルの合計が高ければ高いほど真球に近くなり、プラーナが多ければ多いほど黒くなる。
そんなわけで、魔王の魔石である魔王石は、漆黒の真球と考えられている。魔王を討伐した奴がいないから、いまだ真相は闇の中だけど。
まあ、そんなわけで、ほぼ真球の真っ黒な魔石は、魔王に次ぐ存在であるダンマスの魔石として信憑性が高いのだ。
だから、周囲の冒険者も信じ、どよめき、小屋の外に駆け出して外に吹聴する。
「これで魔道具を作りたいから、国に献上しなくていいよね?」
縁が言うには、これを使えば例の農場魔道具が完成するらしい。
「ん。まぁ、上からは、"誰が討伐したか特定しろ"と言われたが、"魔石を没収しろ"とは言われなかったぞ」
ここで上の意を汲んで魔石を自主的に没収できる奴なら、万年平兵士から脱却できるのに。いや、そんな気が利く奴なら、そもそも平兵士ではないか。
「それに、王国軍が何度遠征しても討伐できなかったダンマスを、十日ちょっとで討伐して、全員無事に帰還してくるようなパーティから奪ったら、仕返しで国が亡びる」
「俺は平和主義ですよ」
「元『漆黒の翼』の奴らに聞かせてやりたいな」
アレはあっちのギルマスが悪い。
「まあ、亡ぼしはしないけど、取り戻してから細々とした嫌がらせはします」
「お前さんの"細々とした"は、デカそうだな。まあいい。ともかく、お疲れさん。これからギルドに?」
「ええ。報告してから……しばらくは休暇です」
「休めるといいがな」
平兵士の意味深な台詞に、首を傾げる間もなく、手でヒラヒラ追い払われた。
小屋を出ると、外で待ってた面子が、周囲の冒険者に勧誘されていた。
「ギルドへの報告は全員で行く?」
僕の質問に全員が頷く。
ダンマス戦ではなにもしてないけど、一応、偉業を達成したのだから最後まで立ち会いたいのだそうだ。
そういったことを、周囲からの聞き耳対策の〈念話〉で言ってきたけど、みんな一斉に〈念話〉を送るから、僕の脳がパンクしそうになった。
クラっとしたよ。
*
ギルド『赤竜の籠手』では、受付ではなく二階、ギルマスであるイルザお姉さんの部屋で報告することになった。
愛馬たちは下で待たせているけど、大丈夫かな? 捕まえようとする馬鹿に、怪我させてないといいけど。
それと、扉の向こうで聞き耳を立ててる気配が五つほどある。けど、マーヤが遮音結界を張ったので、情報漏洩の心配はない。
「で、瞬殺した、と?」
情報は漏洩しないが、〈威圧〉はイルザお姉さんから漏洩している。
「私に、今の報告を、国に、しろと?」
「国への報告は、もう少し脚色すればいいのでは?」
「虚偽の報告をしろと?」
〈威圧〉が一段階上がる。スキルに昇華していないものの、ユリアーナの朝稽古で耐性がある僕じゃないと漏らしてるよ。
「本当のことを報告したら、どうなりますか?」
「ユリアーナが〈空間切断〉で切り刻んだ」って報告しても、嘘だと判断するだろう。
「とりあえず、三日三晩の激闘の末、辛くも勝利した。ってことにしてほしいですね。死傷者数は不明、ってことにしておいて問題ないですよ」
「追求されないか?」
大丈夫だと思う。
「この国のお役所が、そんな細かいことを気にするとは思えないですよ」
生徒会長が言うには、縁が城から消えてもなにも言われなかったらしい。
勇者ではないとはいえ、一応、国賓として遇してもいいはずの異世界人たちの扱いがアレだから、たかが冒険者の死傷者数なんて、気にもならないだろう。
「その辺りの匙加減は、お任せします。どうしても秘密にしたい、ってわけではありませんから」
「任せられてもな。お前は厄介事しか持ち込まないな」
魔石も沢山持ち込んだよ。
「しばらくは、この国を出るための準備で大人しくなりますよ」
「ほう。本当に魔王討伐に行くのかい? 国からの褒賞金で、悠々自適の生活を送るのも有りだと思うがね」
「この国が過ごしやすいとは思えないですよ」
戦争のために無関係の勇者を召喚する国だ。
近々、近隣国に喧嘩を売る国に留まっていたら碌な目に合わないだろう。
それに、財政が傾いてるこの国の褒賞金より、魔石を売って稼いだお金の方が期待できるし、悠々自適な生活は、ユリアーナたちさえいればこの国じゃなくても送れる。
むしろ、彼女たちがいる生活こそが悠々自適だ。
「しばらくはダンマスの魔石で魔道具を作ったり、カモフラージュ用の馬車を用意したりで、十日くらいは王都にいるつもりです。もっといる?」
隣の御影さんに聞いてみる。
「問題は残っているものの、異世界送還魔法の構築は一応終わりました。だけど、王都の地脈がどうなるか調べたいから、それくらいは時間が欲しいわ」
魔法は完成したんだ。
「なにか問題が?」
「ええ。私たちを召喚した際に、王都の地脈から大量のマナを吸い上げたって話はしたわよね? アレね、私たちの予想以上の量を消費したみたいで、王都でもう一度異世界召喚をしたら、王都の地脈が完全に枯渇してしまうのよ」
縁に目線で聞くと、首肯が返る。
「俺たちが考えてる送還は、一度誰かの血縁を辿って、世界の座標を書き込んだ血縁者を召喚する。んで、その座標へ全員を送還する。つまり、二回、異世界の扉を開くってことだよね?」
「ええ。術式干渉で、一回に、一つの術式に纏められませんでした」
縁が悔しそうに言う。
「現状では、血縁者の召喚も難しい?」
「おそらく、魔力不足で術式が起動しないか、中途半端に起動してしまい、世界と世界の狭間に血縁者を放り出してしまうか、ね」
というか、地脈が充分な土地でも、二回やったら枯渇してしまうよね。
誰も住んでない土地ならいいけど、マナが豊富で召喚できるような土地は大都市ばかりだ。
俺たちの都合で、罪のない人たちを困らせるようなことは避けたい。
「地脈の代わりに、魔石を使ったらどう?」
「んー。ダンマスの魔石でも数十個は必要です。ダンジョンコアなら、かなり必要数を減らせますけど、それでも、十個くらいは必要だと思います」
しかも、縁が基準にしているダンジョンコアは、ベンケン王国で最も大きいダンジョンと言われている王都のダンジョンだ。他のダンジョンのコアも同程度なのかわからないから、必要数が十個以上になるかもしれない。
「あと、ダンジョンマスターを討伐したことで、王都の地脈に変化があるようなの。だから、少し観測しておきたいわ」
ダンマス不在の穴を埋めるために、ダンジョンが地脈から吸うマナの量が増えるかもしれないな。
「そか。……うん。観測に時間をかけたいのなら、滞在期間を延長しても構わない。できるだけ正確な情報が欲しいから。その辺のスケジュールは臨機応変に、ね」
置いてけぼりになったギルマスに視線を戻すと、「そうかい」と呆れ顔をされ、続けて。
「ま、好きにしなさいな。あ、そうだ。西に向かうんなら、シェーンシュテット公国に行くといい。王都からだと南西にあるんだが、あそこの王都にあるダンジョンは管理ダンジョンだけど討伐指定になってるから、コアを持ち出しても大丈夫だ」
それはありがたい情報だ。
「他に討伐指定の情報って有りますか?」
「東の方ならいくつかあるんだけどね。西は帝国が管理してるからないわね。帝国より西だと情報がなかなか入ってこないから、むしろ、商人ギルドの方が詳しいかもね」
商人ギルドには、一度行ってみるべきか?
「ともかく、ご苦労だったね。国への報告は上手いことやっておくよ。あ、ダンマスの魔石だけ確認させて」
忘れてた。
ポケットの収納空間に手を入れて取り出す。
ギルマスに手渡すと、手の中で転がしながら観察して、平べったい板のような魔道具の上に乗せる。しばらく見ていると、板になにか模様が浮かび上がり、それを確認したギルマスが重々しく頷いて、魔石を僕に返す。
なにがわかったの?
「魔力測定魔道具だよ」
顔に出ていたのか、僕の疑問にイルザお姉さんが答えてくれる。
「私が知る限り、魔力保有量がダントツで多いな。こいつでは測定できない」
「へぇ。じゃあ、ドラゴンの魔石はどんな感じかしら?」
ユリアーナが、興味本位で『ドラゴン養殖計画』の犠牲者の魔石を板に乗せようとして、止まる。
デカすぎて乗らないよね。階層主のドラゴン程ではないけど、養殖ドラゴンもデカかったから、その魔石もデカい。僕の身長より大きい。
「いや、上手く乗せればギリ、いけ……る。ほら、乗った」
歪な形の魔石が、ギリギリのバランスで板に乗っている。
「んー。ダメだな。こいつも測定不能だ」
測定魔道具の性能が低すぎる。
「つっても、これも私が知る中で最高の魔力量だ。これがダンマスの魔石と言っても、本物を見る前なら信じていただろうな」
この魔石も黒だからね。
「ほんじゃあ、国がダンマスの魔石を寄越せって言い出したら、これを代わりに渡しといてください。これなら沢山あるんで」
僕の最後の一言に、ギルマスが「マジかぁ」と呟いた。
「ギルドに一つ要りますか?」
「欲しいけど要らん。警備とか余計な出費が嵩む」
ああ、確かに。
「てか、このサイズの魔石の買い取りって、やってるんですか?」
「んー。うちでは現金をかき集めても……分割払いでぇ……無理だな。国に買い取ってもらうしかない」
「そうですか。今回の探索は、浅層での戦闘を避けたので、大きかったり魔力量が多い魔石しかないんですけど……買い取り、できますか?」
「一応、今回の最低ランクを見せてみな」
ユリアーナに目配せすると、収納空間から魔石を数個出す。
「お前ら、もう、〈空間魔術〉を秘匿してないんだな」
なぜか疲れた顔で言われた。てか、〈空間魔法〉ですよ。
「えっと、これはアークリッチの魔石で、十個くらいある。んで、これがオークロードの魔石で、三個だけ。ロードの肉ってあんまり美味しくなかったから、見つけても放置してたのよね。ああ、これはユニコーン。大量にあるから買い取ってほしい」
前のめりで聞いていたイルザお姉さんが、ソファの背凭れに体を預けて天を仰ぐ。
「どれも伝説級の魔物じゃねぇか。てか、神獣が混ざってるし」
「ユニコーンは、あっても使い道がないそうだから、買い取ってほしいですね」
「ちなみに、いくつあるんだ?」
「数千個」
「捨ててこい!」
この後、なぜか怒られた。
その説教は、下で松風を捕まえようとした馬鹿が瀕死の重傷を負わされた、という報告が来るまで続いた。
なんか、遮音結界のせいで、報告が十分くらい遅れたらしい。
放置しようかと思ったけど、その馬鹿のお陰で説教が終わったから、ただで治療してあげた。
すっごい感謝されたよ。
怪我したのは自業自得だけど、こちらはそれで助かったんだから、気にしないでほしい。
てか、このままお説教をうやむやにして帰りたいのに、治療したマーヤに腰をヤりそうな勢いで頭を何度も下げている。
……ああ、そういうことか。こいつが注目を集めてる隙に、仲間が松風を狙うわけか。
……まあ、そうだよな。ご覧の通り失敗するよな。瀕死の男が増えたよ。
松風って、弱そうに見えるのかな? 戦闘力なら、フレキとゲリに次ぐ強さなのに。
この追加の一人を治療する義理はないので、ギルマスの説教が再開する前に撤収した。
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侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜
平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。
『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
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