一人では戦えない勇者

高橋

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1章

35話 ダンジョン内で休暇

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 翌朝。
 朝食を終えて、今日の予定を話し合っていたら、昨晩の困った人たちが来た。
 結界の向こうに並ぶ彼らを見て、ユリアーナとマーヤを連れて向かう。
 一応、彼らにも薄いパスを繋いでおこう。……うん。先輩以外は、謝るつもりがあるみたい。畏れとか恐怖の色が見える。けど、先輩だけは、復讐を考えているようだ。復讐相手を見た時のおっちゃんと同じ色だ。

「おはようございます。一応、なにしに来たのか伺っても?」

 結界越しに呑気な挨拶をする僕への警戒心が強まる。

「その、昨晩の謝罪に」

 左の膝から下を失った男が、慣れない杖でよたつきながら一歩前に出て、頭を下げる。

「そうですか。あなた方の謝罪を受け入れます」

 ユリアーナに視線を向けると、困った子を見るような顔で頷く。困った子は、僕じゃなくて彼らだよ。
 ユリアーナが一歩前に出ると、マーヤが結界を解く。ユリアーナはそのまま歩き、頭を下げていた男に〈治癒魔法〉を使う。
 一瞬で失った足が治り、六人の男女の思考が停止する。見たものを理解できないのか、それとも、理解を拒んでいるのか。ともかく、感情の色に空白ができる。
 その間に、ユリアーナが手早く残り二人も治療する。

「お前ら……なんなんだよ」

 欠損治癒をできる人は王国にはいない、って、おっちゃんから聞いてたから、驚かれるだろうと思っていたけど……なんだか期待した反応と違う。得体の知れないものを見るような目だ。感情の色もグチャグチャ。

「俺は、先日この国に召喚された【支援の勇者】です。ああ、バックに国がついてるわけじゃないんで、怖がらなくていいですよ」

 僕のバックをこっそり守ってるストーカーの第一クラスは、【聖王】だけどね。

「ゆう、しゃ? なにを言って」
「はっ、たかが〈支援魔術士〉だろうが。おい、女。そんな奴に使われてねぇで、俺と来いよ。いい思いを……は?」

 不愉快な先輩の言葉は、狂信者によって遮られた。左腕を肩から切り落とすことで。斬られた本人は、足許に落ちた自分の腕を見ても、斬られたことに気づいてない。足許の腕と、夥しい量の血が流れる自分の肩の間を、視線が往復する。

「もう、せっかく直したのに」

 そう言って、ユリアーナが〈治癒魔法〉を使う。けど、今度は止血だけ。落ちた腕はそのままだ。

「次に御主人様を侮辱したら、首を落としますよ」

 静かに宣言するマーヤに、女性の一人が「ヒッ!」っと息を飲む。僕も怖かった。

「俺は気にしてないけど、彼女はそうではないから、気を付けてね」

 さて、用は済んだだろう。「じゃあ」とパスを切って踵を返す。ユリアーナが僕に続き、マーヤが結界を張り直してその後へ続く。
 先輩以外は心が折れてるようだし、大丈夫だろう。先輩は復讐心に火を点けるどころか、ガソリンを撒いてしまったかも。
 まあ、直接は手出ししないだろう。隻腕になっちゃったし。来るとしたらギルドへの圧力か。それはギルマスに丸投げだ。一応、報告はするけど。



 困った人たちの謝罪を受け入れて、テーブルに戻った僕たちは、今日の予定の話し合いを再開した。

「ほんじゃあ、今日の予定はダラダラ過ごすってことで」

 で、結論。
 本日は、ダンジョン内で休暇となった。
 待ち時間は、今日を合わせても三日。最初の一日くらい休暇にしても、なんら問題はない。
 それに、縁と由香と由希と御影さんは、命のやり取り自体が初めてだ。相当のストレスになっていただろうし、張り詰めた神経を緩めるにはいい機会だろう。



 折角の休暇なのに「食材を仕入れに行く」と言い出した小倉姉妹に付いて、地下十九階の通路を歩く。

「ところで先生。お兄ちゃんとのこと、良かったの?」

 仕止めたオークの血抜きをしながら、由香さんが私に聞く。

「御影先生がお姉ちゃんになるのは嬉しいんだよ」
「うん。けど、旦那さんのとこに帰らなくていいの?」

 二人の視線が私の左手に集まる。

「ええ。元々、お互いにいつ離婚を切り出すか探っていたような状態だったから」

 私の方は、興信所に依頼して、若い浮気相手との証拠を集め終わって、準備は終わっていた。あとは、鞄の中の離婚届を証拠と一緒に突きつけるだけだった。

「お互いに、なの?」

 首肯する。
 結婚する時、「どうしても子供がほしい」と言っていたけど、まさか、妻に求めるものが出産だけとは思わなかった。

「"子供を産めないのなら、君と結婚生活を続ける意味はない"って言われたから、時間の問題だったと思うわ」
「「うわー」」

 きっと、仮面の下で同じ顔をしているんだろうと思うと、ちょっと笑えた。

「改良した召喚術と孫一さんのプラーナを使えば、元の世界の座標を持った血縁者を召喚できるし、その血縁者と一緒に生徒を送り還せるわ」
「けど、先生は還らないの?」
「ええ。由香さんと由希さんみたいに、還らない子が他にもいるかもしれない。そういった子も、いずれ作ることになる傭兵団で受け入れるように、昨晩、孫一さんに言っておいたわ」
「でも、傭兵になったら、人を殺すことになるんだよ」
「そうね。でも、前線で戦うだけが傭兵じゃないからね」

 私みたいに、戦闘に向かないけど、こちらに残りたい子もいると思う。

「二人みたいに料理メインの傭兵になる子もいるかもしれないし、縁さんが作ってる農場魔道具で、農業をする子もいるかもしれない。選択肢を、なるべく多くしてから迎え入れようって話になったの」

 まだ、召喚術に改良の余地はあるけど、探索予定期間内には、この国が使った魔術陣より精度が高い魔法陣が出来上がる。……予定。



 天幕の外に出したソファーで、本を開きながら船を漕ぐ兄さんを見ていると、いろいろ捗る。
 魔道具化したスマホで盗撮する。シャッター音はない。
 その片手間で、昨日の探索中に宝箱から手に入れた金塊を彫金魔法で加工して偽金貨を作る。大金貨だけでも、百枚くらいあるかな? そろそろ飽きてきた。かといって、白金貨は、数量管理されていて作っても使えないから、作る意味はない。
 ……そろそろ、農場魔道具をなんとかしないと。
 まあ、基本となる術式は完成してるから、あとは、これをどんな素材に付与するか。それだけだ。とはいえ、宝箱から回収したミスリルでは無理だった。ミスリルだけでなく、この階層の魔物から取れる魔石や素材、宝箱から手に入るアイテムは全てダメだった。
 どうしようか相談しようと思って、マーヤ姉さんを探すと、少し目を離した隙に兄さんに膝枕していた。羨まっ!
 先を越されたからには、二人の時間を邪魔しない。私は話のわかる妹です。
 相談は、ユリアーナ姉さんにしよう。
 丁度、洗濯が終わった姉さんが戻ってきた。あ、洗濯機も作らないと。
 姉さんに農場魔道具の相談をすると、残り少ない王樹をポンと出してくれた。

「ユカリちゃんなら、無駄にしないでしょ。あと、洗濯は〈水魔法〉と〈風魔法〉で楽できるから、優先順位は低いわよ」

 あー、確かに。それなら、農場魔道具に集中しましょう。

「それじゃあ、私は下の階層に行ってくる」

 階層主を倒さなくても、下の階に行ける。けど。

「なにしに?」
「ちょっと馬を探しに。余裕があったら、マゴイチの護衛もほしいわね」
「一人で大丈夫ですか?」

 階層主を越えたら急に魔物が強くなる。なんてことはないらしいけど、少なくとも、今まで通りとはいかないのでは?

「まあ、なんとかするわ。大丈夫。無理はしないわよ」

 手をヒラヒラさせながら結界の外に出ていく。同性だけど、格好いい背中に見蕩れてしまった。
 姉さんの性格なら、無理はしないだろうけど、時々ポンコツになるみたいだから、ちょっと心配。
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