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1章
33話 普通の冒険者
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地下十五階までは来たことがあるので、十六階まで一気に駆け抜けた。
地下十六階からは、縁が作った魔法銃の試し撃ちをしながらダンジョンを進む。ついでに、ユリアーナの趣味になりつつあるマッピングもしながら。
ちなみに、魔法銃は『試製魔法銃 偽コルト・パイソン』と名付けたんだけど、ユリアーナに「長いから、偽パイね」と言われた。違う意味になっちゃうよ。胸の大きさを気にしてるマーヤが、仮面の下で眉を顰めたような気がする。縁と由香と由希は「成長の余地はある」、と根拠もなく平たい胸を張った。
胸の大きさは、幼少期の栄養状態が影響すると聞いたことがある。由香と由希も育児放棄されたと言っていたから、満足な栄養状態は期待できないだろう。マーヤ? 今現在も痩せすぎだよ。縁は……なんでだろう? 遺伝? 縁の実母は知らないけど、うちに引き取られてからは食べるのに困っていないはずだ。
「松風、早くなりましたね」
僕に言わせれば「妹が早くなった」だ。僕を乗せて走る松風は、麒麟だよ。麒麟の足に走って付いてこられる方が、驚かれるべき存在だよ。
てか、松風って凄いな。揺れないし風圧も感じない。曲がる時も、慣性を感じない。松風からプラーナを使ってる反応があるから、なんらかの魔法だと思う。風圧は〈風魔法〉でなんとかなるよな。……スキルに〈力魔法〉ってある。これか? 物理学における、四つの基本的な力のことか? 引力と斥力を制御できるだけでも、松風のこの魔法を説明できるか。……まあ、麒麟の存在自体が謎だらけなんだ。わからなくてもいいか。
「お、階段か。地下二十階は人が多いはずだから、ゆっくり歩こう」
「どうして人が多いんですか?」
麒麟以上の謎生物になりつつある妹が、松風の前を後ろ向きに走りながら聞いてくる。事故ったら怪我じゃすまない……のか? 身体強化も使ってるから、掠り傷で済みそう。
「冒険者の、昇格基準になってるからだよ」
王都に冒険者ギルドは複数あるけど、冒険者の質を維持するために、昇格の基準は統一されている。
「五等級から四等級になるには、三回の探索で得た魔石の買い取り金額の合計が、一定以上必要」
僕を含めた三人は二回目の探索だけど、縁たちは初めての探索だ。
「ちなみに、俺たちは金額はクリアしたけど、回数をクリアしてないから、もう一回潜らないといけない」
回数も重要らしい。ギルマスが言うには、三回潜って無事に帰ってこられる奴なら、パーティを組んでも足を引っ張らない、と判断されるそうだ。
「で、初心者脱却と言われる三等級になるには、ここ、地下二十階にいる階層主の魔石を持ち帰るのが条件になっているんだ」
ちなみに、階層主は二十階毎にいるらしい。
「四等級になってませんよ?」
「三回の間に取ってきてもいいそうだ」
前例はうちのギルマス。
四等級になるタイミングで条件を満たしていたら、そのまま三等級へ昇格する。
「それで、階層主って、どんな魔物なんですか?」
「情報はない。情報なしで戦って勝つのも条件らしい。だから、昇格済みの連中も教えてくれないし、教えたら、ギルドからキツいお仕置きがあるらしい」
だから、おっちゃんは教えてくれなかったし、僕たちもここの階層主を討伐しても、階層主の情報は、教えちゃいけないんだ。
*
「おー、広いな」
地下二十階の通路は広かった。広い一本道で、遠く突き当たりに重厚な扉が見える。
「扉の宝玉が赤いってことは、復活待ちか」
地下二十階の階層主は、一度倒したら二日後に復活する。復活したら、扉の宝玉が青くなるそうだ。
「探索予定が十日間。あと九日だから、順番待ちが四組以内なら待とうか」
順番待ちは、扉の横の黒板にパーティ名を書く。
「なんか注目されてるわね」
扉に近づくにつれ、人も多くなる。
ユリアーナの言う通り、ジロジロ見る連中が多いな。
「七人中四人が仮面を被ってるからね」
「いや、これ、注目されてるの松風だよ」
すれ違う連中の視線を追うと、確かに松風に向けられている。
「まあ、可愛い妻が、他の野郎に注目されるよりはいいか」
斜め前を歩く、獣人二人の尻尾が左右に揺れる。可愛いな。
御影さんは、顔をフニャッとさせて僕の太股をペチペチ叩く。見た目はペチペチだけど、色んなクラスをカンストさせた影響で、ペチペチではなくドスドスになっている。痛いし、松風もちょっと嫌そうだ。今晩、仕返ししてやる。
扉横の黒板前に着く。順番待ちは一組だった。運がいい。運強化をほんのり香る程度に使ってるから?
黒板に、僕らのパーティ名である『他力本願』を、公用語であるシュトルム語で書く。
「え? パーティ名って、『他力本願』なの?」
驚く御影さんに、「ぴったりでしょ?」と言ったら、「子供の名前は私が考えます」と言われた。かなり強めに。なぜ?
「さて、おっちゃんが言うには、前の順番のパーティには挨拶しとくのが礼儀らしい」
挨拶というか、前回、階層主が討伐されたのはいつかを聞きに行くのがメインだったりする。
一ヶ所だけテントを張ってるから、探すまでもなくあの人たちだろう。
松風から降りて近づくと、武器の手入れをしていた男が一人こちらに気づいたので、手を上げて声をかける。
「こんにちは。順番待ちのパーティですよね?」
順番待ち以外でこんな紛らわしい場所にテントを張る奴はいないだろう。ただの野営なら、邪魔にならないように地下十九階への階段側でテントを張るだろうし。
「おう。俺たちは、ギルド『漆黒の翼』の『黒剣』ってパーティだ」
おい愚妹。松風の陰に隠れて「ぷふっ」って噴き出すな。僕だって笑いたいよ。『漆黒の翼』で『黒剣』って。どんだけ黒が好きなんだよ。さらにこの人、右腕に黒い龍の入れ墨を入れてるんだよ。疼くの?
ダメだ。笑いを堪えるのに必死で、挨拶に間ができた。不審がられる前に答えなきゃ。
「俺たちは、ギルド『赤竜の籠手』の『他力本願』です。よろしく」
ニヤニヤが止まらない。仮面を被ってて良かった。てか、僕らの方も大概だな。
「その、馬? は、なんだ? 馬なのか?」
「いや、麒麟だ」
言われた方は、理解できないのか信じられないのか、一拍置いて「は?」っとなった。
「それで、階層主はいつ討伐されたんだ?」
松風の話はメンドイから話を強引に進める。
「いやいや。麒麟って伝説上の神獣だろ? お前みたいな胡散臭い奴が連れてるわけねえだろうが」
まあ、信じられないよね。
「んー、まあ、信じないのは勝手ですよ。俺は嘘は言ってないですし。それより、階層主です。教えていただけませんか?」
「あ? ああ、そうだな。そっちの狼人族の嬢ちゃんが、俺たちのパーティに入るんなら、教えてやるぜ」
一瞬、全員が「こいつ、なに言ってんだ?」っと思った。急に小者感が出たぞ。
自信満々に言うこいつの頭を疑うが、よくよく考えたら、お互いに初心者冒険者だ。相手の実力を計れなくてもおかしくはない。僕だって、普通の冒険者の強さを知らないんだから。
「あー、なんと言うかね。悪いけど、私、あんたみたいな人が嫌いなの」
僕が一人で納得していたら、ナンパされた本人であるユリアーナが、喧嘩腰で言い返していた。ここは夫として格好良く前に出るべきなんだけど、タイミングを逃してしまった。
「てか、そんな弱そうなのに階層主に挑むのかしら?」
なんで煽ってんの?
「ああ、大手は、新人に階層主の情報を漏らしてるって噂、本当なんだ」
え? そんな噂があるの?
男はしどろもどろになりながら抗弁するが、明らかに黒だろ。どんだけ黒が好きなんだよ。
「あの、階層主がいつ討伐されたか教えてくれたら、関わらないからさ。教えてくれないかな。こっちも、厄介事に関わりたくないんだよ」
悔しそうな顔してるけど、原因は君だよ。
「どうした。なんかあったのか?」
テントの中から、五人の男女が出てくる。彼のお仲間か。男二人に女性が三人だ。
……なにをしてたのかね? 最近嗅ぎ慣れた、事後の臭いが漂ってくる。まったく。危険なダンジョンで盛るなんて、なにを考えてるんだろうね。
「こんにちは。ギルド『赤竜の籠手』の『他力本願』です。階層主がいつ討伐されたか聞きに来たんですが、教えてくれないんですよ」
見た感じ、テントから最後に出た厳つい顔の男が一番強そうだ。彼にお願いしてみてダメなら諦めよう。
「あ? 順番待ちの挨拶か。なんで教えなかった?」
リーダーっぽいのが小者を睨む。〈威圧〉を使ってる感じはないけど、小者が怯んで一歩下がる。
「あ、いえ。こいつがテキトウなこと言いやがるから」
僕を指差すな。僕は本当のことを言ったよ。お前が信じなかっただけだろ。
「彼が信じるかどうかに興味はありません。俺たちは情報を聞きに来ただけですから」
テキトウなことを言う奴が気に食わないなら、情報を教えて、以後は関わらないようにすればいい。階層主の討伐情報を教えるのは、冒険者の礼儀で暗黙のルールだから仕方ないけど、その後で関わるかどうかは自分の意思だ。
「ああ、わかった。面倒だから、お前ら決闘しろ。丁度、退屈してたんだよ」
は? なにが「わかった」の? 面倒だから放り投げただけじゃん。
「先輩。他ギルドとの私闘は不味いんじゃ?」
この厳ついのが先輩らしい。
「地上ならな。ここはダンジョンだ。私闘だろうと、お互いの合意があれば、死んだところで誰も文句は言わねぇ」
女性二人を侍らし下品に笑う姿に、なぜか【斧の勇者】が重なって見えた。フォローするわけじゃないけど、ここまでゲスい奴じゃなかったと思うよ。
「はあ、わかったわ。戦うのは、私でいいわよね? それとも、私の弱っちい夫を虐めたかったかしら?」
正妻様がノリノリだ。
一応、言っておくと、魔法銃を使えば小者男には勝てるよ。後ろの五人を合わせたら……どうかな。先輩は強そうだな。先輩が侍らせる女性二人は、小者と同じ初心者かな? 残りの二人は初心者ではないな。嘲るような視線を僕らに向けながらも、警戒はしている。
「はっ、なんだよ。獣人の嫁とか本気かよ」
「本気だし、彼女は君より強いよ」
しょうがない。ユリアーナが乗り気だし、僕も煽ってやろう。
*
結果から言うと、ユリアーナの勝利だ。
情報も教えてもらった。今日、討伐されたばかりらしい。
その後、彼らのテントから離れた場所に拠点を設営する。デカい天幕を収納空間から出す時、たまたま通りかかった冒険者に「ギョッ」って顔をされた。
「あ、お風呂できたんだ」
通路の隅に、天幕より大きな箱型の建造物が設置されていた。
ドアを開けて中を覗き込むと、そこは脱衣所になっていて、その先に曇りガラスの扉があった。銭湯みたい。
「お風呂は食後に入りたい」
天幕と天幕の間に出したテーブルに戻り、椅子に座る。
お茶を淹れてくれた由香にお礼を言って一口。同じ茶葉のはずなのに、僕が淹れるより美味しいな。
「……それにしても、普通の冒険者って、あんなにも弱いの?」
「戦った私が一番ビックリしたわよ」
相手が侮っていたのもあるだろう。剣による初撃は軽く回避した。問題はその後だ。続く攻撃も避け続けていくと、男が息切れし出す。フラフラの男にユリアーナがデコピンしたら、倒れてそのまま気絶してしまった。
「最大限の手加減はしたんだけどなぁ。階層主との戦いに響いたら、ちょっと可哀想……でもないか。あいつ、マゴイチのこと、弱っちいって言ったからね」
それを言ったのは貴女ですよ。あの人が言ったのは「胡散臭い」だからね。
地下十六階からは、縁が作った魔法銃の試し撃ちをしながらダンジョンを進む。ついでに、ユリアーナの趣味になりつつあるマッピングもしながら。
ちなみに、魔法銃は『試製魔法銃 偽コルト・パイソン』と名付けたんだけど、ユリアーナに「長いから、偽パイね」と言われた。違う意味になっちゃうよ。胸の大きさを気にしてるマーヤが、仮面の下で眉を顰めたような気がする。縁と由香と由希は「成長の余地はある」、と根拠もなく平たい胸を張った。
胸の大きさは、幼少期の栄養状態が影響すると聞いたことがある。由香と由希も育児放棄されたと言っていたから、満足な栄養状態は期待できないだろう。マーヤ? 今現在も痩せすぎだよ。縁は……なんでだろう? 遺伝? 縁の実母は知らないけど、うちに引き取られてからは食べるのに困っていないはずだ。
「松風、早くなりましたね」
僕に言わせれば「妹が早くなった」だ。僕を乗せて走る松風は、麒麟だよ。麒麟の足に走って付いてこられる方が、驚かれるべき存在だよ。
てか、松風って凄いな。揺れないし風圧も感じない。曲がる時も、慣性を感じない。松風からプラーナを使ってる反応があるから、なんらかの魔法だと思う。風圧は〈風魔法〉でなんとかなるよな。……スキルに〈力魔法〉ってある。これか? 物理学における、四つの基本的な力のことか? 引力と斥力を制御できるだけでも、松風のこの魔法を説明できるか。……まあ、麒麟の存在自体が謎だらけなんだ。わからなくてもいいか。
「お、階段か。地下二十階は人が多いはずだから、ゆっくり歩こう」
「どうして人が多いんですか?」
麒麟以上の謎生物になりつつある妹が、松風の前を後ろ向きに走りながら聞いてくる。事故ったら怪我じゃすまない……のか? 身体強化も使ってるから、掠り傷で済みそう。
「冒険者の、昇格基準になってるからだよ」
王都に冒険者ギルドは複数あるけど、冒険者の質を維持するために、昇格の基準は統一されている。
「五等級から四等級になるには、三回の探索で得た魔石の買い取り金額の合計が、一定以上必要」
僕を含めた三人は二回目の探索だけど、縁たちは初めての探索だ。
「ちなみに、俺たちは金額はクリアしたけど、回数をクリアしてないから、もう一回潜らないといけない」
回数も重要らしい。ギルマスが言うには、三回潜って無事に帰ってこられる奴なら、パーティを組んでも足を引っ張らない、と判断されるそうだ。
「で、初心者脱却と言われる三等級になるには、ここ、地下二十階にいる階層主の魔石を持ち帰るのが条件になっているんだ」
ちなみに、階層主は二十階毎にいるらしい。
「四等級になってませんよ?」
「三回の間に取ってきてもいいそうだ」
前例はうちのギルマス。
四等級になるタイミングで条件を満たしていたら、そのまま三等級へ昇格する。
「それで、階層主って、どんな魔物なんですか?」
「情報はない。情報なしで戦って勝つのも条件らしい。だから、昇格済みの連中も教えてくれないし、教えたら、ギルドからキツいお仕置きがあるらしい」
だから、おっちゃんは教えてくれなかったし、僕たちもここの階層主を討伐しても、階層主の情報は、教えちゃいけないんだ。
*
「おー、広いな」
地下二十階の通路は広かった。広い一本道で、遠く突き当たりに重厚な扉が見える。
「扉の宝玉が赤いってことは、復活待ちか」
地下二十階の階層主は、一度倒したら二日後に復活する。復活したら、扉の宝玉が青くなるそうだ。
「探索予定が十日間。あと九日だから、順番待ちが四組以内なら待とうか」
順番待ちは、扉の横の黒板にパーティ名を書く。
「なんか注目されてるわね」
扉に近づくにつれ、人も多くなる。
ユリアーナの言う通り、ジロジロ見る連中が多いな。
「七人中四人が仮面を被ってるからね」
「いや、これ、注目されてるの松風だよ」
すれ違う連中の視線を追うと、確かに松風に向けられている。
「まあ、可愛い妻が、他の野郎に注目されるよりはいいか」
斜め前を歩く、獣人二人の尻尾が左右に揺れる。可愛いな。
御影さんは、顔をフニャッとさせて僕の太股をペチペチ叩く。見た目はペチペチだけど、色んなクラスをカンストさせた影響で、ペチペチではなくドスドスになっている。痛いし、松風もちょっと嫌そうだ。今晩、仕返ししてやる。
扉横の黒板前に着く。順番待ちは一組だった。運がいい。運強化をほんのり香る程度に使ってるから?
黒板に、僕らのパーティ名である『他力本願』を、公用語であるシュトルム語で書く。
「え? パーティ名って、『他力本願』なの?」
驚く御影さんに、「ぴったりでしょ?」と言ったら、「子供の名前は私が考えます」と言われた。かなり強めに。なぜ?
「さて、おっちゃんが言うには、前の順番のパーティには挨拶しとくのが礼儀らしい」
挨拶というか、前回、階層主が討伐されたのはいつかを聞きに行くのがメインだったりする。
一ヶ所だけテントを張ってるから、探すまでもなくあの人たちだろう。
松風から降りて近づくと、武器の手入れをしていた男が一人こちらに気づいたので、手を上げて声をかける。
「こんにちは。順番待ちのパーティですよね?」
順番待ち以外でこんな紛らわしい場所にテントを張る奴はいないだろう。ただの野営なら、邪魔にならないように地下十九階への階段側でテントを張るだろうし。
「おう。俺たちは、ギルド『漆黒の翼』の『黒剣』ってパーティだ」
おい愚妹。松風の陰に隠れて「ぷふっ」って噴き出すな。僕だって笑いたいよ。『漆黒の翼』で『黒剣』って。どんだけ黒が好きなんだよ。さらにこの人、右腕に黒い龍の入れ墨を入れてるんだよ。疼くの?
ダメだ。笑いを堪えるのに必死で、挨拶に間ができた。不審がられる前に答えなきゃ。
「俺たちは、ギルド『赤竜の籠手』の『他力本願』です。よろしく」
ニヤニヤが止まらない。仮面を被ってて良かった。てか、僕らの方も大概だな。
「その、馬? は、なんだ? 馬なのか?」
「いや、麒麟だ」
言われた方は、理解できないのか信じられないのか、一拍置いて「は?」っとなった。
「それで、階層主はいつ討伐されたんだ?」
松風の話はメンドイから話を強引に進める。
「いやいや。麒麟って伝説上の神獣だろ? お前みたいな胡散臭い奴が連れてるわけねえだろうが」
まあ、信じられないよね。
「んー、まあ、信じないのは勝手ですよ。俺は嘘は言ってないですし。それより、階層主です。教えていただけませんか?」
「あ? ああ、そうだな。そっちの狼人族の嬢ちゃんが、俺たちのパーティに入るんなら、教えてやるぜ」
一瞬、全員が「こいつ、なに言ってんだ?」っと思った。急に小者感が出たぞ。
自信満々に言うこいつの頭を疑うが、よくよく考えたら、お互いに初心者冒険者だ。相手の実力を計れなくてもおかしくはない。僕だって、普通の冒険者の強さを知らないんだから。
「あー、なんと言うかね。悪いけど、私、あんたみたいな人が嫌いなの」
僕が一人で納得していたら、ナンパされた本人であるユリアーナが、喧嘩腰で言い返していた。ここは夫として格好良く前に出るべきなんだけど、タイミングを逃してしまった。
「てか、そんな弱そうなのに階層主に挑むのかしら?」
なんで煽ってんの?
「ああ、大手は、新人に階層主の情報を漏らしてるって噂、本当なんだ」
え? そんな噂があるの?
男はしどろもどろになりながら抗弁するが、明らかに黒だろ。どんだけ黒が好きなんだよ。
「あの、階層主がいつ討伐されたか教えてくれたら、関わらないからさ。教えてくれないかな。こっちも、厄介事に関わりたくないんだよ」
悔しそうな顔してるけど、原因は君だよ。
「どうした。なんかあったのか?」
テントの中から、五人の男女が出てくる。彼のお仲間か。男二人に女性が三人だ。
……なにをしてたのかね? 最近嗅ぎ慣れた、事後の臭いが漂ってくる。まったく。危険なダンジョンで盛るなんて、なにを考えてるんだろうね。
「こんにちは。ギルド『赤竜の籠手』の『他力本願』です。階層主がいつ討伐されたか聞きに来たんですが、教えてくれないんですよ」
見た感じ、テントから最後に出た厳つい顔の男が一番強そうだ。彼にお願いしてみてダメなら諦めよう。
「あ? 順番待ちの挨拶か。なんで教えなかった?」
リーダーっぽいのが小者を睨む。〈威圧〉を使ってる感じはないけど、小者が怯んで一歩下がる。
「あ、いえ。こいつがテキトウなこと言いやがるから」
僕を指差すな。僕は本当のことを言ったよ。お前が信じなかっただけだろ。
「彼が信じるかどうかに興味はありません。俺たちは情報を聞きに来ただけですから」
テキトウなことを言う奴が気に食わないなら、情報を教えて、以後は関わらないようにすればいい。階層主の討伐情報を教えるのは、冒険者の礼儀で暗黙のルールだから仕方ないけど、その後で関わるかどうかは自分の意思だ。
「ああ、わかった。面倒だから、お前ら決闘しろ。丁度、退屈してたんだよ」
は? なにが「わかった」の? 面倒だから放り投げただけじゃん。
「先輩。他ギルドとの私闘は不味いんじゃ?」
この厳ついのが先輩らしい。
「地上ならな。ここはダンジョンだ。私闘だろうと、お互いの合意があれば、死んだところで誰も文句は言わねぇ」
女性二人を侍らし下品に笑う姿に、なぜか【斧の勇者】が重なって見えた。フォローするわけじゃないけど、ここまでゲスい奴じゃなかったと思うよ。
「はあ、わかったわ。戦うのは、私でいいわよね? それとも、私の弱っちい夫を虐めたかったかしら?」
正妻様がノリノリだ。
一応、言っておくと、魔法銃を使えば小者男には勝てるよ。後ろの五人を合わせたら……どうかな。先輩は強そうだな。先輩が侍らせる女性二人は、小者と同じ初心者かな? 残りの二人は初心者ではないな。嘲るような視線を僕らに向けながらも、警戒はしている。
「はっ、なんだよ。獣人の嫁とか本気かよ」
「本気だし、彼女は君より強いよ」
しょうがない。ユリアーナが乗り気だし、僕も煽ってやろう。
*
結果から言うと、ユリアーナの勝利だ。
情報も教えてもらった。今日、討伐されたばかりらしい。
その後、彼らのテントから離れた場所に拠点を設営する。デカい天幕を収納空間から出す時、たまたま通りかかった冒険者に「ギョッ」って顔をされた。
「あ、お風呂できたんだ」
通路の隅に、天幕より大きな箱型の建造物が設置されていた。
ドアを開けて中を覗き込むと、そこは脱衣所になっていて、その先に曇りガラスの扉があった。銭湯みたい。
「お風呂は食後に入りたい」
天幕と天幕の間に出したテーブルに戻り、椅子に座る。
お茶を淹れてくれた由香にお礼を言って一口。同じ茶葉のはずなのに、僕が淹れるより美味しいな。
「……それにしても、普通の冒険者って、あんなにも弱いの?」
「戦った私が一番ビックリしたわよ」
相手が侮っていたのもあるだろう。剣による初撃は軽く回避した。問題はその後だ。続く攻撃も避け続けていくと、男が息切れし出す。フラフラの男にユリアーナがデコピンしたら、倒れてそのまま気絶してしまった。
「最大限の手加減はしたんだけどなぁ。階層主との戦いに響いたら、ちょっと可哀想……でもないか。あいつ、マゴイチのこと、弱っちいって言ったからね」
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