一人では戦えない勇者

高橋

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1章

10話 無知と孤独は死に至る病

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 無事に五等級冒険者となった僕たち『他力本願』は、冒険者ギルド『赤竜の籠手』を後にして、王都西門を潜りダンジョン入り口に来た。
 平民街を包む城壁の西門を出て、歩いてすぐの場所にダンジョンがある。こんな近くにあって、氾濫した時どうするの?
 そのダンジョンの周囲を囲むように町がある。壁外市というらしい。ここは、税を払えない人たちが、納税の義務がない壁外で商売していたのが始まり。ダンジョンの側という便利な立地が冒険者に人気で、頻繁に利用するようになり、儲けるヤツが出たら、ならばと大手の商会が参入して規模が一気に拡大したそうだ。

「先々王の時代に、ここを城壁で囲んで税を納めさせようとしたことがあったんですが、城壁を造る資金を集められなくて、連中の財産を奪おうとしたんです。けど、王軍が返り討ちにあったらしいですよ」

 軍が商人に負けたのか?

「ああ、私も聞いたことがある。確か、ここの商人が金をばら撒いて、傭兵とか冒険者を大量に集めたって」

 それでも、勝つのは容易じゃないだろ。そもそもの物量が違う。

「まあ、聞いたことがあって当然だろう。これに呼応して、国内の獣人種が反乱を起こして王国軍は大打撃を受けたんだ。今でも、爺さん世代は酒が入るとこの話ばかりだからな」

 その後、ベンケン王国は、泥沼化した内乱を収めるために、反乱に参加した各種族の集落にある程度の自治権を与えるなど、獣人に対して譲歩した条約を結ばされた。実質、獣人の勝利だ。
 なるほど。こういう歴史があるからこそ、ギルドで獣人蔑視な言葉が出ても気にしなかったのか。

「あ、旦那。あそこで探索予定を申請しておくんです」

 ダンジョン入り口脇にある小屋を指差すおっちゃんに促されて、開けっ放しの入り口を潜り中へ。兵士が数人、入り口脇のテーブルで退屈そうにカードゲームに興じているが、冒険者風の人はいない。
 受付の奥から、こちらに気付いた白髪混じりの兵士が手招きする。

「こんな時間にどうした? って、ルーペルトじゃねぇか。おめぇ、奴隷になったって聞いたぞ?」
「よう、平兵士。今はこの旦那の奴隷だ。旦那。こいつは、俺が新人の頃からここで受付をやってる万年平兵士です」
「おい。主人のあんちゃん。奴隷に礼儀作法を教えておけよ」

 おっちゃんの紹介によると、この人はナータン・シュティーリケ。この国の兵士で、万年平兵士。ここでの勤続が長く、もう四十年近いそうで、この国の兵士の中では、一番冒険者に顔が利く存在だ。冒険者同士の問題は、この人を仲介した方が穏便に片がつくとも言われている。ちなみに既婚者で、幼馴染みでもある奥さんとは、何度も離婚と再婚を繰り返していて、現在は七回目の再婚中だそうだ。
 そんな平兵士に自己紹介して探索申請する。とりあえず、一泊だ。目標階層はおちゃんの意見を採用して地下十階。これで提出した。

「あいよ。気ぃつけてな」

 平兵士は、手をヒラヒラさせながら、受付の下から酒瓶とグラスを出す。
 うん。ありゃあ、万年平兵士だ。

「申請は義務なんで、無断で入ろうとしたら捕まります」

 小屋を出てダンジョンへ歩くと、陰になって気づかなかったけど、石造りの頑丈そうな入り口の柱に、寄り掛かるようにして二人の兵士がいた。〈気配察知〉があっても使わないと気づけないよね。

 入口から入って、しばらくは石造りの歩きやすい真っ直ぐな通路で、10メートルほど進むと下りの階段がある。あ、ここはまだ地上階か。まだ、ダンジョンの入り口だった。緊張するべきはここからだ。
 おっちゃんが、僕が背負っている背嚢から松明を取り出し火を点ける。火点け石で手際よく着火する姿は、ちょっと格好良かった。おっちゃんのくせに。
 松明を持つおっちゃんに続いて階段を降りる。
 地下一階も地上階と同じく、床も壁も天井も石造りで、「これ、重量計算、大丈夫?」と首を傾げたくなる重厚感だ。所々に柱があるけど、これだけじゃ、支えきれないよね? 異世界のダンジョンに、建築基準法の遵守を求めるのは間違っているだろうか?

「さすがに昼過ぎじゃあ、誰もいませんね」

 おっちゃんが言うには、普通は早朝にダンジョンに潜り、三日から十日くらい潜るのが一般的で、十日目の夕方に帰還するから、早朝と夕方は、この辺りには『冒険者通り』とも言われるほどの人で溢れるそうだ。

「酒場での馬鹿話で、ダンジョンに潜る初心者冒険者の最初の冒険は、ここで仲間とはぐれないようにすることだ、なんてぇのがあるくらいですからね」
「俺の場合、パスを繋いでおけば、はぐれないけどね」

 残念ながら"最初の冒険"はスルーしそうだ。
 しかし、誰もいないというのは好都合か。

「人がいないなら、ここら辺で、身体強化に慣れておいてもらおうか。俺も、どれくらい強化すればいいかわからないから、さ」
「とりあえず、全力強化は慣れるまで止めておきましょう。プラーナの量で、効果が増減するんでしたよね?」

 首肯で答える。

「なら、最低レベルの量から始めましょう。慣れるまでは、その状態で二人に剣を教えます」

 あ、最低でいいなら、余力があるし、他の支援魔法を同時に使えるか試してみたい。
 ユリアーナとマーヤに構え方から教え始めたので、僕は、こっそりスキル経験値増加を使ってみよう。ああ、パスは、一人に一本しか繋げられないみたいだ。パスのプラーナ量を増やして……どうしよう。あ、綱みたいに二本のパスを寄り合わせて、一本のパスにして……できた。簡単にできてしまった。
 あ、〈人物鑑定〉で自分を見たら、〈魔力操作〉と〈プラーナ放出〉がカンストしてる。……ずっとパスを繋いでプラーナを消費していたせいか、〈プラーナ自然回復量増加〉も取得してる。他にも……多いな。今日の夜営で、じっくり確認しよう。
 今は複数の支援魔法だ。綱状のパスは成功した。片方を身体強化にして。

「うおっ!」

 突然したおっちゃんの声に向くと、ダンジョンの壁におっちゃんが衝突していた。

「マゴイチ。身体強化を切って!」

 慌てて身体強化を切る。

「えっと……あ、プラーナ量増やしたんだった」
「今のレベルの身体強化は、迂闊に動けません」

 壁際で鼻を押さえて蹲るおっちゃんに謝る。鼻血が出ていたので、自然治癒力を強化して治してあげた。身体強化は、反応速度も強化されているようだけど、どうやら脳の処理速度には限界があるみたいで、一定以上の強化で、脳が処理できなくなるみたい。なので、自分の速度に反応できず壁に衝突となった。
 で、四人で話し合った結果、身体強化の最大強化ラインを早急に決めることにした。最大を決めておかないと危険だ。
 実験台はもちろんおっちゃん。徐々にプラーナ量を多くして、ボーダーラインを設定。とりあえず、強化段階は五段階にした。ちなみに、最高の五段階目は、おっちゃんが辛うじて反応できたレベルだ。
 普段は一段階にして、戦闘時は二から三。強敵が相手なら四で、逃げる時は五、かな?
 とりあえず、慣れてもらうために、三人には三の強化を使う。
 身体強化を維持したまま、綱状のパスの一本に、スキル経験値増加をイメージ。
 三人が同時に違和感に気づいて、僕を見る。

「今度は、なにをしたのかしら?」

 ジト目のユリアーナが代表して聞く。

「スキル経験値増加も使ってみたら、三人とも〈魔力感知〉を取得したよ」
「このゾワっとした感覚が、〈人物鑑定〉された感覚ですか。なるほど、女性が嫌がるわけですね」

 男でも嫌だよ。その嫌な感覚を女性二人に今も与え続けているけどね。って、なんで、マーヤは嬉しそうなの? あと、ユリアーナは目が怖いよ。その「いつまでやってんだ、ぶっ殺すぞ」的な目で見ないでよ。

「いつまでやってんだ、ぶっ殺すぞ」

 声に出されたので止めた。あ、信者が不信心者に掴みかかった。身体強化してると、動きが速すぎてなにをしているのか、よくわからない。腕が消えるんだよ?
 僕に見えるレベルのキャットファイトを期待して、二人の身体強化を止める。というか、パスを切る。
 二人がその場に座り込む。急激な身体能力の低下で、ビックリしてヘタリ込んだようだ。低下じゃなくて、戻っただけなんだけどね。
 あれ? 二人の様子がおかしい。いや、ユリアーナは俯いてるだけか。けど、マーヤは明らかにおかしい。青ざめた顔で震えている。

「マーヤ? どこか怪我したのか?」

 パスを繋いで感情を見れば早いんだけど、マーヤの様子があまりにもおかしい。
 潤んだオッドアイで見上げた目が僕を捉えると、マーヤがその場に土下座する。

「どうか、御許し下さい」

 土下座されるほど怒った覚えは、ないんだけど。

「旦那。俺のパスを切ってみて下さい」

 おっちゃんは、二人の様子から、パスを切られたことが原因と判断したようだ。
 おっちゃんのパスを切ると、短く「なるほど」と呟く。うん。僕にも理解できた。
 これは孤独感だ。パスにより繋がっていた存在がなくなると、身を切り裂かれるような孤独感に襲われる。急いで三人にパスを繋ぐ。なにこの安心感。
 おっちゃんもホッと一息。ユリアーナは、顔を上げたら安心した顔を僕に見られて、慌てて顔を逸らす。尻尾は正直に振られているけどね。
 問題はマーヤだ。
 号泣。うん。これは号泣だ。美少女の号泣って、ビジュアル的に結構きついのな。
 泣き止むまで、頭を撫でてあげよう。

「ごめんな。俺もパスを切ったらどうなるか、知らなかったんだよ」

 あれ? でも、おかしいな。ヨハンネスさんのパスを切った時は、平気だったぞ。時間か? それとも、〈魔力感知〉が関係してる? いや、ヨハンネスさんも持ってるって言ってたな。なんでだ?
 まあ、検証が必要だけど……嫌だな。僕はやりたくないし、誰かにあんな孤独感を感じさせたくない。
 ユリアーナは両親が死んでいるらしいが、マーヤは母親が存命だ。奴隷になった経緯は、細かく聞いていないけど、母親は娘が奴隷になる時、どうしたのだろうか。進んで売り飛ばそうとしたわけではないだろうけど、進んで助けようとしたわけでもないだろう。要するに、彼女は、親に見捨てられたんだ。僕と同じで、親が差し伸べるべき手を親が離したんだ。そんな彼女が、縋るべき信仰対象から手を振り解かれたら……こうなるのは必然か。
 そういえば、昔読んだ本にあったな。

「"無知と孤独は死に至る病"、だったか」

 今、目の前に、僕の無知が原因で、孤独感により泣いている女の子がいるんだ。あながち間違いじゃないかも知れない。
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