女神様は黙ってて

高橋

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三章 ユニ

第二話  同期

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 小奇麗だがどこか物々しい空港に到着した。
 物々しい理由は、完全武装した警備員が原因だ。

『そういえば、近くで自爆テロがあったわね。無駄に命を消費して、なにが楽しいのかしら?』
(怠惰の神であるユニさんの信者が増えれば、皆ダラダラ無駄に人生を過ごすと思うんだけど……信者を増やすためにがんばるつもりはないんでしょうね)

 それに、この女神ががんばったら、社会経済が成り立たないくらいニートが増えるか、でっかい災害が起きるかのどちらかだ。
 怠惰と災害を司る女神には、がんばらないでいてほしい。心からそう思う。
 女神様の話を聞き流しながら搭乗手続きを済ませる。
 どうやら、テレーゼが乗る便の到着が大幅に遅れているらしく、代えの旅客機を手配しているのだけどそちらも遅れていると、空港職員に言われた。
 どうやって時間を潰そうかと空港内を見渡していたら、見知った顔が視界に入る。
 あちらも気づいたようで、その男性はネクタイを片手で弄りながらツカツカとテレーゼに向かってくる。

『うわ。あいつか』

 ひょろ長い長身で彫りの深い顔の男性は、サラサラの金髪を弄りながらテレーゼの前に来ると、彼女を見下ろしながら鼻で嗤う。

「ここで何をしている。僕へのメッセンジャーか? ま、君にはその程度の仕事しかできないだろうがな」
「会社の予算は無尽蔵ではないわ。そんな無駄金を出すわけない。ま、お坊ちゃんの君に予算の話はわからないかもしれないけどね。ユーシス・ナカハラ君?」

 出会い頭に言葉のジャブで殴られたので、言葉の右ストレートで殴り返した。
 テレーゼの感情がこもらない言葉に、ユーシスは顔を顰める。

『そういえばこの子って、でっかい企業の創業一族だったわね』
「一族の末端ですけどね」

 突然テレーゼが関係ないことを喋り始めたのでユーシスは少しビックリするが、すぐに女神との会話だと思い至り、相手を見下すような態度に拍車をかける。

「はっ。なんだ。まだその神の相手をしているのか。怠惰と災害の神だったか? そんな無名の神に取り憑かれて。そんなんじゃ仕事にならんだろう」

 確かに、一般的には無名だが、中央教会で女神ユニの名は有名だ。悪名が広がりすぎて、誰も口にしたがらないくらい有名だ。
 無名と言われても別に悔しくもないし、ユニはいちいち怒らない。
 が、テレーゼはユニを見下す態度が気に入らなかった。両親を早くに亡くしたテレーゼにとって、十四歳で職業適性検査を受けて以来、ユニは母親のような存在だ。そんな経緯があることをユーシスは知らないだろうが、それをいちいち説明するのも面倒になるほど今のテレーゼは怒っていた。

「え? ダメですよ。いくらムカついたからって、ナカハラグループの本社にお気に入りの疫病十二種類をセットでバラ撒くのは」

 女神はそんなことを言っていないのだが、それを聞いたユーシスは慌てる。
 当然だ。いくら医療技術が進んだ現代でも、人類は全ての病気を克服したわけではない。1ダースの疫病をバラ撒かれたら、現代の医療技術でも死人が出るだろう。死人が出るだけならユーシスも気にしないかもしれない。ユーシスが慌てたのは経済的な面だ。

「いくらナカハラグループでも、本社で疫病祭りをやられたら、世界経済に大きなダメージが行きますよ」

 ユーシスの迂闊な発言で、経済損失が天文学的な金額になりそうだ。
 慌てて撤回しようとするが、テレーゼの小馬鹿にするような顔を見て自分がブラフに慌てたと悟り、苦虫を噛み潰したような顔になる。
 新人研修で初めて出会ってから、いつものやり取りだ。ここに他の同期がいればいつものやり取りに呆れるだけだが、睨み合いう二人から疫病がどうのと聞こえたので、周囲の警備員が銃のセーフティを確認しながらチラチラと様子を窺っている。
 少し目立ちすぎたと反省して、テレーゼは話題を戻すことにする。

「私は旧大和皇国の遺跡の件です。そちらは?」

 急な話題の変更にユーシスは眉を顰める。人に見られることに慣れすぎたお坊ちゃんは、警備員の剣呑な気配に全く気づいていない。

「僕はあれだ。大陸にある長城だ。あれの移設を任されたんだ」

 会う度に母親代わりの女神をバカにするようなヤツだけど、眉を顰めながらでもちゃんと答えてくれる辺り、根はいいヤツなのかもしれない、と少しだけ見直した。

「まあ、君は随分小さな仕事を任されたみたいだから、暇ができたら手伝ってくれよ」

 見直したけど好きにはなれない。

「ナカハラ君は、大和皇国のお偉いさんの血筋だったよね。大和皇国ってどんな所かしら?」

 折角挑発しているのに全く意に介さないように見えるテレーゼに、イライラが募る。

「知らないよ。僕も行ったことはない」
「ああ。本社が大和皇国にあったのって、前世紀だったかしら?」
「そうだ。確か大和の年号で修文だったか、その前くらい? それくらいの時代に会社を立ち上げたって聞いたけど、僕は、というか、今本社にいる本家の連中も、自分達のルーツは知っていても地上に降りたことがあるってヤツは少ないと思うぞ」
「そんなものなの? 古い家柄だと、なんだかよくわからない儀式で地上に降りるって聞いたけど」

 高校の時のクラスメートに古い家の分家の分家くらいの子がいたが、毎年夏休みの終わり頃になにかの儀式のために地上へ降りると言っていた。なんの儀式かは本人もわかっていないので、知りようがなかったが。

「というより、そんな儀式が残っている家は、本当に古い、中世とか、もっと前の古代から残っている為政者や特権階級の家柄だ。うちみたいな家は、そんな連中からしたらまだまだ若い新参者だろう。それに、今では特権階級の血筋も入ってはいるが、元はただの起業家だ。儀式なんかとは無縁だよ。精々、墓参りくらいか?」
(墓があるだけたいしたものだけどね)

 現代では遺体、もしくは遺灰を宇宙空間へ散布する宇宙葬が一般的なので、墓を持っている家はほとんどない。一部の金持ちが故人を偲ぶために中になにも入っていない墓を買うことはあるが、それもまた一般的ではない。だから、一般的な家庭に育ったテレーゼにとっては、墓参りというのは金持ちの家がやるなにかの儀式だと、つい最近まで思っていた。

「血のルーツが大和皇国ってだけで、僕は宇宙コロニー生まれの宇宙コロニー育ちだ。小さい頃に南半球の大陸へ旅行したことがあるけど、その時だってママが”虫が気持ち悪いから帰る”って言い出して、碌に観光する間もなく帰ったくらいだ」

 懐かしむような表情ではないから、いい思い出ではないのだろう。

「まあ、そんな感じだから、本格的に地上を見て回ったのは、お前も一緒に受けた研修の時だな」
「そ。参考になったわ。ありがと」
(話が長いわりに、得るものがなかったわね)

 口にしたことと逆の感想だった。
 わざとらしく腕時計を見て。

「そろそろ時間だから行くわね」

 先程の受付でのやり取りからすると、まだまだ時間がかかりそうだったが、話を打ち切る理由としては妥当だろう。
 スーツケースを転がしながらゲートに向かう。
 背中にユーシスの視線を感じていたが、一度も振り向かずゲートをくぐる。
 チケットを見ると、一番遠い搭乗口だった。
 歩くのが面倒でため息をつきたくなるけど、怠惰の神が喜ぶだけなので、口を引き結んでため息を飲み込む。
 歩き出しながらチラッと見ると、ユーシスはまだテレーゼを見ていた。

(んー。あんまり熱心に見られると、キモいわね)
『なんか……ストーカー予備軍?』
「そこまで言ったら可哀相」

 母親代わりのユニを貶したヤツでも、それは言いすぎだろう。

『あいつ、ぜってーテレーゼちゃんのこと狙ってるよ』
「狙ってた、じゃないの?」

 過去形だ。新人研修の時に口説かれた。その時に一緒だった同期の女性全員を口説いていたので、きっぱり断った。

『あん時、なんで断ったの? 末席とはいえ、実家は金持ちなんだから良物件でしょ』
「んー。同期の女性全員を口説いてたんだけど、一番最後が私だったから」

 なんとなく、食べ残し扱いされたような気がした。

『好物を最後に食べるヤツなんじゃないの?』
「だとしたら合わないわ。私は好物を最初に食べる」
『なら、最初に声かけてたら有りだった?』

 ちょっと考えてみる。

「いや、ないわね」

 考えなる必要もなく、なかった。

『脈は全くない?』
「ええ。実家が金持ちと言っても、次男坊だから本人に全て相続されるわけでもないし、なにより、所詮は分家の分家。末端でしょ」

 新人研修の際、ホイホイとユーシスに付いて行ってしまった女の子の証言によると、後日一族の集まりに彼女も呼ばれて行ってみたら、ユーシスの一家は一族内で、露骨ではないけど「なんでお前らナカハラを名乗ってんの?」的な扱いを受けていて、悲しい現実と苦労しそうな未来を見せられたと言っていた。それ以来、ユーシスとは友人として程々の距離を開けて付き合っているのだそうだ。
 壁で見えなくなる手前まで歩いてきたので、立ち止まり、ユーシスの方へ視線を向けると……ユーシスは去った後だった。

「こういう所だよ。ここでまだ見ていたら、少し考える余地があるけど……いや、見ててもないか」

 「見ててくれて嬉しい」という気持ちより「うわ。まだ見てんの?」の方が勝る。

 前を向き直り歩き出す。

「それにしても」

 一拍置いたのは意識したわけではない。

「『二十八で”ママ”はないわ』」

 意識したわけではないが、女神とハモった。
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