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第41話 麻雀

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「ロン! ザンク」
「ああー、まぁ~たアンタがトップか」
「今日は運がいい。 すまないな」
「いやいや、運じゃないだろ。 これでも俺は打てる方だ。 だからアンタの腕だってのが分かる」
「……そんな事はないよ」


俺は受け取った金を財布にしまう。
今日はこれぐらいでアガるか。


料理人になる夢を見たのはいつからだろう。
これまで、色んな店で修行と称して雇ってもらっているが、一番金が稼げるのは麻雀。
俺の唯一と言っていい特技だ。

今日も仕事前の数時間で月給の五分の一程の金を稼いだ。
この金は、将来自分の店を開く時の為に貯金しておく。

麻雀ではこれまで負けた事は一度もない。
いや、初めて麻雀を打った時は訳も分からず負けたが、それが悔しくて猛特訓した。
その甲斐あり、今では負ける事はなくなった。

勝とうと思えばいくらでも勝てる自信はある。
だが、勝ちすぎると相手がいなくなるから程々を心掛けている。
今日の相手は麻雀に自信があり金も持っていそうだったが、キリの良い所で止めておいた。
後で仕事も控えていたからな。

さて。
仕事に向かうか。
と、その前に。

俺は自宅に戻ると剃刀を取り出す。
その剃刀で右手の分厚くなった皮膚を削る。

所謂麻雀タコと言われる物だ。
麻雀牌を握っていると必ず出来る物で、仕事に支障があるからな。




「おはようございます」
「おはよう、今日も早いな」
「ええ、一日でも早く一人前になりたいですから」
「よく言うよ。 お前はもう一人前だと思うがな」
「いえ、俺なんてまだまだ半人前にも満たないですよ」


今修行させてもらっているレストランの料理長は、俺は一人前だと言ってくれるがまだまだだ。
現に味が遠く及ばない。
だが、包丁捌きだけは我ながら一人前だと思う。
昔から手先は器用だったからな。



~ 数日後 ~



今日は仕事が休みだが、いつものように麻雀ギルドへ行く。
このギルドはかなり離れた所にある為、仕事が休みの時にしか行かない。
観光地だと言うのに人もまばらで、すぐに場が立たない事も多く待機時間も長いから時間がある時にしか行けない。
現に今も面子が一人足りなく待機中だ。

こんな所に来る理由は、このギルドは他と比べてレートが高いからだ。
その為、やって来る人間も腕に覚えがあるヤツばかり。
離れた場所にも関わらず、ちょくちょく足を運んでいるのは腕を鈍らせない為でもある。


「ぃらっしゃい」


暫く待機していると、ギルマスが声を出す。
声を掛けた方を見ると若い女が一人で入ってきた。
ちょくちょくここのギルドを覗くが初めて見る顔だ。

女が一人で麻雀ギルドに入ってくるのは珍しいが、ここに来るぐらいだ。
腕に覚えがあるのだろう。
いずれにせよ、これで人数が揃った。
下家に女、対面と上家にそれぞれ俺と共に待機していた男達が座り卓を囲む。


「よろしくお願いします」
「 「 「よろしく」 」 」


俺の下家についた女が挨拶をし、俺達も挨拶を返すと洗牌を始める。


「!!!!!」


その洗牌を見た俺は直ぐに分かった。
この女、技を使える。

技とは裏技の事を指す。
裏技とは、所謂積み込みの事だ。
積み込みと言うのは自分のヤマを積む時に、自分のツモが有利になるように積む事。

裏技は積み込みだけではなく、他にも色々とあるのだが、積み込みが最も基本的で種類も多く、比較的簡単かつ使っている事が判明しにくい。
偶然だと言われればそれまでだからな。

だが、見る者が見れば一目で分かる。
見る限りではこの女、かなりの使い手のようだ。
積み込みだけでなく、色んな技を使えると見た方がいいだろう。

しかしこの女、技を使えるようだが今は使っていない。
様子見か。
それとも自信の現れか。


「おねぇ~ちゃんどこから来たの?」
「名前は?」


他の二人は、この女が技を使えると気付いていないどころかナンパでもする勢いだ。

まぁ、その気持ちも分からなくもない。
この女の顔立ちは整っていて、背も高くスタイルもいい。
だが、俺はそんな事に気をとられない。
麻雀中でなければ怪しかったが……


「ロン、子の満貫ですので8000点です」


女が牌を倒す。
振り込んだのは俺の上家の男。


「あちゃー、やるえぇ~おねぇ~ちゃん」


男が女に点棒を渡す。
今の女のアガリは技を使っていなく全くのヒラだ。
アガリ形と捨て牌を見るとなるほどと思う。
ヒラの雀力もかなりの物だ。




「ロン。 ゴーパー」


次局。
アガッたのは親である俺。
振り込んだのは下家の女だ。
狙い撃ってやった。

これは、俺からの注意喚起だ。
技を使えるのはお前だけじゃない、使うなら使えばいいがそうなれば容赦はしない、と。

それを察したのか、女は俺を睨みつける。
俺はその視線をサラリと躱す。
女は睨みつけたまま点棒を渡そうとしない。


「……ゴーパー」
「ゴーパーって何ですか? 点数申告は正確に行って下さい」


さりげなくさっさと点棒を払えと催促すると、点数申告はちゃんとしろと女は言う。
なんだ、面倒くさい女だな。


「…………5800点だ」
「はい」


女は頷き点棒を俺に渡したのだが目の色が変わった。
ここから本気と言う訳か。
なら、技を使ってくるか。
だとしても、この女の技量を確かめたい。
少し様子を見るか。

そう思ったのだがこの女、技を使ってこない。
あくまでも、ヒラに拘るつもりなのか。
それならそれで望む所だ。


「ポン」
「チー」
「ポン」
「ロン」


俺の親の連荘のこの局では、上家の男がアガッた。
役牌のみの一本場で1300点だ。

振り込んだのは俺の対面の男。
俺は二人が鳴いた為、ロクにツモれず手が進んでいない。
下家の女も似たようなモンだ。

これは良くある事だ。
麻雀にはどうしても運の要素がついて回る。
その運に乗った物の親を流そうと、一時的に協力するのは当たり前にある。

今回は対面と上家の男二人が一時的に協力し、俺の親を蹴りにきた訳だが、時には三人がかりで親を蹴りにくるケースもある。
だが女に協力したような気配はない。

この女の雀力なら協力は必要ないと言う事か。
大層な自信だな。

だが、これで分かった事がある。
この女以外の二人の雀力は大した事はなさそうだ。
運に頼っているようならな。

次局は女の親で洗牌が始まる。


「………………」


ここで、女は技を使ってきた。
と、言っても一面子だけの千鳥。
とても技とは思えない程度の積み込みだ。

この女、何を考えている?
それとも、千鳥積みは偶然で俺の考えすぎなのか。

いずれにせよ、女が振るサイの目で分かる。
技の一つにサイの目を自在に出す技も存在するからだ。
狙って千鳥を行っているのなら、サイの目は7か11。
女は自ヤマの後半あたりに千鳥を仕掛けているから、2と言う事も考えられるが果たして女はどの選択をしてくるのか。

女がサイを振る。
出た目は8。
配牌を俺のヤマから取る目だ。
女のヤマからは後半にツモる事になるので、効果は薄い。
となれば、千鳥は偶然で俺の考えすぎか。

女が最初の4牌を取ると、俺の対面の男が4牌を取ろうとした所で女が動いた。
千鳥の3牌をブッコ抜いてきたのだ。

対面の男が4牌を取ろうとした事で出来た死角を突いてのブッコ抜き。
ブッコ抜きとは、自ヤマに積んだ端の数牌を手牌の不要な牌と入れ替える技だ。

一瞬とは言え、手牌の数が合わなくなるのだ、そこを突かれると不正だと取られてしまう。
だから、ヤマの端に固まった数牌をブッコ抜くのがセオリーなのだが、この女は一牌おきに積んだ千鳥積みをブッコ抜いてきた。
これは相当な技術だ。
やはりこの女、かなりのやり手だ。


「ロン!親の満貫で12000点です」
「あちゃー、親の満貫への振りこみはキツい」


アガッたのは、やはり女。
振り込んだのは俺の上家の男。
俺は様子見の為動かなかった。

てっきり女は俺を狙い撃ちしてくるものだと思っていたが、そんな気配はなかった。
尤も、そんな事をしてくれば俺は返り討ちにしてやる。
注意喚起が効いたのか。

女の親の連荘で局は続く。
一度動いたのだ、女は連続で技を使ってくると思ったのだが、積み込みをした様子はない。
配牌が終わり、全員が理牌をしているその時。
対面の男と上家の男が卓の下で牌の交換をした。

そう、動いたのは女ではなく残り二人の男。
上家の男は女に8000点と12000点を振り込み、アガッたのは俺の親を蹴る為の安手の1300点のみ。
残りの点棒は6300点と後が無い事で動いたのだろう。

まぁ、分からないでもないがその技術はなんともお粗末だ。
二人で組むと言うのは、事、麻雀に於いては非常に有効だ。
不要な牌はパートナーに流し、有効牌は自信に横流しさせる。
二人がやっているのがあからさまに分かる。

対面の男と上家の男は一時的な協力関係ではなく、最初からグルである事がこれで確定した訳だがこの二人、練度が低い。
はっきり言ってヘタクソだ。


「卓の下で牌を交換するのはこのギルドでは認めているのか?」


俺は、机で新聞を広げているギルマスに尋ねた。


「…………」


ギルマスは俺を睨みつけたまま返事をしない。
これまで、何度かこのギルドに来てはいるが、ギルマスにそんな気配は無かった。

練度が低いとはいえ、ワザ師でもなければ卓下での牌の交換はまず気付かない。
顔は見た記憶はあるが、この二人とは卓を囲んだ事はないから、これまで俺以外誰も気付かなかったのだろう。
そして、ギルマスは黙認してきた。
となれば、この二人とギルマスはグルで繋がっている。
どちらかの身内か何か、か。
ならば。


「ちょっと待ってくれないか、ギルマスが答えてくれそうにないから当人達に聞く。 アンタら二人はこのギルドに良く来るのか? 俺はたまにここで遊ばせてもらう程度だから、細かいルールは知らなくてな」


俺は二人に視線を向ける。
答えたのは対面の男だ。


「細かいルール?」
「ああ、取り急ぎ今知りたいのは、卓の下で牌を交換するのを認めているかどうかだ」


対面の男の顔を見、次いで上家の男の顔を見る。


「なぜ、そんな事を知りたい」
「アンタ達二人がやっていたからだ」


そう答えると、二人はガタッと音を立てて立ち上がる。
顔は怒りに満ちている。


「なんだとテメェ! 俺達に言いがかりをつけるつもりか!!」


対面の男が怒鳴りつける。
男が声を荒げる所を見ると、このギルドでは認めていないのだろう。
まぁ、普通どこのギルドも認めてはいないと思うが。
しかし、ローカルルールと言う事も考えられる。


「だから聞いているんだ。 ルール上認めているなら何も言わないが、認めていないならペナルティーがあるのかも含めてな」


再度ギルマスに視線を向ける。
返事は期待できないだろうと予想していたが、ギルマスは口を開いた。


「…………認めていない」


この言葉には少々驚いた。
ギルマスはこの二人とグルだと思っていたから、答えは当然「認めている」だと思っていたのだがはっきりと「認めていない」と言い切った。
なら、ギルマスとこの二人は無関係なのか?
そんな事を考えていると、突然上家の男が俺の胸倉をつかんできた。


「テメェ、証拠はあるのか? 証拠は!」


証拠か。
確かに証拠はない。
だが、証人は居る。
下家の女だ。

この女の雀力からすれば、二人が牌の交換をしていたのは見破っているはずだ。
だが、問題は俺がその事を証言してくれと女に頼んだとして素直に従ってくれるかだ。
さっきのゴーパーでは睨みつけられたからな。

チラリと女の方を見ると、視線は自分の手牌に落としたまま微動だにしない。
やはり、証言を頼むのは無理か。


「俺がこの目で見た,それが証拠だ。 と言ってもお前達は納得しないだろうな」
「ったりめぇじゃねぇか」


再びチラリと女に視線を向けると、女は俺の顔を見た後、フンッと視線を逸らす。
この様子だと証言を頼むのはやはり無理だったようだな。


「分かった、俺の勘違いと言う事にしておこう。 詫びと言ってはなんだがこれを納めてくれ」


俺は、一万エソ札を二枚渡す。
男は「分かりゃいいんだよ、分かりゃ」と笑顔で受け取り二人で分けた。


「それと、騒がせて迷惑をかけたからな。 ギルマス、俺から一杯奢らせてくれ」


そう言うと、ギルマスは「なら遠慮なく」とプシュッと缶ビールを開ける。
キミも好きなものを」と女に向かって言うと、「ウィスキーをロックで」と言う。
ギルマスにウィスキーのロックを頼み、俺にも缶ビールをと言うと残りの二人が「俺達は!?」と騒ぎだした。

俺から金銭を受け取っておいて、さらに奢れと言う厚かましさしウンザリしたが、まぁいいさ。
これから、それ以上に回収してやるんだからな。




*****


千鳥積みとは有効牌を自分のツモ番になるように積む事です

□■□■□■□■□■□■□■□■□

※)黒が有効牌


PCがクラッシュして只でさえ遅筆なのにさらに遅く。
バックアップ大事。
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