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第26話 100億勝負決着

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丁半博打には必勝法が存在する。
だが、それはプレイヤー側ではない。
胴元側に、だ。

ディーラーは丁半狙った目を出せる。
熟練のディーラーともなれば、壺を開ける瞬間にも目を操作できる。
ディーラーが胴元側の人間である以上必勝だ。

丁半博打の性質上、ベットが揃わない事は頻繁にある。
その場合は足りない分を胴元側が補充しなければならない。
その補充した金が大きければ大きい程、ディーラーは目を操作し胴元が勝つ目を出してくる。

「イカサマだ!」と声をあげてもその証拠がない。
熟練のディーラーともなれば、証拠は残さないからだ。

交代する前のディーラーは練度が低かったのだろう。
壺を開ける際に目を操作したのだが、ダイスと壺が触れる音がかすかに聞こえた。
まぁ、この音がイカサマの証拠だと言っても、気のせいだととぼけられるだろうが。

しかし、今回の100億勝負では、俺以外も参加している。
全員音が聞こえたと言えば、気のせいだととぼけるのは無理だろう。
だが、この交代した女ディーラーの練度は相当な物だ。
壺にダイスを投入した時も全く音がしない。
この分なら、壺を開く時にも音はしないだろう。
動きも洗練されているから、この賭場でナンバーワンのディーラーで、信頼されているのは間違いない。

100億もの勝負だ。
タークリーは間違いなくディーラーに指示を出している。
半を出せと。
となれば、俺は必敗だ。

まぁ、俺は50億といった金を失っても痛くも痒くもないのだが、黙ってタークリーの懐を温めてやるつもりは毛頭ない。
コイツは自らの保身の為なら、他の人間を躊躇なく切り捨てる、イケ好かないヤツだからだ。


「勝負!」


ディーラーが壺を開けようとする。

繰り返すが、丁半博打には必勝法が存在する。
それは、胴元側にとさっきは言ったが、それは間違いだ。
正しくは、に、だ。


「2・6の丁!!」


壺を開けたディーラーが宣言する。


丁!!と。


わぁぁーーと大歓声が起こる。
その反面、タークリーは言葉を失っている。
状況を理解出来ていないのか?


「見ての通り丁だ。 俺の、いや、俺達の勝ちだな」
「バ、バカな……」


タークリーはディーラーの方を見ている。
ディーラーの女は無言で、表情も変わらない。

そう。
このディーラーの女は俺側の人間。
タークリーが脱税を頻繁に行っていると言う情報を得た俺は、彼女を潜入させたのだ。

南国サウス」の税徴収局は、脱税が発覚しても暫くは泳がせる。
泳がせるだけ泳がせ、肥えに肥え、太りに太りきった所を、想像を絶する重加算税を加え摘発、徴収する。
なんともエゲツナイやり方だが、同じ輩が出ないようにするには効果的だろう。
法もそれを認めている。
ならば、税徴収局に金を攫われるぐらいなら、俺が全て攫ってやろうと計画したのだ。

当然、彼女には危険がある。
スパイとバレれば、命に係わるだろう。

本来なら、相棒である彼女にそんな事はさせたくはないのだが、彼女は志願した。
知り合いに、タークリーに切り捨てられた者が居たのだ。
タークリーに騙された形で。
その知り合いの為にも、一矢報いたいのだと言うので、俺は止めるのを諦めた。

彼女はあらゆる面で非常に優秀だ。
少し訓練しただけで、ディーラーとしての技術も熟練の者と遜色ない。
あっさり、タークリーに認められ、信用されるであろうと予想するのは容易だ。

危険が及べば、これを使えと武器も渡してある。
彼女は不要だと受け取らなかったが、まぁ、そうだろうな。

それに、潜入させたのは彼女だけではない。
あっ、いや、彼の場合は潜入ではないか。


「ボス……」
「お、お、お前、これはどう言う事だ!?」
「ムコウマル様のおっしゃる通り、丁の目が出ていますね。 つまりボスの負けです」


ナンバー2の男がタークリーに負けだと告げる。
この男も俺側の人間。

この男、ブロンディーは俺に挨拶に来た時、その心情を話した。
もう、足を洗いたいと。
ブロンディーはこれまで、何度もタークリーに切り捨てられた者達を見てきた。
次は自分の番ではないかと、常に怯えていたのだ。
タークリーはそう言う男なのだと。

ブロンディーは何度も足を洗いたいとタークリーに告げていたそうだ。
だが、ブロンディーも優秀らしく、タークリーは手放そうとしない。

そんな中、ここ「南国サウス」に進出するとタークリーに聞かされる。
ならば、この機に「南国」の噂に名高い俺に挨拶に行き、嘆願すれば手助けしてくれるのではないかと考えた。
そして、全財産を依頼料として払うとまで言ってきた。

依頼料は不要だから、俺の所に来ないかと問うと難色を示した。
足を洗いたいと言っていたのだから、この世界に関わりたくないのだろう。

しかし、俺の組織はマフィアではない。
表には出せないが、ここ「南国」では公的機関、つまり公務員だ。
その事を説明すると、ブロンディーは俺の元へ来ると言った。

それからは、タークリーのありとあらゆる情報をブロンディーから引き出した。
そして、その情報を基に今回の計画を立て、タークリーを煽るよう仕向けた。
勝負をしないと言い出せば、計画は水の泡だからな。


「繰り返すが時間がそれ程ある訳じゃないんだ」
「今すぐとなれば、現金は30億程しかありません」


暗に、早く金を出せと言った俺に対し、現金は30億程しかないと答えるブロンディー。


「なら、現金はそれでいい」
「かしこまりました。 お願いします」
「なっ、お前」


現金は30億でいいと言った俺に、タークリーに視線を送り、金を持って来いと言うブロンディー。
タークリーはブロンディーを驚いた目で見る。
本当に払う気なのかと。


「残りはどうされますか?」
「そうだな、本国含めて資産はどれぐらいある?」
「タークリーの個人資産含めても50億程です。 あと20億足りません」
「なっ! なぜお前が俺の個人資産まで知っている」
「ボスの命令で調べたからですよ」
「おっ、俺の命令? 俺はそんな命令出していないぞ」
「…………まだ分かりませんか?」


ブロンディーは俺の後ろに立つ。


「まっ、まさか、裏切ったのか」
「人聞きの悪い事を言わないでもらおうか、この「南国」に来た時から私のボスはこちらのムコウマル様だ」


いや、それはそうなんだが、裏切ってはいるだろ?
まぁ、今そんな事を言うと面倒な事になりそうだから言わないが。


「おい、我々の分はどうなる」


静観していたハイローラーの一人が、業を煮やしたのか言ってきた。

お前なぁ。
少しは場の空気を読めよ。
それに、俺の事を酒バカと言ったのは忘れてないからな。


「そうか、現金が足りないのか、ならこの場は俺が立て替えておく、それでいいか?イッタク」


イッタクはグッと親指を立てる。
「皆もそれでいいか?」と残りのハイローラー達をぐるりと見渡せば、全員同じくサムズアップ。

おい、お前ら。
それだと、俺がお前らと繋がっていると言っているようなものだぞ。
まぁ、バレても全然構わないが。

テラダ・イッタク。
この男も俺の息の掛かった男。
コイツとは昔からの腐れ縁で、飲み仲間だ。
だから、コイツにだけは酒バカなんて言われたくない。

イッタクはここの常連らしい。
そんな義理は無いが、後でうるさいから先に言っておいた。
この賭場を喰う潰すと。

するとイッタクは、「なら俺も乗る」と言い出した。
それと、同じ常連仲間にも声を掛けて良いかと聞いてきた。
俺の名前を出せば裏切りや内通する者はいない。
そんな事をすると、どのような未来が待っているかを皆知っているからだとイッタクは言う。

そこは誤解なんだがなぁ。
俺はそんな事はしないぞ。
そんな事がどんな事かは分からないが……

それはともかく、了承すると後9人に声を掛けると言う。
これで、計10人。

ここまで言えばもうお分かりだろう。
俺以外のハイローラー達は、全員全容を知っている者達。
俺と同様、タークリーを喰いにきたのだ。
これでここの賭場に居る人間は、ウェイトレス含むスタッフや、女ディーラーを除いたディーラー以外全て俺側の人間となる。

俺は、タークリーを喰うのに100億あれば足りるだろうと思っていた。
ブロンディーの調べで総資産は80億と聞いていたが、隠し資産があるかもしれないからだ。
100億丸々用意するつもりだったが、図らずも半分出資者が現れた。
150億勝負をしても良かったのだが、流石に俺が直接出向いたとは言え、それだけの額ともなるとタークリーも警戒し、勝負してこない事も考えられる。
だから、100億で勘弁してやったのだ。


「早くしてくれないか、時間がないと言っただろ」


俺はタークリーに急げと言う。


「お、お前ら全員グルだったのか。 卑怯だぞ」
「卑怯? 褒めてもキッチリ回収するぞ」
「褒めてないわ!」
「それに、後でクレームなどを入れるなと言ったのはお前の方だろ」
「!!! ぐぐぐ……」
「落とした金に未練はないと言った俺に、同じ意見だと言ったのもお前だ」


タークリーはギリギリと聞こえそうなぐらい歯を噛み締めている。
往生際の悪いヤツだ。
だが、タークリーはフッと口角を上げる。
観念したか。

そう思ったのだが、女ディーラーを左腕で抱きかかえる。
右手にはどこから出したのか、ナイフが握られている。


「この勝負は無効だ! この女がどうなってもいいのか!?」


こ、この野郎。
開き直りやがったか。


「あぁーあ、やっちゃったよ」
「それは悪手だろ」
「アイツ、死んだな」
「誰を相手にしているか分かっていないのか?」
「あっ、ウェイトレスさーん、酒ある?」


ハイローラー達が好き勝手言っている。
そんな呑気な事言ってる場合か?
ヘタしたら一つの命が失われるかも知れないんだぞ。
酒をウェイトレスに要求したイッタクは後でシメる。
とにかく、血を見るのはごめんだ。


「落ち着け、まずは話し会おう。 彼女を解放しろ」
「この女を解放すれば俺は終わりだろ」
「だから、話し会おうと言っている」


タークリーは酷く興奮している。
まずは、落ち着かせなければ。


「まずは落ち着いて話しを聞け! お前の要求を呑んでやる」
「なんだと!?」
「お前の要求を呑んでやると言っているんだ」


タークリーの要求を呑む。
つまり、この勝負を無効にしてやる。
タークリーは了承するかもだが、ハイローラー達は黙ってはいないだろうな。


「やっぱりそうなるか、お前は甘ちゃんペロペロだな」


うるさいぞイッタク。
ペロペロって言うな。


「ですよねぇ~」
「ムコウマル氏らしいと言えばらしいですが」
「儂らの儲けは変わらないから構わないぞ」


なんだと。
最後なんて言った?
だが、まぁ、実際そのつもりだったんだが。

俺は、イッタク含むハイローラー達に、この場は俺が立て替えておくと言った。
だから、例えタークリーが払わないと言っても俺が立て替えるつもりだった。
ハイローラー達は俺を信用してくれているのだ。


「聞いての通りだ、この勝負無効にしてやるし、ハイローラー達の勝ち分も俺が負担してやる。 だから彼女を解放しろ、今すぐに!」


これ以上の条件はないはずだ、タークリーもすぐに彼女を解放するだろう。
そう思っていたのだが、タークリーは彼女を解放しない。
まだ、何か要求があるのか。


「お前にこんな事をした時点で、俺はこの「南国」では生きて行けない。 俺の命の保障をしろ」


ああー。
そう言う事か。
いや、俺はそんな指示はしないし、した事も無い。
それに、生きる場所なら「南国」以外にいくらでもあるだろ?

しかし、これはマズい展開だな。
現に、身体をワナワナと震わせているかと思えば、カッと目を見開いた。
あっ、これはアカンやつや。


「やめろ!」
「俺の命のほしょ「殺すな! ミヅノ!!」ぐわぁっ」


タークリーが悲鳴を上げ倒れる。
その足から血が滴り落ちる。

ふうぅぅーー。
どうやら、俺の「殺すな!」の声が間に合ったようだ。


「本当に誰を相手にしているか分からなかったみたいだな」
「無理もない、海外から来たのだろ」
「ムコウマル氏は彼女の存在を隠したがっていたようだからな」
「あれで隠してるってウケる」


ハイローラー達が思い思い述べる。
そしてイッタク。
お前はシメるだけじゃ済まさん!!


ディーラーの女。
彼女の名はアマノ・ミヅノ。
この「南国」での自警団組織の団長の一人。
俺の専属護衛として、志願して来てくれている。

彼女は自警団組織の中でもナンバーワンの暗器使い。
全身にあらゆる武器を隠し持つ。

今使ったのはプラスドライバーか。
タークリーの右足に突き刺さっている。
彼女の仕業だ。

さすがにあからさまな武器は、いくら彼女でもVIPルームには持ち込めなかったのだろう。
彼女に掛かれば何でも武器になるな。


「この、ゴミが! サトシさんが下手に出ていると思い調子に乗りやがって」


そう言って、ミヅノはタークリーに突き刺さったままのプラスドライバーを、グリグリと足で踏みつける。


「ぎゃぁぁぁーーー」


タークリーは悲鳴を上げる。


「サトシさんは殺すなと言ったが、私はお前を許せん」


ミズノは髪からヘアピンを抜き取る。

でかっ。
そのヘアピンでかっ。
指先から手首ぐらいまでの長さがある。


「まずは、これでお前の目をほじくり出し、そのまま脳を突き刺し殺す」


ヘアピンをタークリーの目に近づける。
その長さなら脳まで届くだろう。

おおゥ、怖い。
怖すぎる。
でも、グロいからやめてね。


「ひっ、ひぃぃぃーー」


タークリーは顔面蒼白。
良く見ると股間が濡れている。


「サトシさんをコケにした事を後悔しろ」


ミヅノは巨大ヘアピンを突き立てようとする。


「やめろ」


俺は、ミヅノの手を取る。


「お前が手を汚す事はない」
「ですが!」


俺は、視線をタークリーに向ける。
タークリーは目を守るように手で覆っている。


「いっ、命だけはお助けを」
「それはお前次第だな」
「どっ、どう言う事だ」
「それを俺に言わせるのか?」


ミヅノが前に出そうな所を俺が制す。
周りの連中も固唾を呑んで見守っている。
あの、イッタクまでも。


「わっ、分かった、金は払う、だ、だ、だから命だけは」
「口の利き方を知らないようですね」


ミヅノが俺を押しのけ前に出て、シュピンッと効果音が聞こえそうなキレでヘアピンを構える。
タークリーは恐慌状態で声が出ない。
これじゃあ話しが出来ないのでミヅノを下がらせる。
俺はしゃがんでタークリーと目線を合わせる。


「金は払うんだな、足りない分はどうする?」
「い、い、い、命だけは」


おーい。
誰かハリセン持ってきてくれ。
ツッコミでも入れないと、話しを聞かないんじゃないか。
ハリセンがないのでデコピンする。


「足りない分はどうするって聞いているんだが」
「た、足りない分?」
「あと20億足りないだろ、その分はどうするかと聞いているんだ」
「にっ、20億なんて無い」
「俺が知らないとでも? 隠し資産があるんだろ?」
「!!!!」


隠し資産があるかどうかなんて知らない。
カマを掛けたのだが、この反応を見るとあるようだな。


「正直に言えば命だけは助けてやる、全部でいくらある?」
「…………」
「はぁ~、しょうがない。 おいミヅノ、後は任せるがここではダメだ。 それと、後始末はきちんとしておけよ」
「かしこまりました」


ずいっとミヅノが前にでる。
かすかに笑みを浮かべて。
それを見たタークリーは逃げようとするが、ドライバーが突き刺さったままの足では立ち上がる事も出来ない。
ミヅノが一歩近づく。


「わっ、分かりました、にっ、20億払います。 だから命だけは!」
「話を聞いていなかったのか? 俺は隠し資産はでいくらあると聞いたんだ」
「……30億です」


間が空いてタークリーは答える。
この間、この期に及んで……


「正直に言えとも俺は言ったが」
「…………50億です」
「俺の言いたい事は分かるな」
「………………」
「そうか、残念だ。 おいミヅノ」
「わ、わ、わ、わ、分かりました。 全てムコウマル様へ差し出します」


こうして、俺はタークリーを喰ったのだった。
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