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第25話 100億勝負

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「隣の彼にも言ったがこれでも忙しい身でね、次の勝負で最後にさせてもらう」


タークリーの隣に立つ男に視線を向けて言う。
男はタークリーに視線を移し頷く。


「承知しました」


タークリーは了承し、ディーラーの女に目配せをする。
周りの客は固唾を呑んで見守っている。

俺はウェイトレスからカクテルを受け取り、一気に呷るがむせかえる。
俺は無類の酒好きだが、最初の一口はビールじゃないと喉を通らない。
無理やりカクテルを流し込んだからむせ込んでしまった。

口直しにビールを頼む。
ついでに、ツマミも口にする。
ビールが届き一気に飲み干す。
ツマミも口に放り込む。

さすが、ハイローラー達が利用するだけある。
酒もツマミも非常に美味い。

ビールを喉に通したから後は何でもイケる。
次は、ウイスキーのロック……は、まだ早いか。
ならば、ハイボールにするか。
ウェイトレスにハイボールを頼む。


「ゴホン」


ディーラーの女がわざとらしい咳をする。

ハッ!
そうだった。
俺はここに酒を飲みに来たのではなく、ギャンブルをしに来たのだった。
あまりにも、酒とツマミが美味かったのでそっちに心を奪われていた。
だが、このタイミングで頼んでいたハイボールが届く。

なんてタイミングの悪い。
いや、逆に最高のタイミングだ。
このタイミングで届かなければ、このハイボールは飲めなかっただろう。
さすが、ハイローラー達が利用する場所のウェイトレス。
優秀だな。


「すまない、この一杯だけ」
「…………承知しました」


一杯だけと俺が頼むと、ディーラーの女は渋々ながら了承してくれた。
仕方ないじゃないか。
そこに酒があれば飲まないのは酒に失礼――じゃなく、提供してくれる者に失礼ってモンだろ。
だから、そんな冷めた目で見ないでくれ。


「なんだ、緊張感が全くないな」
「それもそうでしょう、彼にとって50億なんて金は、失ってもどうって事ないでしょうから」
「だろうな、やはり何の策もなく、純粋に博打をしに来たようだな。 なら50億はありがたく頂こう」


タークリーと男が何やら会話しているが、後半は何を言っているか分からなかった。


「ありがとう、美味かったよ」


ウェイトレスに空になったグラスを渡す。
チップを帯で渡すと驚いていたが、笑顔で持っていった。
さすが、ハイローラー達が利用する場所のウェイトレス。
優秀だちゃっかりしているな。


「よろしいでしょうか?」


ディーラーの女が、相変わらずの冷めた目をして問いかけてくる。
その目、やめてくれないかなぁ。


「ああ、すまない、待たせたな」


場の空気がピリッとする。
ディーラーの右手には壺。
左手にダイス。


「入ります」


壺にダイスを入れ、タンッと音を立ててテーブルに置く。


「丁!」


俺は声と共に、アタッシュケースを持ってきた者達に合図する。


「ベットはここにある金全部、50億デンあるはずだ」


その声に、全員がアタッシュケースを開け、中の金を見せる。
どよどよと周りがどよめく。
無理もないだろう。
ここに居るハイローラー達でも、一勝負に50億なんてベットはしない。


「……では、私も丁で」


少し間が開いて、一人の客が俺と同じ丁にベットしてきた。


「噂に名高いムコウマルさんが大勝負に出たのですから、きっと勝算がおありなのでしょう。 それに乗らない手はないですよ」
「悪い噂だろ」
「良し悪しは受け取る側によって変わりますよ」
「はっはっは、その通りだな」


お互い笑いあった後、この客は5億デンをベットする。
どよめきがひときわ大きくなる。

一番驚いているのはタークリーだ。
これでもかっ!と言うぐらい目を見開いている。


「ムコウマルだって? 本物か?」
「ノータイムで50億もの金をベットしたんだ、本物だろう」
「なぜこんな所に」


他の客が小声で話している。
本物って何だ?
俺の偽物がいるのか?
一体なんのメリットが?

そりゃ、俺が絶世の美丈夫とかなら分かるぞ。
だが、悲しいかな、お世辞にもそうではない。
…………なんだか、悲しくなってきた。


「本物なら、聞いた通り勝算があるのだろう。 なら……」
「あのムコウマルだ。 手ぶらでは帰るまい」
「酒好きなのは知っていたが、50億勝負より酒優先とは。 アホか」


おい。
最後サラッと「西国ウェスト」風でディスるな。
その言葉、忘れないからな。

それを皮切りに、我も我もと残りの客もベットしだす。
それも示し合わせたように、全員丁へ5億デンベツト。
俺をディスった男もちゃっかり丁にベットしている。
その総額は、100億デンとなった。


「なっ! 皆さんこれは!?」


さらに大きく目を見開いたタークリーが問う。
人間の目があんなに開くとは……
目玉が落ちたりしないよな。


「さっきの方もおっしゃっていましたが、あのムコウマル氏が大勝負したのです。 乗らない手はないでしょう」
「儂もだ」
「俺もだな。 酒バカだが」


この野郎。
言うに事欠いて酒バカだと。
さっきから言いたい放題言いやがって。
後で覚えておけよ。


「しょっ、正気ですか皆さん。 しかも、これまで5億なんて金ベットした事がなかったのに」
「だから言っているじゃありませんか、皆さんムコウマル氏に乗ったと。 ムコウマル氏の事をご存じないのですか?」
「そ、それにしても……」


タークリーは言葉を詰まらせる。
俺に乗った連中は、俺の運を信じているのだろう。

確かに、こう言った場面は幾度となく遭遇している。
だが、全て勝ってきた訳ではない。
何度も負けを経験している。
それを知らない連中ではないはずだが、今回は俺が勝つと見込んだのだろう。
まぁ、それは個人の自由だから構わないのだが自己責任だぞ。


「さぁ、勝負と行こうか」
「ちょっ、ちょっと待って下さい」
「ん? どうした?」
「さすがに100億勝負と言うのは」
「何か問題が? 青天井だから問題ないはずだ」
「そっ、それはそうですが……」


「少々お待ち下さい」とタークリーはナンバー2の男と別室へ下がって行った。


「目は? ディーラーはどっちの目を出したと言っている?」
「落ち着いて下さいボス、サインを見てなかったのですか? 丁です」
「チッ、この場面でヒキの強さを発揮してきたか。 他の連中が乗るだけの事はあるって事か」
「そうですね、とりあえずは流石と言っておきましょう」
「ディーラーには?」
「しっかり指示を出しておきました。 ご安心下さい」
「そうか、ならば安心か」
「ええ、100億は我々のものかと」
「クックックッ、他の連中もバカな事をしたな。 勝つのは我々だから手数料を払う必要もない。 丸儲けだな」
「…………」


別室で何かを打ち合わせていたようだが、タークリーは戻ってきた。
この場面で何を打ち合わせるんだ?


「お待たせしました。 では」
「ああ」
「その前に少々宜しいでしょうか。 本来ならこのような事は認めないのですが、ここにいらっしゃる皆様は私どもの大切なお客様です、今後とも宜しくお願いします」
「ああ、宜しく。 で、認めない事とは?」


本来なら認めないって何だ?
フリーなのはソフトドリンクだけで、酒は有料だったとでも。
それは別に構わないが、それならもっと自由に飲ませて欲しかった。


「特別にベットの変更を認めます、流石に偏りすぎていますので」


ベットの変更?
なるほど。
負けた時に少しでも負債を減らす為の保険か。
だが、それはないと思うぞ。


「変更はございませんか?」


タークリーは皆を見回し言うが、誰一人変更する者はいない。
それはそうだろう。
連中は俺に乗ってきたんだ。
俺が変更しない限り変更はしないだろう。


「よろしいですか!?」


念を押すように声を張り上げるタークリー。
皆、沈黙でそれを肯定する。


「承知しました。 では、この時点で締め切りますので、変更は一切できません。 ここにいらっしゃる方々はそんな事は無いと思いますが、どなた様も、後ほどクレームなど無きようにお願いします」
「ああ、落とした金に未練はない、落ちている金は遠慮なく拾うがな」
「私も同じ意見です」


俺の言葉に、俺に乗った連中も頷く。
タークリーはディーラーに目配せをする。
ディーラーは表情を全く変えずに壺に手を置く。


「勝負!」


さぁ、100億勝負だ。



デン:南国での通貨
1デン=1エソ

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