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第17話 ティラミヌ

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今日はギルドで全滅を打つのは控えようと決めホテルを出る。
控えた分を他の機種の検証に回すからだ。

俺が知っている攻略法は数機種ある。
その数機種の中には、この時代ではまだ世に出ていないであろう機種も存在する。
だが、この辺りは曖昧だ。
この世に出ていないであろうと思われる機種は、あくまで俺が元いた世界と時系列が同じだと仮定しての話だ。
ヤンキーマンガブームの例のように、曖昧な事もあるからな。


これまでとは反対方向に歩を進め、目についたギルドに入る。
営業開始直後だからか、客はまばら。

このギルドにはフリーダムベルが設置されていた。
早速全滅を使用。
このギルドでも全滅は通用し、目標枚数に難なく到達。
客の少なさから怪しまれるかと思ったが、スタッフの対応もごく普通で、他の客もこれと言った反応はない。
少々違和感を覚えたが、換金した事でその理由が分かった。
等価交換ではなかったのだ。

手元にある金から逆算すると10%程控除されている。
その分、お客に還元しているのだろう。
だが、周辺に比べ換金率が低いからか、早朝からの客は少ないのだと思われる。
とは言え、午後になれば客が増えるかと言えばそれは要検証だ。
客が増えれば目立ちにくくなり、全滅を使いやすくなるから要チェックだ。

しかし、低換金率はネックだな。
同様の金を得るには、それだけ全滅を余分に使わなければならない。
となれば、人目につく機会も増えると言う事だ。
そうなれば、全滅が広がりギルドは対策を施すだろう。
つまり、自分の首を自分で絞める結果になりかねないのだ。
まぁ、そうなった時の為に他機種の検証を行おうとしているのだが。
他機種の検証が終わり、その機種でも攻略法が通用すると分かれば全滅をハデに使おう。
それまで、このギルドに来るのは控えるとするか。


次のギルドへ向かう。
ここにもフリーダムベルがあり全滅を使用。
問題なく使え、2,500枚のメダルを獲得。
このギルドは等価交換だった。

これまで、目についたギルドに適当に入っていたが効率が良いとは言えないな。
今日は、フリーダムベルは程々にし、他機種の検証が主な目的なのだが、その他機種が設置されているギルドが分からないからだ。

フリーダムベルが現在人気なのか、ほとんどのギルドに設置があり他機種の設置があったのは、昨日ナナと会ったギルドのみ。
ネットがないのがこんなに不便だと感じたのは初めてだ。

そう言えば、明日はタケシの店でナナとメシを食べる約束をしていたな。
なんでも話があるとか。
その時にでも、フリーダムベル以外が置いてあるギルドを尋ねてみるか。
ギャン中と聞いているから、その辺りも詳しいだろう。

この後、別のギルドを訪れたが、設置されていたのはやはりフリーダムベル。
ここでも全滅は無事通用した。
このギルドは客もそこそこ多く、メダルを多く出している客も少数ではあるが居た。
これなら大丈夫かと思い、目標枚数より多い3,000枚程のメダルを交換した。
今日、最初に尋ねたギルドが等価交換ではなかったのと、このギルドも等価交換ではない場合も考慮したからだったのだが、このギルドは等価交換だった。

少し早いが今日はこれぐらいにしておくか。
着替えの洗濯をしなければ。
他機種の検証は、明日ナナに設置ギルド聞いてからだな。

ホテルに戻り洗濯する着替えを鞄に詰め込む。
途中、コンビニで新聞を購入し、最寄りのコインランドリーへ向かう。
コインランドリーに到着し洗濯物を洗濯機に投入。
後は、待つだけだ。

コンビニで購入した新聞を広げる。
大した情報はないだろうと、半ば期待せずにページをめくる。
が、ある記事、と言うかやたらとデカい広告が目につきページをめくる手がピタリと止まる。


「Byte Coin?」


俺が元いた世界でもByte Coinと言うのは存在した。
デジタル通貨と言うものだ。
仕組みは株や為替取引と似たような物で、Byte Coinの単価が市場の影響により変動すると言う物。

このByte Coin、俺がいた世界では発売した途端爆発的に普及した。
中には、億と言う金を稼いだ「億りヒューマン」と呼ばれる人間もいたと言う。
しかし、法体制や取引所の体制が十分整っていないとの理由で急激に衰退していった。

元いた世界ではデジタル通貨だったのだが、こっちの世界では疑似紙幣を購入するシステムらしい。
コインと銘打っているのに、疑似とは言えなぜ紙幣?とツッコミを入れたい所だ。

売買は、全て専門のショップで行うようだ。
購入するには、まず購入者の身分証明書を提出し登録しなければならない。
疑似紙幣は偽造防止の為全てナンバーリングされており、購入した者はその疑似紙幣のナンバーも登録される。
これで、どのナンバーの紙幣をどのユーザーが購入したかが分かる訳だ。
売りたい時には、登録した個人情報と疑似紙幣のナンバーが一致しないと売れない仕組みとなっている。

なんとも、アナログなセキュリティーだな。
そんなので大丈夫なのかと心配してしまう。

これは、金儲けのチャンスなのだが少し懸念がある。
それはコストだ。
元いた世界ではデジタル通貨だったのだが、こっちの世界では実際の紙幣(疑似)を運用している。
その紙幣を造るコストが発生してしまうだろう。
そのコストは、手数料から捻出されるはずだ。
事実、手数料が発生するとなっている。

手数料は購入した時点で発生し、売った時にも発生する。
二重取りとも捉えられるが、各々の手数料は比較的低く設定されている。
しかし、注意書きに手数料は変動する場合があると書かれている。
この様な「変動する場合がある」のは高くなる事はあっても低くなる事はまずない。
しかも、その書かれている文字は非常に小さく、余程注意しないと気付かないぐらいだ。
悪意、とまでは行かないが搾取してやろうとの思惑が窺える。
チャンスは間違いないのだが、手を出さない方が無難か。

それに、俺の担保がない。
購入するには個人情報の登録が必要なのだが、俺はこの世界では現在、住所不定無職で身分証明書もない。
当然、登録するにはそれらが必要だろうから、俺が登録できるとは思えない。
“買わない”のではなく、“買えない”……か。
まぁ、いささか時代を先取りしすぎている感が強いしセキュリティーも脆弱だ。
Byte Coinは見送りだな。

そのまま新聞を読み進める。
またもや、ある広告が目に留まる。


「やっぱりか」


そう独り言ちる。
そこには、とある週刊誌の広告が載ってあり、某有名人を砲撃したとデカデカと宣伝した物だ。
そう、例の某有名人を砲撃した記事だ。
この記事によって、俺が元いた世界と同じ現象が起こっている信憑性が増した。
となれば、俺が知っている攻略法も使える可能性も増したと言う事だ。
某有名人には悪いが良い傾向だ。

おっと。
そろそろ洗濯が終わるな。
今日は帰りに適当な所でメシを食べて、その後はホテルでゆっくりしよう。



翌日、ホテルを出て最寄りのギルドへ入る。
このギルドは最初に来たギルドだから、全滅が使えるのは検証済。
昼食をナナと約束していたので、少しでも長く打てるようにとこのギルドを選んだのだ。

ここでも、何のトラブルもなく目標を達成。
ギルドを出ると、ポツポツと雨が降ってきた。
そう言えば、今日は雨の予報だったな。

近くのコンビニで、傘を購入しタケシの店へ向かう。
まもなく到着と言う所で雨も本降りになってきた。
だが、雨にも関わらず、何やらものすごい行列が出来ている。
こんな雨の中、何の為に並んでいるのか不思議に思いながら、行列を横目にタケシの店へ向かう。


「な、なんだこれは!?」


その行列の先頭はタケシの店だった。
入店待ちをしているのだろう。
確かに、今は昼時だから食事をする人は多い。

それにしても並んでいる人の数が多すぎる。
それとも、タケシの店の昼時はいつもこんな感じなのか。
確かに美味いからな。

仕方なしに列の最後方に並ぶ。
すると、列の前の方から女が並びの客に何やら尋ねながらやって来る。

んん?
あれはコフィレじゃないか。
コフィレは俺の前に並んでいる客に何やら尋ねている。
前の客が頷いた所で俺に頭を下げる。


「申し訳ございません、今日の分は売り切れ……」


下げた頭を上げ、俺の顔を見た途端驚いたような顔をし、言葉がつまる。
売り切れ?
何が売り切れたんだ?
もしかして、仕入れた食材が全て無くなったのか?
ならメシが食えないじゃないか。


「テんメェー」


おっと。
ヤンキー口調になってるぞ。
インサイダーな情報じゃないと分かってくれてから、ヤンキー口調じゃなかったのだが戻っている。
何か悪い事したか俺?
あれから、タケシとも顔を合わせていないし心当たりは無いんだが。


「こんにちはコフィレさん、ここでナナとメシを食べる約束をしていたんだが売り切れだそうだな、ここで食べたかったがナナと合流したら別の店に行くよ、タケシには宜しく言っておいてくれ」
「あぁん、ご飯ならウチで食べれるぞ、別の店に行くって嫌がらせか!」
「そうなのか? さっき売り切れって言っていただろ」
「あぁン、それはなぁ~、つーかテメェーのせいでなぁ」


俺のせい?
どういう事だ。
首を傾げているとナナがやって来た。


「ごめん、待った?」
「いや、俺も今来た所だ、そもそも昼を食べながらってだけで、時間までは決めてなかったからな」
「それもそやな、で、この行列は何なん?」


身内であるナナも知らないのか。


「あら、ナナちゃんいらっしゃい、この行列はねぇ」


コフィレが言うにはティラミヌを買いに来た客だそうだ。

俺がタケシに提案したティラミヌだが、ノアにレシピを調べてもらい試作。
試食を終えたタケシとノアは、コレはイケると早速仕入れ業者に少々無理を言い食材を発注。
翌日、食材を届けにきた業者から皮肉を言われたが、その届けにきた業者にティラミヌを試食してもらった所、大層気に入ってくれたそうだ。
そしてその翌日、本来であれば定休日であるはずなのだが夜の部の営業をし、ティラミヌをメニューに加えた。
それも、新メニューとして店内POPまで作成して大々的にお披露目。
初日こそ、そうでもなかったが、翌日からは店頭販売を開始。
この店頭販売が功を奏した。
それからは、口コミでアッと言う間に広がり、僅か4日間でここまでの集客に至ったと言う。


「テメェーのせいで、めちゃめちゃ忙しくなったじゃねぇか」


それでコフィレは怒ってヤンキー口調に戻った訳か。
でも、それって俺のせいか?


「タケシにティラミヌを薦めたのは確かに俺だが、行列が出来たのはそこまで美味いティラミヌを造ったタケシの腕前だろ、不味ければ人は並ばない」
「そっ、それはそうだけど……」


俺が正論を述べると、コフィレはヤンキー口調をやめる。
タケシの腕前を褒めたからか、心なしか嬉しそうだ。


「それはそうと、メシは食べられるのか?」
「大丈夫よ、あっ、でも、お昼の部が終わってからかな」
「いや、今日俺はいち客として来ているからな、ちゃんと金は払うよ」
「それは、ダメよ、タケさんから言われているし」
「タケシから?」


どういう事かと尋ねると、俺はタケシの店では金を払わなくても良いらしい。
情報をもらった礼だと。
只、条件があって営業が終わった後でとの事。
礼なら十分にもらっていてその対価に情報を話したのだが、タケシはそうは思わなかったらしい。
だが、これは貰いすぎだ。
後でまた情報を渡すか。


「そう言う事ならお言葉に甘えよう、なら昼の営業が終わる頃にまた来るよ、ナナもそれでいいか?」
「うん、ええよ」


さて、それなら何処で時間をツブすかだが。
ナナは夜勤明けらしいから疲れているだろう。
なら、自宅で仮眠させたい所だが。


「ナナ、夜勤明けだと聞いているが大丈夫か?」
「大丈夫って?」
「タケシの店の昼の営業が終わるまで少し時間があるだろ、帰って仮眠してきたらどうだ」
「眠くないから大丈夫やで」


まぁ、本人がそう言うのであれば俺がとやかく言うまい。
なら、どうする。
この雨の中、正直長距離の移動はしたくない。
近くにカフェ、いやこの時代なら喫茶店か、でもあれば良いのだがそれもない。
どうしたもんかと頭を捻っているとナナが、


「あそこのP・Pギルド行けへん?」


さっきまで俺がいたギルドを指さし言う。
俺としては、続けざまには行きたくないんだが。


「さっき覗いたが、今日はあんまり良さそうじゃなかったぞ」
「そうなん?」
「まぁ、短時間だけだからまだ分からないが」
「そうなん? ほな行こか」
「いや、俺は遠慮するよ、他で適当に時間をツブす」


そう言ってナナと別れた。
俺は一旦ホテルへ戻るかと歩を進める。
途中、コンビニで新聞を数誌購入。
ホテルのロビーで新聞を広げる。
全て読み終える頃には程良い時間になっていた。
そろそろ向かうかと立ち上がる。
ちなみに、どの新聞にも特にこれと言った情報はなかった。

タケシの店に着くと行列は無くなっていた。
店には準備中の看板が下げられている。
俺が来ない間に扉を変えたようで、店の雰囲気が少し違う。
何と言うか、高級感が漂っている。
その扉から男が二人出てきた。
コフィレからは裏の勝手口から入ってくるようにと言われていたのだが、男達を見送ったのであろうタケシと目が合った。


「おう、来たかサトシ」
「聞いたぞタケシ、ティラミヌが好調のようだな」
「ああ、おかげ様でな」


そのまま店に入りテーブル席へ腰掛ける。
ナナはまだ来ていないようだ。
そうこうしている内にテーブルに料理が並べられる。
タケシとコフィレが席に着き「どうぞ召し上がれ」と言う。
だが、ナナはまだ来ていない。


「ナナと約束していたんだが」
「そうらしいな、だがアイツは多分来ないぞ」
「えっ! そうなのか?」
「コフィーが見掛けたらしいが、近くのP・Pギルドに入っていったのだろ」
「ああ、行くと言っていた」
「なら、夢中になってサトシとの約束どころかメシも忘れているだろう」


THEギャン中。
ギャン中の鑑。
ギャン中オブギャン中。
賞賛の言葉が次々と出てくる。
賞賛……なのか?

なら、メシを食べてから少し覗くか。
聞きたい事があるからな。



※注)パチンコ・パチスロ店は18歳未満の方は入場できません(高校生は不可)
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