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第14話 世紀末全滅打法

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タケシの店を出た後、俺は新聞を購入しホテルへ戻る。
部屋に入り新聞を広げる。
幸運にも馬券は獲れたが、昨日の『宝馬記念』では所々俺の記憶と違いがあった。
まずは、その違いの検証だ。


「1~5着までの馬は俺の記憶通り、後はバラバラだな」


新聞で『宝馬記念』の全着順を確認すると1~5着は俺の記憶通り。
以降の着順はバラバラだった。
それに、さっきタケシの言った「コフィレはこの国に来てマンガにハマッてな、その中でもヤンキーマンガが大層気に入ったからあんな言葉を使う時があるんだ」だ。

確かに俺がいた世界でもヤンキーマンガがブームになった時代があった。
しかし、それは今回の『宝馬記念』と同じ年ではなかったはずだ。
となれば、俺の記憶通りの時系列ではないと言う可能性もある。

いや、コフィレがヤンキーマンガをいつ読んだかが分からない。
この世界のヤンキーマンガブームが、いつ起こったのかが分からないからな。
いずれにせよ、これは慎重にならなければ。

残りにザッと目を通したが、これと言った有用な情報はなかった。
いや、ない事もなかったのだが、それは所謂有名人のスキャンダルを売ると言う物だ。

どの新聞にも今を時めく某有名人の露出が多い。
俺の世界でも、同姓同名の有名人が存在していた。
この有名人は、後に週刊誌の砲撃の餌食になるのだが、そのネタを週刊誌側に売ったのは一般人だったらしい。
俺がこのネタを週刊誌に売る事は出来るが、そんな事はしたくない。
そりゃ、この有名人が俺に敵対しているとかなら喜んで売るが、敵対している所か接点すらない。
そんな人間を陥れる趣味は俺にはないし、そんな事で金を手に入れるつもりもない。
『宝馬記念』の全着順が俺の記憶と違うように、この有名人は潔白で、同様のスキャンダルが起こらない可能性もあるしな。

さて。
それじゃぁ、もう一つの検証に行くか。
今はこっちの検証の方が大事だ。
結果如何では、俺は働かなければならない。
それは何としても避けたい。
頼むから俺の望む検証結果になってくれよ。

ホテルを出ると太陽はすでに落ち、夜の帳が下り始めている。
しかし、気温は変わらず高く、湿度も高い。
だが、目的の場所はすぐ近くだ。
この街は比較的大きな街だから目的の場所も複数ある。
それも徒歩圏内に。

それはパチンコパチスロ店。
この世界ではパチンコパチスロギルドだ。

一番近くのP・Pギルドに到着。
辺りが暗くなった今、看板は一段とギラギラと輝いて見える。

ギルドに入り目的の場所を目指す。
目的の場所、それはパチスロコーナー。
そして、俺はある機種に腰を落とす。


フリーダムベル


この機種も俺の世界で全く同じ機種名で存在した。
この機種を選んだ理由。
それは、攻略法が存在したからだ。

その攻略法の手順はこうだ。


1. クレジットON状態で1枚掛け
2. 清算ボタンを押しながらレバーON
3. ストップボタン点灯で精算ボタンから手を放す
4. 中段以外に7図柄をテンパイさせる
5. メダルを手入れで追加
├ 上段テンパイ → 1枚投入
  斜めテンパイ → 2枚投入
6. 右リールテンパイラインに7をビタ押し


この手順によりビッグボーナスがスタートする。
所謂、セット打法。
俺が元いた世界では世紀末全滅打法と呼ばれていた。

元の世界では、この機種のビッグボーナスでの獲得枚数は約360枚。
貸しメダルは、この世界の通貨に換算すると1枚20エソ。
交換率は店や地域によって様々だったが、都市部では等価交換が主流だった。
つまり、ほぼ最低投資で7,200エソを得る事が出来る。
貸しメダル料金とビッグボーナスでの獲得枚数が同じ、さらに等価交換と仮定しての話なのだが。

横にあるメダル貸し機に目をやる。
そこには1,000エソ/50メダルと書かれている。
どうやら、貸しメダル料金は同じのようだ。
だが、問題はここから。
攻略法が通用するかだ。
それも、今通用しなければ意味はない。
過去には通用したが、広まってしまった為、ギルドが対策を施したと言う事もある。
通用しなければ俺は生きていく為に働かなくてはならない。

それはイヤだ。
もぉ、働きたくはない。
俺は、楽をして金を稼ぎたいのだ。
だから頼む、通用してくれ。

手順通りに試してみる。
まずは、クレジットボタンを押しっぱなしで1枚手入れする。

成功。

第1段階クリア。
ここは問題ないだろう。

次に清算ボタンを押しながらレバーオン。
リールは無事に回り始め、ストップボタンも点灯、清算ボタンから手を放す。
ここが少し心配だったが大丈夫なようだ。
第2・第3段階クリア。

左リール中段“以外”に7図柄を狙う。
上段に停止、中リールにも7図柄を狙うと下段斜めテンパイ。
第2・第3段階がクリアできれば、ここも問題ないと思っていた。
第4段階クリア。

そして、ここが最も懸念していた所。
第5段階だ。
通用しない、もしくは対策が施されていれば、手入れで追加投入したメダルは戻り、通用すればメダルは吞み込まれる。
ゴクリと生唾を飲み込みメダルを2枚追加投入。




呑まれた!!




ヨシッと心の中でガッツポーズをする。
後はビタ押しで右リールに7図柄を狙えばビッグボーナスがスタートする。
これで360枚GETだぜ。

おっと、浮かれて俺と同名の少年のセリフを奪ってしまった……って待てよ。
この攻略法はこれで終わりじゃない。
最後にビタ押しが必要だった。
ビタ押しとは1コマのズレもなく狙った所に狙った図柄を止める事。
つまり、己の技術が必要になるのだ。

俺は、パチスロは良く打ったしビタ押しもほぼ完璧に出来た。
だが、それは若い頃の話だ。
年を経た今の俺は、動体視力も若い頃のそれと比べるまでもなく衰えているだろう。

なんて事だ。
最後にこんな試練が待っているとは。

いや、大丈夫だ。
若い頃を思い出せ。
きっと出来る。

意を決し右リールを止める。
ビシッと止まる7図柄。
2コマ上ビタ押し失敗に。


「…………」


い、いや、まぁ、損をする訳じゃないからな。
あまり出しすぎてしまうと目を付けられるし。
むしろ、ギルドスタッフの目を誤魔化すのにちょうど良い。

でも、2コマって……
1コマズレぐらいなら分かるよ。
それが2コマって。
想像よりも動体視力は衰えているな。
ヘコむわぁ~。

おっと、「西国ウェスト」なまりで落ち込んでいる場合ではない。
これは今後を決める大事な一戦。
気を引き締めて再度チャレンジだ。

同じ手順を繰り返す。
さっきと違うのは、今度は7図柄が平行上段テンパイ。
慎重に7図柄を狙う。


ここだ!


右リールを止める。
上段にビシッと止まる7図柄。
祝福するかのように、流れるビッグボーナス開始の音楽。
成功だ。

この瞬間、俺はこの世界で働かず、継続的に金を手にする手段を手に入れた。
だが恐らく、この世紀末全滅打法はそう長く使えないだろう。
俺が元いた世界でもそうだったように、広まるのは時間の問題だ。
広まれば、ギルドは対策を施すだろうからな。

しかし、俺が知っている攻略法は世紀末全滅打法だけではない。
まだまだ、攻略法は存在し俺はその手順を知っている。
全てが通用するかは分からない。
いや、もしかしたら全て通用しないかも知れない。
そうなった時の為に、現在通用する世紀末全滅打法で稼げるだけ稼ごう。
ただ、あまり目立ちすぎるとトラブルの元だ。
一つのギルドでは程々にし、複数のギルドを回って稼ぐとしよう。
少々面倒だが、手間を惜しんで稼げなくなる方が問題だからな。

その後、このギルドでは世紀末全滅打法を10回行った。
連続で行えば怪しまれるので、適当に間隔を空けて。
結果、2,500枚のメダルを獲得。
換金すると、50,000エソだった。
どうやら、換金率は等価らしい。

この後、別のギルドを訪れる。
このギルドでも世紀末全滅打法は通用し、同じ枚数を獲得。
このギルドも等価交換だった。

時間的に今日はもう1軒回れる。
だが、その前にメシだ。
目についた適当な店へ入ろうと向かう。


「あら、ムコウマルさん」


そう声を掛けられ、声の方を振り向くとノアだった。


「おお、ノアか、こんばんは」
「こんばんは、どないしたんこんな所で」
「ああ、その辺の適当な所でメシを食べようとしてな」
「ご飯やったらタケシ伯父さんの店で食べたらえ~のに」
「いや、この後そこのP・Pギルドへ行こうと思ってな、タケシの店まで行く時間がないんだ」


俺はすぐ近くにあるギルドを指さす。


「えっ! あそこ!? あそこはアカンで、ヤメとき」
「そうなのか?」


ノアの話では、俺が行こうとしていたギルドは普段から出ていないらしい。
元いた世界でもそうだったが、P・Pには優良店とそうでない店が存在した。
ノアが言うには、俺が行こうとしているギルドはそうでないギルドらしい。
それも、この辺りでは有名な、筋金入りのボッタクリギルドだと言うのだ。
だが、俺には関係ない。
世紀末全滅打法があるからな。


「そうか、でもせっかくだから覗いてみるよ、ダメそうならそのまま店を出る」
「まぁ、ムコウマルさんがそう言うんやったら止めへんけど、気ぃつけや」
「ああ、ありがとう」


俺は礼を言い別れようとしたのだが、ノアは一緒にメシを食べに行くと言う。
昨日の『宝馬記念』では、俺のおかげで大儲けできたからお礼にオゴってくれると言うのだ。


「一緒に行くのは構わないがオゴらなくていいぞ」
「それはアカン、昨日のお礼やからオゴらせて」
「礼なんか必要ない、それにお前には夢があるんだろ? 俺なんかにオゴるなら夢の為にとっておけ」


俺がそう言うとノアは俺を見つめて「ムコウマルさん……」と呟く。
メシ代ぐらいなんか何の足しにもならないだろうから、そんな目で見つめないでくれ。
なんか、俺が恥ずかしいじゃないか。

誤魔化すようにノアにメシに行くぞと施す。
すると、ノアはあそこが安くて美味い店だと指をさす。
ならば、と俺が歩き出すと、ノアは腕を俺の腕に絡ませてきた。


「お、おい」
「え~やん、え~やん」


恥ずかしいからヤメろと俺が言っても、ノアは言う事を聞かない。
何やら鼻歌を歌いながらご機嫌だ。
まぁ、目的の店は目の前だしそこまではいいか。

だが、食事を終え店を出た途端、ノアは再び腕を絡ませてきた。
そして、ギルドにも一緒についてきた。
さすがにギルドに入ると腕を離したが、ピッタリ俺の後をついてくる。

う~ん。
困ったな。
出来れば、少しでも広がるのを遅らせる為、世紀末全滅打法を使っている所を人には見られたくはない。
どうしたモノか。


「そう言えば、今日店はいいのか? タケシは夜の部だけ営業すると言っていたが」
「ああ、大丈夫やで、アタシは他に本業があって、タケシ伯父さんの店は週末とか忙しい時だけ手伝ってんねん」
「そうだったのか」
「せやで、普段はコフィレさんが手伝ってるわ。 あっ! コフィレさんってタケシ伯父さんの奥さん」
「あぁ、知っているよ、今日タケシに紹介してもらったからな」


店の仕事があるのではと妙案が浮かんだのだが、ノアに否定された。
追い返すのは難しいか。
だからと言って、打たずにギルドを出るのももったいない。
いつ通用しなくなるか分からない以上、打てる時間は貴重だ。

しかし、ノアの言う通りこのギルドはボッタクリギルドと言うのは本当なのだろうな。
俺達を含めてもギルド内には数える程しか客が居ない。
むしろ、客よりギルドスタッフの方が多いぐらいだ。

そんな中、俺は適当にフリーダムベルに座る。
ノアも俺の横に腰かける。
メダル貸し機からメダルを借りようとする俺。
それを見たノアが驚いたように俺を止める。


「ちょっと、ムコウマルさん打つの?」
「ああ」
「アカンそうやったらそのまま店を出るって言ってたやん」


確かにそんな事を言っていたな。


「運試しに1,000エソだけ、今日はツイてるからな」
「そうなん?」
「そうなんだ」


なら、アタシもとノアも1,000エソ分のメダルを借りる。
俺は攻略法を使うから勝ちは決まっているのだがノアはヒラ打ちだ。
やめておいた方がいいと思うが、それは本人の自由だ。
いくらボッタクリギルドとは言え、100%負けるとは限らないからな。
それに、ノアも打ち始めたおかげで、俺の方を注視する事はないだろう。

時間も決してあるとは言えないので、俺は早速世紀末全滅打法を使う。
早速揃うビッグボーナス。
ビタ押しも慣れてきたのか精度が上がってきた。


「!!! もう来たん!?」


ノアが驚いて言う。


「やっぱり今日はツイてるな」


そう誤魔化す俺。
ビッグボーナスを消化中、ノアのメダルが尽きる。
ノアは迷わず再度メダルを借りる。
「もうやめておけ」と言いたい所だが、ノアが打ち続けている間は世紀末全滅打法を使っても大丈夫だろうと思いその言葉をグッと呑み込む。

結局、このギルドでも俺は2,500枚のメダルを得た所でやめる。
その間、アツくなったのか、ノアもずっと打っていたのだが数度ボーナスを引いただけでメダルはゼロ。
結構な額を負けたらしい。

換金し、ホテルへ戻ろうとした俺をノアが引き止める。
少し聞きたい事があると。
ならばと、ホテルのロビーで話を聞く事になった。


「で、俺に聞きたい事とは?」


ロビーのソファーに腰かけて、俺の対面に座ったノアに尋ねる。


「さっき、どうやって出したん?」
「さっき?」
「ギルドで出したやろ、どうやって出したん」
「どうやってって、運が良かったからだろうな」
「変な打ち方してたやろ?」
「…………」


ギャンブルスロットに夢中になっていたと思っていたが、俺を観察していたのか。
そう言えば、ノアは人の話を良く聞いていたな。
俺がうっかりもらした「『宝馬記念』の結果を知っている」に敏感に反応していたし。
人の話を良く聞くだけではなく、観察眼も優れていたと言う事か。

どうする。
世紀末全滅打法の事を話すのか。
人の口に戸が立てられないとも言うし、話せばこの打法が広まるだろう。
そうなると寿命が縮み、俺は稼げる手段を失ってしまう。
だが、このノアの圧。
話すまで俺を解放してくれないんじゃないか。
早く休みたいんだよ俺は。


「……お前の察する通り、フリーダムベルには攻略法がある」
「!! やっぱり。 で、その攻略法ってどうすんの?」
「タダで教える訳には行かないな」


別にタダで教えてやっても構わないのだが、見返りを要求する事でノアが諦めてくれるかもと考えての事だ。
これで引いてくれれば良いのだが。


「なんぼ?」
「えっ!?」
「なんぼ出したらえ~の」
「えぇっ!!??」


要求を呑むのか?
つまり金を払うと。
そう言えば、ノアは昨日の『宝馬記念』で結構な金を得ている。
それで、気が大きくなっているのか。

だが、困ったぞ。
まさか、要求を呑むとは思っていなかったから、見返りの金額なんて想定していない。
ど、どうしたものか。


「そ、そうだな…… か、金じゃない……かな」
「お金とちゃうの?」
「え~っと、そ、その……」
「あぁ~、そ~ゆ~こと」


見返りなんて全く考えていなかった俺が困惑し、言い淀んでいたのを見たノアが何か察して言う。
そ~ゆ~事ってど~ゆ~事だ?


「ええよ…… ムコウマルさんなら」


ええよ?
オッケーって事か。
で、何がオッケーなんだ?
ノアの方を見ると、俺をジッと見つめている。


「ムコウマルさんはこのホテルに部屋とってんねんやろ、じゃぁ、部屋行こか」
「あ、ああ、このホテルに部屋はとってあるが、行く?」


って、ちょっと待てぇ~。
そ~ゆ~事って、そ~ゆ~事か。
で、ええよって。
そんな気は全くなかったのだが、ノアは勘違いしたようだ。
俺はあわてて誤解を解いたのだった。


※注)パチンコ・パチスロ店は18歳未満の方は入場できません(高校生は不可) 
   ネットに溢れる攻略法はガセが多いと聞きますのでご注意ください
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