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第13話 女医と嫁

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「う~ん、至って普通の人間ですねぇ~」


目の前の白衣を着た女は残念そうにそう言う。
そりゃそうだろう。
俺は文句なく普通の人間だ。
だが、俺が聞きたいのはそんなセリフじゃない。


「後は血液検査の結果を待つしかないか……」


白衣の女はため息まじりにさらに言う。
血液検査の結果は俺も気になる所だが、それも今聞きたいセリフじゃない。

そう、俺が今居るのは病院。
ハバの薦めで、知り合いの医者が居ると言う病院で診察を受けている。
一昨日、ハバから受けた暴行(示談済)の診察に来たのだ。

だから、俺が聞きたいセリフは治療の話か、最善は「異常なし」なのだが、目の前の先生白衣の女の口から発せられたのは冒頭の言葉だった。
ちゃんと診察しろとツッコミを入れたい所だが、これには理由がある。

この先生。
ハバと同じオカルト好きらしいのだ。
それもハバ同様、超のつく。

ハバ曰く普通の病院に行くと、保険等で色々と面倒だろうとの事。
そこで、ハバの知り合いで何かと融通してくれるこの病院に来たのだった。

そして、ありとあらゆる検査をしたされた
それはもぉ、「こんな検査必要か?」と思われる検査まで。


「そうか…… 惑星外から来たのだから俺達とは身体の造りが違うかと思ったのだがそうじゃないのか」
「その惑星が我々の住むこの惑星と極めて近い環境なら、同じ進化をした可能性もありますね」


俺の診察だと言うのに、なぜか同席しているハバが残念そうに言う。
そんなハバに対し、推論を述べる先生。
ハバはともかく、何で先生まで俺が惑星外生命体前提なんだ?
それにハバよ。
俺の事は絶対に誰にも言わないとか言ってなかったか?
なぜこの先生には言うんだ?
UFOは無いと分かったから、今度は俺の身体を調べようとしたのか?
で、ついでに診察もしてもらおうと。
俺の健康を片手間にしないでくれ。


「血液検査の結果はまだ出ていませんが、身体には特に異常ありませんね。 後遺症も心配ないと思います」


おお。
ちゃんと診察もしてくれていたんだな。
診断結果に胸を撫でおろす。


「ですが、経過観察は行いたいので、定期的に来て下さい。 そうですね、一週間後……いや、三日後、なんなら毎日」


先生は食い気味に言う。
ちょっと待ってくれ先生。
その経過観察とやらは惑星外生命体の観察目的じゃないのか?
だから毎日来いと。


「おお! それは良い!! 先生、俺にもその結果を逐一報告してくれ。 ……心配だからな」


ハバが目を輝かせて言う。
最後に間が空いて、「心配だからな」と付け加えたのは俺がジト目で見たからだ。
ハバも観察が目的だったのか、バツが悪そうにしている。


「後遺症の心配が無いのならもう来なくてもいいだろ?」
「それはダメです! 絶対ダメです!!」


モルモットにされるのはウンザリなので、毎日は来ないと言った俺をあわてて先生は止める。


「後遺症は残らないですが治療は必要です、首が痛かったのでしょう」


うっ。
先生にそこを突かれると、俺としては反論できない。
首が痛いと言ったのは俺だからな。


「そ、その通りだ、俺もキッチリ面倒見ると言ったからな、完治するまで付き合うぞ」


ハバも乗っかってきた。
今更、あの時首は痛くなかったとは言えない。
ハァ。
面倒な。


「……分かった、だが毎日は必要ないだろうし俺も来られない、月に一回程度でいいんじゃないか?」
「い、い、い、いや。 ま、ま、ま、毎日。 き、き、き、来て下さい」


毎日は無理で月一回程度で良いかと提案した俺に、先生はドモリながら毎日来いと言う。
ドモっている時点で、毎日くる必要が無いと言っているも同然だ。


「はぁぁ、そうか、なら仕方がない」
「おおっ、では毎日来てくれるのですね」
「いや、セカオピを希望する」


俺のセカオピの言葉を聞いて顔を青くする先生。
この時代ではまだ浸透していないかと思ったが、どうやらそうではないようだ。


「セカオピ?」


そんな様子を見たハバが、先生と俺の顔を交互に見ながら問いかける。


「セカンド・オピニオンの略だ、患者が納得した診療を行ってもらえるように、選択や決断のアドバイスを、現在診療を行っている医療機関とは別の医療機関の先生に求める事だ」
「別の医療機関の先生に?」
「そうだな、場合によっては、その別の医療機関に診療をお願いする事になる」


事情を察したハバの顔色も変わる。
保険等の件で面倒な事にはなりそうだが、つい今しがた完治するまで付き合うといったのはハバだ。
キッチリ面倒を見てもらおう。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい、セカオピは何かと都合が悪いのでは?」
「んん? いや別に俺に都合が悪い事なんてないだろ?」
「その…… 当院以外だと治療費が実費に……」
「そこらへんは面倒をみてくれる人が居るからな、その人には申し訳ないが俺の都合が悪くなる事はない」


ハバの方をチラッと見ると「あ、ああ、そうだな」と困ったような表情をしている。
先生の顔色は相変わらず青い。
釘も刺したし、あまり苛めてへそでも曲げられたら面倒だ。
これぐらいにしておくか。


「とにかく毎日は来ない、定期的に来るのは月に一回だ、だが体調が悪くなればすぐに来るからその時は頼む」
「わ、分かりました」


俺の提案に頷く先生。


「断っておくが、俺は断じて惑星外生命体じゃない、ハバさんにも説明したのだが……」


ハバの方に顔を向けそう告げる。
ハバが俺の事をどこまでこの先生に告げているのか分からない。
保険の件から、普通じゃないとは先生も思っているとは思うが。


「そ、それについては確かに聞いたが、その……淡い希望を抱いてしまって」
「ハァ、でもこれで分かっただろ、俺は普通の人間だって」
「そ、そうだな、すまなかった……」


ハバが希望を持つのは構わないが、俺に抱くのは勘弁して欲しい。
でも、これで俺が普通の人間だと分かってくれたみたいだ。
謝罪はモルモットにしようとした事についてだろう。
俺は「謝る事はないさ」とハバに告げ、病院を後にした。


「これからどうする? メシならウチで食べて行け」
「でも、忙しいんじゃないか? ハバさんに迷惑を掛けたくはない」
「何を言っている水くさい、それにムコウマルさん一人だけなら問題ない」


帰路に就く途中、ハバは店で昼食を食べて行けと言う。
本来なら、今日ハバの店は定休日だったのだが、夜の部の営業をするらしい。
なんでも新メニューをお披露目したいからだそうだ。

忙しそうだからと遠慮した俺に、水くさいとまで言ってくれる。
なら、ありがたく頂戴しよう。


「ありがとう、では遠慮なく。 ハバさんの料理は美味いから楽しみだ」


俺が笑顔で言うと、ハバは照れているのかポリポリと頬をかく。
これはお世辞でもなんでもなくハバの料理は本当に美味い。
価格も実にリーズナブルだ。
俺は今、30万エソ以上の金を持っているが、節約するに越したことはない。
暫く生活は出来ると言っても推定20日間だ。
その先は分からないからな。


「その前に寄りたい所があるんだ」
「寄りたい所?」
「着替えを買いに行きたいんだ。 その後ホテルの予約もしたい」
「そうか、着替えは必要だな、だが前にも言ったが店の2階に寝泊まりしてもらっても良いのだぞ」


俺とノアナナ姉妹が意気投合してから、ハバの懐疑心も解けたのだろう。
当初は2日間のみだったが、気のすむまで居ても良いと言ってくれたのだ。
まぁ、俺が惑星外生命体だと思い込んでいて、引き止めたい思惑があったのかもしれないが善意は善意だ。


「さすがにそこまでしてもらう訳には行かない、気持ちだけ貰っておくよ。 ありがとう」
「そうか…… だが、メシぐらいなら構わないだろ、いつでも食べにきてくれ」
「ああ、俺もハバさんの作るメシは食べたいからな、ちょくちょく覗かせてもらうよ」


ここでハバと別れ俺はホテルへ向かう。
部屋も複数空きがあるようなので、とりあえずは一週間連泊すると告げ部屋をとる。
その後、近くの衣料品店で着替えを購入。
ホテルへ戻り、荷物を置きシャワーを浴びた後、ハバの店へ向かうと準備中の札が下げられていた。
ハバからは勝手口から入ってくるようにと言われていたので裏口へ回って店に入る。
中に入るとハバと見知らぬ女がいた。


「ムコウマルさん紹介しよう、女房のコフィレだ」
「コフィレです、はじめまして」


見知らぬ女はコフィレと流暢な言葉で名乗り、ハバの奥さんだと言う。
顔立ちからこの国の人間らしくはない所を見ると国際結婚だったのだろう。


「ムコウマルです、ハバさんには大変お世話になっています」


挨拶を返すとコフィレが睨むように俺をジッと見る。
なんだ?
何か気に障る事でも言ったのか?


「テメェか、ウチのダンナにアヤシイ事吹き込んだのは」
「はいぃっっ!?」


敵意むき出しで言うコフィレに訳が分からない俺。
ハバにアヤシイ事を吹き込んだ?
一体何の事だ?
全く見当がつかないんだが。


「えぇっと、何の事を言っているか分からないんだが」
「あぁン、知らばっくれるってのかよぉ」


この話し方はアレだな。
ヤンキーってヤツだな。
見た目は大人しそうなのだが。


「インサイダーな事を言ったんだろうが!」
「イ、インサイダー?」


はて?
そんな事言った…………な。
イヤ、だがアレはインサイダーなんかじゃないぞ。


「こらコフィー、やめないか」
「だって、タケさん」
「ちゃんと説明しただろ、あれはインサイダーなんかじゃない」


「すまないな、ムコウマルさん」とハバは恐縮して俺に謝る。
聞けば、株式投資を主にしているのはコフィレであって、ハバは俺から聞いた話をコフィレにしたらしい。
“ちゃんと”と言う事は、俺が世界と時代をマルチ転移したって事も話したのだろう。


「そんな話、信じられる訳ないじゃない」


信じるか信じないかはアナタ次第だし、別に信じてもらえなくてもいい。
後、ハバに対してはヤンキー口調じゃないんだな。


「テメェはアタシを犯罪者に仕立て上げるつもりなんだろ!」


おっと。
俺に対してはヤンキー口調でケンカ腰なのか。


「少し落ち着いてくれないか、まず、俺はコフィレさんを犯罪者に仕立て上げるつもりなんてない、そもそも初対面の人になぜそんな事をする理由がある?」
「あぁン」
「それに、犯罪者になりたくなければ株を買わなければ良い、罪に問われるのはインサイダーな情報を利用して取引をした場合だろ?」


インサイダー情報を利用して罪に問われるのは、その情報を用いて取引をした場合のみだ。
それは、例え損をした場合でも罪に問われる事になる。

だが、この世界でも同様かは分からない。
情報を得ただけで罰せられるって事も考えられるからな。
コフィレが憤っているのはこの辺りかもしれない。
意図しない所で無理やり情報を聞かされたのだと。
だが、ハバの反応を見るとそうではないように思えるのだが。


「…………」


コフィレは黙っている。
この様子だと、情報を得ただけで罰せられる事はなさそうだ。


「とにかく、さっきも言ったように俺はコフィレさんを犯罪者にするつもりは全くないしハバさんもそうだ、これからも世話になるであろう人を犯罪者にする訳ないだろ?」
「アタシもハバなんですけど……」


あっ、そうか。
結婚しているんだからコフィレもハバか。
なんだか、ややこしいな。
だが、俺に対してヤンキー口調じゃなくなったって事は分かってもらえたようだな。


「さぁさぁ、そんな事よりメシだ、コフィー手伝ってくれ」
「はい」
「あっ、ムコウマルさん、俺の事はタケシでいい、敬称も必要ないからこれからはそう呼んでくれ」
「そうか、分かった。 なら、俺の事もサトシで頼む」


こうしてコフィレの誤解も解け、ハバの料理に舌鼓を打つのであった。

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