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第12話 ベップ

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― ベップ視点 ―


私の職場に一本の電話が掛かってきた。
後輩のクラキが電話に出ると、食い逃げしようとしている男が居るとの通報らしい。
しかも、その店はクラキの伯父の店で、電話の主はクラキの双子の姉のノアだそうだ。

ここの店主のハバさんには、つい先日迷惑を掛けたばかりだ。
クラキ姉妹が店内でケンカを始め、店の出入り口ドアを壊してしまったのだ。

ケンカの理由は分からない。
この姉妹のケンカは日常茶飯事だから、いちいち聞いていられないのだ。

一つ分かっているのは職場の後輩である双子の妹、ナナが業務中に食事の買い出しに行ったと言う事だけ。
なんで食事の買い出しに行っただけで、ドアを壊す程のケンカに発展するんだ?
確かに、この姉妹は普通の女性、いや、男性を含めても力は強いのだが。

買い出し中とは言え、業務中に問題を起こしたのだ。
責任は我々がとらなければならない。
ハバさんには壊れたドアの修理費は勿論、ケンカにより生じた店の営業利益の損害も全て賠償すると伝えたのだが、ハバさんは壊れたドアの修理費だけでいいと言う。


「ですが……」
「なに、問題ない。これから夜まで店は閉めるつもりだったし、見た所、応急処置なら俺でも出来る、さすがに応急処置だけでずっと放置しておく訳にもいかないから、ベップ君は専門の修理業者の手配と、申し訳ないがその費用を負担してくれないか」
「申し訳ないなんてとんでもないです、むしろそれだけではこちらの方が申し訳ないです」
「気にしないでくれ、二人は俺の身内でもあるしな、だからあまり大袈裟にしたくはないと言う理由もある」
「…………」
「後は…… 鍵が治るまでで構わないから営業時間外の巡回の強化を頼めるかな? 時間外はシャッターを閉めるとは言え、さすがに応急処置では不安だからな」


言い淀んだ私に優しい言葉を掛けてくれるハバさん。
さらに、申し訳ない気持ちを汲んで私を信頼し、仕事を与えてくれる。
あぁ、理想の上司だ。
私をこの店に雇ってくれないだろうか。

別に今の職場に不満がある訳ではない。
それどころか、待遇も良く出世の話は頻繁に来る。
だが、私は出世などしたくない。
出世と言えば聞こえは良いが、出世先は捜査一課だと言う。
捜査一課と言えば、難解な事件や凶悪な事件を担当する部署だ。
所属する人材は優秀で屈強でなければならない。
そんな課から誘いが来るのは悪い気はしないが、私は断わり続けている。
滅多にないとは言え、危険を伴う場所には関わりたくはないからな。
それに、今の課が比較的のんびりしていて、居心地が良いのだ。


「巡回の時間までには帰ってこられるか?」


通報があった店にクラキが向かおうとする所に声を掛ける。


「大丈夫です」


そう返事をするが、恐らく帰ってこないだろう。
この姉妹はケンカを頻繁にするが、すこぶる仲がいい。
しかも、お互いギャンブルにのめり込んでいる。
きっと、明日の『宝馬記念』の話に華を咲かせて、巡回の事は忘れるだろうからな。
これもいつもの事だ。

案の定、巡回予定時刻になってもクラキは帰ってこない。
ハバさんの店に迎えに行ってそのまま巡回だな。

コンコン。
数分後、ハバさんの店に到着し表の出入口をノックする。
この時間は昼の営業が終わった時間の為、準備中の札が下げられ施錠されている。
ハバさんには準備中の時に用があれば、裏の勝手口から入ってくれても良いと言われている。
今回の訪問理由はクラキを迎えにきたのだから、勝手口から入っても良かったのだが、ここにクラキが居るとは限らないし、居たとしても、姉と競馬談義に華を咲かせている可能性が高い。
居れば引きずってでも連れていく。

それに、店の鍵の具合も気になる。
施錠が不十分で強盗にでも入られたら一大事だ。
そんな理由もあり表から訪ねた。

ガチャリ。
ハバさんは自分で鍵の応急処置をしたそうだが、とりあえずは大丈夫そうだな。
施錠が解けドアが開きハバさんが顔を覗かせる。
中を覗くとやっぱり居た。
クラキだ。


「クラキ! 巡回の時間になっても帰ってこないかと思えばやっぱりか!!」


私が怒鳴ると、クラキはビクッとして顔を伏せる。


「またお前は、この前始末書を書いたばかりだろう」
「ご、ごめんなさぁい、マシュウ先輩」


ずざざーっと、クラキが土下座をする。
もう見慣れたもんだ。
その度に始末書を書かせるのだが、驚くほどの短時間できちんとした物を書きあげてくる。
優秀である事が伺える証拠だ。
まぁ、始末書を書くのが優秀なのはいかがなものかとは思うが、彼女は始末書だけではない。
あらゆる面で優秀なのだ。
私がこんな事を言うのはなんだが、その膂力を含め、彼女の方こそ捜査一課が向いているのではないかと思っている。
そんな思いもあり、何かと目を掛けていたのだが、彼女にも欠点がある。
それは、先に述べた通り重度のギャン中なのだ。
事ギャンブルが絡むと、他の事は見えなくなるらしい。
始末書を書く理由の多くがギャンブル絡みだしな。


「ご苦労だな、ベップ君」


ハバさんが私に声を掛けてくる。
私は先日の事を謝罪する。
ハバさんは、私には関係ないのだから謝罪する必要はないと言ってくれる。
関係がないって事は無い。
言うなれば、私の監督不行き届きだ。
しかし、ハバさんは「もうその事はいいじゃないか」と豪快に笑う。
あぁ。
本当に出来たお方だ。
こんな出来たお方は、私の中の記憶には一人しかいない。
その人にはもう会う事は出来ないのだが……


「このまま巡回に行くぞ」


そう言ってクラキの手を引いて外に出ようとする。
ハバさんには後日改めて挨拶に伺おう。


「すまないが、ちょっと待ってもらえないか」


その時、私達を制止する声が聞こえた。
クラキが「あっ」と声をあげる。
クラキの顔を見ると、何かを思い出したような表情をしている。
何事かと思い、声の主の方に振り返る。


「!!!!!」


バ、バカな……
その顔を見た瞬間、頭が混乱する。
そんなハズが無い。
そんなハズが無いんだ。


「こ、こちらの方は?」


なんとか声を絞り出しハバさんに尋ねる。
ハバさんは、彼は今日地方から来たばかりの友人だと答える。
その友人だと言う人物が「どうも」と軽く会釈する。
そ、その声も……

その人物から目が離せないでいると、彼は「いや、すまない、何でもない」と言葉を止める。
せめて名前ぐらいは聞きたかったのだが、私から隠れるようにハバさんの後ろへ回った所を見ると警戒されているのだろう。
クラキと何か約束していたようだし、後でクラキに聞けばいいか。

ここは一旦引いて、とりあえずは巡回に行こう。
今は何を聞いても恐らく無駄だろうからな。

私はクラキの腕を引っ張り店を出る。
巡回を終え、詰所に戻ってきた所でクラキに尋ねる。


「クラキ、さっきの方とは知り合いか?」
「さっきの方?」
「ハバさんの店に居た男性だ」
「ああ、ムコウマルさん。 いや、今日始めて会いましたけど」
「!!!!!」


クラキから名前を聞いて驚愕した。
偶然にしては出来すぎている。
どうにかして話をする事は出来ないだろうか。
クラキにムコウマルと名乗る男性にアポをとれないかとお願いした。


「そんな事よりマシュウせんぱぁ~い」
「…………」
「今度食事でもどうですか、アタシがオゴリますからぁ」


クラキは事ある毎に私を誘ってくる。
私としては、クラキはあくまでも後輩で、異性としては見ていないのだが、どうもクラキは違うらしい。
それは私の勘違いかもしれないが。

その都度、色々と理由をつけて全て断ってきたのだが全く懲りない。
まぁ、職場の後輩とのコミュニケーションは大事だし、今回は私から頼み事もしている。
食事程度なら一度ぐらいは良いか。
だが、オゴるなら先輩である私の方だろう。
聞いた話によると、クラキは借金がかなりあるようだしな。


「分かった、分かった、じゃぁ今度食事に行こう、だがオゴるのは私だぞ」


そう答えると顔をパァっと明るくし、「っしゃぁっ」と拳を握りしめるクラキ。
アポの件、忘れないでくれよ。
だが後日、時間がとれないらしいとクラキから断わりの返答があった。
やはり警戒されているのか。
それも最大限に。


「それで、マシュウ先輩食事の件ですけど……」


クラキが目を輝かせて聞いてくる。
アポの件を忘れずに伝えてくれたのは感謝だが、肝心のそのアポがとれていない。
なんとしても彼と話をしたい。
現状、彼との繋がりは唯一クラキだけだ。
彼女にはアポがとれるまで依頼を継続しておきたい。
申し訳ないが、それまで食事は保留だな。


「そうだな…… まずは礼を言わなければならないな、ありがとう。 食事については彼とアポがとれてからと言う事にしてくれないか」
「お礼なんてそんな…… 分っかりましたぁ、ソッコーでアポとってきます」


クラキは頬をほのかに染めて、すぐさまアポをとってくると言う。
少々ぶら下げたニンジンが効きすぎたか。
でもまぁ、この様子ならアポをとってくれるのも時間の問題だろう。
私はその時まで待つ事にした。

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