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第10話 宝馬記念ゴール

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『スタートしました。 ③番ピーコックパーマー好スタート。 そのままハナに立ちます』


再び姉妹から大歓声。
この馬の勝ちパターンは、好スタートからの逃げ切りらしい。

俺は、レースの結果のみを知っているだけであって、展開や経過など知らない。
だから、これは良いのか悪いのかは分からない。
だが、勝ちパターンと言うのだから良いのだろう。


「⑥番は? ⑥番はどこ?」
「え~っと……おった、前から4~5頭目の内側、ええ位置や」


⑥番の馬も良いポジションに着けているそうだ。
ここまでは良さそうだな。
しかし、結局⑥番の馬は5番人気のままで締め切りを迎えた。
③番の馬は変わらずブービ人気だったものの、非常に不安だ。


『先頭はピーコックパーマー、およそ1馬身のリードを保ったまま正面スタンド前を通過、大きな拍手が響きます』


隊列は変わらず、⑥番の馬も好位につけたままだ。


『1コーナーを回って2コーナー、おお~っとぉ、ピーコックパーマーぐんぐん後続を突き放す、5馬身、6馬身と差が開いていきます』


これはどうなんだ。
この馬の勝ちパターン通りなのか?
姉妹を見ると無言だ。
この反応はどう判断すればいいんだ。


『なんと、向こう正面ではピーコックパーマーと後続とは10馬身以上離れています』


場内もザワついている。


「これは……勝ちパターンとは言え、さすがに飛ばしすぎなんちゃう」
「もうすぐ1,000mやから、その通過タイム次第やな」


姉妹は共に拳を握りしめている。
ノアの方は幾分冷静なのだろう、通過タイムを気にしているようだ。
俺は勿論、通過タイムなんぞ記憶にない。


『1,000mの通過タイムは……58.2秒。 ピーコックパーマー飛ばしています』


「うわぁぁぁ~早い!」
「でも、勝ちパターンは勝ちパターンや」


ノアが言うには、ピーコックパーマーの勝ちパターンは、ゴールまではとても持たないと思われるペースで走りリードを広げるだけ広げ、そのアドバンテージを活かしゴールまで流れ込むらしい。
他の馬はそのペースではいずれ下がってくると思い、互いにけん制しあい差を縮めようとはしない。
だが、けん制しあう事に気を取られ、気付いた時にはとても届きそうにない所にピーコックパーマーは居る。
他馬はあわてて鈴を付けに行くが、そうなった時のピーコックパーマーの粘りは目を見張る物があるそうだ。
時すでに遅しってヤツだな。
今回も、まさにその通りの展開になっている。
いい流れだ。


『おぉっとぉ、⑧番ショウタクヘリアスがぐんぐん差を詰める』


2位グループはけん制しあっていると思っていたが、1頭抜け出して先頭に追い付く勢いでスパートしてきた。


「うわぁぁ~、来るな来るなぁ~」
「勝ちパターンを崩しにきたな、でも、そう言うのは1番人気の仕事やねんけど、この馬は7番人気やな」
「この馬も前に行ってナンボやからな、勝負に来たんか」


ナナは画面に向かい、⑧番の馬の進行方向とは逆に手を振る。
冷静に状況を語るノアの意見にナナも合わせる。

個体差はあるが、競走馬は周りに馬が居ると走る気をなくしたりするケースがあり、それを回避する為にスタートからゴールまで、単騎で先頭に立ち続けるのが逃げ馬らしい。
また、逃げ馬に限らず競走馬の本能からなのか、横に並ばれると「負けるか!」と競ってしまう事もある。
そうなると体力を消耗し、十分なパフォーマンスを発揮できずに終わる事もあるとの事。
勿論、例外も多々あるのだが、ピーコックパーマーは前者の傾向が強いとは姉妹の談だ。


『3コーナーに差し掛かった所では、先頭はショウタクヘリアスに変わりました』


「ぎゃぁぁ~」
「アカ~ン」


姉妹の歓声が絶叫に変わる。
無理も無い。
周りに馬が居れば走る気を失くす馬だ。
終わったか……
明日からどうしよっかな俺……


『おぉっとぉ、4コーナーへ差し掛かった所で、先頭は再びピーコックパーマーに変わりました』


「きゃぁぁぁ~~」
「いよぉっしゃぁ~」


歓声、絶叫と繰り返した姉妹からひときわ大きな歓声が上がる。
ピーコックパーマーは、先頭に立った事で再び単騎の形になった。
走る気を失くす事は少なくなったが、競った分消耗しているかも知れない。
だからノアよ、「いよぉっしゃぁ~」はまだ早いんじゃないか。


『ここで、ショウタクヘリアスは一杯になったか、ジョッキーの手が激しく動いている』


俺の記憶では、このショウタクヘリアスと言う馬は、確か12着でゴールしたはずだ。
このまま下がっていくのか。


『1番人気のナニワテイオーはまだ後方、ジョッキーは必死に手を動かすが思うように進まない』


この1番人気の馬は確か、11着でゴールしたと記憶している。
偉大な馬を父に持つこの馬は、デビューから無敗で大レース二冠を達成したが、その後故障で戦線離脱。
およそ1年後に復帰したステップレースで完勝するも、続く大レースでは5着。
その次の大レースでも7着に敗れている。

故障の影響で大レースでは勝てないと巷では囁かれたが、その次前走の国際的大レースで下馬評を覆し見事1着を勝ち取った。
その様な経緯もあり、今回の『宝馬記念』では1番人気に支持されていたのだが、走りがなんとなく硬く見える。
今回は調子が良くないのか。
それとも、間隔が空いたからかは、競馬に詳しくない俺には分からない。
しかし、これはこれで俺達にとっては良い事だ。
良い事なのだが、俺の世界でのこの馬は、『宝馬記念』時には絶好調で、間隔も最適だった。
負けるように交渉するのは困難したものだ。
この辺りも俺がいた世界とは少し違う。
この馬が今回勝つのは難しそうなのは俺がいた世界と変わらないが、勝つ馬は変わるのではないだろうか。
不安が募る。


『4コーナーを回った所で、先頭は変わらずピーコックパーマー、後続とはまだ10馬身ぐらい差があります』


これは……
俺の記憶と違う所がいくつかあったが、このままイケるんじゃないのか。


「「きゃぁぁぁぁぁぁ~~~~~」」
「うぉぉぉーー、行っけぇーー」


姉妹のボルテージは最高潮。
俺も興奮してきた。


『1番人気のナニワテイオーはまだ後方のまま、そこから届くのか』


実況アナウンサーの声で我に返る。
そうだ。
1着の馬ばかりに気を取られていたが、それだけでは馬券は外れてしまう。
2着に⑥番の馬が来なければならないのだ。


「後続は? ⑥番の馬は!?」


俺のその声にハッとした姉妹が画面を凝視する。


「…………おった、スタートから変わらず4~5番手やけど、うまい事外目に持ち出してるわ、これやったら包まれて脚を使われへんって事はないやろ!」


おおっ!
ナナの言葉に感嘆の声を漏らす。
やるじゃないかジョッキー。
ちなみに、勝った馬の名前は憶えているが、ジョッキーの名前の記憶はない。
いや、元の世界ではジョッキーにも接触はしたが、名前までは覚えていないんだよな。


『各馬追い上げてきましたが、ナニワテイオーはまだ後方、2番人気のブライダルシャワーは馬群の中だ』


上位人気馬が揃って中盤から後方にいる。
ブライダルシャワーと言う馬は、俺の記憶でも2番人気だったが8着に敗れている。
この馬は気合が乗ると恐るべきパフォーマンスを発揮するのだが、気まぐれなのかその気合が乗る時の波が激しい。
不慮の事故で惜しまれながらこの世を去ってしまったが、現役中は大レースを三つも勝ったキャリアを誇る。
その勝った三つの大レースは、いずれも気合が乗った時だ。
反面、気合がのらないと格下にもアッサリと負ける事があった。
この世界でのこの馬がどう言った気性かは分からないが、実績は十分だったのだろう。
2番人気に支持されるぐらいなのだから。


『さぁ、最後の直線、先頭はピーコックパーマー、差は縮まりましたがそれでも後ろとはまだ7~8馬身の差があります』


いよいよ最後の直線に入った。
姉妹によると、このコースの直線は短いが、ゴール前に坂がありバテない脚が要求されるらしい。
ここまで飛ばしてきたように見えるピーコックパーマーはバテていないのか?
3コーナーでは競り合っていたし……
もしバテているなら、この7~8馬身差は決してセーフティーリードとは言えないのじゃないか?
姉妹に尋ねると、キッと鋭い視線を向けられた。
いよいよ大詰めなのだから、邪魔するなとでも言わんばかりの目だ。


『残り300m先頭はピーコックパーマー、後ろから4~5頭がグングン差を詰める』


後続の4~5頭の中に⑥番の馬も含まれている。
位置は外目だ。
姉妹曰く、内より外目の方が馬場の状態がよく、伸びるそうだ。
これは、イケるんじゃないか。


『残り200m、先頭は変わらずピーコックパーマー、後ろとはまだ5~6馬身以上の差がある、このまま逃げ切れるか』


残り200m地点から100m地点まで登り坂になっている。
ここからが正念場だ。
粘れ!


『ナニワテイオーは伸びない、ブライダルシャワーも馬群に包まれたままだ』


1・2番人気の両馬は馬券に絡む可能性は消えたと言っていいだろう。
これも良い傾向だ。
後は、③番の馬が粘り、⑥番の馬が2着で入選すれば的中だ。
頼むぞ!


『坂を上りきって残り100m、先頭はピーコックパーマー、3~4馬身後ろに①番グッドネイチャと⑨番オークマロッチ、さらに外から⑥番レガシーローカルが迫る』


「「きゃぁぁぁーーー、お願いーーー」」
「うぉぉぉ、粘れぇ~~」


『ゴールまで50m、先頭との差がほとんどなくなってきた』


先頭を走っていた③番の馬を抜き去る勢いで後続の3頭が追い上げてきた。
どうやら、この4頭で決着しそうだ。
問題は1・2着の馬だ。


『4頭固まってゴール! 内のピーコックパーマーが態勢有利、そして、2着に⑨番オークマロッチ、だ―― 』


な、なんだと……
この状況に、俺は椅子にドスンと腰を落とす。
ナナは膝から崩れ落ちる。
顔面蒼白だ。
いや、気を失っている。
大丈夫か。
ノアの膝も小刻みに震えている。
他も抑えていたと言っていたが、それも外れたのか。
そう言う俺も、椅子から立ち上がれない。


『──が、審議! このレースは審議となりました』


テレビ画面に映る掲示板には1着③番、2着⑨番と表示され3・4着は表示されず点滅を繰り返している。
そして、その下に『審』の文字が点灯していた。


『お知らせ致します。 最後の直線で⑨番オークマロッチ号が⑥番レガシーローカル号の進路を妨害したかについて審議致します、お手持ちの勝ち馬投票券はお捨てにならないようお願いします』


場内に運営側よりアナウンスが流れ、どよめきが起こる。
オーロラビジョンにはゴールの瞬間が大きく映し出されている。
実況にもあった通り、1着は③番で間違いなさそうだ。
が、これも実況にあった通り2着には⑨番の馬が入線しているように見える。
⑥番の馬は続く3着だ。


「ナナ、ナナ、起きて、まだ分からんで」
「ノア? えっ何?何?」
「さっきのレース審議やって、だからまだ分からんで」
「ハッ、そうやった」


ナナを起こしたノアが今の状況を説明する。
すると、ナナの顔はパァっと明るくなる。
テレビには審議の対象となったシーンがスローで映し出されている。

その映像によると、⑨番の馬が⑥番の馬の進路を塞ぐように接触、と言えば聞こえは良いが最早タックルだ。
⑨番の馬も苦しくなり真っ直ぐに走れなかったのか。
その影響で、⑥番の馬は大きくバランスを崩す様子が映し出されている。
反面、⑨番の馬は体勢を整えられたようだ。


「なっ!」
「「何やっとんじゃ、ゴルァーー」」


驚く俺に、激怒する姉妹。
姉妹は⑨番のジョッキーに激怒しているようだ。


『解説のオガワさん、いかかでしょうか』
『そうですねぇ、この不利が無ければレガシーローカルの勝ちもあったかもですね』


スローVTRを見て解説のオガワが言う。
この不利がなければ⑥番の馬の1着もあったかも知れないと。
そうなれば、③番の馬は2着になるのだが、馬券的には問題のない『馬番』だ。
どちらにしても的中だったのだが……


『いずれにせよ、お手持ちの勝ち馬投票券は確定するまでお捨てにならないで下さい』


実況アナウウンサーもそう注意喚起する。


「③番の馬はずっと先頭を走ってたから審議の対象外やな、だから1着は変わらんとして問題は2着や、⑨番の馬が降着になったら……」
「でも、降着って滅多にないやん、落馬とかがあったら別やけど、今回は落馬も無かったし」


ノアは前向きに考えているようだが、それは希望的観測だろう。
否定するナナの表情は暗い。

テレビの画面は掲示板を映している。
1・2着は変わらずだが、新たに3着に⑥番、4着に①番と表示され点滅を繰り返している。
入線順位は③番 ⑨番 ⑥番 ①番 ⑦番の順となったようだが『審』の文字は変わらず点灯している。
まだ確定はしていないから分からないとは言え、ナナの滅多にないと言う言葉が気になる。
さっきも言ったが、俺の記憶にあるのは着順のみだ。
それも、後で知らされたからレース自体を見ていない。
つまり、降着があったかどうかなんて知らないのだ。
ちゃんと見ておけばと後悔する。


『おっと、場内よりアナウンスがあるようです』


実況アナウンサーがそう言うと、運営側のアナウンスが流れた。


『最後の直線で⑥番レガシーローカル号の進路が妨害された件について審議した結果、⑨番オークマロッチ号が⑥番レガシーローカル号を妨害しなければ先着したとみなされました、また①番グッドネイチャ号、⑦番イクゾターキン号も先着したものとみなされる為、⑨番オークマロッチ号の順位を5着に降着。 尚、③番ピーコックパーマー号は審議の対象外の為、到達順位通りとし、2着に⑥番レガシーローカル号、3着に①番グッドネイチャ号、4着⑦番イクゾターキン号の順に入線したものとし確定致します』


画面には、

1着 ③番
2着 ⑥番
3着 ①番
4着 ⑦番
5着 ⑨番

と、点滅から点灯へと変更表示された掲示板が映っている。
そして、『審』の表示が消え『確』の文字が表示されていた。



※注)20歳未満の方は馬券を購入、または譲り受ける事はできません
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