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第9話 宝馬記念スタート

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その後、近場を見て回り、必要最低限の情報は得られたものの、有用な情報は得られなかった。
必要最低限の情報、それは宿。
ハバの所で世話になれるのは今晩までだから、明日以降の泊まる場所が必要なのだ。

近辺で宿は一軒しかなかった。
それも、そこそこのグレードの、宿と言うよりホテルと言った方が相応しい建物だ。
宿泊料金を尋ねると、食事なしで一泊10,000エソとの事。
俺の一日の想定予算を使い切ってしまうので、食事が出来ない。

日が落ちて、気温が下がればもっと足を延ばせ、もっと安い宿を探せそうだが俺の体力はギリギリリサイクルできる程度のゴミ。
そんなに歩き回れるはずもない。
それに、場合によっては通院しなければならないから、あまり店から離れないでくれとハバに念押しされた。
そうなれば、一日の予算の見直しが必要になる。
そこで、一日の予算を13,000エソに引き上げた。

もちろん、何の根拠も無い訳ではない。
それなりにアテはある。
だが、まずは『宝馬記念』での配当を受け取らないと始まらない。
全ては今日の『宝馬記念』に懸かっているのだ。


「10万エソってアホちゃうか」
「これはなノア、アタシの一世一代の大博打や!」


聞くと、ナナは俺が言った③番⑥番の『馬番連勝』の馬券を、なんと一点買いで10万エソ購入したらしい。
そんな話を信じたのかとノアに言っていたナナだったが、事ギャンブルに関しては違うのか?
まぁ、信じたのかと問うていたのは、俺が未来の異世界から来たと言う事に関してだが。
そんな話を、昼の部の営業を終えたハバの店で昼食を摂りながらしていた。


「全財産をフルベットしたと聞いていたが一点買いとは、ずいぶんと思い切ったな、ナナ」
「こんな情報をもらっておいて、大博打せぇへんヤツおらんやろ」
「ホンマにアホやなぁナナは。 まっ、そう言うアタシも同じ馬券はうてるけどな」


ノアも10万エソとまでは行かないものの、1万エソ購入したらしい。
それでも、最低100万エソになる。
ナナに至っては1,000万エソだ。
対する俺は……
考えるのを止めよう。


「ところで、何かあったん?」


俺とナナに同時に尋ねるようにノアが言う。
何かとは?と俺とナナが顔を見合わせ首を傾げる。


「ナナの事呼び捨てにしてるし」


ああ、それか。
俺としては、ナナがそれで良いと言ったからなんだが。


「ああ、それはな、アタシがそう呼んでって頼んだからや」
「そうなんや」
「だってナナ君って“君”付けしたり、キミなんて呼ぶから気持ち悪くて」


ちょっと待て。
それは、俺が気持ち悪いって事か。
確かに、こんなおっさんは若い二人から見れば気持ち悪いだろうが、それを面と向かって言う事ないじゃないか。


「あぁー、ナナはそんなん気持ち悪がるもんな」


ノアはそう言うが、あからさまにヘコんでいる俺を見て慌ててフォローする。


「あっ、アナタが気持ち悪いって事ちゃうねんで、ナナは“君”付けされたりするのを気持ち悪がんねん」


そう言う事か。
考えてみれば、気持ち悪い男に自分の名前を呼び捨てにされたくはないだろうからな。
俺は気持ち悪がられていないって事だ。


「そんじゃぁ、アタシの事もノアって呼んで」
「分かった」
「で、で、『宝馬記念』以外で結果を知ってるレースってあんの?」


やはりノアもギャン中だな。
姉妹揃って同じ事を聞いてくる。
俺は、「ナナにも話したが」と断わりを入れ、同じ事をノアにも話す。


「そっかー、まだ先やなぁ~」
「すまんな、すぐに役に立つ情報じゃなくて」
「ええよ、ええよ、しゃ~ないやん」


ノアは笑いながら言う。
今日は昼食の後、『宝馬記念』が終わるまで店に居る許可をハバから得ている。
店内のテレビで、姉妹と共にレースを観戦する予定だ。

まだ時間があるので、店内に置いてあるスポーツ新聞を手に取る。
読み進めるが、内容も昨日とさほど変わらず、スポーツの途中経過や結果。
少ないながらも、経済や芸能関係の記事もあるが、これと言った有用な情報はない。
昨日の今日じゃ当然か。

俺が新聞を戻すと、続いてノアがその新聞を手に取る。
ノアが記事を読み独り言ちる。
「おっ、③番⑥番のオッズが、ちょっと上がってるな」と。
昨日から、前日発売が行われた為、さすがに的中率が今一つの新聞の予想でも、信頼度は昨日より上らしい。
だが、Dランクのオーガに変わりはないそうだ。

ノアはそのまま新聞をパラパラとめくっている。
3~4ページめくった所で「おっ」と声を挙げる。
ナナが「どないしたん?」と声を掛けるとノアが答える。


「コーナヴァギーのダンジョンのスロットマシーンで、この国のお金に換算して30億エソの当たりが出たんやって」


何!?
ダンジョンだと。
またまたまた、ファンタジーな単語が出てきたぞ。
しかも、30億エソだと。
やはり、ダンジョンは一攫千金があるのか?
それに、コーナヴァギー?
ファンタジー用語にそんなのあったか?


「ダンジョンって、迷宮か? それにコーナヴァギーって何なんだ?」


疑問に思った事を聞いてみる。


「ダンジョンってのはなぁ~」


ノアの説明によると、ダンジョンとは一つの施設でありとあらゆるギャンブルが行われる場所で、まんまカジノの事らしい。
ギルドと違い支部は無く、ダンジョンに直接行かないとギャンブルが出来ない。
しかも、ダンジョンは限られた国にしかないそうだ。

そして、コーナヴァギーだが国の名前で、正式にはコーナヴァギー公国と言う小さい国との事。
この世界でも珍しい貴族が統治する国だそうだ。

数少ないダンジョン保有国の中でも、高額な払い出しが度々起こるとして有名なのだとか。
その分、ミニマムベットも高額で、主に富裕層向けなのだが、スロットマシーンは少額のベットでも可能で、一攫千金も狙えるとして一般人の間でも人気があるらしい。
尤も、その当選確率はとんでもなく低いのだろう。
今回は、30億エソと超高額な払い出しが十数年ぶりに出たとして、新聞記事になったのだ。


「そんで、コーナヴァギー公国なんやけど」


そう続けるノア。
「あちゃー」と額に手を当てるハバ。
何も聞こえませーん、とばかりに耳を塞ぎ瞑目するナナ。


「コーナヴァギー公国は、貴族であるオーウ・メン・コーナヴァギー公を主君とする国でな」
「主君が、オーウ・メン・コー……」
「あら、そこで切るなんてアナタもイケるクチやねぇ~、そう、ギリギリ、てかアカンよなぁ~」
「いやいや、ちょっと待て、この国ではアウトだろうが、外国ではセーフなんだろ」
「そうやねんけどな、でもこの国はそれだけじゃないねん」
「それだけじゃない?」
「そうそう、この国の首都はニーペスって言うねん」
「ニーペ……ス……だと」
「そうそう、ほんでニーペスには逆さ塔リバースタワーって言う世界的に有名な観光名所があって、大きな穴に塔が突き刺さってる形になってんねん」
「ニーペスが穴に突き刺さって……」


いや、違う。
ニーペスが穴に突き刺さっているんじゃなく、塔が穴に突き刺さっているんだ。
ニーペスはあくまでも地名だ地名。


「ほんで、その穴のすぐ近くに小高い丘があってな」
「丘? まさか!」
「そのまさかなんよ、その丘は、ク・ウォーリ・トゥーリースって呼ばれてんねん」
「!!!!!」
「そんでな、その丘をあまり刺激するな、刺激しすぎると穴から水があふれ出し、大規模な洪水が起こると言い伝えられてんねん」


アウトー。
完全にアウトー。

それからも、次から次へとノアから出てくる下ネタのオンパレード。
ノアの顔は至って真剣で、イキイキとしている。
困った顔でハバを見ると、ゲンコツをノアに落とした。


「痛ったー」


頭を押さえた所でようやく下ネタが終わる。
聞けば、ノアは性に奔放で、非常にオープンだと言う。
だからと言って、誰とでもでもと言う訳ではなく一本筋が通っているらしい。
座右の銘は「身体は張っても売らん!」だそうだ。

そして、無類の動物好きで、将来はペットショップを営むのが夢との事。
夢があるのは良い事だ。
その為に、お金を貯めているのだが、生来のギャンブル好きと言う事もあり、思うように貯まらないらしい。

ギャンブルを止めたら夢に近づくとは思うのだが、それはそれ、これはこれらしい。
それに、ノアはナナと違い、ギャンブルと上手く付き合っているようだ。
借金してまでギャンブルはしないと言っていたし、馬券の買い方を見ると、確かにその通りだと頷ける。
なんとか夢を叶えてほしいものだ。


「おっ、そろそろ放送が始まるぞ」


ハバがテレビをつける。


『いよいよ、本日は上半期のグランプリ『宝馬記念』が行われます、実況は私ナラ・シカオ、解説にオガワ・Kジローさんをお迎えしています。 オガワさん宜しくお願いします』
『お願いします』
『さて、現在の人気ですが……』


実況アナウンサーがそう言うと、画面には現在の単勝人気が表示された。
それを見て目をこする。
③番の馬がブービー人気なのは俺の記憶通りなのだが、⑥番の馬が5番人気に支持されていた。

どういう事だ?
⑥番の馬は最低人気だったはずだが。
俺の記憶が間違っていたのか。
あわてて新聞を広げる。

再確認したが、やはり馬名も枠順も開催回数もレース名も全く同じだ。
なぜか、人気だけが違う。
確かに、記憶にあるのは今回の『宝馬記念』の着順を俺が操作した結果だ。
俺が操作していない以上、人気も変われば、考えたくはないが結果も異なるのではないだろうか。
これはマズいぞ。
顔から血の気が引くのが分かる。
そんな俺に気付いたのか、ハバが心配そうに声を掛けてくる。


「どうしたムコウマルさん、顔色が悪いが大丈夫か」
「いや、大丈夫だ、俺のこれからが掛かっているから少し緊張しているんだ」
「…………」


ハバは怪訝な目を向ける。


「なぁんで緊張してんの、結果は分かってんねんから大丈夫に決まってるやん」


バシバシと背中を叩くノア。


「いや、まぁ、そうなんだが……」


歯切れの悪い返答をする俺。


「なんか気になる事あんの?」


俺の顔を覗き込むナナ。
ナナには言った方がいいのか。
俺の事を信じて、10万エソもの馬券を買ったのだから。
だが、不安がるだろう。
しかし、外れた場合、事前に知っていた方がある程度覚悟も出来るだろう。


「……俺の記憶と人気が違うんだ」


悩んだ結果、覚悟が予め出来る方がまだマシと判断し、告げる事にした。
さぞかしショックだろうと思ったが、ナナは首を傾げる。


「俺の記憶では③番の馬がブービー人気で、⑥番の馬が最低人気だったんだ」
「③番の馬がブービー人気なんはそうなんやけど、⑥番の馬は5番人気やね」
「そうなんだ、つまり、その……」


言い淀んだ俺を、頭に?を浮かべたような顔でナナは俺を見る。
ノアも興味があるようで、俺の続く言葉を待っている。


「人気が俺の記憶と違う以上、結果も違う可能性もあるんだ」


俺の言った事がまだ理解出来ないのか、姉妹は頭を傾けている。
ハバは理解したのか目を見開いている。
だが、理解したのか姉妹が声をあげる。


「「はぁぁぁぁ!?」」


デカいよ声が。
でも、まぁ、そうなるわな。


「ちょちょちょちょい待ち、それってもしかして」
「ああそうだな、考えたくはないが③番⑥番が1着2着にならない事もある可能性が出て来た」
「「ええぇぇーー」」


姉妹が揃って叫び声をあげる。


「そ、そんな、アタシの10万エソが……」


涙目になり、そう呟くナナ。


「まぁ、アタシは他にも抑えてるからまだマシやけど、でも厚めに買うたからな」


肩を落とすノア。


「俺は全財産だ」
「アタシも全財産や、どーしよー明日から生活出来へん」
「それは俺もだ」
「ナナの場合は生活費を借金すんねんから出来るやろ」


全財産だと呟いた俺に、明日から生活が出来ないと零したナナ。
それに同調する俺。
そこにノアからツッコミが入る。
全財産、と言っても俺の場合は1,000エソだが、ナナは10万エソもの大金だ。
「お゛わ゛っ゛た゛―゛」と、どう表現すればよいかに悩む言葉を発して、倒れ込むように椅子にもたれかかるナナ。
口や鼻からエクトプラズムが抜ける様が見えそうだ。



「また、借金すんねやろ、ギャンブルは給料入るまで出来へんけど」


ノアは幾分ダメージが軽い分冷静にナナに問う。
ナナは「それが……」と目に涙を浮かべている。
聞くと、すでに限度額に達していてこれ以上借金はできないそうだ。
警官と言う職業柄、貸付業者は限度額の増額には比較的甘かったが、貸付業者も馬鹿じゃない。
度重なる限度額の増額に、これ以上の増額は出来ないと言われたらしい。
本来なら、10万エソは返済と生活費に充て、ギャンブルは控えるつもりだったらしいのだが、俺と出会い情報を得た。
今ある、10万エソをフルベットし的中すれば、借金を全額返済できるばかりか、大金を手にする事が出来る。
だから、ここが勝負所と思ったのだそうだ。


「ホンマにアホやなぁ、ナナは、給料日までご飯ぐらいは食べさせてあげるから」と、優しい声でノアが言う。
「でも、酒はアカンで」と、釘を刺す事を忘れない。
「ノアー!!」と泣きながら抱き着くナナ。
なんとも仲が良い姉妹じゃないか。


「まだ結果が出ていないんだ、可能性がゼロと言う訳ではないだろ」


ハバが慰めるように言う。
確かにその通りだな。


「せ、せやな、オジキの言う通りや、それに締め切りまでまだ時間あるし、⑥番の馬が最低人気になるかも知れへんしな」


締め切りまで時間があるのは間違いない。
だが、せいぜい20分程だ。
そのたった20分で5番人気が最低人気まで下がるとは思えないが……


『それでは、パドックの様子を見てみましょう。 パドックはフトエ・ズンコさんです。 フトエさん、まずは1番人気の馬はいかかでしょう』


テレビ中継はパドックの様子を映し出している。
そして、アナウンサーに指名された元ジョッキーだったフトエと言う女性が馬体の解説をしている。


「この、フトエさんの馬体診断、よ~当たるねんな」
「せやな、人気薄でもフトエさんが指名したらよ~馬券に絡んでくるもんな」


ノアナナ姉妹は画面を食い入るように見ながら言う。


『では、フトエさん良く見える馬を教えて下さい』


実況アナウンサーが尋ねる。


『そうですね、まず、③番のピーコックパーマー、周回でも落ち着いていましたし、ジョッキーが跨ると怖いぐらい気合がのりました、だからと言ってイレこんでいる訳でもありません、怖い一頭です。 次に⑥番のレガシーローカルですね』


この言葉を聞いた瞬間、姉妹が大歓声を上げる。
ナナに至っては号泣だ。

だが、俺にとってはバッドインフォ。
記憶ではこの2頭は実力も劣っており、当日のコンディションも良くなかった。
馬券が外れる信憑性が高まる。
この事は姉妹には言わない方がいいな。

そして、いよいよ『宝馬記念』のゲートが開かれたのだった。



※注)20歳未満の方は馬券を購入、または譲り受ける事はできません
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