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第6話 ムコウマルの予想とハバの予想

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「んで、さっきの続きやけど」


メシを食べながらナナが俺に視線を向ける。


「ああ、『宝馬記念』だったな、俺の予想は③番の馬と⑥番の馬だな」


料理が並べられたテーブルに新聞を広げ言う。
俺が居た世界であった1~3着の馬を当てる3連系の馬券は、こちらではまだ発売されていない。
発売されている馬券では、1着と2着の馬の番号を当てる、所謂『馬番連勝』が最も射幸性が高いとの事。

俺はこのレースの全着順を記憶しているから、『馬番連勝』どころか、全着順を当てる『パーフェクト連単』なる馬券があったとしても当てられるが、無いものは当てようがない。
ブービー人気と最低人気との組み合わせだったから、『馬番連勝』でもそれなりの高配当になるだろう。


「③馬と⑥番の!?」
「7番人気と8番人気の組み合わせやん」


何?
ノアが言うには7番人気と8番人気らしい。
俺の記憶だと、この年は確かに16頭立ての最低人気とブービー人気だったはずだが。


「ちょい待ちノア、それはこの新聞の予想や。 この新聞の的中率知ってるやろ」
「せやなぁ~、この新聞はなぁ~」


どうやら、実際のオッズではないようだ。
ホッと胸を撫でおろす。


「でも、人気薄同士の組み合わせなんは間違いないで」
「せやな」


よしよし。
それは良い情報だ。
後はどれぐらいの配当か、だな。


「ちなみに、その新聞での予想配当はどうなっている?」


俺がそう尋ねる。
あまりアテにできない新聞のようだが、目安にはなるだろう。


「え~っと、③番⑥番は、っと」


ナナはオッズを確認する。


「!Dランクのオーガやん!!」
「Dランクのオーガ!!??」


ナナの答えにノアが驚いたように反応する。
だが、ちょっと待て。
Dランクのオーガ?
ここに来て、ファンタジー物で良く聞くワードが出てきた。
一体どう言う事だ?


「そのDランクのオーガってのは何だ?」


疑問に思った事を聞く。


「アナタ、そんな事も知らんの?」


ああ、知らない。
だから聞いているんだ。
まさか、本当にモンスターが出てきて、ランクはその危険度とかじゃぁないだろうな。


「Dランクのオーガってのはなぁ──」


ナナの説明によるとこうだ。
オーガってのは、そのギャンブルに於ける配当倍率の事を言うそうだ。

詳細は
スライム=1.1~9.9倍
ゴブリン=10~49.9倍
オーク=50~99.9倍
オーガ=100~999.9倍
グリフォン=1,000~9,999.9倍
ドラゴン=10,000倍以上

そして、ランクは、
A=7.5~9.9倍
B=5.0~7.4倍
C=2.5~4.9倍
D=1.0~2.4倍
※スライムの場合

らしい。
だから、今回の俺の予想配当は、100倍~249.9倍になる。
少なくとも100倍にはなる訳だ。

この財布をいくらで買い取ってくれるかは分からないが、全ツッパだ。
おっと、ここの飲食代は払わないといけないから、800エソは残しておかないとな。


「Dって―ても、Cに近いDやな」
「これは予想やから、ヘタしたらCになるかもやな」
「せやな、ノア」


食事を終えた姉妹は、その後も「展開が~」とか、「明日の馬場は~」とかの話に華が咲いている。
俺は競馬の事はそれほど詳しくはない為、二人の言っている事はよく分からない。

こうして見ると、なんとも仲の良さそうな姉妹だ。
さっきのケンカは何だったんだと思える。

もし、俺に娘がいれば同じ年頃なのだろうか。
娘どころか結婚もしていないがな。
若い頃から全くモテなかったんだよ俺は。 うるさい、ほっとけ。


「もういいか?」


ハバが姉妹に尋ねる。


「「ごちそうさまでした」」
「なら、ホレ、食器をさげて洗ってこい」


姉妹は「は~い」と言って食器を持って厨房の方へ向かっていった。
いつもの事なのだろう。


「あっ、ノア、後で少し話がある」
「何?」
「後でいい」
「は~い?」


茶のお替りを俺に注ぎ、ハバは向かいに座る。


「その財布を買い取ってくれる場所だが、すぐ近くに質屋がある」
「ありがとう、早速行ってみるから場所を教えてくれないか」
「その前に聞きたい事があるのだが」


ハバが神妙な面持ちで言う。


「身分証明書は持っているのか?」


身分証明書?
持ってはいるが……


「持ってはいるが、その……」
「身分証明書を見せなければ、質屋では引き取ってくれないぞ」

何!?
そうなのか。
俺は質屋なんて利用した事がないから知らなかった。


「質草が盗品だった場合に備えて身分本人確認が必要だ」
これ財布は盗品なんかじゃ──と言っても……」
「ああ、それを証明できない以上信用してもらえない、だから身分証明書だ」


何て事だ。
弾を得る手段がなくなってしまった。
やはり働くしかないのか。

だが、働いたとしても明日中に金を手に出来る仕事はあるのか。
いや、日雇いとかならば可能か。
だが、日雇いなんて出来ないぞ。
自慢じゃないが、俺の働く気力は体力に負けず劣らずゴミ同然だ。
いや、ゴミ以下だな。
そもそも、日雇いにしてもこんなオッサンを雇ってくれるのか。
仮に雇ってもらえる所があったとしても、金を手に出来るのは『宝馬記念』が終わった後だろう。
それじゃ、馬券は買えない。
俺が困った表情をしていると、ハバが救いの手を差し伸べてくれた。


「その財布はナナに持って行かせたらいい、盗品なら別だがな」
「この財布は盗品なんかじゃない」
「そうだろうな、そんなブランド見た事がない、類似品バッタ物含めてな。 で、ここからが本題だが、答えたくなければ答えなくてもいい」


さらに神妙な面持ちでハバは言う。


「ムコウマルさんはどこから来たのだ?」


ハバ曰く、有名ブランドであれば必ず類似品バッタ物が存在するはずが、見せてもらった財布は、本物、偽物含めこの世に存在しない。
だが、素材や造りから高級品である事は間違いないとの事。
そして、まるで未来が視えているかのような推測。
決め手は、言葉の節々に「俺の世界──」と、つい言葉に出して「国では」と言い直している事を述べた。


「さっきも言ったが答えたくなければ答えなくてもいい、だが、俺の予想を言ってもいいか」


まあ、元々正直に話すつもりだったから答えてやろう。
だが、その前にハバの予想を聞いてみるか。
この様子だと、察しているようだし、大きく外れている事はないだろう。
その方が、真実をすんなり受け入れてもらえそうだしな。


「ズバリ、ムコウマルさんは──」


異世界から来た!
そう続くと思っていたが、ハバの口から出た言葉は、俺の予想外のものだった。


「宇宙から来た! すなわち惑星外知的生命体だな!!」


ズッコケる。
ハデに。

その後、ハバはその根拠を話しだす。

財布はこの惑星にはない素材と技術で作られた。
それに、さっき見せてもらった携帯電話も現在では作れない。
つまり、この惑星より科学技術が進歩しているのではないか。
他の惑星から、この惑星に来れるぐらいなのだから。
それだけ、科学技術が進歩しているのであれば、ある程度の未来視も科学のチカラで可能なはず。
世界──は、惑星外なのだから世界が違う、との事。

いやいや。
その考えは、俺が惑星外知的生命体だとの前提じゃないか。
少々……どころか、かなりブッ飛んでるぞ。

遂には、俺の肩をつかんで「UFOに乗ってきたのか!?」と鼻をフンスッフンスッ鳴らし揺らしだした。
なんでそうなる。
まぁ、世界と時代をマルチに転移したとは思わないか。


「あーっ、タケシ伯父さんが、まぁ~たオカルト話で興奮してるわ」


俺が困惑している所に、ノアがやってきてそう声を掛ける。


「アナタ、オジキにそんな話オカルト話したん?」


いやいや。
俺はそんな話一切していないぞ。
ハバが勝手に想像しているだけだぞ、ナナ。


「ノア、ナナ、惑星外生命体が俺の目の前に居て会話をしているんだぞ、これが興奮せずにいられるか」


聞けば、ハバはUFOやUMA、さらには心霊現象やポルターガイスト等、無類のオカルト好きらしい。


「アタシもオカルト派やけど、そう言うのはちょっと違うねんなぁ」
「タケシ伯父さんは、異常すぎるもんなぁ」


おい、お前ら。
呆れてないでなんとかしてくれ。
なまじパワーがあるから、掴まれた肩が痛いんだよ。
俺は縋るような目で二人を見る。
それに気づいたナナが、ハバの頭をスパーンとはじく。


「オジキ、ケガはないみたいやけどケガ人やで」


なんだそれ。
ケガがないのにケガ人って。
そんなのでハバが正気に戻るのか。


「はっ、そ、そうだった、す、すまない」


戻るんかぁ~い。




正気に戻ったハバが、ナナにこのサイフを質に入れてきてくれと頼む。
ナナはこの質屋に度々世話になっているらしい。
だから、問題なく引き取ってくれるだろうと俺に言う。

ナナは警官で、正義感も強いから金額を誤魔化される事はないとも付け加えられる。
俺としては、手間を掛けさせるのだから手数料として少しぐらいは懐に入れてもらっても構わないのだが、彼女はそんな事は絶対にしないらしい。
「方々に借金はあるようだがな」とハバは苦笑いする。
が、すぐに表情を変え。


「で、UFOは? 絶対に誰にも言わないから、見せてもらう訳にはいかないだろうか」


と、目を輝かせている。
参ったな。
まずはその誤解を解かなければ。


「期待している所悪いが実は──」


俺は全て正直に話した。


「だから、『宝馬記念』の結果を“知っている”って言ってたんか」
「そうだな、俺の記憶にあるレース名も『宝馬記念』で、レースのグレードも同じだ、そして、第何回目かの『宝馬記念』も。 さらに馬名と枠順も全て一致しているから偶然とは思えない」
「でも、それやったら過去にタイムスリップしただけやって思うんちゃうん? 異世界に来たとは思わへんのとちゃうの」
「それについてはだが──」


俺は、書かれていた看板の文字。
さらに、俺が使っていたカード会社や銀行名(旧名含む)が、この世界には存在しない事がその信憑性を高めたと話す。


「なるほどなぁ~、で、未来ってどんなカンジなん?」


ノアは目をキラキラさせて俺に尋ねてくる。
反面、残念そうな顔をしているのはハバだ。


「ゆーふぉー……」


大きな身体が小さく見える。
なんだか申し訳ない気持ちになる。
でも、俺のせいじゃないよな。


「ただいまぁー」


厨房からナナが出てくる。
俺の財布を現金化して帰ってきたのだろう。


「はい、これ」


そう言って、俺に紙を手渡す。
見るからに、紙幣だろう。
1,000と書かれた紙幣、それが3枚。


「3,000エソにしかならへんかったわ」
「おお、ありがとう」


って、待て。
3,000エソだと。
ここで食べた料理が800エソだった。
ハバには申し訳ないが、高級と言う感じではなかった。
俺の感覚では、元いた世界とは通貨は違うものの、その価値はほぼ同等だろう。

俺の財布は高級品だった。
こっちの価格に換算すると、およそ50万エソで買った。
使用済みの品は価値が下がるとは言え、十分の一の5万エソ程にはなるかと思っていた。
それが3,000エソとは……


「品物は~けど、聞いた事ないブランドやからやって」


確かにハバもそう言っていたが、それにしても安すぎないか。
これ3000エソでは4、いや3食分しかない。
その前に、ここでの800エソを返さないといけないから、残り2,200エソか。

明日の『宝馬記念』の予想オッズが最低でも100倍。
2,200エソを全ツして、220,000エソか。
んん!?
イケんじゃね。
姉妹の話によると、オッズはもっと上らしいし。

宿泊と飲食を一日1万エソとして、最低でも20日間は暮らしていける。
その20日の間に、次の金儲けの手段を探せばいい。
問題は、現時点ではその次の金儲けの手段がない事だが、それは俺にこの世界の情報がないからだ。
情報を仕入れて行けば、金儲けの手段は手に入るだろう。

いや、厳密に言えば金儲けの手段はある。
『宝馬記念』と同じ年に行われた競馬のレースなのだが、そのレースの勝ち馬の記憶がある。
残念ながら、全着順ではないが、勝った馬が分かれば問題ない。
この世界にも、1着の馬を当てる『単勝』なる馬券も発売されているのだから。

配当は『馬番連勝』には遠く及ばないが、結果が分かっているのだから厚く張ればいい。
だが、そのレースは暮れの大一番と言われる『有塚記念』だった。
時期的にもまだ先だし、この世界にも『有塚記念』と言う名のレースがあるのかは分からない。
まぁ、レースの有無は、後で姉妹に聞けば分かるだろう。

そう決めた俺は、受け取った3枚の紙幣の内、1枚をハバに差し出す。
すると、ハバは「???」とした顔をしている。
さっきの食事代だと告げるとハバは「いらん」と言う。
「そう言う訳にはいかない」と俺が言うと、やはり「いらん」とハバ。
そんな事を繰り返していると、ノアがやってきて、ひょいと紙幣を摘まむ。
そして、俺に100と書かれた硬貨を2枚渡す。


「1,000エソお預かりしましたので、200エソのお返しとなります」


その顔は、この店の従業員の“それ”だった。
理解した俺は、「ああ、ごちそうさまでした」と微笑み2枚の硬貨をポケットに突っ込んだ。
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