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第4話 情報開示

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「電話は、画面に数字が出るからタップすれば掛けられる」


俺はハバからスマホを受け取り、ロックを解除し画面を見せる。


「タップ?」
「あぁ、画面上の数字を押せば大丈夫だ」


説明を受けたハバが画面上の数字を適当にタップする。


「番号の入力が出来れば、後はこの通話をタップすれば電話は掛けられる、まぁ、回線が対応していないから繋がらないが」
「回線が対応していない!?」
「そうだな、この時代では“まだ”対応していない」
「“まだ”だって!」


おっ!
“まだ”に反応した。

そう、“まだ”だ。
則ち、将来は対応される。

これも俺が元いた世界と同じだとの仮定だが、もぅ、間違いないだろう。
技術は日々進歩するのだからな。
それはこの世界でも同じだ。

だが、何事にも段階というものがある。
バイオリンのように、スマホはその歴史に突如現れ、その姿を変える事なく現在に至ったのではなく、段階を踏んできた。
今はスマホが世に出る何段階か前の世界なのだろう。

ハバの反応から察するに、こっちにも携帯電話はあるようだ。
だが、この店の中には硬貨を入れて電話を掛けられる、いわゆる公衆電話なる物が置いてある所を見ると、まだまだ携帯電話は普及していないように思える。
つまり、“まだ”携帯電話は一般的ではなく“これから”広がると言うことだ。
それも、俺がいた世界でもそうだったように爆発的に。

そうなると、利権を持っている者が大きな利益を得る。
では、誰がその利権を持っているのか。

その答えは例の新聞記事。
ハバもあの記事を読んでいたのだろう。 
“まだ”に敏感に反応したのだからな。


「そうだ、スマホには“まだ”対応していないが、携帯電話の回線はあるんだろ? ハバさんは携帯電話を知っていたみたいだしな。 だが、今は“まだ”普及していない、店に公衆電話が置いてあってそれなりに需要があるのがその証拠だ。 単純に電話機能だけの端末はこれから爆発的に広がる、それこそ一人一台が持つ程にな」
「一人一台……」


ハバがそう呟き、俺の顔を見る。
その目は輝いている。


「その様子だと、俺が言いたい事は分かっているようだな」


俺は、ニヤリと口角を上げる。


「いやいや、待て。 爆発的に広がるその根拠…… いや分からんでもないか…… う~ん」


ハバは一人疑問に思い、一人納得している。
だが、迷ってもいるようだ。
ここは具体的な数字を提示して背中を押してやるか。


「なら、とっておきの情報だ、約3倍で高止まり、その後元値の1.2倍の所で下げ止まる、だから今は大チャンスだ」


これも俺が元いた世界での出来事を基にしている。
これが何を意味するのか。

株取引だ。

ある企業の株価が俺の言葉通りの値動きを見せた。
それも、短時間に。

その企業は通信公社が民営化したものだった。

新聞記事には、2年前に民営化された、この国の元通信公社が株式を公開すると載っていたのだ。
公開される日は十日後。
その一次売り出し価格はおよそ120万エソ。

俺がいた世界でも同じ事が起こっていた。
一次売り出し価格もほぼ同じ。

「政府が売り出す株」に絶大な信頼感を得た投資家達が群がり高騰。
だが、その反動と、主要他国株が急落した事が手伝いその後、暴落。
大損失を出した投資家も複数いたが、株取引の裾野を広げたのは事実として語られている。

国内の通信事業は国が独占していた。
国の公共事業で、電話回線を全国に巡らせたのだから当然だ。
この国も同様らしい。

その市場を独占していた公社が民営化され、株式を公開するのだ。
株価が上がるのは、俺のいた世界を基にするまでもなく、素人目にもあきらかだろう。

だが、エンドレスに上がり続ける訳ではない。
いつかは必ず高止まる。
その見極めが最も難しい所でもある。
今回は、その最も難しい所を具体的な数字として出している。
利に聡いヤツなら飛びついてくるはずだ。

「細かい数字の誤差はあるかもな」、とハバに追加で告げる。
ハバは驚愕の表情でフリーズしている。
よく固まる男だな。

だが、確信した。
ハバは間違いなく株式投資をしている。
投資家なら、間違いなく買いだろう。
具体的な数字も提示したし、一体何を迷っているんだ?

もしかして、その具体的な数字か?
確かに、ハバからすれば何の信憑性もないな。


「まぁ、俺が言う値上がり幅の数字が信用できないのは分かる。 だが、値が上がるのはハバさんも間違いないと思うだろ? だからとりあえず買ってハバさんの好きな所で売ればいい。 利益が出るのは間違いないだろうからな」


俺がそう提案すると、フリーズは解けたようだが迷っているようだ。
いや、迷うというより悩んでいるのか。


「いや、数字を信用していない訳ではないのだが、何というか、その……」


ハバは何か言いにくそうにしている。
数字は信用しているようだが、なら一体。


「その情報は仕手──いや、インサイダーの方が的確か、そのようなものではないのか? 俺はそういった事に巻き込まれるのは御免だ」


あぁ、そう言う事か。
仕手──は確かに少し違うが、インサイダーね。
予め情報を持っていれば、そう疑うのは当然だろう。
だが、安心して欲しい。
この情報は内部から仕入れたのではなく、俺の過去の知識からだ。
だから、インサイダーではない。
それをどう説明するかが難しい所だが……

仕方がない。
聞かれたら正直に答えよう。
信じるか、信じないかはアナタ次第だ。


「あぁ、そのあたりは心配ない。 俺はこの世界──国に知り合いはいないからな。 そもそもインサイダーなら他人に話したりはしないだろ? リスクを高める事になるからな」
「言われてみれば確かにその通りだな、仮に俺がインサイダーな情報を得ていたら他人には絶対に話さない」
「だろう、だが、株を買う、買わないはハバさんの自由だ、それに、この情報を人に話すも売るも好きにしてくれたらいい」
「いや、少し迷っていたが株は買う! ムコウマルさんの言う通り間違いなく株価は上がるだろう、それも大幅に」


どうやらハバは、株を買うそうだ。
そりゃそうだろう。
トレーダーなら考えるまでもない事だ。


「そうか…… だが、急激に高騰し、急激に下落するから、あまり無理のない範囲で取引をしてくれ」


俺はそう注意喚起する。
ハバは、「わかった」と頷く。

後はハバの自己責任だ。
まぁ、損失が出る可能性は限りなく低いから大丈夫だろう。

さて。
今度は別の問題だ。
こっちの問題の方が俺にとってはより深刻だ。

でもなぁ~。
どう切り出すか……

えぇ~い。
今更恥も外聞もない。
が、万が一がる。
とりあえずハバに尋ねてみよう。


「ところで、ハバさんに聞きたい事があるんだが」
「ん? 何を?」


ここで、俺はさっき見せたカードを取り出す。


「ハバさんの店では全部のカードが使えないのはさっき聞いたが、この中でこの国で使えそうなカードはあるだろうか」


俺は世界中どこに行っても困らないように、あらゆるカードを複数持っていた。
その中には、合併や買収で社名が変わったカード会社もある。
ここが過去なら、合併や買収前の社名で存在するかもしれない。
俺は補足として、
「このカード会社はもしかすると別の社名かもしれない」
と、旧社名も告げる。

だが、ハバの答えは、
「全て聞いた事がない会社だな」
だった。
まぁ、旧社名でそのカード会社が存在しても、使えないとは思うが。

予想していた通りとは言え困ったな。
俺が困惑しているとハバが声を掛けてくる。


「カードがどうかしたのか?」


おっ。
ナイスパスだ、ハバ。
ここは予定通り恥を晒そう。


「いや、実はカードが使えないと、今晩寝る所がないし、メシも食えないのでどうしたもんかと思ってな」
「そうか、本当に現金は持っていないのか?」
「持っていない」
「銀行で引き落とせないのか?」


銀行……か。
銀行ねぇ。
確かに、俺の口座にはかなりの額の金が入っている。
それも複数の銀行に。
だが、カード会社が聞いた事のない社名ばかりだと言うのなら銀行もそうだろう。
もっとも、カードと同じで、存在していたとしても引き落としは出来ないだろうがな。

確認の為、俺が口座を開いていた銀行名を告げる。
カードと同じく吸収合併などで銀行名が変わった可能性がある事を考慮し、旧銀行名も告げ、この国に存在するかを尋ねる。
だが、ハバの答えは俺の予想通り、この国どころか世界に視野を広げても全て聞いた事が無いとの事だった。

やはりか。
そうなると、最初に立てた異世界へ転移したとの仮説の信憑性は高まるな。
そして、時代も。
てことは、俺は世界と時代、マルチに転移した事になる。


「引き落としは出来ないだろう。 聞いた限りでは銀行もこっちでは存在しないだろうからな」
「そうか……」


俺が答えると、ハバは少し考え込んだように顎に手をあてる。
さて、恥を晒すか。


「無理な願いなのは承知しているが「なら、とりあえず今日、明日はここに泊まればいい、上に空き部屋があるしな、その間のメシも提供する」って、えぇ」


俺が言い切る前にハバはそう言ってきた。
いや、確かに俺は取りあえずの寝床が欲しかったのだが、それは今日だけだ。
それが二日間と、さらにメシまでとは。


「それは、いくらなんでも世話になりすぎだと思うのだが……」
「なに、さっきの情報の礼だと思ってくれたらいい、それに医者にも診てもらいたいからな、明後日一緒に病院へ行こう、今日、明日は近くの病院が休みだからな」


もし、何かがあった時には目の届く所に居てもらった方がいいしな、と続けてハバは言う。
「何かが」と言うのは後遺症の事だろう。

なんだ。
気が回って優しいし良い男じゃないか。
好きな言葉が「大盛り」か「おかわり」の二択だなんて失礼な事を考えていたのは誰だ? 俺か。


「……そうか、ならお言葉に甘えさせてもらう」


ハバはニッと笑い右手を差し出してくる。


「改めて、ハバ・タケシだ、宜しくな」
「ムコウマル・サトシだ、こちらこそ宜しく頼む」


俺はその右手を握り返す。
グッと握られた手はその力の強さを感じる。
なんとも頼もしい手だ。

打算的だった自分が恥ずかしくなるが、そこは察して欲しい。
無一文で異世界へ放り出された者の気持ちが分かるか?
小説やアニメではチート能力を授かっているのが定番だが、俺はそんな能力を一切授かっていない。
元の世界に戻れるかが分からない以上、この世界で生きて行こうと必死になった結果だ。
まぁ、元の世界に戻りたいとは今の所思ってはいないがな。

俺とハバの示談が平和的、と言うか俺にかなり都合の良い方向でまとまったが、目の前では変わらずケンカをしている姉妹の姿がある。


「そろそろ止めた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だ、放っておけ」
「しかし……」
「二人とも、なまじ体力があるからな、ヘタに割って入ったら怪我するぞ」


体力があるか。
やはり、フィジカルギフテッドを授かっていたようだな。

しかし、体力があるなら長引くんじゃないのか。
店の方は大丈夫なのか?
俺は少し気になってその事を尋ねる。


「店の方は大丈夫なのか?」
「ああ、店はこれから夜の部まで閉めるから問題ない、少しすればアイツらも体力が切れておとなしくなるだろう」


いつもは、大体20~30分で電池が切れるとハバは言う。
その後、腹が減ったと大騒ぎして、ハバがメシを食べさせるのが一連の流れだそうだ。
なら、ハバの言う通り放っておくとしよう。

だが、まだ問題はある。
今日、明日の食と住はなんとかなったが、明後日以降は寝泊まりする場所も無ければメシも食えない。

ハバに頼めばなんとかなるだろうが、さすがにそれは甘えすぎだ。
となれば、金を稼ぐ必要がある。
それも、明日中に即金で。

さっきも言ったがアテはある。
だが、アテはあっても弾がない。
まずは弾を仕入れなければ。


「ハバさんに聞きたいのだが、この財布を買い取ってくれる所は無いだろうか」


俺は、カード類を全て抜き取って空になった財布を見せる。
この財布は、俺のいた世界では有名ブランドの高級品だ。
ワンルームであれば、都心のマンション数ヶ月分の家賃に相当するぐらいの額で買った。
こっちの世界ではどれぐらいの価値になるかは分からないが、まぁ、元値の十分の一ぐらいにはなるだろう。


「さっきの財布か、どれ、少し見せてくれるか?」


俺は、ハバに財布を渡す。
ハバは財布受け取ると、色々と見ている。


「このロゴは見た事がないが、ブランドのロゴか?」
「ああ、そうだ。 俺の世界──国では、一応高級ブランドだったんだが……」
「高級ブランドなら俺もある程度は知っているが、このブランドは知らないな」
「そうか……」
「まぁ、造りもしっかりしているし、買い取ってはくれるだろう」
「それは良かった。 で、その場所は?」
「一つ聞きたいが、なぜその財布を売りたいんだ?」


俺は、明後日以降の心配事を告げる。
ハバはため息をついて、俺の顔を見る。


「その財布を買い取ってくれたとしても、その程度の金じゃあどうにもならんぞ」
「それは十分承知している、競馬の馬券が買えればそれでいいんだ」


ハバが俺の返答を聞いて顔をしかめる。
なぜか、姉妹のケンカが止まる。


「明日の『宝馬記念』の結果を知って──じゃなく、当てる自信がある」
「「『宝馬記念』!!」」


姉妹が同時に声を発し、俺に詰め寄ってきた。
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