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4巻

4-3

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「彼らは同種の生物ではないのですが、本体がスライムのような単純な生物という点では同じです。だから動物と違い、増殖も速いのです。金属製ゴーレムは長い時をかけて鉱石を溜めこんだ魔物なのですぐに増えることはないですが、シルバーゴーレム並みの出力なかみを持つ土や岩のゴーレムが生まれる可能性は十分にあります。そういう意味で時間を掛けるのは得策ではありませんし、私たちが今どうにかできなければきっと大変なことになります」

 クロエが言葉に乗せていた重みは、風見にもよく理解できた。確かにそういう事態であれば、街に存亡の危機が訪れてもおかしくはない。しかし同時に、うずっと胸に湧き起こる衝動モノがあった。そういう未知の生物がいると思うと、やはり好奇心を抑えきれない。
 そんな風見をちらりと見たリズは頬杖を突き、小さく息をつく。

「それについては明日だよ、明日。いいね? とりあえずシンゴは今日のうちに弓以外の装備を見繕うこと。弓は坑道では使いにくいし、地属性の付加武装で矢じりを強化するまではゴーレムに通じない。核を狙えば別だが、欲しいのはそこなんだ。付加武装のために確保するよ」
「そうだな。そうしておこう。ところでシルバーゴーレムのことばっかり言っていたけど、普通のゴーレムの相手は大丈夫なのか?」
「それなら問題ないよ。私もクロエも一人で楽勝だ。ま、例の如くシンゴにも練習はさせるがね」
「攻撃されたら痛そうだな……」
「うん。衝撃を逃がせなければ致命傷は必至だよ。壁に挟まれれば死ぬね」
「……!」

 リズがさらりと恐ろしいことを言う。
 それで反応したのは風見ではない。クイナだ。彼女はがくがくして風見の服を握りしめていた。復活しそうだったところで、また傷をえぐってしまったらしい。ぎゅうと胸にしがみ付いてくる彼女を撫でてなだめる。どうやらこれは許容してくれるようだ。

「あのな、あんまり怖がらせるなよ」
「う……、いや、私も今回はそんなつもりはなかったんだけども。すまん、クイナ。怖がらせたか?」

 趣味の悪さには定評のあるリズだが、ここまで怯えさせるつもりはなかったようだ。おろおろと素で焦っている。だが、今のクイナはれ物のようで触ることもできない。リズは困った顔のまま、その場に座り直すしかなかった。
 その表情はどことなく落ち込んでいるように見える。元気メーターの耳や尾もしおれてしまっていた。

「……わかった。その時は気を付けるとして、とりあえず明日使えそうなものを探しに行こうか」

 そうして会議は終了し、風見たちは陽が落ちないうちに街に繰り出した。
 もう夕方ということで仕事帰りの人も見かけるが、それでも数が少ない。やはり銀鉱に入れないことが影響しているのだろう。
 銀鉱に挑んでいたらしき冒険者も、落ち武者同然の様相で肩を預け合って帰還していた。白服もまざっている風見らを横目にした彼らは、悔しそうに歯噛みすると足早に去ってしまう。
 言うなればアマチュアが頑張っていた舞台にプロが乗り込んできたようなものだ。今まで頑張った分、舞台を荒らされるのが歯がゆいのだろう。
 そうこうして歩いていると、数分もしないうちに目的の武器屋が見つかった。

「お、ここらへんがそれっぽそうだな」

 軒先のきさきに、粗末な剣やら斧やらを掲げてある店だ。ゴーレム狩りの冒険者を相手にしているだけあって、斧やつちに盾、丈夫そうな鎖などが所狭しと並んでいる。

「クロエ、どれがいいと思う?」
「身を守りやすいですし、練度の差も表れにくいので、クイナが使っているバンカーシールドなどがいいと思います。風見様が走れる程度の重量ならどれでもいいと思いますよ」
「ならこのあたりかな? さすがに岩だと骨みたいにノコギリでは切れないだろうし、頭蓋骨とか骨盤を開ける時みたいにノミとトンカチを使うのも難しそうだ。その点、パイルバンカーみたいに使えるなら、ちょっと乱暴になるけどやりやすそうだしな」

 風見は使う時のことを考えながら手に取り、感触を確かめていた。

「……シンゴ。戦闘を考えて選べ。戦闘だよ、戦闘。解剖基準ではないからね?」
「お――おう。もちろんわかってる。戦闘も解剖も歯が立たなければ意味ないし、そこは間違えないぞ」

 リズのうろんな眼差しに、慌てて頷く。
 本当は盾の部分が極力小さく、腕装着型のパイルバンカーとして使えるものを選びたかったのだが、さすがに心許こころもとないかと思い、その隣にあった手頃な物を持ち上げた。
 このバンカーシールドは鉄製らしく、腕にずしっとくる。これを装着したままラジオ体操をしたら、それだけで腕が上がらなくなるだろうと思われる重量だ。
 クロエはそれをひょいと受け取ると、「ではちょっと確かめてみましょう」と足元に置いた。
 ――ひょいと持てるほどの重量ではなかった気がするのだが。

「いきます」

 一体何を確かめるのかと注目してみれば、彼女は袖に収納されていたガントレットを装着し、瓦割りの要領で思いっきり盾を殴りつけた。
 ゴズッ! と、恐ろしく重い音が一発。盾の縁が土の床に埋まるくらい威力のある衝撃だ。禿頭とくとうの店主は突然の音に驚いて腰を抜かしていた。

「多少へこみましたが、強度としては十分ですね。ただのゴーレム相手ならば心配はありません」
「そ、そうか」

 クロエはそのまま店主のもとに向かう。
 買い取ってもらえなかったらどうしようかと店主は顔を引きつらせていたが、風見も同じことを心配していた。無事に盾が耐えてくれて一安心である。

「こちらをお願いします」
「あ、ああ。それはいいが、そこの兄さんが噂のげいかい? こんな装備だけでシルバーゴーレムを倒せるのか?」
「それについてはまだ何とも。どこかに良い装備があるなら教えていただけますか?」
「いや、こんな土地じゃ、悪いがこれが精一杯なんだ。在庫の付加武装も国に売約済みのものしかない。武器を研ぐ程度ならいくらでも協力するから、どうかあれを倒してほしい」

 店主は深々と礼をした。クロエは純白の笑みと共に、「お任せください」と頼もしい言葉を返している。ここだけ見れば非の打ちどころがない聖職者そのものだ。
 しかし、影の一面を知っているクイナは複雑な思いがあるらしい。そろそろとリズの陰に隠れていた。一方、狼さんはクイナに頼られて嬉しいのか、尾を振って元の上機嫌に戻っている。

「うーん、でも正直なところ何か欲しいんだよな。生物だからって俺が何でもできるわけじゃない。爆薬とか強力な酸みたいな何かが用意できればいいんだけど」
「残念ながらそんなものは……」

 店主は肩を落とした。が、ただの武器屋ならば仕方がないことだろう。風見は何か他に使えるものはないかと店内を見回す。
 剣・斧・槍・つち・鎌・弓・なた・鎖――どれも普通の武器だ。シルバーゴーレムには通じそうにない。クロエたちにも視線で問いかけるが、首を振られてしまった。
 あとは店主の工房に研磨機や雑品が見えるくらいだ。あちらには武器はなさそうである。
 けれど風見はそこでひらめいた。

「お……。店主さん、そういえばさっきおっしゃってましたけど、もしかしてここは武器の手入れも請け負っているんですか?」
「え? ええ、それはまあ。相手がゴーレムですし、刃こぼれをよくしますから。包丁を研いだりなんかもしょっちゅう頼まれます」
「その時に出た金属粉がもし残っていれば、できるだけたくさん欲しいんですが、ありますか?」
「いつもまとめて捨てているのであることにはあるのですが、一体何を?」
「武器を作ってみようと思っています。リズ、あとでちょっと協力してくれるか?」
「シンゴはまた妙なことを考えているのか。まあいいよ。手伝ってやる」

 金属粉なんてゴミ以外の何物でもない。少なくとも風見を除く全員はそう思っていたのだが、彼の笑みには力があった。

「よし、それじゃあ明日はゴーレム退治に出発だな」

 グールの時と同じく、また異国の知識でこなしてみせるのだろうかと、それぞれに想像を巡らせるのだった。


    †


 翌日。
 とにもかくにも、風見たちは銀鉱へ乗り込んでみることにした。シルバーゴーレム以外を排除すれば挟撃の心配がなくなるし、ついでにゴーレムの核が手に入れば戦力強化もできるからだ。
 銀鉱はアリの巣のように枝分かれしていた。
 ところどころ木で組んだ骨組みに支えられ、松明たいまつを置く台も数メートルおきに設置されている。が、点ける人がいないので、坑道は真っ暗だ。RPGロールプレイングゲームの洞窟はいつも明るかったが、それが親切設計だったのがよくわかる。
 以前、風見が観光に行ったことのある銀山はせいぜい手押し車がすれ違えるくらいの横幅と、身長くらいの高さしかなかったのだが、ここは元からゴーレム狩りも想定しているためにその何倍も広く作られていた。小規模なトンネルと呼んでもいいくらいだ。
 風見たちはそれぞれ松明を手にし、ゆっくりと進んでいった。先導するのはリズだ。その後ろに風見が立ち、左右をクロエとクイナが埋めるVIP待遇の防御態勢が今日も敷かれている。

(なんだかなぁ……)

 最近、男としてのメンツが潰れている気がしてならない。げい猊下と言われているが、そう呼ばれなくなった時に威厳の欠片もないのはいただけないだろう。これはこれで乗り越えるべき課題かなと考えていると、リズが耳を前方に向けて緊張を走らせた。
 どうやら何かを察知したらしい。固唾かたずを呑んで見守っていると彼女は右斜め前方を指した。

「この先に、曲がり角があるのかな。そこを進むと一体いるね。クイナ、補足は?」
「うえっ!? ど、同意見です。あと、もう先に進むと下に繋がる縦穴もあって、その近くには、えっと……二体くらい……? さらに下からも、もう少し音がするかなって……思います」
「うん、大体正しい。この階にいる普通のゴーレムは恐らく三体だ。吹き抜けで繋がってる下の階層にあと二体。その階層にシルバーゴーレムもいるんだろうね」
「なるほど。地下にいるからシルバーゴーレムが外へ出ることはなかったんだな」

 強い魔物が出現したにもかかわらず住人が逃げなかったのは、そういう事情もあったからのようだ。

「いいか、戦術は教えたとおり基本的に二人で対応すること。危うかったら私たちも出るが、それを頼っていたら――まあ言うまでもないか」
「あと核は弱点ですが、私たちの目的もそれなので、できれば傷つけないでください。胸筋のようにくっついた岩の裂け目の奥深くにあるはずです」
「いきなり実戦か。スパルタだな」
「…………」

 リズやクロエにとってはいかようにでもできる相手なので、多少の無理は目をつぶるらしい。アドバイスは二人揃って、向こうの攻撃が当たらなければどうということはないという感じだった。
 しかしクイナは緊張で動きがカチコチしている。やはり中学に入りたて程度の年齢の少女が、死の危険もある戦闘に駆り出されるというのは相当の恐怖なのだろう。銃を渡されたからってライオンとは戦いたくないのと一緒だ。普通なら足がすくんでも何らおかしくない。
 風見は自分より大きな動物なんて見慣れているので、さほど恐怖は感じなかった。テンションが高まった四十メートル級の地竜タマとじゃれることに比べれば、これもお遊びのようなものである。
 彼は、クイナを少しでも落ち着かせようと肩を叩いた。

「クイナはスパルタって知ってるか?」
「知らない」
「俺の世界に大昔に存在した国なんだけど、『命令には絶対服従、敵に絶対勝て』が教えなんだ。グレンを鬼にしたようなやつらを大量に育てようとした国って言えばいいのかな? 命令を破ったら全裸で罰をくらったりするらしい」
「わたしに関係ない話なんかに興味ないもん。……話しかけるな」
「いやー、二人のやり方がスパルタだなぁと思って。厳しいよなぁ」
「リ、リズ団長がそんなことを……!? わたしは脱がされるなんてやだっ!」
「あ、いや。そーじゃないんだけど」

 聞いた途端、クイナは足を止めた。まだ発展途上の胸をごっつい盾で隠して守ろうとしている。
 そんなことをしているとよどみなく歩を進めていたリズやクロエも気付き、振り向いた。

「何やら面白そうな話をしているね。しくじったら脱ぐのかな?」
「やです、脱がないですっ!」
「ふむ、嫌ならむしろ罰にはちょうどいいかもしれない」
「なんでっ!? そういうことなら普通は訓練が増えるとかで……!」
「いや、主に私が楽しいし」
「哀れクイナ……」

 あごを揉んでどんなシチュエーションにしようかと呟くリズは、クイナの視線を無視して、また歩を進めた。その背に駆け寄ったクイナは「冗談ですよね!?」と問いかけるが、狼の耳はぴこぴこと踊るだけだ。むしろあれは催促に等しいと、クイナはわかっていないらしい。
 一度こうなると撤回されることはない。
 クイナが恨めしそうに風見を睨んできた。ただの雑談のつもりだったんだけど――と、彼は視線を逸らすしかない。
 しかしその視線の先で、彼はクロエがもじもじと手をいじっているところを目撃してしまった。
 こういう時のクロエが狙ってくるものは決まっている。
 待て、乙女。その基本姿勢はどこかがおかしい。

「で、では風見様も、もし上手くできなかったら私のお願いに……その、絶対服従、してくれますよね?」
「させる。心配ない」
「ぬあっ、クイナが裏切った!?」

 このうらみ晴らさでおくべきかと呪うクイナ。くつくつと楽しそうなリズは自分にもおこぼれがあるので「じゃあそういうことで」と話を終わらせてしまう。
 だが風見は待ってほしかった。
 クロエのお願いは、多分子供の前では口に出せないような――将来を決めちゃうようなものが多いのだ。その証拠に、嘘だよね? と視線で問うてみたら「約束です」と微笑まれてしまった。
 最近、クロエは既成事実で外堀を埋めようとしている気がしてならない。

「やるしか、ないのか……」

 まだまだやることが多い状況で関係をこじらせるわけにはいかない。色恋沙汰なんてそれこそ信頼関係が崩れかねない事態だ。それを阻止するには、ゴーレムを倒すしかない。

「ほら、見えたよ。シンゴ、クイナ。ゴーレムは動くものに反応するだけだから考えて動くこと。攻撃は絶対に受けきれないから受け流すのが鉄則だ。いいね?」

 了解と二人で頷いて走る。前方にはすでにゴーレムが見えている。ただの岩に擬態するように座り込んでいたが、十メートルほどまで近づくとさすがに察知したらしく、立ち上がる。
 その背丈は間近で見るとやはり大きい。マネキンをもっと寸胴にして太くし、土石で体を作ればこんな感じになるだろうか。大きな腕をぶら下げて歩くさまはゴリラに近い。身長は二メートル半を優に超えているので、トン単位の重量があるのは間違いなさそうだ。

「……? 妙に精巧な構造だな。岩の隆起も繋がり方も、哺乳類の筋肉や関節とそっくりなような。ま、いいか。この構造なら逆にやりやすいくらいだ」

 解剖学の知識を頭でおさらいしながら、彼はいかに攻めるかを考える。リズには、解剖ではなく戦闘をするのだからと注意されたが、この知識は医学のみならず、武道においても知っていて損はない。
 打撃は血管や神経の集まる急所を狙うものだし、投げや関節技は骨格や神経の弱点を突く。風見の思考は荒唐無稽こうとうむけいなものではないのだ。
 生物は精巧な機械のようなもので、構造的な長所もあれば短所もある。そして構造上、どうしても他所には配置できない弱点も存在する。生物に似た姿を取るなら、これは避けられないことだ。

「クイナ、おとりは任せた!」
「うるさい、わかってる!」

 亜人故に優れた身体能力を持つクイナに先行してもらった。
 リズいわく、クイナの反射神経はこの四人の中で一番いいらしい。叩きつけたり、殴りつけたりする単純攻撃なんて、クイナを捉えるには遅すぎる。彼女は横ぎの攻撃が来ると、バックステップし、見事に空振りさせた。
 今度は風見の番だ。
 その隙にすかさず交代して飛び込むと、ゴーレムの足先に向けてバンカーシールドの杭を打ち付ける。その一撃で確かに足先の指にあたる位置は砕けたが――それだけだ。
 彼は勢いのままにゴーレムの背後へ転がって逃げ、距離を取った。

「……さて、終わったかな」

 風見は、ほうと息を吐いた。
 彼とクイナはもう近付かず、ゴーレムを挟んで様子を見ている。するとゴーレムはいかにもあてずっぽうに何回か腕をぶんぶん振り回し――前のめりにこけた。

「え?」
「……ほう」

 呆気に取られるクロエ。リズは感心して目を丸くしていた。
 風見は起きようともがくゴーレムの背にすかさず乗ると、肩関節に向けて盾を構える。
 グリップを引くとギミックが作動し、勢いよく杭が打ち出された。衝撃がびりりと肩にまで走る。杭はゴーレムの土石でできた関節に深々と突き刺さっていた。
 だが足先とは違ってさすがに一回では砕ききれない。すぐにやってきたクイナがそこへ杭を打ち込むことでようやく腕を落とした。

「人体っていうのは足の指が重要だ。なくなれば、ゆっくり歩くことはできても、踏ん張れなくなるし、訓練しなきゃ走るなんて論外だ。腕みたいな大きな物がなくなればバランスが崩れて立つのも難しくなる。と、いうことであとはどこから崩していくかだな」

 人体を模しているので、関節の外し方がよくわかる。ガチンと杭を押し戻した風見は黒い顔で次なる狙いを定めようとしていた。
 例えば成牛の巨大な前脚は、脇の下からナイフを滑らせて体幹と肩甲骨を切り分けてしまえば簡単に外せる。骨なんて、要は接着剤のように繋いでいる腱や軟骨を断てば切り離せるのだ。
 指や腕のみではない。硬いイメージのある脊柱せきちゅうも、骨同士を繋ぐ軟骨板に刃を通せばノコギリなんて必要ない。年老いて軟骨が硬化していない限り、ナイフのみでも骨の数だけ切り分けられる。
 だから生物と似た構造の上に、鈍重な相手なんて風見にとっては敵ではない。彼は中堅の冒険者がなんとか倒すゴーレムを、ものの見事に〝解体〟したのだった。


 それから数十分後。いつまでも続く風見の研究に嫌気が差したリズが口を開いた。

「シンゴ、ここでいつまで時間を潰すつもりだ……?」
「ああ、悪い。もう終わる」

 ゴーレムの腕、足、肘、膝、手首、足首はすでに分けて置かれていた。
 ゴーレムの胴体部も人や動物の筋肉を模すように胸筋や腹筋にあたる岩が詰められていただけなので、繋ぎ目を打っていけば数分でバラバラにすることができた。
 しかしこんなものは石像を壊す作業にも等しい。リズは暇すぎて座り込み、大あくびをしている。

「なるほどなぁ。てっきり無機物と思ってたけど、ゴーレムってサンゴみたいな生物なのか」
「サンゴですか……?」

 傍で風見の解体をじっと見守っていたクロエは首を傾げる。
 彼女がいたのは国と国に挟まれた内陸の総本山なので、サンゴとは縁がなかったのだろう。

「俺も詳しくはないけど、ある意味貝に似ているかな。イソギンチャクが植物の枝みたいな固い殻を装備している感じだ」
「つまりゴーレムは、人型の石を殻としてまとった貝やサンゴ、ということですか?」
「イメージ的にはそれに近いと思う」

 ゴーレムの体の奥深くには白く、細い触手がいくつも隠れていた。体の中心にある魔石から周囲に根を伸ばしている感じらしく、四肢には数本の触手が走っているのみだ。恐らくこれらが神経と、サンゴなどの触手と同じ機能を担っているのだろう。
 筋肉のようなものは見つからないので、そこは律法で補っているに違いない。

「ゴーレムって何を食べて生きているんだ?」
「殺した生き物の上に寝そべり、触手を出しているそうなので、人や動物を捕食しているのだと思います。何もせず、宙に触手をさ迷わせていることもあるそうですね」

 何もない時は小虫を捕まえ、獲物がいれば叩き潰して体液をすするというところだろうか。運動は全て律法によって補えるので、確かにその程度の栄養摂取でも生きていけそうである。
 ほうほうと頷きながら、風見はゴーレムというものがどんな生物なのか頭に刻み付けていった。

「よし、これでどんな相手なのかはわかった。こいつの核をもらって先に進もうか」
「はい。この階の残りはゴーレム二体です。油断なくいきましょう」

 次は個体差を確認しなければと風見は目を輝かせ、武器の装着具合をチェックする。
 また長い時間がかかるのだろうなと予想したリズは、この〝戦闘〟にやる気を見せる風見を見て、はあとため息を吐くのだった。


 案の定、全てのゴーレムを無傷で倒した風見は、綺麗に摘出した核を眺めていた。
 リズは相変わらず胡散臭うさんくさげに見ているが、こうしてサクッと倒せたのも、傷付けずに取り出せたのも先ほどの観察あってのものなのだ。
 というのも、風見は二、三体目と戦った際、ゴーレムの体内に走る例の神経のような触手を狙って杭を打ち込んだのだ。するとどうだろう。コードが断たれた機械のように、触手が断たれた先は律法による硬化や操作がなくなり、攻撃すれば崩せる普通の岩石となってしまった。
 リズやクロエ、クイナもそうだが、律法を使う時はどこにどう力を働かせるかという過程が重要らしい。彼女らに言わせれば、そこは詠唱ではなくイメージで操るそうだ。

「目で焦点を合わせるのと同じ感覚かな」
「いえ、耳を傾ける感じかと思います」
「わたしは密着状態で放電するだけだし、あんまり関係ない」
「自由なのはよーくわかった」

 しかしこのようにやり方は人によってまちまちで、かなり適当な模様である。
 ゴーレムの場合は神経を断たれたため、自分の体を認識できなくなり、律法による強化ができなくなった――そんなところだろうか。
 脊椎せきつい動物のような発達した脳がないため、柔軟性にとぼしい生物なのである。
 だが、動くゴーレムの岩の隙間から、その神経の位置を的確に予測して穿うがつなんて芸当はリズやクロエでも真似できない。風見にこれが行えるのはひとえに生物をさばいた経験ゆえだ。数百や千――数えるのも億劫おっくうになるくらいの数を観察し、経験に変えたからこそのわざである。

「にしてもゴーレムの核って綺麗なんだな。タイガーズアイみたいだ」
「はい。付加武装として価値を失った魔石は宝石として取り引きされることもあるくらいですから」
「これって種類によって色が違うのか?」
「地属性の魔物の魔石は基本的に茶から黄の色合いです。また、色が似ていても、ただのゴーレムとシルバーゴーレムでは能力や出力に差があります。律法を用いる魔物は、魔石だけではなく、羽や牙、爪などに力を統べる器官を持つこともありますね」

 ハーピーやグリフォンの風切り羽、ブルードラゴンの鱗などがそうなのだとクロエは語る。
 ゴーレムの核はタイガーズアイやトパーズで作ったクモヒトデという印象だ。そこから白い触手が出ているのだが、中心部だけ加工すればペンダントやブレスレットにも使えそうである。

「ゴーレムの核の力は、地属性の強化と操作なんだよな? リズにとっては律法の効果が被りそうなんだけど、利点ってあるのか?」
「自分以外のものの力を自由にできるんだから、利点があるに決まってるじゃないか」

 そんなリズの弁に、クロエが親切な説明を加えてくれる。

「魔物の律法は人と方式が違います。人は一時的に大きな力を出すのが基本ですが、魔物は恒常的に小さな力を使い続けるものが多いです。ただこの力はすべて利用できるわけではなく、付加武装に加工すると出力が落ちます。恐らく、生身から引き離した影響でしょう」
「なるほどな。ということは魔物の劣化コピーではあるけど、人にない能力を使えるわけか」

 クロエは「そういうことになります」と頷く。
 残念ながら付加武装を手に入れれば魔物そのものの力を取り込める――なんて加算方式ではないらしい。まあ、これは仕方がない。世の中、そんなに甘くはないものだ。
 そうこうしているうちに彼らは地下へ続く吹き抜けに到着した。
 まずリズが下の階層に続く梯子はしごを下り、耳をピンと立てて周囲に気を配る。ここから先の敵はシルバーゴーレムと、それを親にして増殖したかもしれないゴーレムだ。油断はできない。
 彼女に続いて風見、クイナ、最後にクロエが続く。


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