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4章 人間領と獣人領と砂界の三つ巴
23-1 全ては知的探求心ゆえに
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勇者を罠にハメて完封するはずが、エリノアとは会話の余地があり、赤竜とは戦う羽目となった。
まあ、結果から見ればどうだろう?
村一つと周囲が消し飛んでしまったけれど、人的被害はないのだ。
戦果としてはお釣りがきて余りある。
ひとまず傷を癒した後、本来の休息場所である火口に向かう竜と僕らは別れた。
そして“野暮用”を済ませ、エリノアが待つ結界内に僕、テア、アイオーンの三人で向かう。
何もない礫砂漠でどう過ごしているかと思ったら、エリノアは黒板と石灰を錬成してひたすらに何かを書き綴っていた。
「……待たせると怒って帰ると言ったはずだが?」
「そ、それは激戦だったから治療もあって……」
《原型回帰》自体はさほど時間を取らなかったけれど、全部を語るのははばかられる。
その理由はテアにあるけれど、今はすっかりとすました顔だ。
「まあいい。死闘前後になると獣人は盛る。少年の血統ともなればいい研究対象になりそうだから許すさ。今のオレは気分がいいしな」
「うっ……」
「エル、あいつ気色悪い」
件の人物には頭がおかしいと評されたテア。
彼女もまた相手に辛らつな評価を返している。
まあ、そこは否めないと僕も思った。
「え、ええっと、すみません。とにかく怒っていないのなら何よりです……」
「ああ。この穴埋めも存外に楽しかった。ここまで興奮して打ち込めたのはいつ以来か」
書き殴られた内容は、この次元に繋いだ時の魔術式だ。
エリノアは通りすがり様に見たものをできる限り記憶し、推測で書き足す作業をしていたらしい。
言葉通り、その作業にはよほど熱中できたのか、エリノアは戦闘中のテアのように頬を上気させていた。
これを同族嫌悪と言ったら、きっと両者に怒られるので胸に秘めておく。
「ところで少年。君の術式精度は割と人間の限界を超えている。その秘密は隣にいるホムンクルスにあるんだろう?」
やはりバレるかと、僕としては図星だ。
こんな指摘をされてなお置物のようなアイオーンを少し見習わないといけない。
「そこを明かすにはまだ早いです」
「つれないな。もっと親しくしてくれたっていいだろうに」
「僕も最大限仲よくしたいので、ちゃんとルールを決めておきましょう」
「そうだな。では、互いに面倒臭くない範疇での協定を結んでおこう」
エリノアは僕らに価値を見出しているものの、手に負えない怪物であることは間違いない。
雰囲気に騙されたら足元をすくわれかねないから慎重にもなる。
「では、素直に目的を言おう。オレは長生きをしたい。あと、魔法を極めたい。けれど人間という種では限界がある。だからこそ、少年の隣にいるホムンクルス並みの体に転生することが目標の第一段階になるだろう」
「転生までは未知の領域ですけど、僕の魔力回路は後天的に効率化しました。それと似た技術で赤竜の脊髄損傷も治療しているので助力はできると思います」
「ふむ。いきなり目的達成とはいかないが、十分すぎる技能だ。転生技術さえ開発すれば施術を任せられそうな点も魅力的だ。及第点だぞ、少年」
彼女はうむうむと頷く。
「僕たちの目標は獣人領に平穏をもたらすことです」
「ああ、私の目的の役に立たない勇者の首なんぞくれてやる。ということで、現段階では互いに欲しいものを持っていて、協力できるな?」
「はい」
ここまでは先刻に急いで確認した内容だ。
重要になるのはその先である。
「となると、互いを裏切らない条件作りが重要になる。オレが勇者の首を献上するごとに技術の譲渡というところが妥当だな?」
「はい。だから互いが約束を破らないよう、最上級の契約呪具を用意してきます」
「好きにしろ。しかしまあ、最終的には立場として少年の方が強い。オレはいいなりになってやるさ」
「えっ……?」
エリノアはやれやれと息を吐く。
いかに好条件を取るか知略戦を臨んでくるかと思いきや、彼女は一抜けした。
異様なほどの張り合いのなさのせいで僕は呆気に取られてしまった。
「言ったはずだ。人間の魔法技術はどん詰まり。勇者の魔力容量を持ってなお、できないことが多い。数十年研究に明け暮れたところで、転生技術の開発もできずに終わるのがオチだ。だが、ここには勇者にもできないことをやってのける少年がいる。すがるほかにないだろう?」
「そんなに魔法を極めたいんですか?」
魔法は単なる技術だ。
生活を便利にしたり、戦力の増強になったりするとはいえ、全てをなげうってまで研究に明け暮れるのも虚しい気がする。
率直に問いかけてみると、エリノアは肩を竦めた。
「知的探求心さ。魔法の限界は? 陸地の果ては? 海の底は? 空の果てにある月や星はどんなものだ? 知れば知るだけ面白い。だからこそ短い人生を諦めまいと時間に追われて研究する必要もなくなる。できるのなら午後のティータイムすら好きだとも。無限の時間、無限の方法があるのなら、全てを楽しめる。だが、なんでだろうなぁ。この世の全てを楽しむのに人生は短すぎる……」
傲慢や不遜という言葉こそ似合いそうだったエリノアは急に大人しくなった。
その口元に浮かぶのは、驚くべきことに自嘲だ。
彼女はため息とともに続ける。
まあ、結果から見ればどうだろう?
村一つと周囲が消し飛んでしまったけれど、人的被害はないのだ。
戦果としてはお釣りがきて余りある。
ひとまず傷を癒した後、本来の休息場所である火口に向かう竜と僕らは別れた。
そして“野暮用”を済ませ、エリノアが待つ結界内に僕、テア、アイオーンの三人で向かう。
何もない礫砂漠でどう過ごしているかと思ったら、エリノアは黒板と石灰を錬成してひたすらに何かを書き綴っていた。
「……待たせると怒って帰ると言ったはずだが?」
「そ、それは激戦だったから治療もあって……」
《原型回帰》自体はさほど時間を取らなかったけれど、全部を語るのははばかられる。
その理由はテアにあるけれど、今はすっかりとすました顔だ。
「まあいい。死闘前後になると獣人は盛る。少年の血統ともなればいい研究対象になりそうだから許すさ。今のオレは気分がいいしな」
「うっ……」
「エル、あいつ気色悪い」
件の人物には頭がおかしいと評されたテア。
彼女もまた相手に辛らつな評価を返している。
まあ、そこは否めないと僕も思った。
「え、ええっと、すみません。とにかく怒っていないのなら何よりです……」
「ああ。この穴埋めも存外に楽しかった。ここまで興奮して打ち込めたのはいつ以来か」
書き殴られた内容は、この次元に繋いだ時の魔術式だ。
エリノアは通りすがり様に見たものをできる限り記憶し、推測で書き足す作業をしていたらしい。
言葉通り、その作業にはよほど熱中できたのか、エリノアは戦闘中のテアのように頬を上気させていた。
これを同族嫌悪と言ったら、きっと両者に怒られるので胸に秘めておく。
「ところで少年。君の術式精度は割と人間の限界を超えている。その秘密は隣にいるホムンクルスにあるんだろう?」
やはりバレるかと、僕としては図星だ。
こんな指摘をされてなお置物のようなアイオーンを少し見習わないといけない。
「そこを明かすにはまだ早いです」
「つれないな。もっと親しくしてくれたっていいだろうに」
「僕も最大限仲よくしたいので、ちゃんとルールを決めておきましょう」
「そうだな。では、互いに面倒臭くない範疇での協定を結んでおこう」
エリノアは僕らに価値を見出しているものの、手に負えない怪物であることは間違いない。
雰囲気に騙されたら足元をすくわれかねないから慎重にもなる。
「では、素直に目的を言おう。オレは長生きをしたい。あと、魔法を極めたい。けれど人間という種では限界がある。だからこそ、少年の隣にいるホムンクルス並みの体に転生することが目標の第一段階になるだろう」
「転生までは未知の領域ですけど、僕の魔力回路は後天的に効率化しました。それと似た技術で赤竜の脊髄損傷も治療しているので助力はできると思います」
「ふむ。いきなり目的達成とはいかないが、十分すぎる技能だ。転生技術さえ開発すれば施術を任せられそうな点も魅力的だ。及第点だぞ、少年」
彼女はうむうむと頷く。
「僕たちの目標は獣人領に平穏をもたらすことです」
「ああ、私の目的の役に立たない勇者の首なんぞくれてやる。ということで、現段階では互いに欲しいものを持っていて、協力できるな?」
「はい」
ここまでは先刻に急いで確認した内容だ。
重要になるのはその先である。
「となると、互いを裏切らない条件作りが重要になる。オレが勇者の首を献上するごとに技術の譲渡というところが妥当だな?」
「はい。だから互いが約束を破らないよう、最上級の契約呪具を用意してきます」
「好きにしろ。しかしまあ、最終的には立場として少年の方が強い。オレはいいなりになってやるさ」
「えっ……?」
エリノアはやれやれと息を吐く。
いかに好条件を取るか知略戦を臨んでくるかと思いきや、彼女は一抜けした。
異様なほどの張り合いのなさのせいで僕は呆気に取られてしまった。
「言ったはずだ。人間の魔法技術はどん詰まり。勇者の魔力容量を持ってなお、できないことが多い。数十年研究に明け暮れたところで、転生技術の開発もできずに終わるのがオチだ。だが、ここには勇者にもできないことをやってのける少年がいる。すがるほかにないだろう?」
「そんなに魔法を極めたいんですか?」
魔法は単なる技術だ。
生活を便利にしたり、戦力の増強になったりするとはいえ、全てをなげうってまで研究に明け暮れるのも虚しい気がする。
率直に問いかけてみると、エリノアは肩を竦めた。
「知的探求心さ。魔法の限界は? 陸地の果ては? 海の底は? 空の果てにある月や星はどんなものだ? 知れば知るだけ面白い。だからこそ短い人生を諦めまいと時間に追われて研究する必要もなくなる。できるのなら午後のティータイムすら好きだとも。無限の時間、無限の方法があるのなら、全てを楽しめる。だが、なんでだろうなぁ。この世の全てを楽しむのに人生は短すぎる……」
傲慢や不遜という言葉こそ似合いそうだったエリノアは急に大人しくなった。
その口元に浮かぶのは、驚くべきことに自嘲だ。
彼女はため息とともに続ける。
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