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4章 人間領と獣人領と砂界の三つ巴

22-1 獣性で迫っちゃう二者択一

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 さあ、赤竜の目は一時的に使えない。

 距離はあるので音も頼りにはできないだろう。

 となれば備えるべきは魔力感知くらいだ。

「――炎式・幻視復体シェイプシフター

 きっと、どこかでテアがそう呟いたに違いない。

 流石は親も公認の伴侶だ。して欲しいことが言わずとも伝わっている。

 等身大の炎が様々な場所で吹き上がったかと思ったら内に封じ込めるように変形していき、ついには人の形を模した。

 見かけや魔力の質まで対象をマネる闇属性の魔法だ。

 彼女は直接殴る方を好むけれど、たまには別種の使い方だってする。

 現れたのは僕たちのダミーだけじゃない。狼の姿を模した影も出現した。

 人の影は辺りに潜伏し、狼の影は赤竜めがけて疾駆する。

 風のような速さで一頭が竜の体を駆け上がり、翼に噛みついたかと思うと爆ぜた。

「おい。あの程度で意味があるとでも?」

 僕が《焼夷弾》を仕込んだ金属塊を手元に確保したエリノアは、隆起の上からその様子をうかがっていた。

 爆発はまるでそよ風で、赤竜に対しては何の意味もなさない。

 残る影も尻尾の一振りで誘爆され、難を逃れて跳びかかった別の狼も赤竜が魔力圧を高めるだけで跡形もなく吹き飛んだ。


 こんなことでは煙幕としても期待できない。

 だが、僕はこれがテアの無駄な足掻きではないと信じている。

 隆起を背にして隠れたまま、僕はエリノアには手信号で“行け”と返しておいた。

「こうして動いたなら、絶対に大丈夫。だって僕とイオンは《次元収納》を共有しているもんね。こっちでもあっちでも、仕掛ければどちらかがきっと刺さる」

 そう。確信はある。

 異空間の道具箱にはドワーフに拵えてもらった魔剣や、竜の力を吸い取った魔石を貯蔵していた。

 僕はそれを適宜《物質召喚アポーツ》で引き出して戦っていたが、残していた予備が消え失せていたのだ。


 この次・・・を考えても、ここで出し尽くしてしまう方がいいに決まっている。

 僕らはもう王手をかけ、詰めの段階に入ったのだ。

「ふん……」

 値踏みするようにこちらを見たエリノアは、信じてくれたのだろう。指を弾いた。

 地面から無数の金属塊が浮き上がり、《焼夷弾》仕込みのものも含めて放たれる。

 すると、赤竜は新たに群がる狼にも備えずに身構えた。

 宙には無数の魔法陣が浮かび上がり、迎撃態勢を整えたと見える。


 そうするのも無理はない。

 いくら竜の力が強くても、術式で高められた殺傷力は同じく術式をぶつけなければ相殺が難しい。

 だからこそ、テアが仕掛ける隙も生まれる。


 恐らくは新たに発生した狼に魔剣や魔石を仕込んでおり、起爆させるはずだ。

 上手くいけば《焼夷弾》の迎撃も失敗させられ、大きなダメージを与えられる。

「――ねえ、赤竜さん。あつーい金属の塊と私、どっちがいい?」

 ……と、思っていたのだけれど、赤竜の右後方に二つの人影があった。

 右手に掴めるだけの魔石を鷲掴みにし、これから殴りますと言わんばかりに肩を回しているテア。

 そして、いかにも止めきれなかったというように頭を抱えているアイオーン。


 僕は絶句した。

 位置的に赤竜の影なので、アイオーンが全力で防御と回避に走ればこちらからの攻撃も耐え凌げるかもしれない。

 だけど、正気の沙汰とは思えなかった。

 そんな状況で満面の笑みを漏らしていられるテアはやっぱり獣性が強いのだと思う。

 ちゃんと伴侶でいられるか、自信が揺らぎそうだ。

『――っ!?』

 赤竜もいろんな意味で驚いた様子だ。

 術式で迎撃に集中すればがら空きの胴体に渾身の一撃が突き刺さる。

 魔力圧で防御しては《焼夷弾》を相殺しきれないし、恐らくテアたちは吹き飛ぶ。

 テアの一撃を受けた方が威力的にはマシだろうが、選択肢によっては自爆する攻撃なんて、これから手を組もうという間柄が仕掛けるものじゃない。

「あの女、頭がおかしい」
「い、言わないで……」

 ぼそりとエリノアが呟いた瞬間、竜が展開した魔法陣から無数の光線が放たれた。

 それらは幾重にも分裂して金属塊の雨を貫き、《焼夷弾》も誘爆される。

 その選択肢を選んでくれたことに感謝しながら、僕は酷い光景を見た。


 テアは魔石を砕いてその魔力を転用し、赤竜の胴体めがけて容赦のない一撃を見舞っていた。

 簡単に言えば、噴火のように影の弾丸も混じる爆炎だ。

 竜の強固な外皮といえど、常に地と擦れ合うような下腹部は装甲が薄い。

 そこに攻撃が突き刺さったことで身をくの字にさせて吹っ飛び、転がった。

『……この程度では、終わらぬっ』

 すぐに竜の首が持ち上がったかと思うと、その口腔に灼熱が満ちた。

 続いて魔法陣が一つ、また一つと口の前に展開していくごとに熱量が跳ね上がり、地面が沸騰していく。

 砲台としての一撃を、今まさに放たんとしているのが見て取れた。
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