上 下
34 / 43
4章 人間領と獣人領と砂界の三つ巴

19-2 外法をそそのかす悪魔

しおりを挟む
「素晴らしいぃっ!」

 機先を制したのは、全く場違いな言葉だった。

 エリノアはにんまりと笑顔を浮かべ、受け入れるように腕を広げている。

 魔法を使う気配も、攻撃的な魔力圧も感じない。


 これは一体、どういう趣きだろう。

 僕もテアも目を丸くして意図を測りかねた。

「先の遅延呪文といい、今の時空魔法といい、なんだその精緻さは!? 君と、隣の彼女の仕業だな? ああ、返答なんぞはいい。状況が変わらないよう、三十秒で問答をしよう」

 前情報によると、エリノアは錬金術師の派閥に籍を置いている女性学者という形だったはずだ。

 その褒め方には確かに教員のような印象も受ける。

「も、問答を……?」

 けれども正直、会話を求められるとは思わなかった。

 火の勇者やこちらの認識のように、互いが不倶戴天の敵と思って疑わなかった。

 そう。

 獣人領の襲撃、略奪、奴隷化という非道を数百年と続ける国家だ。

 それこそ、騙し討ちのブラフと思う方がまともな捉え方だ。


 挟み込むような位置にいるテアも動きを止めている。

 ――困惑、というわけじゃない。

 彼女はいつ攻撃するか、僕の様子から機を窺っている。

「会話くらいなら拒絶するものじゃありません」
「ああ、そうだろう? 君たちにとっては時間稼ぎでカイゼルが衰弱した方がいいし、損ではないだろう。それだけの技巧を持つんだものね。理知的で助かるよ」

 当然、こっちの狙いも見透かされている。

 会話に無駄がないし、下手な嘘も時間稼ぎもいい手段とは言えなそうだ。

 赤竜の攻撃も熱波や爆風がこちらにまで届くこともある。

 これが不意打ち狙いの時間稼ぎだとしても、長引かせるのは得策じゃない。

「オレの望みは君たち二人と魔法について語り合うこと。これは是が非でも、だ! 正直、後ろのカイゼルはどうでもいいが、より確実に話をするためには協力してクソトカゲを殺してからというのも一考の価値がある。そちらはどうだろうか?」
「正直、迷います。僕らにとっては獣人領を脅かす勇者が敵ですから。人間領の聖杯がある限り、敵は敵です」

「ふむ、なるほど。オレも君たちの価値は図り切れていないし、立場もあるからいきなり寝返るわけにはいかない。しかし、勇者の首と交換なら君と語り合うのは難しくないということでいいかな?」

 彼女は頬に指を当て、考える素振りを見せる。

 声色といい、振る舞いといい、友和を示したがっている空気は見て取れる。

 だが、それ以上に頭が回りそうな空気も感じるので、おいそれと手を取るのははばかられた。

「そんなことをしてあなたに何のメリットが?」
「勇者をやったところで魔法の技術開発はどん詰まり。栄光も寿命に従って数十年程度のものだ。しかし、君の技量には可能性を感じる。新たな身に転生して生き永らえることも含め、神造遺物に迫る理論と偉業を作り上げられると確信した」

 と、語ったところで大きな爆発の余波が襲ってきた。

 パチンと彼女が指を弾いた瞬間に地面から突出した岩壁が僕らを炎と煙から守ってくれる。

 それこそ小さな丘ほどの隆起だ。

 もしこれが攻撃に転用されていたとすれば僕らも無事では済まなかっただろう。

 エリノアの余裕顔は嘘なんてつく必要がないことを示していた。

「おっと、すまない。オレの方が興奮して話を長引かせた。さて、改めて聞こう。勇者並みの戦力でも手に余るクソトカゲ。かくも怪しき勇者の一角。君たちはどちらと手を取りたいね?」

 稀代の錬金術師であり、地の勇者。エリノア・ハイムゼート。

 彼女は外法をそそのかす悪魔のように薄笑いを浮かべて手を伸ばしてくるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

砂竜使いアースィムの訳ありな妻

平本りこ
恋愛
【 広大な世界を夢見る変わり者の皇女、灼熱の砂漠へ降嫁する―― 】 水神の恵みを受けるマルシブ帝国の西端には、広大な砂漠が広がっている。 この地の治安を担うのは、帝国の忠臣砂竜(さりゅう)族。その名の通り、砂竜と共に暮らす部族である。 砂竜族、白の氏族長の長男アースィムは戦乱の折、皇子の盾となり、片腕を失ってしまう。 そのことに心を痛めた皇帝は、アースィムに自らの娘を降嫁させることにした。選ばれたのは、水と会話をすると噂の変わり者皇女ラフィア。 広大な世界を夢を見て育ったラフィアは砂漠に向かい、次第に居場所を得ていくのだが、夫婦を引き裂く不穏が忍び寄る……。 欲しかったのは自由か、それとも。 水巡る帝国を舞台に繰り広げられる、とある選択の物語。 ※カクヨムさんでも公開中です。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

地球に奇跡を。-地球で魔法のある生活が、始まりました-

久遠 れんり
ファンタジー
何故か、魔法が使えるようになった世界。 使える人間も、何か下地があるわけではなく、ある日突然使えるようになる。 日本では、銃刀法の拡大解釈で何とか許可制にしようとするが、個人の能力だということで揉め始める。 そんな世界で暮らす、主人公とヒロイン達のドタバタ話し。 主人公は宇宙人としての記憶を持ち、その種族。過去に地球を脱出した種族は敵か味方か? 古来たまに現れては、『天使』と呼ばれた種族たち。 そいつらが騒動の原因を作り、そこから始まった、賢者達の思惑と、過去の因縁。 暴走気味の彼女達と、前世の彼女。 微SFと、微ラブコメ。 何とか、現代ファンタジーに収まってほしい。 そんな話です。 色々設定がありますが、それを過ぎれば、ギルドがあってモンスターを倒す普通の物語になります。 たぶん。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

白砂の咎人

杏仁みかん
ファンタジー
特異な砂で家族を失った子供たちは、永久の楽園を目指して旅をする。 ~あらすじ~ 白い砂が、街を、人を、砂に変えていく── 生物は等しく砂に変わり、その砂もまた、人を砂に変える。 死の連鎖は止むことがなく、世界中が砂に覆われるのは、もはや時間の問題だ。 家族で砂漠を旅しながら商いを営んできた少年リアンは、砂渦に巻き込まれた両親と離別し、新たな家族に招かれる。 頼りになる父親役、デュラン。 子供の気持ちをいち早く察する母親役、ルーシー。 楽園を夢見る、気の強い年長の少女、クニークルス。 スラム出身で悪戯っ子の少年、コシュカ。 最も幼く、内気で器用な獣人(レゴ)の少女、スクァーレル。 奇跡的にも同世代の子供たちに巡り合ったリアンは、新たに名前を付けられ、共に家族として生きていくことを決断する。 新たな家族が目指すのは「白砂」のない楽園。 未だ見ぬ世界の果てに、子供たちが描く理想の楽園は、本当にあるのだろうか。 心温まるけど、どこか切ない── 傷ついた子供たちとそれを見守る保護者の視点で成長を描くホームドラマです。 ===== 結構地味なお話なので更新頻度低。10年ぐらいの構想が身を結ぶか否かのお話。 現在は別の活動中により、更新停止中です。 カクヨムユーザーミーティングで批評を戴き、今後色々と構成を見直すことになります。 ここまでのお話で、ご意見・ご感想など戴けると非常に助かります! カクヨムでも連載中。 また、2005年~2010年に本作より前に制作した、本作の後日譚(というか原作)であるゲームノベルスも、BOOTHから無料で再リリースしました。 L I N K - the gritty age - 無料公開版 Ver2.00.2 https://kimagure-penguin.booth.pm/items/3539627 ぜひ、本作と併せてお楽しみ下さい。

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

処理中です...