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3章 言い伝えの領域へ

15-2 詰めの準備を始めます

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「申し訳ない、お待たせした! まずはせがれと嬢ちゃんたちを救ってくれたこと、切にお礼申し上げる」

 彼は床に手をつけて頭を下げる。

 細工や鍛冶が主産業のドワーフにとってそれを形にする手は命だ。

 それを地につけてまでおこなう礼とはすなわち、最上級の敬意の表れとなる。

「結果的に助けることができて何よりです。それで、早速で悪いんですけれど本題に入ってもいいですか?」
「もちろん! ああ、そうだ。ガキどもは話の邪魔になっちまうかい?」

 商談になりそうな空気を前に、ウルリーカはサンディの手によって僕から引き剥がされていた。

 その姿は親から引き剥がされる子供のようで、よっぽど好意を持ってくれているのが伝わる。


 まあそれに冒険者として上昇志向のある彼らからすれば、自分たちの先を行く姿には興味が出る部分もあるのだと思う。

 ドゥーヴルも含めて三人は興味ありありの様子で、退席の指示が出そうな気配を前に気まずそうにしている。

「まあ、大丈夫です。注文をするだけですから」
「そりゃあよかった。ほれ、ガキども! 最上級の使い手の手配、見学させてもらえ!」
「「「ありがとうございますっ!」」」

 号令がかかるとドゥーヴルは父親と一緒に真正面に。

 ウルリーカはささっと回り込んで僕の顔を凝視し、サンディはテアの横についた。

 商談にしてはギャラリーの圧が凄まじい。

「それで、どんな発注がご希望なんだい?」
「敵の主属性は火。対人戦闘用の武器を依頼したいです。威力重視の消耗品で構いません。そのための素材はこちらにあります」

 ちらとドゥーヴルに視線を向けると、彼はハッとして素材をテーブルに広げた。

「ふむ、こりゃあ砂界で最上位の魔物の素材に……なんじゃあ、こりゃあっ!? 途方もない蓄積量の魔石じゃねえか!?」

 桶一つ分程度の山になった水晶を見たドワーフは声を裏返して驚く。

 摘まんでみたそれを見つめ、何度も目を瞬くのだから如何に優れた一品なのかは言うまでもない。

 最高級品をよく扱うであろう名匠ですら目を疑う品だ。

「そうさなぁ。生体素材の属性は地と風ばかり。その効力を魔石で発揮させる形だな。しかし、魔石が強すぎる。こんなもん、どんなドワーフが組む術式だって発動途中で焼き切れちまう。消耗品で使うスペックじゃねえぞ」

「そこについては術式を仕込む時に僕も手伝わせてください。魔法の付与はできないけど、術式の調整を請け負います」
「お、おおう。まあ、魔石に自分の術式を埋め込む場合もあるしな。やろうってんなら構いやしねえが……」

 術式の調整なんて普通はできない。

 けれど根幹には時空魔法が関わってくるし、《時の権能》の演算能力からすれば効率化はできるはずだ。

 ドワーフが圧倒されていたところ、テアも口を開く。

「相手の防御を突破するための硬化、穂先の爆散、風による熱の拡散とか。とにかく生体素材は硬い防御の突破とか殺傷力と、耐熱に回してほしいね」
「おいおい、そりゃあ何の冗談だ。お前さんたちの実力ならできるだけ幅広い状況に対応できる使い道で十分だろう?」
「いや、そうでもないんですよね」

 僕とテアが頷き合わせると、ドワーフは汗を掻くほど困惑した顔になる。

 けれど、そう言われるからには納得を心がけるようだ。

「わ、わかった。そうまで言うならとにかく硬く、熱い相手への武器ってことだな!? 火を司る魔人でも狩ろうってのかぁ!? ううん、その出力に耐えうる武器の形状と術式……」

 ドワーフは腕を組んで唸り、回路を働かせようと頭を時折ごすごすと叩く。

 名匠を困らせながらも、僕らは要求を続けるのだった。


「……こんなもんか。エライ作業になりそうだ」
「すみません、お願いします」

「なんの。最近は大した仕事もない。持ち上げられている分、こういう時くらいはそれらしい仕事を果たさんとな」
「そんなチンケな仕事のためにエルディナンドさんたちを待たせるなよ……」

 僕が苦笑気味に受け答えをしていたところ、ドゥーヴルがため息を吐いた。

 そういえばここに来たときにしていた作業――あれは単なる包丁の整備だったらしく、さっと片付けられていた。

 見れば隅の方にカイトボードに使う金具などもまとめられている。

「チンケで手間のかかる品でも欲しがっているやつらがいるんだから仕方がない。供給していた村もなくなっちまったみてえだからな。お前ら、運搬を依頼されても粗末にすんなよ」

 ドワーフだって常に武器しか生産しないわけじゃない。

 普段は装飾品や日用品、農具を扱う方が多いくらいのようだ。

 魔物も出る環境なのでその運送を冒険者が頼まれることもある。

 それは別におかしいことではない。ただ、『村がなくなった』という点が気になった。

「どうしたの、エル?」

 テアは気付いていないみたいだ。

 こういう普段使いの品なら最寄りで買い揃えるのが普通。

 つまり、これを送り届ける先はきっと村々が消えている地方になるはずだ。

 そこに気づいた僕はテアの手を引いて立つ。

「すみません、用事ができたのでこれで失礼します」
「ん? ああ、聞くべきことは聞いたからな。仕込む時にまた来てくれ」
「はい、それでは」

 ドゥーヴルたちがついてくるのを忘れるくらい足早に去っていくと、テアは困惑した面持ちになる。

「えっ、どうしたの? 何か慌てることなんてあったっけ?」
「ううん、今はないよ。準備は順調。あとは竜の治療をしながら待ち構えて、結界に踏み込んだ勇者を奇襲すればいいだけ。たださ、単に待っていたら別の村を見殺しにすることになりそうだと思って」

 勇者に懸念を抱かせないように危険地帯の村人を保護する――その対処についてもするべきだと僕は思い至ったのだった。
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