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2章 砂界で始める大いなる術

10-1 毒の吸い出しは有害なこともある

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「おおーい、無事かぁー!?」

 マタンゴ霊洞を抜け、マスクとゴーグルを脱ぎ始めた僕らを出迎えたのは地下集落から来た応援の冒険者だった。

 テアが手繰るカイトボードしかない僕らとしては渡りに船。

 それによって地下集落まで戻ると、ウルリーカは救護施設に運び込まれた。

「おい、湯を持ってこい! 湯! 毒を絞り出すぞっ!」

 救護職員と思われる男が大慌てで指示を飛ばし、腕をまくって彼女に近づこうとした。

 これから始まる処置を思い浮かべた僕は慌てて止める。

「ちょっと待った。ストップ。ストップでーすっ!」

 相変わらず呼吸の補助をしているので格好も中途半端になる。

 けれど、これは放っておけない。

「あの、皆さん落ち着いて! 噛まれて即座ならともかく、時間が経過した今じゃこの通り全身症状が出るくらいに浸透しきっています。多少は絞り出せても、傷口の損傷が増えて今後の状態を悪くするだけですって!」

 現に神経毒が呼吸を司る筋肉や四肢まで広がっているからこうして脱力している。

 どうやって説明したものかと悩んでいると、アイオーンが間に割って入ってくれた。

「皆様。この通り、マスターにお任せを。錬金術は私のようなホムンクルスを作り上げる過程で様々な医療知識も蓄積しております」
「い、いやしかし、毒の処置といえばだね――!?」

 救護職員としては今まで自分がおこなってきた処置に自信があるらしい。

 毒を入れられたなら吸い出すべき。

 その考えはわかるけれど、状況をきちんと捉えないと時には逆効果だ。

 ウルリーカの壁となって立ちはだかったアイオーンは、こほんと咳払いを挟む。

「では、問答をしましょう。まずは毒というものについて、よろしいですか?」
「そんなことを言っている間に毒が……」
「処置はマスターが適切におこなっていますので」

 強調をしたわけではないけれど、『適切に』という部分に救護職員は顔をしかめた。

 そんな彼の前でアイオーンは指を立てて一つずつ語り始める。

「生物が用いる毒で代表的なのは二種。相手の血肉を溶かす毒と、全身を麻痺させる神経毒です。前者の場合、すぐに患部が浮腫を起こしますが、後者では傷口の変化が乏しいことが多いです」

 アイオーンは寝台に寝かされたウルリーカの腕をめくる。

 大蜘蛛に噛まれた傷はあってもさして大きな傷にはなっていないことを示すと続けた。

「前者であればすぐに浮腫が始まり、酷い炎症や壊死に繋がりますが、この状態なので神経毒と考えられるわけです」
「っ……!」

 毒は絞り出すべきもの。

 そういう民間療法に囚われていた面々は抗議の声を失い始める。

「全身を弛緩させる毒が呼吸にまで及んで危機に瀕していますが、こうして呼吸を代替して凌げば命は取り留めます。しかし、問題もあります。この中に犬や大型のトカゲに噛まれた経験のある人はいらっしゃいますか?」
「な、なんだ急に……?」

「我々も食後に歯垢がつきます。これは糞便にも比肩する雑菌の塊なのですよ。犬やトカゲは歯を磨くこともないので雑菌が蓄積しています。噛まれた傷が酷くただれたことがある人もいるのでは?」

 アイオーンが問うと、「それは確かに」と頷く姿が散見される。

「大蜘蛛の口も汚いって言いたいのか?」
「その通りです。強引に絞り出し、傷口が損傷するほどその雑菌に侵される危険性が高まります。微量な毒素の排出と、今後の悪化を防ぐこと。それが天秤にかかっているからこそ止めているのです」

 まさに説き伏せるとはこういうことを言いそうだ。

 こうなってくると救護職員は酷く居心地悪そうに言葉を詰まらせるばかりだった。

 逆の立場ならと考えると、僕も同情してしまう。

「前者の出血毒等についても語りましょう。こちらで最も恐ろしいのは体内に無数の血栓が誘発され、複数の臓器に機能不全を引き起こされることです。傷口の浮腫と炎症があまりに酷くなるなら免疫を抑えることも検討されてきます。これを観測する術も、処置の手段も用意できますので安心してください」

 民間療法か、根拠のある処置か。

 対比はもう十分すぎるくらいに表れてきた。

「お、おい。あのあんちゃんは採掘連中の珪肺だって治していただろ。任せた方がいいんじゃないのか……?」
「そ、そうだ。邪神を崇める獣人領は、邪神から独自の知識を授かっているからあんな土地でも生きられるって言うしよ。そこから来たんなら大丈夫じゃないのか……?」

 先日までの努力はこのざわめきをいい方向に転がし始めてくれていた。


 アイオーンはこちらを向き、頷きかけてくる。

 畳みかければ押し切れるという合図だろう。

 僕は少し集中し、派手に《解析》の術式を展開する。

「うおおっ!? い、今のは……」
「安心してください。彼女の容態はさっきより安定してきてます。蛇に襲われた時も噛まれてすぐ振り払いがちだから、その毒による症状が出るのは1/4程度で、体調不良の多くは噛まれた時のショックだそうです。彼女はその中間って感じなので、復帰は早いはずです」

 そうして答えてみるとどうだろう。

 冒険者もいくらかは見に来ていたため、「今のは《解析》の魔法だ」などと勝手に解説して周囲の信頼度を上げてくれる。

「わ、わかった。処置はあんたの指示に従えばいいんだな!?」

 ここまで追いつめられると、救護職員はヤケになったように叫んだ。

「はい、お願いします。手始めに柔軟性のあるチューブでもあるとありがたいんですけど、何かありますか?」

 小規模な防御障壁とはいえ、気管チューブ代わりに使い続けるのは辛い。

 僕は職員を立てるように低い物腰で尋ねるのだった。
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