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1章 獣人領から砂界へ
4-1 目標はドワーフ地下集落でのスローライフ
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獣人領の西方には大山脈があり、往来を隔てている。
この山脈が曲者で、あまりにも高いために東方から流れてくる雨雲を全て受け止めてしまう。
結果、西方には乾いた風しか下りてこない。
年に一度も雨が降らないことすらあるそうだ。
だからこそついたのが『砂界』という呼び名。
乾いた大地が広がるばかりで、限られた土地にしか人が住んでいない。
僕とテア、アイオーンの三人は獣人領からここへ送り届けてくれた飛竜を見送る。
「わあー、聞きしに勝る乾燥っぷりだね」
山脈の峰は越えたものの、ここも傾斜のある高地だ。
平地よりずっと遠くを見回せる。
やはり見渡す限りに木はなく、草もまばらだ。
「ああ、でもすごい。白い塩湖に、青や赤色の湖。とんでもなく大きな地竜の背中みたいな渓谷地帯に、オアシス、間欠泉地帯まであるね。乾燥地帯でも、地平線まで何もないただの砂漠じゃないんだ?」
大切な生贄なので、さびれた獣人領から出たこともなかった僕としては大自然に興奮する。
そうして辺りを見渡していると、ぷるぷる震えていたテアが抱きついてきた。
「ほんとーに、本当にここでよかったの!? 人間の支配が及んでいない場所に行く必要があったからって、ここはいくらなんでも……」
「僕は気に入ったよ。それにテアの故郷なんでしょ? そこがいいなと思って」
「ぐっ、ぐうううぅー……」
朗らかに返してみると、彼女は反論を失った。
顔を逸らすものの、犬のしっぽが左右に揺れている。
複雑な心境らしい。
そんなかわいらしい彼女の肩に手を置き、僕は視線を誘うように風景へと顔を向ける。
「それにさ、ここは獣人領のすぐ隣だから。《時の権能》を使いこなして、もしここを楽園にでもできたらみんなを迎えられる。それってすごく楽しい第二の人生だと思わない?」
「思うけどぉー……、うぅ」
テアがどんな言葉を飲み込んだかはわかる。
第二の人生というなら、そんな重荷は忘れてもっと豊かな場所で楽に生きればいい。
そんなところだと思う。
それをガマンして、ひしと抱きつくことで意思を示してくれるのが愛いところだ。
「イオンはどう思う?」
僕はアイオーンに愛称で呼びかける。
彼女は風景に向けて手を掲げ、何らかの魔法を使用してから口を開いた。
「この土地は以前、肥沃だった記録があります。しかし、マスターの肉体強度では砂漠化速度を上回る復元を行使できません。よって、ただ権能を振るうだけでは改善不能と判断します。ただし――」
彼女はそう区切りながら僕とテアの間に手を差し込み、無理やり引き剥がす。
「あなたには錬金術や時空魔法の才のほか、肉体を損傷から回帰させた妙技もある。その使い方次第なら、あるいは。どうか《時の権能》を使いこなして。そのためにも研鑽を」
「ちょっ、痛い!? 頭を掴むなぁっ!?」
研鑽の障害を排除したいのか、アイオーンは顔面を鷲掴みにして遠ざけた。
穏やかな微笑を浮かべながらもやることは荒っぽい。
まあ、それも三人にとってはこの一週間でも数度は起きていることだった。
アイアンクローから解放されたテアはしばし頭を押さえたあと、なにかを思い出した様子で手を叩く。
「そういえば、元は肥沃だったって話。昔、この土地には二頭の竜がいて、その力が拮抗していたからこそ平和だったってお伽噺があったような……?」
「テア。追加情報は叩けば出ますか?」
スッと拳を上げるアイオーン。
無論、そんなことで出てくるはずがない。
笑えない冗談にテアはそろそろ堪えが利かない顔を見せていた。
争いが起こらないうちに僕は後ろからテアの口を押さえこむ。
噛みつかないうちに口輪をしておけば鎮火できるはずだ。
「よしよし、テア。ステイ。今のは行きすぎた冗談だったけど堪えて。……ん?」
僕の指がガジガジと甘噛みの犠牲になるだけで済んだその時のこと。
ふと、違和感に振り返る。
目を凝らして遠方を睨むと、遠い風景に揺らぎを見た。
蜃気楼のようななにかだが、それを認識すると同時、肌がチリッとざわつく。
「なんだろう。あの砂漠地帯に妙な気配を感じた」
「え? うーん。なにもない砂漠地帯だけど、あそこを越えればドワーフの地下集落はあるはずだよ。どっちにしろ、ひとまず生活するためには通る道かな」
「なるほど。確かめるにもおあつらえ向きなんだね」
「あっ……」
僕が呟くと、テアは失敗したように口元を押さえた。
彼女は、思案にふけって顎を揉んでいた僕の手をひったくる。
「それは二の次、三の次っ。 私と! 昼夜問わず! 幸せな! スローライフ!!」
まずそれが大前提らしい。
ふーっ、ふーっと息をするくらい強く言われると仕方ない。
「……善処します」
せめて折衷案で場を濁しておいた。
「ひとまず僕らの目的地はそのドワーフの地下集落だね?」
「そう。そこの工房を一つもらい受ける話になっているから、エルの錬金術も好きに使っていけると思うよ。まずはそこでゆっくりと生活を整えよう?」
「わかった。権能の扱いを練習しながら魔道具でも作って当面の仕事を確保しないとね」
こうして僕らの生活目標は決まったのだった。
この山脈が曲者で、あまりにも高いために東方から流れてくる雨雲を全て受け止めてしまう。
結果、西方には乾いた風しか下りてこない。
年に一度も雨が降らないことすらあるそうだ。
だからこそついたのが『砂界』という呼び名。
乾いた大地が広がるばかりで、限られた土地にしか人が住んでいない。
僕とテア、アイオーンの三人は獣人領からここへ送り届けてくれた飛竜を見送る。
「わあー、聞きしに勝る乾燥っぷりだね」
山脈の峰は越えたものの、ここも傾斜のある高地だ。
平地よりずっと遠くを見回せる。
やはり見渡す限りに木はなく、草もまばらだ。
「ああ、でもすごい。白い塩湖に、青や赤色の湖。とんでもなく大きな地竜の背中みたいな渓谷地帯に、オアシス、間欠泉地帯まであるね。乾燥地帯でも、地平線まで何もないただの砂漠じゃないんだ?」
大切な生贄なので、さびれた獣人領から出たこともなかった僕としては大自然に興奮する。
そうして辺りを見渡していると、ぷるぷる震えていたテアが抱きついてきた。
「ほんとーに、本当にここでよかったの!? 人間の支配が及んでいない場所に行く必要があったからって、ここはいくらなんでも……」
「僕は気に入ったよ。それにテアの故郷なんでしょ? そこがいいなと思って」
「ぐっ、ぐうううぅー……」
朗らかに返してみると、彼女は反論を失った。
顔を逸らすものの、犬のしっぽが左右に揺れている。
複雑な心境らしい。
そんなかわいらしい彼女の肩に手を置き、僕は視線を誘うように風景へと顔を向ける。
「それにさ、ここは獣人領のすぐ隣だから。《時の権能》を使いこなして、もしここを楽園にでもできたらみんなを迎えられる。それってすごく楽しい第二の人生だと思わない?」
「思うけどぉー……、うぅ」
テアがどんな言葉を飲み込んだかはわかる。
第二の人生というなら、そんな重荷は忘れてもっと豊かな場所で楽に生きればいい。
そんなところだと思う。
それをガマンして、ひしと抱きつくことで意思を示してくれるのが愛いところだ。
「イオンはどう思う?」
僕はアイオーンに愛称で呼びかける。
彼女は風景に向けて手を掲げ、何らかの魔法を使用してから口を開いた。
「この土地は以前、肥沃だった記録があります。しかし、マスターの肉体強度では砂漠化速度を上回る復元を行使できません。よって、ただ権能を振るうだけでは改善不能と判断します。ただし――」
彼女はそう区切りながら僕とテアの間に手を差し込み、無理やり引き剥がす。
「あなたには錬金術や時空魔法の才のほか、肉体を損傷から回帰させた妙技もある。その使い方次第なら、あるいは。どうか《時の権能》を使いこなして。そのためにも研鑽を」
「ちょっ、痛い!? 頭を掴むなぁっ!?」
研鑽の障害を排除したいのか、アイオーンは顔面を鷲掴みにして遠ざけた。
穏やかな微笑を浮かべながらもやることは荒っぽい。
まあ、それも三人にとってはこの一週間でも数度は起きていることだった。
アイアンクローから解放されたテアはしばし頭を押さえたあと、なにかを思い出した様子で手を叩く。
「そういえば、元は肥沃だったって話。昔、この土地には二頭の竜がいて、その力が拮抗していたからこそ平和だったってお伽噺があったような……?」
「テア。追加情報は叩けば出ますか?」
スッと拳を上げるアイオーン。
無論、そんなことで出てくるはずがない。
笑えない冗談にテアはそろそろ堪えが利かない顔を見せていた。
争いが起こらないうちに僕は後ろからテアの口を押さえこむ。
噛みつかないうちに口輪をしておけば鎮火できるはずだ。
「よしよし、テア。ステイ。今のは行きすぎた冗談だったけど堪えて。……ん?」
僕の指がガジガジと甘噛みの犠牲になるだけで済んだその時のこと。
ふと、違和感に振り返る。
目を凝らして遠方を睨むと、遠い風景に揺らぎを見た。
蜃気楼のようななにかだが、それを認識すると同時、肌がチリッとざわつく。
「なんだろう。あの砂漠地帯に妙な気配を感じた」
「え? うーん。なにもない砂漠地帯だけど、あそこを越えればドワーフの地下集落はあるはずだよ。どっちにしろ、ひとまず生活するためには通る道かな」
「なるほど。確かめるにもおあつらえ向きなんだね」
「あっ……」
僕が呟くと、テアは失敗したように口元を押さえた。
彼女は、思案にふけって顎を揉んでいた僕の手をひったくる。
「それは二の次、三の次っ。 私と! 昼夜問わず! 幸せな! スローライフ!!」
まずそれが大前提らしい。
ふーっ、ふーっと息をするくらい強く言われると仕方ない。
「……善処します」
せめて折衷案で場を濁しておいた。
「ひとまず僕らの目的地はそのドワーフの地下集落だね?」
「そう。そこの工房を一つもらい受ける話になっているから、エルの錬金術も好きに使っていけると思うよ。まずはそこでゆっくりと生活を整えよう?」
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