上 下
2 / 43
1章 獣人領から砂界へ

1-2 治癒魔法には限界があるので別種の蘇生を

しおりを挟む
 そう、僕、エルディナンド・シュタイナーはそんな遺言を残して邪神の生贄となった。

 何故ならこの国はそうしなきゃいけないだけの理由を抱えていた。

 孤児――それも人間の僕に変わらぬ愛情で接してくれたみんなのためなら後悔はない。

「この土地はマナが荒れているせいで炎が満ち、瘴気のせいで草木は枯れ、闇が陽を遮る。その諸悪であるマナを集約させるからこそ、生きられるというのに!」
「だからって、だからってエルを……!」
「そういう役目を負った子として育ててきた。それはお前も知る通りのはずだ」

 この世界では時に、マナが気候や環境をも変える。

 ここ、獣人領はそれが顕著で、作物が取れる地域もごくわずかだった。
 その余分なマナを自立稼働の“守り神”として集約するのがこの儀式。

 ただし、自然環境を変えるほどの力をタダで操れるわけがない。

 器だった僕はそれを顕現させる負荷で全身の魔力回路が焼き切れ、神経や血管がズタズタにされたのと同様、死に至ったわけだ。

 治癒魔法では手の施しようもない。
 命と引き換えがわかりきっていた儀式だ。

「テア、もういい。泣くなとは言うまい。だが、喚くな。皆とて、堪えているのだ」
「……っ。ごめん、なさい」
「幼い頃からエルを守護していたお前が一番堪えるのは理解できる」

 また棺に覆いかぶさる彼女は唇を噛みしめた。

 この場には参列者が六人いる。
 彼らも――いや、広間の男も含めて全員が感情を抑えていた。

「諸君、儀式は成功したが油断はするな。人間領が保有する神造遺物《天の聖杯》から力を授かった“勇者”と冒険者は現在も各地で略奪を繰り返しているそうだ。“邪神”の降誕を知ればすぐにでも徒党を組んで攻めてくるだろう」

 他国に言わせると、彼らは“邪神”を崇拝する将軍たちだ。

 男、この獣人領の宰相は六人の前に立ち、場を引き締める。

 神殿の広間には、テアの嗚咽だけが響いていた。

「……しかし。しかし、だな」

 宰相は息を吐き、振り返る。

「軍備にかまけて身近な者を見捨てるな。タンスやツボまで荒らして去ると揶揄される奴らと我らは違う。そのありようを今一度目に焼きつけよう」

 儀式は終わり、軍備に取り掛かる――そうなるはずが、宰相は棺に視線を戻した。

「告げる。――第二幕をここに」

 宰相の言葉に合わせて棺から突然あふれた光にテアは驚き、尻もちをついた。

 彼女の眼前には時計盤を模した魔法陣が出現する。

「え。なに、これ? 魔法……? 誰の……?」
「他の誰でもない、エルのものだ」
「じゃ、じゃあまだ生きて――!?」
「死んでいる。先程は彼が仕込んでいた時空魔法を作動させるキーワードを口にした。あの子は時空魔法でも比類ないほど卓越していたな。この状態、しかも死後にまで効力を発揮するとは本当に驚かされる」

 ――ああ、そうだった。
 この視点、この人格は何者だろう?

 そもそも“エルディナンド”は死んでいる。

 状況を修正しなければいけない。
 この人格は死後に魔法を制御する仮想人格だった。

 設定された単語を確認。
 全身の魔力回路と身体情報を解析し、第一の使命を実行する。

 時空魔法、《傀儡の糸》を使用。

 “エルディナンド”の手はテアの顔に触れ、目元の涙をぬぐった。

「いつまでも泣いているなというメッセージだ。受け取っておけ」
「どうして、こんなになってまで……」

 生前を思わせるその行為によって、テアはより一層強くこらえるように嗚咽する。

「それだけのことをしたくなるほどの時を、お前が共に過ごしてきたということだ。……穏やかな道を用意してやれなくてすまなかったな」

 宰相はその背に向けてぽつりと呟いた。

 これにて一つの仕事は完遂された。

 見届けた宰相は祭壇に視線を投げ、“邪神”を見つめる。
 すると、今まで動かなかったそれはぱちぱちと手を打って反応した。

『促されなくてもわかる。やっぱりお前は死んじゃいけない。戻ることができる可能性くらいは手にするべき人間だ』

 祭壇から影が下りてくる。
 周囲のマナを吸い集め、徐々に輪郭を整えた“邪神”は魔法陣に触れた。

『お前が与えてくれた分、俺も祝福を返そう。ああ、気にしなくていい。遠い昔、機能に加えられたのに片割れでは意味のない力なんだ。下手にここにあるより、お前に託した方が平和のためになると思う』


 ――認証、完了。

 魔法陣を介して《地の聖杯》の接続を確認。

 《時の権能》を取得。
 《天の聖杯》の《力の権能》、検出失敗。上位存在への移行失敗。


 取得した機能をもとに第二の使命を実行。

 破綻した魔力回路の原形回帰――失敗。
 最適化及び補完、80%成功。自己治癒力による許容数値を確保。

 続いて破綻した肉体の原形回帰、成功。

 待機状態に移行。

『以降、権能は彼の補助を。天の聖杯と勇者には気をつけるんだ。それと、いつか彼が死した時はマナに乗って我がもとに帰ってこい』

 《地の聖杯》より使命を受諾。

 宿主の意識回復を確認。

 待機状態に移行するとともにメッセージの送信。


 ――マスター・エルディナンド。
 目覚めを祝福する。

 以降、当機能はあなたの生命活動を支援する。
 願わくは当機能に名前を。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【旧版】パーティーメンバーは『チワワ』です☆ミ

こげ丸
ファンタジー
=================== ◆重要なお知らせ◆ 本作はこげ丸の処女作なのですが、本作の主人公たちをベースに、全く新しい作品を連載開始しております。 設定は一部被っておりますが全く別の作品となりますので、ご注意下さい。 また、もし混同されてご迷惑をおかけするようなら、本作を取り下げる場合がございますので、何卒ご了承お願い致します。 =================== ※第三章までで一旦作品としては完結となります。 【旧題:異世界おさんぽ放浪記 ~パーティーメンバーはチワワです~】 一人と一匹の友情と、笑いあり、涙あり、もう一回笑いあり、ちょこっと恋あり の異世界冒険譚です☆ 過酷な異世界ではありますが、一人と一匹は逞しく楽しく過ごしているようですよ♪ そんなユウト(主人公)とパズ(チワワ)と一緒に『異世界レムリアス』を楽しんでみませんか?(*'▽') 今、一人と一匹のちょっと変わった冒険の旅が始まる! ※王道バトルファンタジーものです ※全体的に「ほのぼの」としているので楽しく読んで頂けるかと思っています ※でも、時々シリアスモードになりますのでご了承を… === こげ丸 ===

砂竜使いアースィムの訳ありな妻

平本りこ
恋愛
【 広大な世界を夢見る変わり者の皇女、灼熱の砂漠へ降嫁する―― 】 水神の恵みを受けるマルシブ帝国の西端には、広大な砂漠が広がっている。 この地の治安を担うのは、帝国の忠臣砂竜(さりゅう)族。その名の通り、砂竜と共に暮らす部族である。 砂竜族、白の氏族長の長男アースィムは戦乱の折、皇子の盾となり、片腕を失ってしまう。 そのことに心を痛めた皇帝は、アースィムに自らの娘を降嫁させることにした。選ばれたのは、水と会話をすると噂の変わり者皇女ラフィア。 広大な世界を夢を見て育ったラフィアは砂漠に向かい、次第に居場所を得ていくのだが、夫婦を引き裂く不穏が忍び寄る……。 欲しかったのは自由か、それとも。 水巡る帝国を舞台に繰り広げられる、とある選択の物語。 ※カクヨムさんでも公開中です。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

地球に奇跡を。-地球で魔法のある生活が、始まりました-

久遠 れんり
ファンタジー
何故か、魔法が使えるようになった世界。 使える人間も、何か下地があるわけではなく、ある日突然使えるようになる。 日本では、銃刀法の拡大解釈で何とか許可制にしようとするが、個人の能力だということで揉め始める。 そんな世界で暮らす、主人公とヒロイン達のドタバタ話し。 主人公は宇宙人としての記憶を持ち、その種族。過去に地球を脱出した種族は敵か味方か? 古来たまに現れては、『天使』と呼ばれた種族たち。 そいつらが騒動の原因を作り、そこから始まった、賢者達の思惑と、過去の因縁。 暴走気味の彼女達と、前世の彼女。 微SFと、微ラブコメ。 何とか、現代ファンタジーに収まってほしい。 そんな話です。 色々設定がありますが、それを過ぎれば、ギルドがあってモンスターを倒す普通の物語になります。 たぶん。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

白砂の咎人

杏仁みかん
ファンタジー
特異な砂で家族を失った子供たちは、永久の楽園を目指して旅をする。 ~あらすじ~ 白い砂が、街を、人を、砂に変えていく── 生物は等しく砂に変わり、その砂もまた、人を砂に変える。 死の連鎖は止むことがなく、世界中が砂に覆われるのは、もはや時間の問題だ。 家族で砂漠を旅しながら商いを営んできた少年リアンは、砂渦に巻き込まれた両親と離別し、新たな家族に招かれる。 頼りになる父親役、デュラン。 子供の気持ちをいち早く察する母親役、ルーシー。 楽園を夢見る、気の強い年長の少女、クニークルス。 スラム出身で悪戯っ子の少年、コシュカ。 最も幼く、内気で器用な獣人(レゴ)の少女、スクァーレル。 奇跡的にも同世代の子供たちに巡り合ったリアンは、新たに名前を付けられ、共に家族として生きていくことを決断する。 新たな家族が目指すのは「白砂」のない楽園。 未だ見ぬ世界の果てに、子供たちが描く理想の楽園は、本当にあるのだろうか。 心温まるけど、どこか切ない── 傷ついた子供たちとそれを見守る保護者の視点で成長を描くホームドラマです。 ===== 結構地味なお話なので更新頻度低。10年ぐらいの構想が身を結ぶか否かのお話。 現在は別の活動中により、更新停止中です。 カクヨムユーザーミーティングで批評を戴き、今後色々と構成を見直すことになります。 ここまでのお話で、ご意見・ご感想など戴けると非常に助かります! カクヨムでも連載中。 また、2005年~2010年に本作より前に制作した、本作の後日譚(というか原作)であるゲームノベルスも、BOOTHから無料で再リリースしました。 L I N K - the gritty age - 無料公開版 Ver2.00.2 https://kimagure-penguin.booth.pm/items/3539627 ぜひ、本作と併せてお楽しみ下さい。

ようこそリスベラントへ

篠原 皐月
ファンタジー
 日欧ハーフの来住藍里(くるすあいり)は、父親の遺伝子を色濃く受け継いだ兄二人とは異なり、母親の遺伝子を色濃く継いだ純日本人顔の女子高生。日本生まれの日本育ちで、父の故郷アルデイン公国へもこの何年かは足が遠のき、自分がハーフである事実すら忘れかけていた彼女だったが、自宅がとある美少女のホームステイ先となった事で、生活が一変する事に。  実は父親の故郷には裏世界が存在し、そこは階級社会なくせに超実力主義な、魔女の末裔達が暮らす国だった!? 更に不幸にも建国の聖女(魔女)の生まれ変わりと見なされてしまった藍里の周囲で、トラブルが多発。のんびり女子高生ライフから一転、否応なしにやらなきゃやられるサバイバルライフに突入させられてしまった藍里の、涙と笑いの物語です。小説家になろう、カクヨムからの転載作品です。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

処理中です...