私のわがままな異世界転移

とみQ

文字の大きさ
上 下
104 / 135
ヒストリア王国編

プロローグ

しおりを挟む
 隼人達がピスタの街で魔族と激闘を繰り広げた日の夜の事。
 流麗な装飾が壁や天井に誂えられた広間に、一人の男が立っていた。
 丸眼鏡を掛け、立派な口髭を蓄え、マナの薄明かりが照らし出すその表情からは特に何の感情も読み取る事は叶わない。
 ただその立ち居振舞いと格好からしてかなり高位な身分に位置する存在であることは明らかだ。
 マナの光が揺らめいて、男は独り言のように声を発した。

「うまくいったか」

 その声に呼応したように男とはほんの数メートルの間隔を開けて広間の空間が歪んだ。そこから一人の女が現れた。美しく物腰の柔らかなその女性は腰に剣を携え薄く微笑んでいる。

「それはどういった事に対してかしら?」

「フ……。計画の全てに対してだよ」

 女は柔和な笑みを崩す事無く答えた。

「あなたが思っている通りよ」

「……そうか。ならば良い」

 ここで初めて二人は互いに向かい合った。その立ち姿はとても様になっている。誰の目から見ても高位の貴族と騎士の二人が話している以外の何物でも無い。

「楽しみね……私たちがこの国へ来て、もう五年になるかしら」

「ああ……そうだな。随分と手の込んだ真似をしたものだ」

「ふふ……。随分と長く感じたわ。けれどそれももう間もなくの事なのね。興奮して何人か斬ってしまいそうだわ」

 女は嬉しそうに微笑む。彼女の所作からは人を斬り捨てる姿は想像し得ない。いや、もしそうするのだとしても彼女は息をするのと同じように人を斬るのだと、そう思わせる凄みみたいなものがあった。

「おいおい、早まるなよ。せっかく準備してきたんだ。楽しみは最後まで取っておかなくてはな」

 彼もそれを解っているのだろう。ほんの少し冷や汗を額に浮かべながら大仰にため息をついた。

「ええ、分かっているわ。もうすぐなんだもの。そんな興ざめな事、する訳無いでしょう?」

 そう言ってクスクスと声を上げる女。彼女からすれぱほんの冗談に過ぎないのだが、それを冗談と思わせない特別な威圧を放つ。
 男はそれに若干呆れたが、もうそんな事には構わず話を続けていく事に決める。

「ああ、それと人質はどうした?」

「あら。あなたの言う通りにあちら側の牢獄に繋いできたわよ?」

「そうか。では少し様子を見てくるか」

 それを聞いて男は満足気な笑みを浮かべ歩き始める。

「あなたこそ、早まってつまみ食いしないでちょうだいね?」

 女も念を押すように男に声を掛ける。お互いに同じ志しを持つ者同士とはいえ油断ならないという事はこの五年という年月の中で理解していた。

「馬鹿な事を言うな。確認してくるだけだ。そっちも例の物の準備を頼むぞ」

 男はそう言いつつ歩を進めていく。その先には壁しか無いというのに。

「ええ、抜かりは無いわ」

「ではな、ライラ」

「ええ、ホプキンス」

 それを最後にホプキンスと呼ばれた男は壁の中に消え入るように姿を消した。少しの間を置いてライラもその場から欠き消える。
 残されたその空間にはマナの灯りだけが虚ろにゆらゆらと部屋を照らしていた。
しおりを挟む
小説家になろうにて4年以上連載中の作品です。https://ncode.syosetu.com/n2034ey/続きが気になる方はこちらでも読めますのでどうぞ。ブクマや感想などしていただけるととても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。 折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。 ・・と、思っていたんだけど。 そう上手くはいかないもんだね。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦国記 因幡に転移した男

山根丸
SF
今作は、歴史上の人物が登場したりしなかったり、あるいは登場年数がはやかったりおそかったり、食文化が違ったり、言語が違ったりします。つまりは全然史実にのっとっていません。歴史に詳しい方は歯がゆく思われることも多いかと存じます。そんなときは「異世界の話だからしょうがないな。」と受け止めていただけると幸いです。 カクヨムにも載せていますが、内容は同じものになります。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...