私のわがままな異世界転移

とみQ

文字の大きさ
上 下
88 / 135
第2章 ピスタ襲来、限界を越えたその先に

2-16

しおりを挟む
  ピスタの街は普段は一体どんな様相を見せていたのだろう。
  街の人々の笑い声や通りを走り回る子供達。このレンガ造りの街並みを見ていると、そんな平和そのものな日常風景がふと脳裏に浮かび上がる。
  だがそんな街の表情は今は一切鳴りを潜め、悲鳴や街が壊される音が黒煙に混じり耳に届いてくる。
  確かに私は世界の平和のために戦うとか、魔王を見事打ち倒す勇者と讃えられる栄誉などには全く興味がない。
  出来る事なら穏やかに四人でこの世界を旅し、何とか元の世界へ帰還出来るその日まで緩やかに日々を重ねていければそれで良い。今でもそんな風に思っている。
  だがこんな凄惨な状況を目の当たりにして、何もせずに黙って見て見ぬ振りを決め込んで。自分達だけ良ければ良いなどと、そんな簡単に自分と他人をすっぱりと割り切って考えられる程利口な人間ではないのだ。
  沸々と湧き上がる、言葉に尽くしきれないほどの衝動が胸を打つ。

「隼人くん、大丈夫?」

  美奈が私の背中に手を置いて声を掛けてきた。
  スッと一撫でされるだけで私の心は一旦落ち着きを取り戻す。
  この何気無い動作に一体私はどれ程救われるのか。

「――ああ。大丈夫なのだ」

「出来るだけのこと、しよう?」

  私の顔を覗き込んだ美奈の表情も決して胸中穏やかと言った風には見えなかった。
  それでも私を気使い、そう言葉を掛けてもらえている自分自身が急に情けなくなってくる。
  私はフッと微笑んで美奈の頭に手を乗せる。

「ありがとう、美奈。本当にもう大丈夫だ」

「うんっ」

  ようやく美奈も笑顔を見せてくれた。
  お互い落ち着きを取り戻した所で私は街の中心の方を見据える。
  ここから西の方向だ。そこには何だか黒い靄が漂っているように見える。私の能力の影響だろう。
  恐らくその方角が最も魔族が集まっていると思われる。
  煙の数や悲鳴もそちらから一番耳に入ってくるのだ。
  そういった状況下に置かれている場所はそこかしこにあるというわけではない。
  街の中にいる魔族が散り散りになり、あちこちで問題を起こしているのではないようだ。
  そうされてはとてもではないがこちらの人数では対処しきれない。
  ある程度塊になり、数ヶ所に集まっているだけならば好都合。
  一気に敵を叩き、少ないアクションで事を治める事が可能だ。

「美奈、では街の中心へと向かおう」

  私はその方角を見据え、歩を進めていく。美奈もこくりと頷き、一歩後をついてきてくれる。
  ――その時だった。

「隼人くん!  美奈!」

  空から見知った顔が現れた。椎名だ。

「――し、椎名……それは一体……」

  私は椎名の様子に目を見張った。
  正確には椎名が担いで連れているアリーシャの変わり果てた姿にだ。

「アリーシャさんっ!?  すごい怪我!?」

  彼女は顔面蒼白でぐったりとし、腹部から多量の出血の痕があった。
  かなりの重傷で手当てしなければまずい状況だという事は明白であった。

「美奈!  治してあげて!」

「うんっ!」

  慌てて美奈が駆け寄り、椎名が地面にアリーシャを横たえる。
  美奈は直ぐ様彼女の傷口に手を当てた。

「すごい出血……これじゃあ傷は塞がっても安静にしてた方が良さそう」

  美奈の能力でみるみるうちに傷は塞がっていくが、それでもアリーシャは血を流しすぎたのか顔面蒼白のまま。勿論目を覚ますこともない。
  美奈の能力、その原理は魔法を掛けた相手の自然回復力を早める事により傷の修復を行うというもの。
  なので今のように傷の回復は出来ても失った血液を増加させたり、体力の回復までは行えないのだ。
  この世界の回復魔法ヒールならば、マナの力で失われた血液や壊れた組織を再生する事が出来るらしいのだが、生憎今そんな事が出来る者が私達の周りには存在していない。
  唯一フィリアが使えるが、彼女は危険だと思い街の外に置いてきた。
  まさかこんなに簡単にアリーシャが重傷を負う事まで想定していなかったので今回それが仇となった。
  今からフィリアの元へとアリーシャを連れて行く事も不可能ではないが、それでこの街が持ちこたえられるかどうか。
  二手に分かれてもいいがそれでは大幅な戦力ダウンとなる。
  ただでさえ少ない人数だというのに、これ以上数を減らして戦うのは残る面子も相当危険に晒されるのだ。流石にそれは避けた方がいいだろう。
  しかし――――。
  

「一体何があったのだ?  アリーシャがこれほどの傷を負わされる相手とは……」

  色々思案しつつも斥候部隊であった椎名にこの街の状況を聞き、情報を集める事から始める。
  椎名は予想以上に切迫した表情。そこからは少なからず恐怖の気持ちが感じ取れた。

「……三級魔族に会ったわ。私も相対したけどかなりの強さだった。正直今の私じゃ勝てっこない」

「――むう……」

  三級魔族。
  その言葉と椎名の態度に私は戦慄する。
  アリーシャの実力ならば、四級魔族が数匹でも遅れは取らないはすだ。
  それは先のネストの村での戦いで実証されている。そこに椎名も加わっているのであれば尚更だ。
  それが三級魔族一体だけでこんなにも戦況が覆されてしまうのか。

「でもね、そいつはもうこの街にはいない。四級以下の魔族を残してヒストリアに行ったわ」

「ヒストリア?  それは一体どういうことなのだ?」

  更に続けられた椎名の言葉に、私は若干の違和感を覚える。
  三級魔族がこの街を去り、ヒストリアに行く。という事はヒストリアを滅ぼしに行ったという事なのだろうか。いまいち得心がいかない。 
  そんな私の心の内を見透かすように、椎名は衝撃的な事実を私に告げたのだ。

「隼人くん、アリーシャをこんなにした三級魔族はね、彼女の剣術の師匠だったのよ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界起動兵器ゴーレム

ヒカリ
ファンタジー
高校生鬼島良太郎はある日トラックに 撥ねられてしまった。そして良太郎 が目覚めると、そこは異世界だった。 さらに良太郎の肉体は鋼の兵器、 ゴーレムと化していたのだ。良太郎が 目覚めた時、彼の目の前にいたのは 魔術師で2級冒険者のマリーネ。彼女は 未知の世界で右も左も分からない状態 の良太郎と共に冒険者生活を営んで いく事を決めた。だがこの世界の裏 では凶悪な影が……良太郎の異世界 でのゴーレムライフが始まる……。 ファンタジーバトル作品、開幕!

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

~時薙ぎ~ 異世界に飛ばされたレベル0《SystemError》の少女

にせぽに~
ファンタジー
何処にでもいそう………でいない女子高校生「公塚 蓮」《きみづか れん》 家族を亡くし、唯一の肉親のお爺ちゃんに育てられた私は、ある日突然剣と魔法が支配する異世界 【エルシェーダ】に飛ばされる。 そこで出会った少女に何とプロポーズされ!? しかもレベル?ステータス?………だけど私はレベル・ステータスALLゼロ《システムエラー》!? 前途多難な旅立ちの私に、濃いめのキャラをした女の子達が集まって……… 小説家になろうで先行連載中です https://ncode.syosetu.com/n1658gu/

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...