私のわがままな異世界転移

とみQ

文字の大きさ
上 下
55 / 135
第4章 戦いを終えて

50

しおりを挟む
  美奈は私と目が合うと、しばらく目を左右に泳がせ、ふうと短く息を吐いた。
  それからゆっくりと体を私の方へと向け、前に立つ。
  すすすと数歩前に歩み寄り近づき、上目遣いで遠慮がちに私を見つめたのだ。
  恥ずかしそうにして、両の手をもじもじと弄びながら、何かを言おうと頬を赤くする。
  その一連の仕草があまりにも可愛らしくて、一瞬惚けたようになってしまう。
  やがて彼女はふっと花のように微笑んだ。

「……っ」

  それだけで私は言葉を失ってしまう。
  彼女の瞳はいつもと変わらない、優しさに満ち溢れた温かなものだ。
  私の心を何度も照らし続けてきてくれた。
  確かな輝きを持つそれは、私の心を掬い上げる一筋の光なのだと思える。

「……あの、さ?  えっ……と……私もみんなが傷つくのは見たくないよ?  だけど……さ?  この世界が大変なんだよね?  みんな、困ってるんだよね?  私たちなら、もしかしたら助けてあげられるかもしれないんだよね?」

  美奈は私の目を見つめたり、逸らしたりしながら頬を赤らめている。時折かち合う瞳が私の心の奥底を掴みとっていくようだ。
  美奈に見つめられる。
  たったそれだけのことがひどく特別なことのように思えて。
  きっと誰しもその瞳の前では、例外なく優しい気持ちになってしまうのではないかと思える。
  少なくとも私はそうだ。
  そのくらい彼女の眼差しは、慈悲と慈愛に満ちているのだ。
  私は小さく息をつく。

「……うむ、そうかもしれない。可能性は……低いかもしれないが」

「じゃあさ、みんなで助け合ってみたらどうかな?」

  彼女は胸の前で手をぱちんと叩き、小首を傾げにっこりと微笑んだ。

「……美奈」

「どうやったってさ、上手くいかなかったり、つまづいたりすることって、あると思う。何が正しいかはわからないよ?  けど私は、自分が正しいと思うことをしたい。苦しいことも皆で分け合って、助け合って乗り越えていけばいいんじゃないかなって」

  最初の内こそたどたどしかった言葉が今は流暢に彼女の口から溢れていた。
  彼女の瞳の揺らめきがどうしようもなく愛おしいのだ。

「私たちは一人じゃないから。4人もいるんだから。皆で力を合わせて世界を救って、必ず元の世界に帰ろうよ……ていうのはダメ?  わがまま……かな?」

  正しいと思うことをしたい、か。
  美奈はいつもそうだ。
  結局そうして自分の事よりも周りを優先してしまう。
  今回も椎名を庇って毒に侵されて、自分の命が危険に晒されたのだ。
  そんな目に合っておきながらも、再び周りの困っている人達を助けたいと願う。
  私は誰よりも、美奈に傷ついて欲しくないというのに……。
  しかしそれでも、いつだって私は美奈の言葉に、誰よりも心が動かされてしまうのだ。
  誰よりも大切だから。守りたいから。
  それはわがままなどではない。
  私にとっても、――大切な願いなのだ。

「ん~、うんうん。さっすが美奈。分かりやすい! 私も隼人くんもさ、打算的過ぎなのよっ!」

「よっしゃ! 俺もよくわかったぞ! お年寄りには席を譲れってことだろっ!?」

「あんたが喋ると何かムカつくのよっ!」

「え!? 最早ただの悪口だよね!?」

  やかましく言い合う工藤と椎名を横目に、ふうっ、と私は今日何度目かの深いため息を漏らした。
  やはりとは思ったが、どうやら逃げ場はないようだ。
  決意を固め、とは行かないまでも、ある程度私も覚悟は決まった。

「――ではいいのだな?」

  私の言葉に椎名は口角を上げてこちらを振り向いた。

「てゆーかさ、結局反対してたのって隼人くんだけな気がするんだけど?」

  人差し指で襟足をくるくると弄びながら、呆れ顔でため息を吐く。
  彼女の口元にニヤリと挑戦的な笑みが零れた。
  私は思う。
  つまるところ、こんな皆のことが好きなのだ。大切な、大切な友人なのだ。
  彼らにこう言われてしまえば最早断ることなどできるはずもない。

「……それもそうだな。私は本当にわがままで、臆病者だったらしい」

  椎名につられてか、観念すると笑みが零れてきてしまった。
  胸の中は今も不安で一杯なのだ。
  だが先程とは違い、やってやろうではないかという気概も溢れていた。
  ふと繋いでいた手がきゅっと握られて、顔を前へと戻した。
  ――そこにはもちろん、すぐ近くに美奈の顔があった。

「わがままなんかじゃないです。隼人くんの優しさは十分伝わったから。私も……私たちもあなたの願いに応えたいんだよ?」

「――っ」

  彼女の笑顔はどこまでも輝いて見えた。
  私はそんな彼女の笑顔に心から破顔してしまう。
  ――――大好きだ。
  私は彼女の掌に指を絡め、きゅっと優しく握り返し、見つめ続けた。
  そんな視線を彼女は優しく受け止めて微笑んでくれる。
  私達の心はしっかりと繋がっているのだと確信できる。

「……えっと……急に世界に入り込まないでくれるかなあ~……」

「「っ!!??」」

  そんな私達を見て椎名はこほんと大袈裟に咳払いした。
  それにより綻んだ笑顔は露と消え、私達は慌てて繋いだ手を放した。
  ちっ、という軽い舌打ちが耳に届いた。

「ったく……ちょっと近づくとす~ぐイチャイチャするんだからっ……ここまでのやり取りがバカらしくなるんデスケド」

「す、すまない……その、色々と、反省している」

  私は顔に熱を帯びるのを自覚しながら、冷ややかな椎名の視線に胆が冷える。
  再び椎名の大袈裟なため息が漏れた。

「……まあいいわ。とにかくさ、隼人くん。そういうことだからっ。でもね、あんまり私たちが無茶しすぎてたりしたら、ちゃんとブレーキを掛けてもらわないとなんだからね?  その辺は冷静なあなたの仕事。頼むわよ?」

  そう言いつつ、最後にはぴしっとサムズアップを決める椎名。
  そんな彼女も陽光に照らされて充分過ぎるほど綺麗だと思った。

「ああ、任せておけ。私が全力で皆を守ってやる」

「ふざけんなっ、隼人!  俺が守ってやんだよ!」

「だからあんたが喋ると何かムカつくのよっ!」

「え!?  椎名!  ただの悪口傷つくんですけどっ!?」

「ふふっ、めぐみちゃん、あんまりはっきり言うと工藤くんが可哀想だよ?」

「え?  高野、否定してくんねえの!?」

  森の中に笑い声が響き渡る。
  陽光が眩しくて、鳥の囀りが心地良くて、この津々とした森の中で、初めて穏やかな時間が流れている。
しおりを挟む
小説家になろうにて4年以上連載中の作品です。https://ncode.syosetu.com/n2034ey/続きが気になる方はこちらでも読めますのでどうぞ。ブクマや感想などしていただけるととても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。 折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。 ・・と、思っていたんだけど。 そう上手くはいかないもんだね。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

コンバット

サクラ近衛将監
ファンタジー
 藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。  ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。  忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。  担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。  その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。  その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。  かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。  この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。  しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。  この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。  一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。

処理中です...